毎日連載! 易経や易占いに関する情報を毎日アップしています。

期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 山雷頥

二七 山雷頤 |・・ ・・|

頤、貞吉。覿頤自求口實。
□頤(い)は、貞にして吉。頤を観(み)、自(みずか)ら口実を求む。
 頤(い)は上下二陽(実)が中に四陰(虚)を含み、上卦艮は止まり下卦震は動く頤(あご)の形。頤(あご)は口から栄養を取り身体を養うので、自分の心身や人を養うという意味になる。正しい道を守るがよい。何を養うべきか観察し、自ら実践するのである。
彖曰、頤貞吉、養正則吉也。覿頤、覿其所養也。自求口實、覿其自養也。天地養萬物、聖人養賢以及萬民。顎之時大矣哉。
□頤は、貞にして吉とは、養うこと正しければ則ち吉也。頤を観るとは、其の養う所を観る也。自ら口実を求むとは、其の自ら養うを観る也。天地は万物を養い、聖人は賢を養い、以て万民に及ぼす。顎(い)の時、大なる哉(かな)。
 頤の時は道を守るがよい。天下の万物を養い育てることは、正しいことである。何を養うべきか観察する。自ら何を養うべきか省察するのである。
 自ら実践する。人に求めることなく自発的に行なうのである。天地は万物を養い、聖人は賢人を養い、賢人は民衆を養う。頤の時は、何と偉大であろう。
象曰、山下有雷頤。君子以愼言語、節飲食。
□山の下に雷有るは頤なり。君子以て言語を慎み、飲食を節す。
 山(艮)の下に雷(震)が潜んでいる。冬は山の下に潜んでいた雷が春には轟き渡り万物を養育する。下卦震は動き上卦艮は止まるから、下顎が動き上顎が止まる口の形をしている。君子は、口から出る「言葉」を慎み、口から入る「食べ物」を節制する。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此卦雷ハ動キ、山ハ止ル、動止常アリ、頥養生ヲ失ハザランコトヲ要ス、又言語禍ヲ招キ、飲食體ヲ害フノ占トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)雷は動き山は止まる。そこには一定の法則がある。正しく養うことを失ってはならない。軽々しく言葉を口に出すと禍(わざわい)を招き、食べ過ぎると体に害を招く。よく慎んで節制すべきである。吉凶禍福は、行動から生ずる。目下の人に注意すべき時である。
○大きな事を言うが、実質が伴わない(何もできない)時である。
○お腹を減らした人が、アゴを下げて、食べ物や飲み物を乞(こ)い求める時である。
○頤(あご)の中に物が入ってない。空腹は、正しい道を履み行なうことで吉運が開ける。外から物を手に入れるよりも、自分を養ってくれる所を選ぶべきである。
○相手が自分を疑い、自分は相手を疑う。だから、お互い本心を表に出さずに、物事が調和しない時である。
○下卦三爻は生活のために働いて、自分を養っている。自分が動こうとすれば、相手が自分を止め、相手が動こうとすれば、自分が相手を止めて、お互いに意地を張り合って妨害する時。
○養う時。 ○起業する(業を産む)時。 ○二人が相争う時。
○飲み食いを節制し、発する言葉を慎んで、身を保つ時である。
○人々が共同して事を成し遂げようとすれば成就する。
○才能があり、性格は篤実である。
○物価が高騰するが、しばらくすると元に戻る。
○自分を養うのも、人を養うのも、正しいか、正しくないかによって、幸不幸が決まる。事の始めに、どうあるべきかを、よく考えるべし。
○禍(人災)は口から出る言葉から起こり、病気は口から入る飲食物から起こる。小さな舌が、大きな心身を損なう原因となる。
○動くべきか、止まるべきか、迷う時である。

頤 初九 |・・ ・・|

初九。舍爾靈龜、覿我朶頤。凶。
□初九。爾(なんじ)の靈(れい)龜(き)を舍て、我を観て頤(おとがい)を朶(た)る。凶。
 初九は震(動)の主爻ゆえ上に進もうとする。自分の貴重な才德を捨て、天子の師として君臨する頤の主爻上九を羨(うらや)ましく思い、下アゴを垂れて涎(よだれ)を流す。素行自得して己を養い、力の及ぶ範囲で人を養育するべきなのに、上九を羨(うらや)ましく思い下アゴを垂れて涎を流すようでは、お話しにならない。
象曰、覿我朶頤、亦不足貴也。
□我を観て頤(おとがい)を朶(た)るとは、亦(また)、貴(たつと)ぶに足らざる也。
 天子の師として君臨する上九を羨ましく思い、下アゴを垂れて涎(よだれ)を流す。どんなに才德高くても、貴ぶには及ばない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ、己レ下ニ居テ、其有スル所ノ福裕ヲ以テ足レリトセズ、尚ホ多慾ニ耽リ、横財ヲ貪ラント欲シテ、却テ禍ヲ求ルノ時トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)社会や組織の下層に居て、例え経済的に裕福になっても、満足しない。もっともっとと欲を出し、贅沢三昧を堪能しようとするから、禍(人災)を招く。地方の豪商が祖先から長年続いている事業を大事にせず、平凡な能力しかないのに、役人になることを望む。そのような人が、お国のために力を尽くすはずがなく、役人になって権力を手にすることを望む。人と利益を競うべきではない。
この時に処するに、以上のあり方を反面教師にすべきである。
○自分の利益を優先しようと考える時。
○気持ちがフラフラして、何も手に付かない。
○自分の才能と能力を過小評価して、人に頼って働こうとしないから、人から批判される。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)友人某來リテ曰ク、余希望スル所アリ、因テ某貴顕ニ面シ、將ニ心事ヲ談ゼントス、其成否如何ヲ占ハンコトヲ請フト、乃チ筮シテ、頥ノ初爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)友人某がやって来て、次のように言った。「わたしには希望がある。それが叶うかどうか占ってほしい」。そこで、占筮したところ、頤の初爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 頤は、内卦の雷には動く性質が、外卦の山には止まる性質がある。人事に当て嵌めると、自分は何かを為そうとするが、相手が戸惑って(止まって)応じてくれない時である。
 今は初爻を得た。「貴方の希望を、相手方に依頼すれば、相手方は必ず次のように言う」と易断した。
「貴方には財産があり、しかも才能と智慧を具えているから、何でも自由自在になる。それなのに、さらに希望を抱いて、それを叶えようとするのは、実に軽蔑すべきである。わたしは、役人として長年国家に奉じて、それなりの給料を頂いているが、国家のために命を落とした旧友の遺族を支援しており、役人としての交際費もかかるので、ほとんど財産は保有していない。貴方のように資産がある人の要請には応じられない」。
 友人某は、この易断に不満足だった。
 何とかなると思って、親しい人に会って希望を話してみた。
 だが、全く応じてもらえなかった。
頤 六二 |・・ ・・|

