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期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 沢天夬 二

夬 九三 ・|| |||

九三。壯于頄。有凶。君子夬夬。獨行遇雨、若濡有慍、无咎。
□九三。頄(き)に壮(さかん)なり。凶有り。君子は夬(かい)夬(かい)たり。独(ひと)り行きて雨に遇ひ、濡(ぬ)るるが若くにして慍(いきどお)らるる有れども、咎无し。
 意気盛んなところが顔付き(頬骨の辺り)に現れる。君子としては度量が小さく、そんな顔付きで上六に接近し、これを除去しようとすれば失敗する。君子に相応しい度量を身に付け断乎たる決心を胸中深く抱き、一人超然として上六に接近する。雨に濡れるように、 小人の害悪に汚染されたと誤解され、他の君子から怨まれることもある。上六を除去すべく、機会を窺っているのだから、咎められない。
象曰、君子夬夬、終无咎也。
□君子は夬(かい)夬(かい)たりとは、終(つい)に咎无き也。
 一人超然と上六に接近する。最初は疑われても、終には咎を免れる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)己レ冤罪ヲ蒙リタル讒者ノ惡ヲ訐クノ時トス、又我レ彼レニ恨アリテ論破セント欲スルトキ、彼レ利ヲクラハシメテ𥈞着セントスルノ象アリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)自分を冤罪に追い込んだ悪人に立ち向かう。だが、相手は傲慢なので、温和に事を運ぶことが求められる。
○大事な女の人を奪われて、怒り心頭に発する時である。
○悪人を倒そうとして、逆に被害を被(こうむ)る。
○一時の怒りによって、身を滅ぼす時である。
○勢い盛んな時。 ○決断することが求められる時。
○争えば、勝てる可能性が高い時。 ○洪水が堤防を決壊する時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十二年某月、印旛沼開鑿ヲ占フ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十二年、千葉県の印(いん)旛(ば)沼(ぬま)の干(かん)拓(たく)(水を抜き取って陸にする)を占ったところ夬の三爻を得た。
(干拓に至る歴史的な経緯が書かれているが長いので省略した。)
 夬の彖伝に「夬は決するなり。剛、柔を決するなり。健にして説(よろこ)び、決して和(やわら)ぐ。王庭に揚ぐるは、 柔、五剛に乗ずればなり。孚(まこと)ありて號(さけ)ぶ。厲(あやう)き有りとは、其れ危ぶめば乃(すなわ)ち光(おお)いなる也。邑(ゆう)より告(つ)ぐ、戎(じゆう)に即(つ)くに利(よろ)しからずとは、尚(たつと)ぶ所乃(すなわ)ち窮すればなり。往(ゆ)く攸(ところ)有るに利(よろ)しとは、剛長ずれば乃(すなわ)ち終ればなり。夬(かい)は、ダムが決壊するように、小人を除去することを決する時。剛健な五陽(君子)が柔弱な一陰(小人)を除去することを決する。下卦乾の健やかな性質と上卦兌の悦んで和らぐという性質を兼ね備えている。君子が小人を除去することを民衆は悦(よろこ)んで和らぐ。小人の悪行を公にして民衆に知らしめる。一陰(小人)が五陽(君子)よりも高位に居て、権力を持っている。至誠の心で高らかに訴えても、小人はしたたかゆえ危険が伴う。畏(おそ)れ危ぶみ慎んで行動すればこそ、大事を為し遂げられる。先ずは近隣から説得する。すなわち足下を固める。武力を用いるべきではない。武力を用いれば世の中が乱れ、民衆の支持を失い窮するのである。前進するがよい。君子が小人を権力の座から排除して、君子の道を完成させる。」とある。
 沢は水を受け容れる大地で、低い位置にある。干拓は水を抜き取って大地を高い位置に引き揚げる。このことを「夬は決するなり。剛、柔を決するなり。夬は、ダムが決壊するように、小人を除去することを決する時。剛健な五陽(君子)が柔弱な一陰(小人)を除去することを決する」と云う。「健にして説(よろこ)び、決して和(やわら)ぐ。下卦乾の健やかな性質と上卦兌の悦んで和らぐという性質を兼ね備えている。君子が小人を除去することを民衆は悦(よろこ)んで和らぐ」とは、「水は高い所から低い所へ流れる。干拓すれば、水害はなくなって、みんな喜び穏やかな気持ちになる」ことを云う。
