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期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 沢風大過

二八 沢風大過 ・|| ||・

大過、棟橈。利有攸往。亨。
□大過は、棟(むなぎ)橈(たわ)む。往く攸有るに利し。亨る。
 大過は上下二陰、真中四陽、上下両端が弱く、真中の強さに耐えかねる形で倒壊の危機。だが巽は巽順な性質、兌は和悦する性質、陽剛九二と九五には中庸の德がある。剛中にして巽順に謙り、和悦する美德を以て倒壊の危機を救うべく進み往くがよい。すらっと通る。
彖曰、大過、大者過也。棟橈、本末弱也。剛過而中、巽而説行。利有攸往。乃亨。大過之時大矣哉。
□大過は大なる者過ぐる也。棟(むなぎ)橈(たわ)むとは、本末弱ければ也。剛過ぎたれども中し、巽にして説(よろこ)びて行く。往く攸有るに利し。乃ち亨る。大過の時、大なる哉(かな)。
 大過は上下二陰(小なる者)、真(まん)中(なか)四陽(大なる者)、大なる者の力が強過ぎる。
 倒壊の危機。上下両端が弱く、真(まん)中(なか)の強さに耐えかねる形である。四陽は強過ぎるが、九二と九五は中庸の德を備えて、巽順に謙り、和悦する美德を以て進み行く。倒壊の危機を救うべく進み往くがよい。すらっと通る。大過の時は、何と偉大であろうか。
象曰、澤滅木大過。君子以獨立不懼、世遯无悶。
□沢、木を滅するは、大過なり。君子以て独立して懼(おそ)れず、世を遯(のが)れて悶(もだ)ゆる无し。
 木を潤(うるお)し養う沢の水が、木を浸(おか)し木が枯れようとしている形。
 世の中が乱れ、正しい道が滅びようとしている時。
 君子は、毅然と独立して懼(おそ)れることなく、世を遯(のが)れて悶(もだ)えることもない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)、人才集リテ無事ニ苦シミ、諺ニ云フ、船頭多くして船を山へ上ぐるノ恐レアルノ時トス、又小金ヲ所有シテ、大金ナル物品ヲ買フコトヲ約束シ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)才能ある人々が集まって、無事を維持することに苦労する。
 諺(ことわざ)に云う「船頭多くして船山へ上がる」という時。
 また、小(こ)金(がね)しかないのに、大(たい)金(きん)の物品を購入することを約束したが、お金を調達できず、手付け金を損する失策を犯しかねない時。軽はずみに動いてはならない。
○全体を観ると、大洪水の起こりかねない時である。我も彼も大きな困難に遭遇する。
○背中を合わせている象。あらゆる事が背き合う。
○心の中で夢が大きく膨らむが、行いは右往左往して定まらない時。
○心身ともに安定せずに、後悔することがある。
○柔らかいものを用いれば無事、強いものを用いれば大事に至る。
○分に過ぎたことを望む。 ○双方(両側)に破れて、分かれる。
○張り裂けて、外に破れ出るという状況。
○証文(契約文書等)を取り交わす時。 ○物価は下がる。