六二。顚頤。拂經。于丘頤、往凶。
□六二。顚(さかしま)に頤(やしな)わる。経(つね)に払(もと)る。丘(おか)に于(おい)て頤(やしな)われんとし、往(ゆ)けば凶。
 自らを養う力はなく、六五に養ってもらうこともできない。
 初九に養ってもらうのは常道に背くが、まんざら悪くはない。六五の上に君臨する上九(丘)に養ってもらおうと進み行けば禍(わざわい)を招く。
象曰、六二往凶、行失類也。
□六二の往けば凶とは、行けば類を失う也。
 上九に養ってもらおうと進み行けば禍を招く。縁故のある初九を失うのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ、其得ル所ノ財少クシテ、費ス所ノ財大ナリ、出入相償ハザルノ時トス、又官職ニ在ル者、君ヲ補佐スル能ハズ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)得られる財産は少なく、失う財産は多い。出入りがアンバランスな時である。役人の場合、上司を補佐できず、部下に助けられる。それゆえ、上の者からは信頼されずに、支援が断ち切られる。
○自分を養うことができず、人に養ってもらうのを待っている。利に悖(もと)っているから、凶運である。
○人の厄介になる(人に迷惑をかける)ことを、悪いと思わない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)余ガ友人ナル醫師伊藤某ハ、國手ノ名アリ、其子某、維新以來横濱ニ在リテ、商業ヲ營ミケルガ、老人一日來テ、子息ノ身上ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ頥ノ第ニ爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)わたしの友人である医師の伊藤某は、名医という評判である。その伊藤某の子供は、維新以来横浜に住んでおり、商業を営んでいる。ある時、伊藤某がやって来て、ご子息の身上を占ってほしいと頼まれたので、占筮したところ、頤の二爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 頤は、上卦の山は止まり、下卦の雷は動く。上顎は止まり下顎は動く。卦全体を見ると大きな口のような形である。頤は養うこと。飲食して身を養い、道德を身に付けて心を養う。人生に欠かせないものだが、今は第二爻を得たので、陰爻陰位で才能、智恵、氣力すべてが弱い。才能と学問両方優れているが、商業を営むには、氣力が足りない。
 だから、ご子息は、目標を達成することができない。間髪入れることができない商機を逃して挫折する。他人が利益を得る時に、利益を得られない。しばしば失敗する。
 貴方はご子息のために貯金を随分取り崩した。本来は、壮年に達したご子息が父母を養って安楽にすべきなのに、逆に父母に養ってもらっているのは、常識に反するから「顚(さかしま)に頤(やしな)わる。経(つね)に払(もと)る」と云う。何度も失敗を重ねたので、精神が衰弱して、山奥に隠居して、親類に養ってもらうことを願っている。それゆえ「丘(おか)に于(おい)て頤(やしな)われんとし、往(ゆ)けば凶」と云う。「往(ゆ)けば凶」とは、今は運氣が衰え、気持ちも萎えてしまっている状態である。それなのに、無理して商業を営もうとすれば、ますます失敗を重ねて、親類の資産まで失うことになりかねない。だから、小象伝に「行けば類を失うなり」と云う。
 以上のことから「ご子息は、一刻も早く商業活動を休止すべきである」と易断した。
 医師はこの易断を聞いて、嘆息した。この易断は現実と完全に合致していた。そこで、ご子息に、直ちに閉店するよう命令した。しかし、ご子息は終にその命令を聞かず、資産を全て失った。