「王庭に揚ぐるは、柔、五剛に乗ずればなり。小人の悪行を公にして民衆に知らしめる。一陰(小人)が五陽(君子)よりも高位に居て、権力を持っている」とは、政府が干拓を決定して、印(いん)旛(ば)沼(ぬま)から五尺の海水を抜き取ることを云う。「孚ありて號(さけ)ぶ、厲き有りとは、其れ危ぶめば乃(すなわ)ち光(おお)いなるなり。至誠の心で高らかに訴えても、小人はしたたかゆえ危険が伴う。畏(おそ)れ危ぶみ慎んで行動すればこそ、大事を為し遂げられる」とは、「天下に名高い印旛沼も、今や時運が来て干拓されようとして号泣している」と云う喩えである。
「邑(ゆう)より告(つ)ぐ、戎(じゆう)に即(つ)くに利(よろ)しからずとは、尚(たつと)ぶ所乃(すなわ)ち窮すればなり。先ずは近隣から説得する。すなわち足下を固める。武力を用いるべきではない。武力を用いれば世の中が乱れ、民衆の支持を失い窮するのである」とは、村民は元々干拓を希望している。印旛沼も時運を受け容れ、水を抜き取られることを覚悟していると云うことである。
「往(ゆ)く攸(ところ)有るに利(よろ)しとは、剛長ずれば乃(すなわ)ち終ればなり。前進するがよい。君子が小人を権力の座から排除して、君子の道を完成させる」とは、干拓の時が到来したのであり、干拓の事業は容易に成し遂げられると云うことである。
 また、夬の大象伝には「沢、天に上(のぼ)るは夬(かい)なり。君子以て禄(ろく)を施(ほどこ)して下(しも)に及ぶ。德を居(お)くは則(すなわ)ち忌(い)む。沢(兌)が天(乾)の上に昇り決潰(けつかい)して、恩沢の慈雨を降らせるのが夬の形。君子はこの形を見習って、家臣には恩(おん)禄(ろく)を、民には恩恵を施す。德を出し惜しみして恩沢を施さないのは、君子の忌(い)み嫌うべきことである」とある。これは、印旛沼から海水を抜き取れば、近代化で人口がどんどん増えている日本人の農地などに活用できる。それを「沢、天に上るは夬なり」と喩えている。
 また、それができない場合は人類に忌み嫌われることを「德を居(お)くは則(すなわ)ち忌(い)む」と喩えている。九三の爻辞には「頄(き)に壮(さかん)なり。凶有り。君子は夬(かい)夬(かい)たり。独(ひと)り行きて雨に遇ひ、濡(ぬ)るるが若(ごと)くにして慍(いきどお)らるる有れども、咎なし。意気盛んなところが顔付き(頬骨の辺り)に現れる。君子としては度量が小さく、そんな顔付きで上六に接近し、これを除去しようとすれば失敗する。君子に相応しい度量を身に付け断乎たる決心を胸中深く抱き、一人超然として上六に接近する。雨に濡れるように、小人の害悪に汚染されたと誤解され、他の君子から怨まれることもある。上六を除去すべく、機会を窺っているのだから、咎められない」とある。
「頄(き)に壮(さかん)なり。凶有り。君子は夬(かい)夬(かい)たり」とは、事業を始めるにあたり、干拓事業の経験がない者が、人力に頼って事業を為し遂げようとすれば、成功しないことを云う。
「独(ひと)り行きて雨に遇ひ、濡(ぬ)るるが若(ごと)くにして慍(いきどお)らるる有れども、咎なし」とは、干拓事業を一人で請け負おうとすれば、利益を貪る者と見做されて、妬みや濡れ衣を着せられて、誹謗中傷に憤怒するが、それに発奮して公益のために事業に携われば、濡れ衣や誹謗中傷されたりすることを免れることを云う。
 この爻が変ずれば、内卦もまた兌沢となり、全卦は兌為沢となる。卦の中央に沢を作って水を貯え、水力を利用して人力を補い事業を成し遂げる形を現している。現在、わが政府は欧米各国を模範としている。国益のため着手すべき事業は沢山あるが、税負担を考えると着手できない事業も多い。すでに人民の税負担は重く、これ以上の増税には耐えられない。
 このような時勢の中で、裕福で贅沢を尽くしている金持ちがいる。金持ちが巨万の財を貯えても死んでしまえば、ただの紙クズである。ならば、国益に資する印旛沼の干拓事業に寄付して、天下国家に貢献すべきである。事業に成功して金持ちになっても、富を社会に分配しなければ、強欲で恥知らずな成金として、世間から低く見られる。
 したがって、華族・豪商・紳士なお裕福な人々を集めて、天下国家に尽くそうとする同志を集い、印旛沼の干拓事業資金を調達して、事業を遂行すれば、必ず大成功すると易断した。