大過 初六 ・|| ||・

初六。藉用白茅。无咎。
□初六。藉(し)くに白(はく)茅(ぼう)を用(もち)う。咎无し。
 潔白(けつぱく)な茅(ちがや)を祭器の下に敷くように恐懼戒慎する。それゆえ咎を免れる。
象曰、藉用白茅、柔在下也。
□藉(し)くに白(はく)茅(ぼう)を用(もち)うとは、柔、下に在る也。
 恐懼戒慎する。初六が陰柔にして最下の位に居るからである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)、我身柔ニシテ剛ニ對ス、敬愼ニシテ、損順ナルベシ、又大事ヲ思ヒ立ツノ時トス、蟻穴能ク堤ヲ壊ル、必ズ心ヲ小ニシテ、過ナカランコトヲ要ス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)自分の心身は柔らかく、剛健の相手に立ち向かって行く。慎みと敬(うやま)いの心を忘れずに巽順であるべきである。大事なことを思い立つ時。蟻の穴は堤を破壊する力がある。必ず小さな事に心を配って過ちの無いように用心すべきである。人は謀(はかりごと)を好むが、成功するかどうかは天のみが知る。大事を成そうとする人は、必ず天地・神仏をお祭りして、そのご加護を得るべきである。
○人に捕らえられて自由に動くことができず、困窮して苦しむ。
○謙譲の心と畏れ慎む心を常に抱けば、問題は降りかかってこない。
○両(もろ)刃(は)の剣の形。血を見る象もある。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治元年、東久世中將鍋島肥前守、官軍ノ先鋒トシテ、横濱ニ下向セラレ、舊幕府(中略)余ニ嚮導及周旋ノ事ヲ托セラル、余乃チ筮シテ、大過ノ初爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治元年、東(ひがし)久(く)世(ぜい)中将・鍋(なべ)島(しま)肥(ひ)前(ぜん)守(のかみ)が官軍の先(せん)鋒(ぽう)として、横浜に下(げ)向(こう)された時、旧幕府は神奈川奉行から横浜を治めていた。佐賀藩はわたしが頻繁に出入りしていた所であるから、官軍と旧幕府の間に入って、色々な事務作業に関わっていた。その時、佐賀藩の藩士である下村三郎右衛門が兵士百人を率いて、浦賀を治めよと命令を受け、わたしに道案内と斡旋を託された。そこで、占筮したところ大過の初爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 大過は、兌の口が外卦、人に背を向けて談判している。全体を観れば、四つの陽爻が中で連帯して、二つの陰爻が上下にある。剛壮の士(サムライ)が、氣力盛んにして大きな過ちを引き起こす象。
 今、浦賀には、開(かい)陽(よう)回(かい)天(てん)など六艘(そう)の軍艦が碇(てい)泊(はく)している。旧幕府から脱走してきた士(サムライ)数千人がそれらの軍艦に搭乗して、浦賀の与力や同心も、士(サムライ)に応じていると聞く。よって、兵士を率いて、浦賀を治めようとするのは、薪を背負って火の中に入るようなものである。
 初爻の爻辞にある「藉(し)くに白(はく)茅(ぼう)を用(もち)う」とは、柔らかいものが、剛(つよ)いものに立ち向かわずに、事を成し遂げられると云うことである。「白(はく)茅(ぼう)」は潔白な者だから、昔の祭祀においては、これを敷き、酒を注いで、神様のご加護を得た。
 だから、潔白と慎み敬う心によって、相手に接し、剛壮の敵が力を用いることを封じ、柔よく剛を制するように、浦賀の海門の咽(の)喉(ど)を治めることが上策である。
 大過は、全体の勢いに着目すべき時である。よって、「浦賀では、事に処するに僅か十数人を偵察役として送り込み、民間人を装って事前に様子を窺うべきである」と易断した。
 以上の易断に基づき、下村氏にどうやって浦賀を治めるかを説明したところ、下村氏はその通りに対処した。すなわち、武器を持たずに、十五人を偵察役として出張させ、無事に浦賀を治めたのである。