頤 六三 |・・ ・・|

六三。拂頤。貞凶。十年勿用。无攸利。
□六三。頤(い)に払(もと)る。貞なれど凶。十年用ふる勿れ。利しき攸(ところ)无(な)し。
 自分を養う力もないのに、震(動)の極点で妄動する。頤の道に甚だしく背いている。
 上九に養ってもらうのは正しいことだが、妄動するのでは、お話しにならない。このような人物を未来永劫用いてはならない。陸(ろく)なことにはならない。
象曰、十年勿用、道大悖也。
□十年用ふる勿れとは、道大いに悖(もと)れば也。
 未来永劫用いてはならない。甚だしく頤の道に悖(もと)っているのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ、我本業ニ安ンゼズシテ、得ヲ貪リ、多ヲ求メ、爲メニ其財ヲ損スルノ時トス、又過分ノ顯職ニ居リナガラ、尚ホ升進センコトヲ欲シテ、禍ヲ蒙ル・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)本業に安んずることなく、何かを得ることを願って、あれこれ多くのことを求めるが、逆に財産を失う(損失する)時である。
その人にとっては分の過ぎた職業・職位に就いていながら、それ以上の出世を望んで、人災を招く。人の恩に馴れ、感謝する心を忘れて、世間の信用を失わないように、慎むべきである。
○柔弱で邪心が強く不正の位。動き(下卦震雷動)の極致で、正しい道を踏み外す。それゆえ、凶運である。
○人に養われて勢力を伸ばすが、養ってくれた上の人に取って代わろうとする。道を大きく踏み外す。 ○恩を仇で返す時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十五年、國家ノ氣運ヲ占ヒテ、頥ノ第三爻ヲ得タリ、又衆議院ヲ占ヒ、其初爻ヲ得タリ、其推理左ノ如シ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十五年、国家の氣運を占筮して、頤の三爻を得た。
また、衆議院について占筮して、頤の初爻を得た。
易斷は次のような判断(予測)であった。
頤の卦は、動く性質を有する雷が下に、止まる性質を有する山が上に在る。雷が動こうとするが、前に山が聳え立って制止されている。
この卦爻を人の身に例えれば、口である。口は上顎(あご)は止まり、下顎(あご)が動き、飲食して、身体を養う。言語を口から発して、思想を伝えることもできる。心を養うこともできる。頤とは養うことである。卦の形は、大きく口を開いて、補佐するものがない。中身は空っぽ(大したことではない)なのに大きな事を言う(大言壮語)。
 今回、国家の運氣を占ってこの卦爻を得た。今の国家の運氣は、下顎が動く(三爻は動きの極点)ように、上下の人々の心が、全て飲食に汲々としている。飲食のために、心身共に苦労するのは、人の世の常だが、頤の時は易の六十四卦中において、最も強く食を求める時である。天下に沢山の議論があっても、その本質は食を求めることにある。
 頤の綜卦も、また頤であることから、下の人民が動こうとすれば、上の政府がこれを制止して、上の政府が動こうとすれば、下の人民がこれを妨害する。上下邪魔し合って国家の進歩が停滞する。坐して死を待つような状況に至る。
【そこで、国家の進歩が停滞する原因を考察してみる。】
 わが国が近代国家として歩み始めてから、医術の進歩により幼児の死亡率が低下して、平均寿命が長くなった。全国の人口を見ると、明治五年に三千五百万人だったが、その後の二十年間で四千万人を超え、現在では、一年間平均四十万人も増加している。
 一方、土地の開墾は毎年僅か二万町歩に過ぎず、一年間の飲食を量的に計ると、毎年二十万人分の食料不足が発生している。そのため、産業を興して経済活動を盛んにすることが必要である。民は、経済活動が盛んになることを求めているが、経済活動が盛んになっても食糧不足に陥れば、詐欺事件が多発し、風紀が乱れ、人間が破廉恥になっていく。遊び人やギャンブラーが東西を闊歩して、不穏な社会となり、みんな好き勝手なことを言い合い、是非善悪の基準が崩れていく。昔から、飲食が不足して、国家が安泰であったことはない。頤の時である所以である。
 だが、政府当局はこれを察することができない。察してもそれを救うことができないのが、わが国の現状である。何か事が起これば、それを法律に照らして、型通りに裁いていくのが、今の政府のやり方である。
(一見合理的だが、)このやり方は、赤ちゃんが大泣きしているのに、(赤ちゃんにとって本当に必要な)母乳を与えず、胃薬を投与しようとしているのと変わらない。政府は、窮している民に不毛の土地を開墾させて、その土地で国家の大事業を興し、多くの民を従事させる(不毛の土地ゆえ事業は失敗に終る)ことが、民の自活につながると考えている。
 このことを「頤は、貞にして吉。頤を観、自ら口実を求む。頤は上下二陽(実)が中に四陰(虚)を含み、上卦艮は止まり下卦震は動く頤(アゴ)の形。アゴは口から栄養を取り身体を養うので、自分の心身や人を養うという意味になる。正しい道を守るがよい。何を養うべきか観察し、自ら実践する」と云う。目の前の小事に拘って、国家の大事業を忘れてしまったら、専門家や知識人が対応しても、どうすることもできない。
 三爻の爻辞に「頤に払(もと)る。貞なれど凶。十年用ふる勿れ。利しき攸无し。自分を養う力もないのに、震(動)の極点で妄動する。頤の道に甚だしく背いている。上九に養ってもらうのは正しいことだが、妄動するのでは、お話しにならない。このような人物を未来永劫用いてはならない。陸(ろく)なことにはならない」とある。
 今、日本国家は正(まさ)しくこの爻の時に該当している。国家が成立する理由は、力がある人が他人を養い、苦しむ人は、他人に養われる。これが天下の法則である。この爻は、この法則に反して、上下共に、頤の正しい道(養う時の正しいあり方)に、悖(もと)る。
 だから「頤に払(もと)る。貞なれど凶」と云う。今、策を施さずに、何もしなければ、異常事態に陥る心配がある。今から十年後(頤の四爻+大過の六爻)、沢風大過の上爻の氣運に至れば、窮した大衆が、奥深い溝の中に転落する。だから、「十年用ふる勿れ。利しき攸无し」と云う。易断は以上である。これを天命として遵(したが)うべきである。遵わずして、何かを為すことができようか。できることならば、禍転じて福と為し、それを国家の吉運につなげていくことを願いたいものである。
【ところで、衆議院について占筮したところ、頤の初爻を得た。】
 爻辞に「初九。爾(なんじ)の靈(れい)龜(き)を舍(す)て、我を観て頤(おとがい)を朶(た)る。凶。初九は震(動)の主爻ゆえ上に進もうとする。自分の貴重な才德を捨て、天子の師として君臨する頤の主爻上九を羨(うらや)ましく思い、下アゴを垂れて涎(よだれ)を流す。素行自得して己を養い、力の及ぶ範囲で人を養育するべきなのに、上九を羨(うらや)ましく思い下アゴを垂れて涎を流すようでは、お話しにならない」とあり、小象伝に「我を観て頤(おとがい)を朶(た)るとは、亦、貴(たつと)ぶに足らざるなり。天子の師として君臨する上九を羨ましく思い、下アゴを垂れて涎(よだれ)を流す。どんなに才德高くても、貴(たつと)ぶには及ばない」とある。
 靈(れい)龜(き)の「龜(かめ)」は、介(かい)蠱(ちゆう)(貝や亀)の中で最も神霊なもの。気候がその性質に適さない時は、泥の中に潜んで、食も摂らずにじっとしている。だが、応爻である四爻と応じてしまうと、霊的性質を失って、ガーッと口を開いて、貪り食べる(飽食する)ことを希望するようになる。初爻は陽爻で下卦震雷の主爻ゆえ、大衆の支持を得て選出された議員である。議員の任務は誠に重く、その一言は、国家の見本となる人物であり、龜の霊德満ち溢れている。それゆえ、適度に飲食を節制して、言論を慎むべきである。
 四爻と応じると、本務を忘れ、無闇に大口を開き、虚言・妄言を吐いて、四爻を求め、尽きることがない。初爻の、このような有様を見て、四爻の役人は、冷笑して、初爻には国家の大事を任せることはできないと判断する。
 このことを「爾(なんじ)の靈(れい)龜(き)を舍(す)て、我を観て頤(おとがい)を朶(た)る。凶」「我を観て頤(おとがい)を朶(た)るとは、亦、貴(たつと)ぶに足らざるなり」と云う。思うに、国会議員の一定数は、資産を十分に保有していないので、下顎(あご)をだら~んと下げて、資産を求めるところが、無きにしも非ずであるが、その希望が叶えられない時は、逆の立場に立って己の正当性を主張する(つまり、資産を保有していないことを議員の誇りとする)ようになる。だが、資産が十分になくて議員活動を行なうことは、難しいことである。
 この爻(初九)変ずれば、山地剝となる。剝は君子の道が衰退して、小人の道が盛んになる時である。卦面(卦を顔の見立てる)には、下顎が抜けるという象がある。これは、頤の初爻の段階では、養うという頤の道が不完全であることを示している。
 よって、衆議院に属する国会議員は頤の時の命令(時命)に従って、自分が行なうべき道を全うし、議員としての使命を果たして、国家に貢献すべきである(逆から言うと、国家の迷惑となってはならない)。これを「天地は万物を養い、聖人は賢を養い、以て万民に及ぼす。顎(い)の時、大なる哉(かな)。天地は万物を養い、聖人は賢人を養い、賢人は民衆を養う。頤の時は、何と偉大であろう」と云う。衆議院を占筮して得た頤の初爻は、頤の養う時を全うして治めるべき時であることを示している。