(易占の結果は書いてない。史実を見ると、江戸時代以降印旛沼の干拓事業は何度も計画着手されているが、いずれも途中で挫折している。明治以降も何度か計画が立てられているが、本格的な干拓工事が着工されたのは、大東亜戦争後の昭和二十一年のことだと云う。)

夬 九四 ・|| |||

九四。臀无膚。其行次且。牽羊悔亡。聞言不信。
□九四。臀(とん)に膚(ふ)无し。其(そ)の行くこと次(し)且(しよ)たり。羊を牽(ひ)けば悔い亡ぶ。言(げん)を聞きて信ぜず。
 お尻の肉が薄く坐ってられない。下から衆陽(君子)が上六を除去しようと迫ってくるが、一緒に前進しようとはしない。大臣として情けない。羊を引き連れるように衆陽を率いて行けば、後悔しないのだが、そう忠告されても、信用できずに右往左往している。
象曰、其行次且、位不當也。聞言不信、聰不明也。
□其(そ)の行くこと次(し)且(しよ)たりとは、位(くらい)、当(あた)らざる也。言(げん)を聞きて信ぜずとは、聴くこと明かならざる也。
一緒に前進しようとしない。大臣の位に相応しくない小心者である。
忠告されても信用できない。聡明さに欠けているのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻、我自體ノコト、我自由ニナラザルガ如シ、物事不決着ナル者トス、唯正意ヲ失ハズシテ、時ニ随テ進退スベシ、又心躁シキ象アリ、、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)優柔不断な人物。正しい心を失わず、時に随って進退すべきである。心の不安を抱える時。心を落ち着かせて事に臨んで、何事にも狼(ろう)狽(ばい)してはならない。先生に指導してもらうがよい。
○健全な喜びに出逢う。だが、それに甘えてしまう心配がある。大事を決することはできない。厳しく事に対処することもできない。人のアドバイスを用いれば幸運を招き寄せる。
○大事なことを決断するのに、心の中が定まっていない。出所進退の決断ができずに、窮する時である。
○色々なことを教えてくれる人が居るが、その人を信用できないので、心の中が定まらない。いつも動揺している。
○人の話を信用すれば、凶運転じて吉運を招き寄せる時。何事も人のアドバイスに順えば、後悔することはない。
○陽の性質で陰の位に居るから、安定しない。
○勤勉であるべきなのに、怠惰に流れる。
○お尻の痛くなる病(痔)に罹る。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)元老院議官西村貞陽、舊神奈川縣令井關盛艮ノ兩君、一商人ヲ拉ヘ來リ、(中略)予乃チ筮ヲトリテ之ヲ占シ、夬ノ第四爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)元老院議官の西村貞陽氏と神奈川県知事の井関盛良氏が一人の商人を連れて、わが家にやって来た。
 西村氏がその商人を紹介して、次のように云った。
「この人物は横浜の仲買商である雨宮啓次郎という者である。わたしの親友で、やり手で面白い人物である。最近、相場で十五万円という莫大な利益を得た。雨宮くんは甲州の出身、裸一貫で横浜に出て来て職を転々としたが、ある商店の手代となり、その経験を活かして仲買人として独立した。その後、色々と苦労を重ねた結果、今回、莫大な利益を得ることができた。そして、この莫大な利益をどのように活用すればよいか、わたしに相談に来た。わたしは、横浜に色々な経験を経た上で、実業家として成功した高島嘉右衛門という人物の意見を聞くがよいと助言したら、一緒に行って欲しいと云うので、井関知事と共に訪ねてきたのである」。
 そこでわたしは筮して利益の活用法を占ったところ夬の四爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 人生において、お金を得るほど難しいことはない。雨宮氏は坑夫のように剛健な体格の持ち主だが、その逞(たくま)しい体格で、鍵の穴から入るような空間で息もできない劣悪な環境の中で、一人だけ千金を掘り出すことは、不可能である。だが、お金があれば欧米から著名人を招くこともできる。今の社会では、お金は貴いものである。十五万円もの大金を相場で獲得したのは、リスクの中で得たラッキーなことである。だが、相場であろうが何であろうが、十五万円は十五万円である。そのお金の力は何も変わらない。