大過 九二 ・|| ||・

九二。枯楊生稊。老夫得其女妻。无不利。
□九二。枯(こ)楊(よう)稊(ひこばえ)を生(しよう)ず。老(ろう)夫(ふ)、其の女(じよ)妻(さい)を得(う)。利しからざる无し。
 中庸の德を以て初六と相親しむ。陰柔の潤(うるお)いに助けられ、枯れた柳に新芽が出るように生き返る。老いた男(九二)が若い妻(初六)を娶(めと)った。若い妻を娶れば老いた男の精気も回復しやがて子供も生まれる。悪かろうはずがない。
象曰、老夫女妻、過以相與也。
□老(ろう)夫(ふ)女(じよ)妻(さい)は、過ぎて以て相い与(くみ)する也。
 老いた男が若い女を娶(めと)る。齢が離れ過ぎているが、陰陽和合して子供が生まれ、家系を絶やさないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)、此爻剛ニシテ柔ニ比ス、有餘ヲ以テ不足ヲ補ヒ、盛ヲ以テ衰ヲ助ケ、人事ノ和、世道ノ美行フテ宜シカラザルナシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)剛の性質を有して、柔の性質を有する初六と比している。自分が有する剛の性質で相手の性質を補う時である。勢い盛んな者が衰えている者を助け、人間関係を良好にする(社会を調和させる)。良好な社会となって、誠に宜しい時である。大きな心配事があって、一度は衰退したことでも、年下の良き友を得て、再び運氣を挽回する。若い女を(嫁として)家に入れる時である。
○老いた男でも、妻を向かえれば、子供ができるかもしれない。
○老いた男が若い妻を娶り、美しさに溺れて健康を害する。慎むべきである。 ○老いた人を若い人が助ける時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十二年、友人來テ某家ノ運氣ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、大過ノ第二爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十二年、友人がやって来て、某家の運氣を占ってほしいと頼まれたので、占筮したところ、大過の二爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 大過は、兌の少女が、巽の長女の上に位置している。家政を任せるには少女は、拙いが、長女に取って代わろうとしている。少女が長女を転覆させる勢いがあるので、大過と云う。
 国家について占う場合も同じように解釈する。四つの陽爻が真ん中で連帯して、上下の二つの陰爻には権威がない。剛(つよ)い男が柔らかい女のところにお客として来ており、傲慢で無礼な振る舞いをしているようなものである。
 今、某家の本年の運氣を占ってこの卦爻を得た。主も使用人も、その他某家の家族も、みんな才能と智慧に優れており、剛健な性質である。それぞれが家政について協議することなく、事業計画を策定している。諺の「船頭多くして船山に上る」と言う状況である。二爻は陽爻陰位で、才智はあるが、危険を冒すことを好まず、家の衆が軽挙することを制止して、危うい状況にある身代を維持する。「枯(こ)楊(よう)稊(ひこばえ)を生(しよう)ず。老(ろう)夫(ふ)、其の女(じよ)妻(さい)を得(う)。利しからざる无し」とは、このことである。
 以上のことから「実直な主(あるじ)の意見が実行されて、危なかった身代を維持する方法を立案して実施する」と易断した。
(易断の結果は書いてない)