(占例2)友人某は學問には熱心ではなかったが、将来性のある商業に従事したので裕福である。友人某には男の子が一人いる。友人某は、自分が学問に熱心でなかったことを後悔して、学問に優れた東京の友人にご子息の教育を任せ、自分は息子を教育しなかった。
ご子息はある学校を卒業したが、悪い友だちと付き合って悪事を重ね、お金は使い放題。度々後悔したが、自分の父親(友人某)の無学を馬鹿にして、屁理屈を言って自分を正当化した。そこで、親戚の人が心配して、ご子息を諭したが、親戚の人も無学で、ご子息の屁理屈に反論できなかった。ご子息は、自分の権利を主張して、両親や親戚から資金を引き出し、投資活動を行なって、あっという間に資金を使い果たしてしまった。そして、父親である友人某に泣き付いてきた。
 そのことを知った親戚が間に入って調整しようとしたが、拗(こじ)れてしまった父子の関係を修復することは難しく、裁判沙汰にもなりそうで、沈黙するしかなかった。父親の友人某はどうすればよいのか途方に暮れて、自分の息子の先行きを占ってほしいと、わたしに依頼した。そこで、占筮したところ、頤の三爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 頤の卦を全体から観れば、大きな口を開いた形である。上顎は止まっており、下顎は動いている。この形は、物を食べたり、言葉を発する(思想を語る)象である。
 人間は一日でも、飲食をしないわけにはいかない。役人は給料を頂き、農民は収穫を得て、工員は器物を製造し、商人は物を売買して、飲食する。誰もが、家族を養うために一生懸命働いている。だが、貴方のご子息は、学問に通じて、親の財産を譲り受ける権利を主張するだけで、人生の苦労を何も体験していない。
 今回三爻が出たので「ご子息は、父親である友人某から月々送られるお金だけで、やりくりをするべきであると」易断したが、友人某はご子息を説得できなかった。このように、偏に頑(かたく)なな態度を「頤に払(もと)る。貞なれど凶。自分を養う力もないのに、震(動)の極点で妄動する。頤の道に甚だしく背いている」と云う。
「十年用ふる勿れ。利しき攸无し。このような人物を未来永劫用いてはならない。陸(ろく)なことにはならない」とは、性質が頑固で暗く、善からぬ習慣に起因するものだから、生涯、改心することができない。わたしは、友人某に「今、断固として処置しなければ、ご子息を改心させることはできない」と、厳しく易断した。
 友人某は、深くため息を漏らして、「まったく、わたしが家庭の教育を怠ったために、このような事態になってしまった。覚悟しなければなるまいなぁ」と、感謝の言葉を遺して帰って行った。
(友人某と、そのご子息が、その後、どうなったのかは書いてない。)

頤 六四 |・・ ・・|

六四。顚頤吉。虎視眈眈。其欲逐逐。无咎。
□六四。顚(さかしま)に頤(やしな)わる。吉。虎(こ)視(し)眈(たん)眈(たん)たり。其の欲逐(ちく)逐(ちく)たり。咎无し。
 上の者が下の者に養われるのは逆さまだが、大臣の任務を全うすべく初九の補佐を得れば、幸を得る。虎のような威厳を保ちつつも猛(たけ)からぬ態度で初九に接し、徐々に間(かん)断(だん)なく己を養い、初九を説得すれば、誰からも咎められない。
象曰、顚頤之吉、上施光也。
□顚(さかしま)に頤(やしな)わるるの吉は、上の施し光(おおい)なる也。
 初九の補佐を得れば、幸を得る。天下万民に、恩沢を施すことができる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)外威嚴ヲ以テ衆心ヲ制服シ、内和順ニシテ民情ヲ變理スベシ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)外に向かっては、威厳を具えて、大衆の心を信服させ、内に向かっては、心和らぎ、柔順に民の感情を治めることが肝要である。
○市場のような所で交易すると、それぞれが利益を得る。
○志を達成するために、人に願いを託すと、相手も自分も利益を得るために謀(はかりごと)を行なう。
○四爻から上は、人德と大義を養う人である。柔順な性質で上の位に正しく居て、応ずる初爻も正しく、初爻の助けによって四爻は天下に恩沢を施す。下に助けられるのは逆さまだが吉運である。
○心を働かせることが必要な時。 ○智恵と人德を具えた人に随う時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)内務省参事官松本郁朗氏濃尾ノ地方ニ出張ヲ命ゼラレタリ、因テ彼ノ地ニ赴クニ際シ、任命ノ事件、成否ノ如何ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ頥ノ第四爻ヲ得タリ、…
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)内務省の参事官・松(まつ)本(もと)郁(いく)朗(ろう)氏が岐阜・愛知方面への出張を命じられた。その出張における仕事の成否を占筮してほしいと頼まれたので占筮したところ、頤の四爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 頤は、内卦の震雷は震えて動き、外卦の艮山は止まって修める。貴方が岐阜・愛知方面に出張を命じられたのは、震災後の復興のためである。下が動いて、上が止まることを、身体に当て嵌めると「口」である。口は飲食して身体を養い、言語を発して心を養う。
 頤は養うこと。養うことの序章である。力で社会に貢献する人は人に治められ、心で社会に貢献する人は人を治める。人を治める人は人に養われ、人に治められる人は人を養う。これは、社会の常識である。政府は民に養われる存在である。これを「顚(さかしま)に頤(やしな)わる。吉」と云う。「虎(こ)視(し)眈(たん)眈(たん)たり。其の欲逐(ちく)逐(ちく)たり」とは、虎が一つの獲物を獲得したが、さらに食欲を満たそうとしているような有(あり)様(さま)である。
 政府が民を救出して、さらに恩沢を施そうとしている。岐阜・愛知方面の震災において、民を救出するにあたって、これまで予備費として確保しておいた予算は勿(もち)論(ろん)のこと、莫大な支出を伴うものである。岐阜・愛知両県の行政機関は、戦時のような状況で、速やかに予算が執行できない。邪心を抱いた人物が公金を不正に扱いかねない。
 貴方が岐阜・愛知方面に出張したら、このような邪心を抱いた人物を発見することが求められる。これを「虎(こ)視(し)眈(たん)眈(たん)たり」と云う。邪心を抱いた人物は、一人だけでなく、複数存在する。これを「其の欲逐(ちく)逐(ちく)たり」と云う。
 この爻変ずれば火雷噬嗑となる。噬嗑は獄(牢獄)を用いて罰(罪)を明らかにし、法律を整備する。少しく懲らしめて、大いに誡めるという象である。今回の出張は監獄に入る人物が出て来る。以上のように易断したところ、松本氏は深く肯(うなず)いた。
 その後、(松本氏が出張すると)悪事が発覚して、ある人物が牢獄に入ることになった。