 自分の器量を超えた大金を持っている人は、お金の使い方を知らないので、間違った使い方をして失敗することがある。逆に、自分の器量に相当するお金を持っていないがために、力を発揮することができず、志を実現できない人もいる。今回大金を手にした貴方は、思い切って国家の公益のために投資したらどうであろうか。人生は塞翁が馬である。親が散々苦労して貯金しても、子どもが放蕩して貯金を使ってしまえば、孫の代には貯金どころか借金が膨らんで遂には乞食にまで落ちぶれることもある。
 それゆえ、その大金を活かすためには、天下国家のためになる大事業を成し遂げて、子孫の資産とすることが望ましい。もし、貴方がそれを望むのなら、わたしに一つの案がある。貴方の故郷・山梨県は、すり鉢のような地形をしている。唯一、富士川が太平洋につながっているが、魚介類等を運搬する小さな運搬路に過ぎない。今や商業の中心は東京や横浜だが、山梨と東京・横浜を結ぶ道路は険しい悪路である。
 貴方が十五万円を山梨県知事に託して、山梨県の公益に資する事業に投ずれば、山梨県の有志は貴方の義挙に感動する。貴方と共に山梨県のために義金を募って、山梨から八王子を経て東京に至る鉄道を開通するのである。山梨から東京に至る鉄道が開通すれば、三十万の山梨県民だけでなく、長野県の諏訪や飯田地方の県民、合わせて五十万人が東京に行けるようになり、文明開化の恩恵受けることができる。そして、資金を投資した貴方は、その利潤(配当)によって華族並みの生活が保証される。五十万人の民に喜ばれ、天下国家のために役立つこの事業は、広く後世に伝えられるであろう。十五万円という大金を活用すれば、以上のような結果を導き出すことができる。これを実行するか否かは貴方次第である。
 今回、十五万円をどう活用するかを占って夬の四爻を得た。四爻の爻辞に「臀(とん)に膚(ふ)无し。其(そ)の行くこと次(し)且(しよ)たり。羊を牽(ひ)けば悔い亡ぶ。言(げん)を聞きて信ぜず。お尻の肉が薄く坐ってられない。下から衆陽(君子)が上六を除去しようと迫ってくるが、一緒に前進しようとはしない。大臣として情けない。羊を引き連れるように衆陽を率いて行けば、後悔しないのだが、そう忠告されても、信用できずに右往左往している」とある。「臀(とん)に膚(ふ)无し。」とは、思いがけない大金を手に入れたために、心がグラグラして安定しないということである。
「其(そ)の行くこと次(し)且(しよ)たり。」とは、進んで事を為そうと思っても進み行くことはできず、退いて安心しようとしても、退くこともできない。どうしてよいのかわからないということである。「羊を牽(ひ)けば悔い亡ぶ。言(げん)を聞きて信ぜず。」とは、わたしの意見を聞いても、あれこれと迷って、決心・決行することができないということである。
 わたしは、西村氏と井関氏の依頼により、貴方が十五万円を活用するための意見を述べたが、今の貴方の器量では天下国家のために大金を使うことはできないことは分かっている。だが、人間とは本来「善」なるものである。事の是非をよくよく考え、己の損得を超えて、大金を善事に施すべきであると易断した。
 雨宮氏は以上の話を聞いて、ただ肯(うなず)いて、「必ず実行します」と答えて帰って行った。
しかし、それから十四日後に再びやって来て次のように云った。
「先日、意見を伺った時、直ぐに山梨に帰ろうと決心したが、帰宅の途中、同業者(相場師)に誘われて、盛運に乗じてさらに大金を得ようと、相場に手を出し大失敗して十五万円の半分を失ってしまった。これからは、大金を得たら必ず、貴方の意見に従おうと思う」。
心から後悔している様子だったので、わたしは次のように感じた。
「やはり易占は神の啓示である。雨宮氏は大金を得て、善事に施そうとしたが、どうしてもそれができない。雨宮氏がわたしの意見に従って実行すれば、山梨県の指導者として仰ぎ見られる。しかし、どうしてもそれができない。せっかく得た大金を相場で失ってしまったのは、相場で得たお金で、人々の尊崇を受けることは神さまが許さないのであろうか。あぁ、何と神の啓示は厳格であろうか。だから、わたしは、神の啓示である易占を畏敬・尊崇するのだ」。

夬 九五 ・|| |||

九五。莧陸、夬夬。中行无咎。
□九五。莧(けん)陸(りく)、夬(かい)夬(かい)たり。中行にして咎(とが)无(な)し。