大過 九三 ・|| ||・

九三。棟橈。凶。
□九三。棟(むなぎ)橈(たわ)む。凶。
 過ぎたる不中で剛に過ぎ、正応上六は柔に過ぎて九三を補佐できない。建物の棟は撓んで今にも折れそうである。危機的な状況に陥る。
象曰、棟橈之凶、不可以有輔也。
□棟(むなぎ)橈(たわ)むの凶は、以て輔(たすけ)有る可からざる也。
 危機的な状況に陥る。力任せに事を行い、誰の助けも得られないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)剛強ナル性質ニシテ、天下ノ豪傑ヲ以テ自ラ居リ、人ノ諫言ヲ納レズ、忠告ヲ用ヰズ、獨力以テ大事業ヲ擔任シ、精力之ニ堪ヘズシテ、其身或ハ其家ヲ喪フ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)剛強な性質で天下の豪傑と自負し、諫言や忠告を受け入れない。独自の判断で大事業に取り組むが、精力が尽き果てて、名声や資産を失う。私利私欲から離れて、智恵を過信せず、世の中から隠遁すれば、人災を免れることができる。
○社会的に役に立つ地位に在り、何事にも剛(つよ)い気持ちで立ち向かう。君子と対決して、自ら人災を招く。
○無理して志を実現しようとすれば、大きな困難に陥る。困難に立ち向かう責任に耐えられず、家を滅ぼすなどの人災を招く。
○心が迷って心身とも苦しむ。思慮によって進むべき方向を誤る。
○価値観の食い違いで、喧嘩に発展する。慎むべし。
○お金を使い尽くして、転落に向かう。 ○不遜(傲慢)に過ぎる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十三年某月、友人某來テ曰ク、市町村制ニ依リ、將ニ市長ヲ選擧セントス、我ガ市民、望ヲ属スル者、甲乙二人アリ、我ハ甲ヲ適當ト認ルヲ以テ、之ヲ投票セントス、其勝敗孰レニ歸スルヤ、之ヲ占ハンコトヲ請フト、乃チ筮シテ大過ノ第三爻ヲ得タリ、…
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十三年、友人某がやって来て、次のように言った。
「市町村制に移行して、今度、市長選が行なわれるが、市民が期待している候補者が甲乙二名立候補する。わたしは甲が市長に相応しいと思うので甲に投票するが、どちらが勝つか占ってほしい」。そこで、占筮したところ、大過の三爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 四つの陽爻が真ん中で連携して、中心となっている。初爻と上爻の二つの陰爻は、外でウロウロしている客人のような存在である。陽爻は大きく陰爻は小さい。大きな陽爻が小さな陰爻を凌いで、大いにやり過ぎるので、大過と言う。
 市長の存在は国家的見地からは、甚だ小さな存在だが、その市長選は四つの陽的性質の候補者がズラッと揃っている。大いにやり過ぎて、大変な選挙になる。諺(ことわざ)に「船頭多くして船山に上る」と云うのと同じ状況である。
 市長に選ばれる者は、三爻か四爻である。これらの爻は、卦の中央に位置している。家屋に例えると、真ん中に連なっている四つの陽爻(市長選立候補者)を支えているのは棟木である。すなわち、棟木は市民であり、市長は市民に支持されなければ当選できない。
 今占って三爻を得た。三爻は陽爻陽位であるから、才能と智慧、そして氣力は市長として相応しいけれども、これを選ぶ(応じている)のは外卦の上爻である。三爻と上爻の関係は、いわゆる、贔屓(ひいき)の引き倒しで、よい関係とは言い難い。なぜならば、上爻は陰爻陰位で棟木の上に位置しており、真ん中の陽爻、すなわち三爻を支援する者ではない。むしろ、下で支えている棟木の負担を重くしている。
 この関係を市長選に当て嵌めれば、上爻の市民が市長候補者である三爻に投票するのは、三爻に媚びて、恩を売ろうとしているのである。一方、市長候補者である三爻は、様々な私情に囚われていて、市民からは市長に相応しい人物とは見え難い。したがって、三爻の人柄をよく知っている上爻以外の市民は、三爻に投票しない。逆に、四爻に投票する市民が多いと考えられる。だから象伝に「棟(むなぎ)橈(たわ)むの凶は、以て輔(たすけ)有る可からざる也」と云う。
 乙に該当する四爻は陽爻陰位である。すなわち、才能と智慧はあるが氣力に乏しい。本来は市長に相応しくない者である。しかし、四爻に市長になってほしいと思っている(応じている)市民は初爻である。初爻は真ん中の陽爻を下で支えている。今回の市長選に例えれば、四爻の候補者を下で支えている存在である。だから四爻の象伝に「棟(むなぎ)隆(たか)きの吉なるは、下(した)に橈(たわ)まざる也」と云う。今回の市長選に関する市民の意向は以上のようである。
 よって「三爻の甲は選挙に勝つことはできない。貴方がどんなに応援しても、上爻が邪魔して、市長になれない。四爻の乙は、初爻が下で支えるから、市長になれる。貴方が応援している甲は勝てないことを知っておくべきである」と易断した。
 果たして、易断の通りの結果となった。