(占例2)友人某がやって来て、ある要人の思慮(考え)を占ってほしいと頼まれたので占筮したところ、頤の四爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 頤は養う時。力で社会に貢献する人は人を養い、心で社会に貢献する人は人に養われる。人に養われる人は人を治め、人を養う人は人に治められる。これが常識である。才能と智慧を具えた人が相交わって国家は成立している。
 四爻(ある要人)は陰爻陰位で、才能と智慧に欠け、氣力も不足している。目先に囚われて、物事を大きく捉えることができない。しかし、品行方正で、事に処するに根気強く、一念を貫く人である。役人の言葉をよく用いて、黙して語らず、威厳を具えている。これを「顚(さかしま)に頤(やしな)わる。吉。虎(こ)視(し)眈(たん)眈(たん)たり。其の欲逐(ちく)逐(ちく)たり。咎无し。上の者が下の者に養われるのは逆さまだが、大臣の任務を全うすべく初九の補佐を得れば、幸を得る。虎のような威厳を保ちつつも猛(たけ)からぬ態度で初九に接し、徐々に間(かん)断(だん)なく己を養い、初九を説得すれば、誰からも咎められない」と云う。
 友人某は「要人の心の奥底を見るようである」とつぶやいた。

頤 六五 |・・ ・・|

六五。拂經。居貞吉。不可渉大川。
□六五。経(つね)に払(もと)る。貞に居れば吉。大川を渉る可からず。
 六五は天下万民を養う力がない。六四も六二も陰柔で役に立たない。師と仰ぐ上九の指導を受ける。天子の常道には悖(もと)るが、道を守って教えに順えば天下を治められる。
 大川を渉るような危険を冒してはならない。
象曰、居貞之吉、順以從上也。
□貞に居るの吉は、順にして以て上に従えば也。
 天下を治められる。天子が柔順な態度で師(上九)の教えに従うからである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ、自ラ本業ヲ貞固ニ守リ、之ニ安ズルヲ以テ肝要トス、慾ニ迷ヒ、新ニ大事業ニ着手セバ、徒ニ財産ヲ蕩盡スルアラン、何事モ目上ノ智者ニ問ヒ、綿密ニ事ヲ處スベキノ時トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)本業を堅固に守って、素行自得を肝要とする。欲を出して、新たに大事業に取り組めば、徒(いたずら)に財産を失うことになる。何事も目上の智者に質問して、綿密に事を処すべき時である。
○陰柔にして尊位に居り、人を養うことができない。上九に養ってもらう。上に師匠が存在する。自分が足りないところを上に居る師匠に順い補ってもらう。吉運であるが、その志は柔弱である。
○尊敬されているが、心の中に不安がある。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)佛易説~明治十六年中秋、東京増上寺大教正福田行誠上人、其徒少教正朝日氏ヲ伴ヒ、弊廬ヲ訪ハル、(中略)今先ズ佛殿ノ建立スベキノ時ナリヤ否ヤヲ問フテ、而シテ後ニ成否ヲ斷告セント、朝日氏之ヲ諾ス、因テ筮シテ頥ノ益ニ之クニ遇ヘリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治十六年、秋の真っ直中、東京の増上寺の偉大な僧侶福田行誡(ふくだぎょうかい)上人が弟子の朝日氏を伴って、わたしの家を訪ねて来た。布教で箱根に出張した帰りだと云う。お互い久しぶりだったので会話が弾み、次第に深まっていった。上人はご高齢で、耳がよく聞こえない。話をする度に朝日氏は上人の耳元で大きな声で繰り返した。朝日氏はわたしに向かって言った。
「わたしがお務めしている増上寺の仏殿は老朽化して、雨漏りが非道くなってすでに十年が過ぎた。末寺の僧侶たちも随分心配して、建て替えるべきだと、上人に進言した」。
 すると、上人は、次のようにお答えになったと云う。
「老朽化した仏殿を建て替えることは善いことだが、国は軍備の増強や経済の活性化に力を入れている。しばらく待った方がよい」。
 末寺の僧侶たちは、次のように言った。
「上人のおっしゃるとおりだが、本山の仏殿が老朽化していては、人々は心から増上寺に帰依できない。そこで、上人に迷惑をかけないように、末寺が中心となって、仏殿を建て替えるべきである」。
 末寺の僧侶の意見が一致したので、仏殿の建て替えに着手した。
 しかし、用意した予算が物価の高騰で足りなくなり、建て替えは困難に陥っている。不足する予算をどのようにして捻出すればよいのか、慎んでこれを易占で示してほしいと頼まれた。わたしは次のように答えた。
「易は人事を尽くして天命を待つ道である。金策は人事を尽くすべきことで易に問うことではない。したがって、今、仏殿を建て替えるべきか否か、その成否を断じたい」。
 朝日氏はこれを承諾した。占筮したところ、頤の益に行く(山雷頤の五爻が変じて風雷益になる)という結果となった。
 易斷は次のような判断であった。
 頤は、上下合わせると一つの大きな火(離)となる。火は文明。六十四卦の中で、頤ほど大きな文明はない。釈迦様は、慈悲を説き(仏教)、キリストは愛を説き(キリスト教)、孔子は仁を説く(儒教)。いずれも、人々を文明に導く教えであり、その向かっているところは同じである。お釈迦様は「因果応報」を説き、その教えは極めて広大である。仏殿を建て替えるべきか否か、その成否を占って頤の大文明を得た。
 宗教は、国と人と時のあり方によって、見解と実践とを異にする。同じ仏教も、印度においては印度の仏教、支那においては支那の仏教、日本においては日本の仏教として存在している。仏教がわが国に伝わってきて、国教として普及するようになったのは、西暦千二百年頃、高僧(最澄や空海など)が朝廷に命じられて朝鮮や唐に渡って仏教を学び、諸経典や様々な学問を持ち帰ってからである。高僧たちは、命を賭して、学問を学び、国益に貢献したので、帰国後は、朝廷に命じられて、各地を回り、大衆を教え導いた。
 文学や医学、暦の教えや書道に至るまで教え導いた。その功績はまことに偉大である。我が国における文明の啓蒙は、高僧たちが中心になって行なわれた。これは國史を読めば明らかである。今、仏殿を建て替えるべきか否かを占って頤の大文明を得たのは、首肯できることである。