 上六の影響下にあるため、小人を除去する時の天子でありながら、上六を除去する決断ができない。やがて誤りに気がつき衆陽(君子)を率いて上六を除去する。中庸の道に適っているので、誰にも咎められない。
象曰、中行无咎、中未光也。
□中行にして咎无とは、中未(いま)だ光(おおい)ならざる也。
 中庸の道に適っているので、誰にも咎められない。天子として上六を除去する決断が遅れたので、中庸の道が大いに行われたとは言い難い。それゆえ、咎を免れるに止まる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)人ノ甘言ニ欺カルル意アリ、善友ヲ撰ミテ之ニ交リ、固ク正道ヲ守ルベキノ時トス、 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)人の甘言(甘い言葉)に騙されやすい時。善き友だちを選んでお付き合いして、固く正しい道を守るべきである。
○小人・上六の影響下にあり、上六が大悪人であることを知らない。しかし、上六を除去する決断をしなければならない。
○剛健かつ盛んな貴方が、世の悪を除去する時である。
○権威を具えている時。 ○何かを亡ぼす時。 ○志を実現する時。
○志願は成し遂げられる。時が到来するのを待つべきである。
○山ごぼう(悪人上六の喩え)は、路傍の野草のようなものだから、心に留めなければ(気にしなければ)吉運を招き寄せる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)某華族ノ家令來リテ、其隠居ノ運氣ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、夬ノ第五爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある華族の管理人がやって来て、隠居する主人の運氣を占ってほしいと頼まれたので、筮したところ夬の五爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 夬は小人が九五の君主の側にいて、君主から寵(ちよう)愛(あい)され利益を貪(むさぼ)っている。大勢の君子が集まって小人を除去する時である。貴方が仕えるご主人は、昔から癇(かん)癪(しやく)持ちで、古くから仕える家老の諌言を聞き入れず蟄居させられ隠居することになった。維新後は、下屋敷に住居を構えたが、家政を任せる使用人に昔の臣下の中から忠実な者を選ぶことを怠ったために、悪賢い小人が使用人となり、実印を使ってお金を横領すると云う醜態を晒(さら)した。
このことは世の中に知れ渡っている。
 今回占って五爻が出た。ご主人を本邸に移して、悪賢い小人から遠ざけるべきである。小人らが動いても、彼が悪人であることは世間の人も知っているので、やがて、路傍の草を踏み散らすように、警察に捕らえられる。それゆえ、爻辞に「莧(けん)陸(りく)、夬(かい)夬(かい)たり。中行にして咎(とが)无(な)し。上六の影響下にあるため、小人を除去する時の天子でありながら、上六を除去する決断ができない。やがて誤りに気がつき衆陽(君子)を率いて上六を除去する。中庸の道に適っているので、誰にも咎められない。」と云う。
 この卦爻は昔、ある諸侯が酒を飲みながら、一言を発して悪しき十五人の武士を割腹させ、泰然としていた時に占って出た卦爻である。安心して、悪賢い小人を遠ざけるがよいと易断した。
(易占の結果は書いてない。)

夬 上六 ・|| |||

上六。无號。終有凶。
□上六。號(さけ)ぶ无かれ。終(つい)に凶有り。
 天子の相談役として衆陽(君子)を押さえつけるように君臨してきた上六だが、いよいよ最後の時を迎えた。最早これまで。泣き叫んでもどうにもならない。
 どのように足(も)掻(が)いてみても、失脚する外(ほか)ない。
象曰、无號之凶、終不可長也。
□號(さけ)ぶ无きの凶は、終(つい)に長かる可(べ)からざる也。
 泣き叫び足(も)掻(が)いてみても失脚する外ない。君子が勢いを盛り返せば、小人の天下は長続きしないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)君子小人ノ別ナク、意外ノ禍近キニ在ルベシ、故ニ早ク慾ヲ捨テテ身ヲ遁ルベキノ時トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)君子であろうが小人であろうが、予想外の災難が近くに潜んでいる。諸々の欲を捨てて、現在地から他の場所へ避難すべきである。