大過 九四 ・|| ||・

九四。棟隆。吉。有它吝。
□九四。棟(むなぎ)隆(たか)し。吉(きつ)。它(た)有れば吝。
 九四は陽爻陰位で剛に過ぎることなく、陰爻陽位の初六に応じて調和している。撓(たわ)む棟(むなぎ)を隆(りゆう)起(き)させ家屋倒壊の恐れはない。安心するがよい。
 二心を抱いて初六を疑い、剛に偏(かたよ)れば恥(ち)辱(じよく)を受ける。
象曰、棟隆之吉、不橈乎下也。
□棟(むなぎ)隆(たか)きの吉(きつ)なるは、下に橈(たわ)まざる也。
 家屋倒壊の恐れはない。安心するがよい。初六が下で支えてくれるのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)英邁ニシテ仁德アリ、抜擢セラレテ盛運ニ遇フ、小人ト交ラズ、行義ヲ愼ミテ、天下ノ公益ヲ謀ルベシ、大事ヲ爲スニ方リ、小利ヲ見レバ、敗ヲ取リ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)英邁で仁德のある人物。抜擢されて盛運を招く。小人に親しむことなく、言行一致に務め、大義を守って、天下の公益を図るべきである。大きな事を実現する。小利に目が眩(くら)めば無残な結果となって、名前を汚すことになる。慎むべきである。
○耐え難い艱難辛苦を乗り越えれば、何をやっても成就する。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)茲ニ甲乙ノ兩會社アリ、同業常ニ相競フ、一日甲ノ社長來テ曰ク、(中略)因テ一占ヲ煩サンコトヲ請フト、乃チ筮シテ、大過ノ第四爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)甲乙という二つの同業会社があって、事業を競い合っていた。ある日、甲社の社長がやって来て、次のように言った。
「市場規模を考えると、この市場において、甲乙両者が共存することは難しい。どちらかが倒産するであろう。事前にどちらが生き残るかを知っておき、覚悟を決めておきたいので、占ってほしい」。そこで、占筮したところ、大過の四爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 大過の卦は、陽爻が陰爻を圧倒していて、正に甲乙両者が争っている状況である。今、甲乙両者が争っていることを大過に例えると、三爻と四爻が争っている。三爻に該当する乙社は陽爻陽位、社長に資産と財力があるけれども、応ずる相手が上爻だから、常に上爻に邪魔される。四爻に該当する甲社は、陽爻陰位、資産と財力は乙社に及ばないが、応ずる相手が初爻ゆえ、株主として甲社を支援してくれる。すなわち、株主(初爻)の支援で、乙社との戦いに勝って隆盛となる。このことを「棟(むなぎ)隆(たか)し。吉(きつ)」と云う。「它(た)有れば吝」とは、事業を営むに中って、初志を貫徹しなければならないということである。
 すなわち、志を貫いてこそ事業は成就するのである。
 その後、果たして甲社は生き残り、乙社は倒産した。