 彖辞に「頤は、貞にして吉。頤を観、自ら口実を求む。頤は上下二陽(実)が中に四陰(虚)を含み、上卦艮は止まり下卦震は動く頤(あご)の形。アゴは口から栄養を取り身体を養うので、自分の心身や人を養うという意味になる。正しい道を守るがよい。何を養うべきか観察し、自ら実践する」と書いてある。昔の高僧は国を補佐して、大衆の心を安定させるために、さまざまな寺院に付属する医療施設を建立して病人を療養させた。この施設によって貧しい人も等しく救済された。
 以上のことを、彖伝に「頤は、貞にして吉とは、養うこと正しければ則ち吉也。頤を観るとは、其の養う所を観る也。自ら口実を求むとは、其の自ら養うを観る也。頤の時は道を守るがよい。天下の万物を養い育てることは、正しいことである。何を養うべきか観察する。自ら何を養うべきか省察するのである。自ら実践する。人に求めることなく自発的に行なうのである」と云う。
 僧侶は衣と一つの鉢(はち)以外に何も所有していない。医療施設を建立して貧者を救ったのは、托鉢によって寄付を募ったからである。托鉢は鉄製の鉢によって行なう。鉄製の鉢は僧侶を自ら養うと同時に貧者を養う器と言える。
 わが国においては、朝廷から武士に権力が移行するにあたり、古来から存在した大學寮で学ばれた文学は有名無実となり、武士は武道しか学ばず、文学を学ぶのは僧侶となった。僧侶は兵馬に乗って戦う時も文学に親しむようになった。僧侶は、昔からの慣行、人德の高さ、国家への功徳という理由により、土地を朝廷から賜って寺院と医療施設を建立した。今日現存している日本各地の名(めい)刹(さつ)と称される寺院がこれである。
 彖伝に「天地は万物を養い、聖人は賢を養い、以て万民に及ぼす。顎の時、大なる哉。天地は万物を養い、聖人は賢人を養い、賢人は民衆を養う。頤の時は、何と偉大であろう」とあるのは、このことを云う。
 だが、物事にはメリットがあれば、必ずデメリットもある。
 最初は立派な僧侶が開山となって建立された寺院も、やがて修行僧が学業を怠るようになり、質素な衣と一つの鉢による修行の精神を失い、どんどん堕落して、終には朝廷の命令に逆らって武力で脅すようになると、仏法も地に墜ち、衰退の醜態が始まる。
 初爻の爻辞に「爾(なんじ)の靈(れい)龜(き)を舍(す)て、我を観て頤(おとがい)を朶(た)る。凶。初九は震(動)の主爻ゆえ上に進もうとする。自分の貴重な才德を捨て、天子の師として君臨する頤の主爻上九を羨(うらや)ましく思い、下アゴを垂れて涎(よだれ)を流す。素行自得して己を養い、力の及ぶ範囲で人を養育するべきなのに、上九を羨(うらや)ましく思い下アゴを垂れて涎を流すようでは、お話しにならない。」とある。小象伝には「我を観て頤(おとがい)を朶(た)るとは、亦、貴(たつと)ぶに足らざるなり。天子の師として君臨する上九を羨ましく思い、下アゴを垂れて涎(よだれ)を流す。どんなに才德高くても、貴(たつと)ぶには及ばない」とある。
「龜(かめ)」は、最も神霊なもの、気候がその性質に適さない時は、泥の中に潜んで、食も摂らずにじっとしている。気候がその性質に適している時は、氣(無形のエネルギー)を摂って生命を保っている。それゆえ、霊的で明るくよく長生きする。
 初爻を僧に例えると、よく自戒して學問に勤め、目立たない所にじっと黙して修行に耐え、煩悩に惑わされない。俗人から解脱して、悟りの境地に至る。このような僧ならば、神霊な亀を貴ぶように、尊重すべきである。
 だが、このような僧は世の中に稀にしかいない。多くの僧は、隠れて悪事を働き、国家の庇護に甘えてただ坐って飲食することを当たり前と思い、大酒を飲んで安逸に過ごしており、俗人から解脱して、悟りの境地に至るという本分を忘れている。頤のように大口を開いて、庶民からのお布施を盗人のように貪っている。
 識者ならば、このような僧を痛烈に批判するであろう。それゆえ、「我を観て頤(おとがい)を朶(た)るとは、亦、貴(たつと)ぶに足らざるなり。天子の師として君臨する上九を羨ましく思い、下アゴを垂れて涎(よだれ)を流す。どんなに才德高くても、貴(たつと)ぶには及ばない」と云う。
 これは、今から五百年ほど前の時代のことである。
 六二の爻辞に「顚(さかしま)に頤(やしな)わる。経(つね)に払(もと)る。丘(おか)に于(おい)て頤(やしな)われんとし、往けば凶。自らを養う力はなく、六五に養ってもらうこともできない。初九に養ってもらうのは常道に背くが、まんざら悪くはない。六五の上に君臨する上九(丘)に養ってもらおうと進み行けば禍(わざわい)を招く」とある。二爻に至ると初爻よりもさらに仏法は衰えて、俗人から解脱し、悟りの境地に至ることを、完全に忘れ去り、ただ坐して信者からのお布施を、当たり前のように受け取るようになる。これを「顚(さかしま)に頤(やしな)わる」と云う。「経(つね)に払(もと)る」とは、お釈迦様の教えに背いて、経典(お経)の教えに違反すること甚だしいことを云う。「丘(おか)に于(おい)て頤(やしな)われん」とは、朝廷(天皇)や貴族(皇族)が尊崇した祖師が開山となって建立された名(めい)刹(さつ)に、開山を引き継ぐ僧が安住して、いつの間にか傲慢となり、信者に頼って坐食するようになることを云う。「往けば凶」とは、このような名刹で修行している僧侶たちは、終には僧侶の本分を忘れて、武装して他の領地を簒奪するようになり、自らの力を強大にするようになることを云う。
 これが、今から四百年ほど前の時代のことである。
 六三の爻辞に「頤(い)に払(もと)る。貞なれど凶。十年用ふる勿れ。利しき攸无し。自分を養う力もないのに、震(動)の極点で妄動する。頤の道に甚だしく背いている。上九に養ってもらうのは正しいことだが、妄動するのでは、お話しにならない。このような人物を未来永劫用いてはならない。陸(ろく)なことにはならない」とある。「頤(い)に払(もと)る」とは、僧侶たちが坐食するだけでは満足せず、さらに強欲になることを云う。強欲の行き着くところは、暴力による強奪である。こうなると地獄の沙汰であり、修羅や鬼畜の所行に陥ってなお、反省するところがない。それゆえ、「貞なれど凶」と云う。「十年用ふる勿れ。利しき攸无し」とは、その暴力・暴行があまりにも非道いので、終には大衆から見放されて、世の中から弾き出されることを云う。