○一陰が五陽の上に在り、その存在が甚(はなは)だ危ない時。東に向かって避難して災難を回避すべきである。力(ちから)業(わざ)で対処してはならない(武力・暴力で対抗することを自戒すべし。
○乾の人(強い人)と兌の人(悦ぶ人)が対峙する時。お互いに声も聞きたくないから争いになる。争えば必ず血を見る。
○落ちぶれる時。 ○理由もなく忌み憎まれる時。
○小人が追い詰められる時。
○事業に失敗して被害が身に及ぶ時。
○天から罰せられ、祈ってもどうにもならない時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)一日外務書記官北澤正誠君、余ニ語テ曰ク、余ノ同藩佐久間象山先生ハ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある日、外務省の書記官・北澤正誠君がしみじみとわたしに次のような話をした。「わたしと同郷の佐久間象山先生は、洋学を勉強する一方で、易学を勉強して、わたしたち子弟に教えてくれた。
わたしも弟子の一人だから、何度も先生から易学を教えてもらった。ある時、長州藩士の吉田松陰が秘かに密航を図り、黒船に乗り込んで渡航しようとした。象山先生はその志を大いに称賛して、一編の詩を松蔭に送った。松蔭の密航は失敗して、象山先生もまた幕府から嫌疑を受けて幽閉の身となり、信州松代に閉じ込められた。しかし、時勢の変化によって、象山先生の見識が求められるようになった。
長州のお殿様や薩摩のお殿様から、象山先生を招聘したいとお声がかかったが先生は応じられなかったが、一橋慶喜公から招聘のお声がかかると先生は直ぐに応じた。
わたしは先生に会って、慶喜公の招聘に応じて上京することに関して、易占を立てないのですかとお聞きした。
先生は易占は決断に迷った時に用いるもの。今の国難に際して慶喜公から招聘されたことは栄誉なこと(応ずるのは当然)なので、易占を立てる必要はないとおっしゃった。
わたしは、なるほどよくわかります。しかし、大事なことは事前に予測しておくことが必要ですから是非、易占を立ててくださいとお願いした。そして、先生が筮したところ、夬の上爻が出た。先生は、この卦爻は凶運である。しかし、天下国家のために、慶喜公の招聘を断るわけにはいかないので、慎重に行動するしかない、とおっしゃって、駿馬を購入して上京された。
その途中、美濃の大垣に到ると、朋友・小原氏の邸宅に宿泊した。小原氏は易占のことを尋ねて夬の上爻が出たことを知ると、天を仰ぎ嘆息して何も言わなかった。
小原氏と別れて京都に到着すると、先生は幕府や皇室の役人に大変厚遇された。先生は中川宮家に招かれて一日中世界情勢を説かれた。話が兵馬のことに及ぶ頃には、お酒を沢山召し上がっていた。中川宮は先生の話を熱心に聞かれるので、先生は大変感激して、わたしは卑しい身分の出身だが、殿下はわたしの話を熱心に聞いてくださり、これ以上の栄誉はありませんとおっしゃり、庭に出て馬術を演じ、その馬を王(おう)庭(てい)と命名して、感謝の心を伝え、宮家を後にした。その帰り道に、浪士に囲まれて暗殺されたのである。
その時わたしは藩邸にいて事変を聞き、慨嘆して、易占とは何と的中するものであろうか。
夬の彖伝に『王庭に揚ぐるは、柔、五剛に乗ずればなり』とある。士が貴人に寵愛されて、他の嫉妬と怨みを買うという意味である。同じく彖辞に『孚(まこと)ありて號(さけ)ぶ。厲(あやう)き有り』とあるのは、暗殺されることの喩えである。『告(つ)ぐること邑(ゆう)よりす』とは、馬上に居て下から刺されることを云う。象山先生は宮家の庭で馬術を演じ、馬の名前を王庭と命名して、その帰途、馬上で命を落とされた。何と不思議なことであろうか。
わたしは、この時以来、易占に魅了されるようになった」。
わたしは以上の話を聞いて、嘆いて次のように云った。
「あぁ、象山先生が、このような形で亡くなるとは、まさしく天命である。しかし、易占が凶運を示していたのに、どうして回避することができなかったのだろう。いやいや、易を熟知していた象山先生だからこそ、覚悟の上で亡くなったのだ。象山先生にしても小原氏にしても、名士と称される人は易を熟知しておられる…。」
今回は、伝え聞いた話が感動的だったので、占例として紹介した。