大過 九五 ・|| ||・

九五。枯楊生華。老婦得其士夫。无咎无譽。
□九五。枯(こ)楊(よう)華を生ず。老婦其の士(し)夫(ふ)を得(う)。咎も无く、誉も无し。
 四陽の最上位。剛に過ぎる大過の極致で正応なく上に居る陰柔上六と相親しむ。枯れた柳にあだ花が咲いた。老婦(上六)が士夫(九五)を得たようなもの。子宝には恵まれない。咎められはしないが、誉められた話ではない…。
象曰、枯楊生華、何可久也。老婦士夫、亦可醜也。
□枯(こ)楊(よう)華を生ずるは、何ぞ久しかる可けん也。老(ろう)婦(ふ)士(し)夫(ふ)は、亦(また)醜(しゆう)とす可き也。
 枯れた柳にあだ花が咲いた。どうして長続きしよう。
 老婦が士夫を得る。何とみっともないことであろう。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)賢者ニ親マズシテ、愚者ニ親ミ、大事ヲ謀ルニ幇間者流ト與ニスルガ如シ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)賢人を蔑(ないがし)ろにして、愚人に親しむ。大事なことを計画する時に、佞人に頼る。盛運が衰運に転換するのも時間の問題。小さな事を行なっても何か問題が起こるわけではないが、誉められるような話にはならない。「その友を観れば、その人を知ることができる」という諺があるが、常に自分よりも優れた人を友とするように心がけ、自分よりも劣った人を友としないように注意すべきである。
○身体は衰弱しているのに、気持ちは未だに剛強にして盛んである。枯れた柳にあだ花が咲いたようなものである。
○老いた女が淫欲に塗(まみ)れる象。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治十七年ノ日清關係易~余從來物ニ触レテ慷慨悲憤シ、(中略)實ニ容易ナラザルノ大事件ナリ、是ノ如キ大事件ノ如何ヲ計ランコトハ、人智ノ得テ及ブ所ニ非ズ、如カジ之ヲ神明ニ質サンニハト、乃チ之ヲ筮シテ、大過ノ恒ニ之クニ遇ヘリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治十七年、日本と清国との関係について占った。
 わたしは諸事に触れ、直情的に慨嘆発憤し、心を苦しめ、気持ちが焦ることが、間間(まま)あるが、未だに今回のように鬼のような気持ちで悲しみ嘆いたことはない。わたしの同胞である日本人が、朝鮮の地で突然暴徒に虐殺されたのである。
 これに対処するには、迅速に軍隊を派遣して、沢山の兵隊を動員し、正義の戦いを行って、無残に虐殺された人々の怨みを晴らすべきだと思うのは、わたしだけではないだろう。
このような事件は朝鮮だけでなく、清国においても間間起こる。実に深刻な事態である。このような暴挙に如何に対処すべきかは、人智の及ぶところではない。そこで、天命を仰ぐべく、占筮したところ、大過の五爻(変ずれば雷風恒)を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 大過は、逆さまにして(綜卦)も大過である。兌の口が上も下も外を向いている。二人が背中を合わせで、理解できない。日本の外交官が理論正しく公の道を説いても、相手(朝鮮や清国)は、これを曲解して誠実に対応しない。発砲事件が起こっても、誰がやったやらないという口論となって、一向に問題が解決しない。
 大過を八卦に見立てれば、大きな坎となる。大きな水の象である。俗に捉え所のない紛争を水掛け論と言い、今はその大きな水掛け論に陥っている。邪(よこしま)なことが正しいことに勝てるはずがない。清国は現在フランス軍との戦いに精一杯であって、他のことを顧みる余裕がないが、やがて、日本人を虐殺したことについて、日本に許しを求めることになる。
五爻が変ずると之卦の雷風恒となる。恒は久しいことが常であることを意味する。清国との交渉は久しきに渡るであろう。
 雷風恒を相手から見れば(雷風恒の綜卦は)、沢山咸となる。咸は男が女に降(くだ)るという意味(艮の少男が止まって、兌の少女が喜んで感応する)である。清国の政府は、正しい方針を貫く日本の断固とした姿勢に押されて、一歩譲って日本との交渉を進めようとする。
沢山咸の立場から雷風恒に対処するのである。九五の陽爻が六五の陰爻に変じるという流れは、支那の政府から講和を求めてくるという兆しである。
 だが、日本政府から全権を委任されている外交官を九四と見立てると、支那政府からの講和に頑として応じず、徒(いたずら)に頑固を貫いて講和が成立しないことが考えられる。大過の九四を相手(清国)から見れば(上下がひっくり返れば)、大過の九三となって、国家(清国)の棟木が撓(たわ)む、すなわち、国家の土台が傾きかねない時である。その状況に乗じて、日本を挑発し、戦闘状態に持って行き、満州や北京から兵隊を集めて、漁夫の利を狙って、革命を引き起こし、清朝を滅ぼそうとする人々がいるかもしれない。
 このような状況の中で、日本政府はよくよく事の軽重を考えて、利害や得失を計算した上で、髪の毛一本ほどの欠点がない処置を講ずることを、わたしは信じて疑わない。
 これが大過の九五を全体から観た時の易断である。
 次に彖伝・大象伝の言葉から、利害得失を解説する。
 彖伝に「大過は大なる者過ぐる也。棟(むなぎ)橈(たわ)むとは、本末弱ければなり。剛過ぎたれども中す。大過は上下二陰(小なる者)、真中四陽(大なる者)、大なる者の力が強過ぎる。倒壊の危機。上下両端が弱く、真(まん)中(なか)の強さに耐えかねる形である。四陽は強過ぎるが、九二と九五は中庸の德を備えている」とある。
 大過は大いなる過ちであり、また、大いに過ぎる時である。今、我が国の軍隊は遠く海外に出兵しているが、長い期間戦争に耐えるだけの実力と軍備は、未だに具えていない。
連戦連勝する戦略策定能力は十分ではなく、弱い軍隊とも云える。大過の時は相手から見てもまた、同じく大いなる過ちであり、大いに過ぎる時である。清国の軍隊もまた弱い。「剛過ぎたれども中す」とは、上下に居る人間は穏やかであるが、真ん中に居る人間は剛に過ぎることを云う。
 明治七年には征韓論をめぐって、終に内乱につながっていく氣運が生じた。今もよく考慮しなければならない時である。中正にして万全の対策を講じる必要がある。
 大象伝に「独立して懼(おそ)れず、世を遯(のが)れて悶(もだ)ゆるなし。毅然と独立して懼(おそ)れることなく、世を遁(のが)れて悶(うれ)えることもない」とある。大過は大きな困難に遭遇する時。日本と清国両国の困難は、今や極限状態に達した。だから、講和が成り立たず、どうにもこうにも救いようがない。大過の次には坎為水が配置されている。両国が戦争に突入すれば、将来、両国とも大きな困難に陥る。
 九五の爻辞に「枯(こ)楊(よう)華を生ず。老婦其の士(し)夫(ふ)を得(う)。咎も无く、誉も无し。四陽の最上位。剛に過ぎる大過の極致で正応なく上に居る陰柔上六と相親しむ。枯れた柳にあだ花が咲いた。老婦(上六)が士夫(九五)を得たようなもの。子宝には恵まれない。咎められはしないが、誉められた話ではない」とある。小象伝には「枯(こ)楊(よう)華を生ずるは、何ぞ久しかる可けん也。老(ろう)婦(ふ)士(し)夫(ふ)は、亦(また)醜(しゆう)とす可き也。枯れた柳にあだ花が咲いた。どうして長続きしよう。老婦が士夫を得る。何とみっともないことであろう」とある。
 以上は、老いた女が若い男と結婚する内容で、熱烈な関係になったとしても、子供が生れることはないであろうと云っている。戦争に突入すれば、たちまち困難に陥って、その後和解しても、何の利益もない。
 上六の爻辞に「上六。過ぎて渉(わた)りて頂(いただき)を滅す。凶。咎无し。大過の極点で、危険を冒して大川を渉る。頭のてっぺんまで水中に没する。大過の時を救済することはできないが、その志を咎めることはできない。」とある。戦争に突入すれば、大きな川を渡って頭のてっぺんまで水中に没して、凶運に遭遇する。「咎无し」とは、国家に尽くすので、結果として咎を免れるということである。もし、我が国の高官が清国に行った時に、万が一、異変が起これば、我が国の威信をかけて征討しないわけにはいかない。大過の時が坎為水に移行して、大きな困難に陥る。
 大過の錯卦は山雷頤、頤は大離、大きな火を意味する。人々の気持ちが激しく動いて、戦争を欲している状態を現わしている。両国が談判するにあたって、清国は必ず己の非を正当化する。日本が開戦を決断すれば、易の法則に沿った良策を提案できる。しかし、その策を清国に知られてはならない。今の段階では、その内容を明らかにできない。