 これが、今から三百年ほど前の時代のことである。織田信長が僧侶を攻撃して焼き殺したのは、以上のような僧侶の振る舞いがあったからである。
 六四の爻辞に「顚(さかしま)に頤(やしな)わる。吉。虎(こ)視(し)眈(たん)眈(たん)たり。其の欲逐(ちく)逐(ちく)たり。咎无し。上の者が下の者に養われるのは逆さまだが、大臣の任務を全うすべく初九の補佐を得れば、幸を得る。虎のような威厳を保ちつつも猛(たけ)からぬ態度で初九に接し、徐々に間(かん)断(だん)なく己を養い、初九を説得すれば、誰からも咎められない」とある。
 「顚(さかしま)に頤(やしな)わる。吉」とは、やがて徳川家康が登場して、天下泰平の時代に入り、その恩沢は仏教界に及び、天海という僧侶を用いて仏教界を再編し、織田・豊臣の後継者として、人心をまとめるため、人德のある僧侶を尊崇・重用して、名刹と称される寺院を再興し、大いに仏教を普及させたことを云う。その恩沢は仏教界以外にも及び、四書五経を始めとして諸学問が盛んになったのは、広く知られている。
 徳川の時代は西洋からキリスト教が入ってきて、日本國民に悪影響を与えたので、キリスト教を禁止すると共に、仏教を定着させるために檀家制度を導入して、全ての国民を檀家として、近隣の寺院に所属するようにした。この檀家制度によって、寺院は国民の戸籍調査を行なう権利を得て、檀家を統治するようになった。
 徳川の時代には、仏教が盛んになって、寺院の数も増えた。これは、徳川時代の恩沢である。だが、僧侶は安定した収入を檀家から得られる仕組みができたので、修行を怠るようになり、終には戒律も守らなくなり、煩悩を貪るような乱行が目立つようになったので、乱行に及んだ僧侶は島流しにするなど、刑罰を厳しくした。
 戒律をきちんと守っている僧侶は尊崇されたが、戒律に甘いところがあったので、本当に尊崇すべき僧侶は少なかった。僧侶は檀家の葬祭を勤めることを本分と思うようになり、徳川の制度に柔順に従うようになった。だから、「顚(さかしま)に頤(やしな)わる。吉」と云う。「虎(こ)視(し)眈(たん)眈(たん)たり」とは、外面は忍辱を装った衣を着て、愚民に取り入り、殊勝な態度を示していても、内心は虎のように牙をむいて、愚民からお布施を収奪する象である。だが、その牙を外面にむき出すことはないので、檀家から一定の信頼を得て、葬祭に勤めている。
 それゆえ、「其の欲逐(ちく)逐(ちく)たり。咎无し」と云う。これが、今から二百年前の仏教界の姿である。
 六五の爻辞に「経(つね)に払(もと)る。貞に居(お)れば吉。大川を渉る可からず。六五は天下万民を養う力がない。六四も六二も陰柔で役に立たない。師と仰ぐ上九の指導を受ける。天子の常道には悖(もと)るが、道を守って教えに順えば天下を治められる。大川を渉るような危険を冒してはならない」とある。この爻は今回占筮して出た主爻である。よって、この物語が現在の仏教界の姿と観るべきである。
「経(つね)に払(もと)る」とは、仏教の趣旨に随っていないという意味である。維新の初期に、制度の大改革が行なわれて、仏教のあり方が根本的に見直された。皇室が寺院から離れて、寺院の権威は地に墜ち、これではいけないと、修行の大切さが見直されたが、そういう中で、政府は僧侶たちに肉食や妻帯を制限しなかった。そのような戒律は仏教上のことであり、政府が関与すべきでないと考えたからである。
 しかし、僧侶たちはそれを誤解して、戒律から離れて自由に振る舞うようになり、肉食や妻帯を恥じることなく、出家した人と在家の人の区別ができないようになってしまった。
名刹と称される由緒ある寺院も同様の有様となり、どうにもならない状況となった。これを「経(つね)に払(もと)る」と云う。僧侶ならば、一日も早くこのような状況から脱して、靈(れい)龜(き)の「龜(かめ)」のように、修行に耐え、お釈迦様の教えを固く守って、大衆から尊崇される存在になるべきである。このことを、「貞に居(お)れば吉」と云う。「大川を渉る可からず」とは安定感があることが吉運を招き、リスクを避けられることを云う。
 以上のことから、「時機を待たずに、仏殿を建て替えると、檀家から、批判されるので、急いではならない」と易断できる。
 そして、上九の爻辞に「上九。由(よ)りて頤(やしな)わる。危(あや)うけれども吉。大川を渉るに利し。頤は万物を養う時。養う力があるのは上九と初九のみ。初九は位が低く力を十分に発揮できない。上九が天子を指導して天下万民を養う。極めて危うい任務であるが、畏(おそ)れ慎み時に中るがよい。止まる時は終わり、開ける時が始まった。大川を渉るような危険を冒してもよい」とある。この爻辞は、これから百年間の仏教界のあり方を示していある。
「由(よ)りて頤(やしな)わる」とは、六五の政府が、僧侶の中から人德高く修行熱心な僧を選んで、保護することを云う。「危(あや)うけれども吉」とは、そのような僧が、さらに修行に励んで、大衆を教導すれば、善き社会となる(吉)ことを云う。
「大川を渉るに利し」とは、優れた僧侶が国民を教え導くだけでなく、印(いん)度(ど)に渡って、仏教の始祖であるお釈迦様の祖国が今や英国の植民地となってインフレに苦しんでいる貧民の現状を詳らかに視察して、お釈迦様の祖国であっても、近代化に遅れれば、このような惨状に陥ることを痛感して、わが国の人民がこのような惨状に陥らないように説き諭し、日本が近代化を進める必要性を啓蒙することを云う。
 優れた僧侶は、以上述べたように、お釈迦様の教えに基づいて大衆を教え導く。戒律から離れて自由に振る舞い、肉食や妻帯を恥じなくなった僧侶は、お釈迦様の教えを忘れ去ってしまった。このような僧侶たちは、北米や南米に渡航してもらい、渡航した国を開拓させ、私利私欲を満足させる(財を築かせる)べきである。
 試しに文明の機器を農業に用いれば、驚くほど生産性が向上して、大豊作となる。この富(豊作)で、貧民を救うことができる。すなわち、近代化の過程で堕落しかねない僧侶の力を、国家のために用いるべきである。これを「大川を渉るに利し」と云う。
 以上が山雷頤から読み取れる易断である。
(之卦風雷益の解説は今は省略する~白倉~)
頤 上九 |・・ ・・|

