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超釈古事記 須佐之男命の勝利宣言

2021年6月6日

須佐之男命の勝利宣言

【書き下し文】
爾(しか)くして速(はや)須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)、天照大御神に白(まを)さく、「我(あ)が心清く明(あか)きが故(ゆえ)に、我(あ)が生める子は手(た)弱(おや)女(め)を得(え)つ。此(これ)に因(よ)りて言はば、自(おの)ずから我(あ)れ勝ちぬ」と云(い)ひて、勝ちさびに天照大御神の營(つくり)田(た)の畦(あぜ)を離(はな)ち、其(そ)の溝(みぞ)を埋め、また、其(そ)の大(おお)嘗(にへ)を聞こしめす殿(との)に屎(くそ)まり散(ちら)しき。故(かれ)、然(しか)爲(な)すとも、天照大御神は、とがめずして告(の)りたまひて、「屎(くそ)の如(ごと)きは、醉(よ)いて吐き散らすとこそ、我(あ)が那(な)勢(せ)の命(みこと)、如(か)此(く)爲(し)つらめ。又、田の畦(あぜ)を離(はな)ち溝(みぞ)を埋むは、地をあたらしとこそ、我(あ)がなせの命(みこと)、如(か)此(く)爲(し)つらめ」と詔(の)り直(なを)せども、猶(なお)、其(そ)の惡しき態(わざ)止(や)まずして轉(うたた)あり。天照大御神、忌(いみ)服(はた)屋(や)に坐(いま)して、神(かむ)御(み)衣(そ)織(お)らしめし時、其(そ)の服(はた)屋(や)の頂(いただき)を穿(うが)ちて、天(あめ)の斑(ふち)馬(うま)を逆(さか)剥(は)ぎに剥(は)ぎて、墮(おと)し入れたる時に、天(あめ)の衣(はた)織(おり)女(め)、見(み)驚(おどろ)きて梭(ひ)に陰(ほ)上(と)を衝(つ)きて死にき。

〇通釈
 うけい(お子を産んでの競い合い)により、自らの天命を継承したのは、三柱の女神だったので、須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)は、天照大御神に次のようにおっしゃった。「わたしの心が清く明(あか)るかったので、わたしの天命を継承した子どもたちは、心が清く明るく美しい女神だったのです。今回の勝負はわたしの勝ちです」と鼻高々に一方的に言い放って、天照大御神がコツコツと耕作していた田んぼの畦道を壊した上に、その田んぼに水を引き入れるための溝を埋めてしまった。その上、何と天照大御神が稲の豊作に感謝して行う大嘗祭(新米を召し上がる儀式)の舞台となる御殿に、屎(くそ)をまき散らしたのである。
 このような、須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)のとんでもない蛮行に対して、天照大御神は、何のお咎めもなく、「御殿に屎(くそ)をまき散らしたように見えるのは、お酒に酔って吐き出した嘔吐物を屎と見間違えたのでしょう。須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)はわたしの愛しい弟なのですからきっとそういうことなのでしょう。また、田んぼの畦道を壊した上に、その田んぼに水を引き入れるための溝を埋めてしまったのは、もっと有効に土地を利用するために行ったのでしょう。わたしの愛しい弟がしたことなのですからきっとそういうことなのでしょう。」と、すべて善意に受け止めてお言葉をお述べになった。ところが、須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)の蛮行は治まるどころか、益々非道くなっていったのである。
 そして終に、天照大御神が神聖な機織り御殿に居られて、神様にお供えする衣服を機織りの女性に織らせていた時に、須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)は、機織り御殿の屋根に穴を開けて、まだらな毛並みの馬をお尻の方から皮を剥ぎ取って落とし入れた。それを見た機織りの女性はびっくりして手に持っていた機織りの道具を女陰に突き刺して死んでしまった。

〇超釈
 うけひ(ひ=命の泉から授かった自分の天命を受け継ぐお子を産んで、それぞれの役割を確認し合うこと)により、自らの天命を継承したのは、三柱の女神だったので、須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)は、天照大御神に次のようにおっしゃった。「わたしの心が清く明(あか)るかったので、わたしの天命を継承した(わたしが身に着けていた長剣から産まれた)子どもたちは、武力で日本をお守りする天照大御神の臣下として宗(むな)像(かた)の君主が慎んでお仕えする美しき三柱の大神(女神)だったのです。うけひによってわたしの役割は、これまで伊(い)邪(ざ)那(な)美(み)の命(みこと)が担ってきた陰の神様(陽の神様が発したエネルギーをそのまま受け取って、陽の神様が描いたビジョンやシナリオを実現するために萬物を創造する)の後継者として、四方を海に囲まれている日本の国を開拓すること。すなわち、日本に住んでいる人間たちが何を望んでいるかをよく知り、その望みを叶えるような国土を開拓(萬物を創造)することであることがはっきりしました。
 よって、今までのわたしの振る舞いを心から反省すると共に、根(ね)之(の)堅(かた)州(す)國(くに)におられるお母様に会いに行く前にわたしの役割を果たすために、高天原において、国土を開拓する準備(日本に農業を普及するための田畑の整備の研究等)を真摯な態度で行うことを誓います(自ずから我れ勝ちぬ)」と高らかに宣言した。
 そして、天照大御神がコツコツと耕作していた田んぼの畦道を壊した上に、その田んぼに水を引き入れるための溝を埋めた。以上はより良い田畑の整備の方法を研究するために行ったことである。そして、田畑の整備と祭祀の関係を見直すために、天照大御神が稲の豊作に感謝して行う大嘗祭(新米を召し上がる儀式)の舞台となる御殿に、屎(くそ)をまき散らした。誰もが稲を食べれば、最後には屎となって体外に排出され、屎は肥やしとなって様々な食べ物に養分を与えるという循環に感謝して大嘗祭を行うべきだと考えたからである。
 このような、須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)の大胆な行為に対して、天照大御神は、何のお咎めもなく、「御殿に屎(くそ)をまき散らしたのは、お酒に酔って吐き出した嘔吐物と見間違えたのでしょう。須(す)佐(さ)之(の)男(お)はわたしの愛しい弟なのですからきっとそういうことなのでしょう。また、田んぼの畦道を壊した上に、その田んぼに水を引き入れるための溝を埋めたのは、土地を有効に利用するために行ったのでしょう。わたしの愛しい弟がしたことなのですからきっとそういうことなのでしょう」と、すべて善意に受け止めてお言葉をお述べになったのである。
 ところが、須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)の大胆な研究活動は治まるどころか、益々過激になっていった。そして、農業(田畑の整備)と産業(機織り)の関係を研究するため、天照大御神が神聖な機織り御殿に居られて、神様にお供えする衣服を機織りの女性に織らせていた時に、機織り御殿の屋根に穴を開けて、まだらな毛並みの馬をお尻の方から皮を剥ぎ取って落とし入れた。機織りの女性はびっくりして手に持っていた機織りの道具を女陰に突き刺して死んでしまった。須(す)佐(さ)之(の)男(お)の命(みこと)は、これはやり過ぎであったことに直ぐに気付いたが、時すでに遅く、終に天照大御神の堪忍袋の緒が切れたのである。