(占例2)明治十八年の夏、避暑で箱根の温泉に滞在している時、何人かの貴人と同宿し、ゆったりと散策していた。貴人は箱根の地について次のように語った。
「ここは、閑静なのに、便利だから、老後に世俗を逃れて、ゆったりと暮らすのに適している。そこで、別荘を建てようと思っている。すでに土地を購入したが、さらに購入しようと思う。貴方も、少しお金を出して、その土地に別荘を建てたらいかがか」。
 そこで、その適否を占筮したところ、大過の五爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 大過は、大きな木(巽の木)の上に沢の水がある。山が崩れて、川の流れを遮(さえぎ)っている状態。旱(かん)魃(ばつ)の時に、往々見られる、湖水の底に森林が現れる状況である。
 現在、東海道には鉄道が開通して、箱根を訪れる人は少なくなった。この地が今後も栄える保証はない。閑静ゆえ避暑に人々が訪れているが、必ずしも別荘を建てるのに適している地ではない。便利なのは避暑客が訪れる夏のシーズンだけで、シーズンオフは実に不便である。爻辞の「枯(こ)楊(よう)華を生ず。剛に過ぎる大過の極致で正応なく上に居る陰柔上六と相親しむ。枯れた柳にあだ花が咲いた」とは、夏のシーズンは、避暑客で栄えることを云う。小象伝の「何ぞ久しかる可けん也。どうして長続きしよう」とは、栄えるのはシーズンだけと云うことである。また、爻辞に「老婦其の士夫を得。老婦(上六)が士夫(九五)を得たようなもの。子宝には恵まれない」とあるのは、箱根の旧道を行き来する旅人が、時代の流れでどんどん減少している中で、夏のシーズンだけは避暑客が訪れている状態を表している。また、小象伝に「亦(また)醜(しゆう)とす可き也。何とみっともないことであろう」とあるのは、このような山の中に別荘を建てれば、後日、そのことを後悔するだけでなく、処置に苦しむことになって、人から笑われて、大いに恥をかくと云うことである。
 以上のようであるから、貴人からの勧めを断ったのである。その後の箱根は、果たして、この易断のような状況になったのである。