上九。由頤。厲吉。利渉大川。
□上九。由(よ)りて頤(やしな)わる。危(あや)うけれども吉。大川を渉るに利し。
 頤は万物を養う時。養う力があるのは上九と初九のみ。初九は位が低く力を十分に発揮できない。上九が天子を指導して天下万民を養う。極めて危うい任務であるが、畏れ慎み時に中るがよい。止まる時は終わり、開ける時が始まった。大川を渉るような危険を冒してもよい。
象曰、由頤、厲吉、大有慶也。
□由(よ)りて頤(やしな)わる、危うけれども吉とは、大いに慶(よろこ)び有るなり。
 天子を指導する。極めて危うい任務であるが、畏れ慎み時に中る。天下の艱難を救えば、天下万民大いに慶ぶのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)、此爻、天稟ノ才ヲ抱テ、國家ノ顧問ニ居ル、故ニ身ヲ致シ、心ヲ竭シ國家ノ幸福ヲ務ムベシ、智者盛運ヲ得ルノ者トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)天から授かった才能を有する国家の顧問である。心身共に国家に尽くして、治国平天下を実現させる。賢人の運氣が盛んになる時。
○養うところが正しいので、やがては吉運に恵まれる。
○智謀を養って、終には功を成し遂げる。
○至高の地位は危険である。功を成し遂げ、名声を手にして引退する。
○親戚や知人などを憐れんで、養うことがある。
○鬱憤を晴らすという理屈が通る時である。
○変じて「地雷復」となれば、人の保護を頼って幸せを得る。
○志を実現しようとして、方針を誤ることがある。よくよく考えてから行なうべきである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)余ハ毎年冬至ノ日ニ、翌歳事物ノ吉凶ヲ占フヲ以テ例トス、明治二十二年ノ冬、翌二十三年ノ麥作ヲ占ヒ、筮シテ頥ノ上爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)わたしは、毎年冬至の日に、翌年の物事の運勢(吉凶)を占うことを常としている。明治二十二年の冬至の日には翌二十三年の麦が豊作か不作かを占筮して頤の上爻を得た。翌年の一月、或る貴人が来訪されて話は今年の麦に及んだ。貴人が今年の麦は豊作か不作かと質問された。
 わたしは次のように答えた。
「今年は、政府がこれまで蓄えた予備の予算を投入し、米国から麦や米を買い入れ、食糧を確保しなければならない年になります」。
 貴人がその理由を聞いたので、わたしは次のように答えた。
「わたしが昨年の冬至占で今年の麦が豊作か不作かを占筮したところ、山雷頤の上爻を得ました。
 頤は内卦は雷、外卦は山。また、内卦の雷は農民で、よく動き働きますが、外卦の山は作物で、止まるという性質があります。したがって、農民がよく働いても、不作となるでしょう。頤は全体を観ると、大きな口を開けている形で、日本全体の食糧の過不足に関する内容となります。頤は養うという意味。上爻を得ましたが、上爻変ずると、上アゴが外れた形になります。上アゴが外れれば、食べることができません。それゆえ、今年の麦は不作だと予測すべきです。
 昨年は水害でお米が不作となりましたが、今年は、麦の不作が予測されるので、全国的に食糧が不足、値段が高騰し、貧しい人々の食糧が不足して、百姓一揆が起こっても不思議ではない状況に陥ることすら予想されます。政府は、このような状況を回避するために、速やかに予算を投入して、外国から米や麦を輸入する対策を講じる必要があります。
 外国から食糧を輸入して、多くの国民を食糧不足から救い養うのです。それゆえ、『由(よ)りて頤(やしな)わる』と云うのです。外国から輸入した米や麦に由って、貧しい人々を養う(頤)ということです。そして、この外国からの米や麦は、インドの西から、船によって運ばれてくるので、『大川を渉るに利し』と云うのです」。
 その後、わたしは、以上の易断を大蔵省に伝えた。
政府はわたしの易断を参考にして、予備の予算を投じて外国から米や麦を輸入し、各地の港から國内に流通させた。そのため、米や麦の価格は高騰せず、国民が食糧難に陥ることなく、安心して仕事や生活をすることができたのである。