大過 上六 ・|| ||・

上六。過渉滅頂。凶无咎。
□上六。過ぎて渉りて頂を滅す。凶。咎无し。
 大過の極点で、危険を冒して大川を渉る。頭のてっぺんまで水中に没する。大過の時を救済することはできないが、その志を咎めることはできない。
象曰、過渉之凶、不可咎也。
□過ぎて渉るの凶は、咎む可からざる也。
 危険を冒して大川を渉り、頭のてっぺんまで水中に没する。
 大過の時を救済しようとする上六の志を、どうして咎められようか。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)己ノ力ヲ揣ラズシテ、危険ヲ犯シ、身ヲ失フノ時トス、幸ヲ求メテ得ズ、却テ禍ヲ醸ス、故ニ此難ヲ免レンニハ、従容トシテ貞實ニ身ヲ守リ、進テ事ヲ爲サザルノ一途アルノミ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)自分の力を過信し、危険を冒して身体を損なう時。幸せを求めても得ることはできない。逆に人災を招きかねない。それゆえ、災難を免れるためには、従容として、正しいことを実直に守り、進んで事をなさないことである。それしか、対処法はない。
○生きる気力を失って、気持ちが萎えていく中で、強がって、何かを成し遂げようとすれば、心身ともに苦しむことになる。過ぎたるは及ばずに劣れり、何事も盛んに過ぎるのは凶運を招く原因となる。
○自分が好きなこと、好きなものに誘惑されて、禍の中に陥る。
自ら招いた禍である。周りの人を咎めてはならない。
○大洪水に立ち向かってはならない。強引に立ち向かおうとすれば、「頂を滅す」ること必然である。
○危険に陥る時。才能がないので、危険を回避することはできない。
○何をやっても自滅する時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)某縣人、余ガ友人ノ添書ヲ携ヘ來リテ曰ク、一事業ニ着手シ、今ヤ率先シテ配慮中ナリ、其成否如何ヲ占ハンコトヲ請フト、乃チ筮シテ、大過ノ上爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある県の役人が、わたしの友人の手紙を携えてやって来て、次のように言った。
「ある事業に着手し、今は自分が率先して、あれこれ策を講じている。事業の成否を占ってほしい」。そこで、占筮したところ、大過の上爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 大過は、巽の大きな木の上に、沢の水が漲(みなぎ)っている。この形から想像できるのは、箱根にある湖の底に大きな木の森がある光景である。これは、山が崩れて川の流れを遮(さえぎ)り、山の上にあった森林の上に湖がある光景である。事業の成否を占ってこの卦が出たら事業に失敗する。貴方が取り組んでいるのは、多くの人々に利益をもたらす大事業だが、力を過信して、大きな事を実現しようとしてはならない。
 残念ながら、事業を成功させることは難しい。泳げない人が、大きな川を渡ろうとして溺死するようなものである。爻辞に「過ぎて渉りて頂(いただき)を滅す。凶」とあるのは、そういうことである。貴方が取り組んでいるのは公益事業であり、その志は評価されるべきである。それゆえ、「咎无し」と云う。
 今の段階で事業は成功しないと判断して、事業から撤退し、ご先祖様から頂いた資産を失うことなく、時を待つべきである。大きな川を渡るためには、時を待ち、しっかりした船と航海図を事前に用意してからにすべきである。
 以上のように易断したが、ある県の役人は、この易断を信用しないで、事業を進めたので遂に失敗した。憐れむべきである。