根(ね)之(の)堅(かた)州(す)国(くに)訪問
□あらすじ
ウサギの予言どおり、八(や)上(かみ)比(ひ)賣(め)は、兄神たちの求婚を断って大国主と結婚した。怒った兄神たちは大国主を騙して、真っ赤に焼け爛(ただ)れた大岩を大国主に抱かせて(赤(あか)猪(い)抱(だ)き)大国主を殺した。母神が呼び寄せた陰の神様・神(かみ)産(む)巣(す)日(ひ)の神の力で大国主は蘇生した。
【書き下し文】
是(ここ)に八上比賣(やがみひめ)、八(や)十(そ)神(かみ)に答へて、「吾(あ)は汝等(いましたち)の言(こと)を聞かじ。大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神に嫁(あ)わん」と言(い)いき。故(かれ)、爾(しか)くして八(や)十(そ)神(かみ)忿(いか)りて、大(おお)穴(な)牟(む)の神を殺さむと欲して共に議(はか)りて伯(ほう)岐(き)の國の手間(てま)の山本に至りて云(い)わく、「赤き猪(い)、此(こ)の山に在り。故(かれ)、われ共に追い下(くだ)らば、汝(な)は待(ま)ちて取れ。若(も)し待ち取らずば、必ず汝(な)を殺さん」と、云(い)いて、火を以(も)ちて猪(い)に似たる大石(おおいし)を燒きて轉(ころ)ばし落(おと)しき。爾(しか)くして追い下り取る時に、即(すなわ)ち其(そ)の石に燒(や)き著(つ)きて死にき。爾(しか)くして其(そ)の御(み)祖(おや)の命(みこと)、哭(な)き患(うれ)ひて、天(あめ)に參(ま)い上(のぼ)りて、神(かみ)産(む)巣(す)日(ひ)の命(みこと)に請(もう)しし時に、乃(すなわ)ち𧏛(きさ)貝(がい)比(ひ)賣(め)と蛤(うむ)貝(がい)比(ひ)賣(め)を遣(つかわ)して作(つく)り活(い)けしめき。爾(しか)くして、𧏛(きさ)貝(がい)比(ひ)賣(め)きさげ集めて、蛤(うむ)貝(がい)比(ひ)賣(め)、待(ま)ち承(う)けて、母(はは)の乳(ち)汁(じる)と塗(ぬ)りしかば麗(うるわ)しき壯夫(おとこ)と成(な)りて出(い)で遊(あそ)び行(い)きき。
〇通釈
さて、八(や)上(かみ)比(ひ)賣(め)は意地悪な、八(や)十(そ)神(かみ)に向かって、「わたしはあなた方の求婚の申し込みを受け入れる気持はありません。わたしは、心優しい大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神のお嫁さんになろうと思います」と言った。この答えを聞いた八十神たちはかんかんに怒って、自分たちが悪いにも関わらず、怒りの矛先を大穴牟遲(おおなむぢ)の神に向けた。何と大穴牟遲(おおなむぢ)の神を殺してしまおうと考えたのである。実(まこと)に理不尽なことであるが、とにかく八十神たち全員が相談して大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神を殺すことを企(たくら)んだのである。
そして、伯岐(ほうき)の國(鳥取県西部)の手間(てま)山(鳥取県と島根県の境にある山)の麓に集まって、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神を呼び出し、次のように言った。
「赤い色をした凶暴な猪(いのしし)がこの山にいて、麓に住んでいる人々は大変に困っている。そこで、われわれがこの猪を山頂から麓の方に追い払うから、おまえは麓の方で猪を待ち伏せして捕まえろ。もし、捕まえそこなったら、おまえを殺してしまうぞ。」
実(まこと)に理不尽な話であるが、素直で心優しい大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神は言われた通りに麓の方で凶暴な猪を待ち伏せしていた。すると邪悪な八十神たちは、猪に似た形をしている大きな岩を真っ赤に爛(ただ)れるほどに火で焼いて、麓の方で待ち伏せしている大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神をめがけて山頂から転がし落としたのである。素直に八十神たちに言われた通りに猪を待ち伏せしていた大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神は、転がってきた大きな岩に立ち向かっていき、捕らえようとしたところ、真っ赤に爛(ただ)れるほど焼けた大きな岩に押し潰されて、死んでしまったのである。
そのことを伝え聞いた大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神の母神・刺(さし)国(くに)若(わか)比(ひ)売(め)は、心の底から泣き悲しんで(泣き患(うれ)いて)高天原に参(まい)い上(のぼ)りして、命を生み出す陰の神様・神(かみ)産(む)巣(す)日(ひ)の神にわが子を助けてほしいとお願いしたところ、神(かみ)産(む)巣(す)日(ひ)の神は、𧏛(きさ)貝(がい)比(ひ)賣(め)と蛤(うむ)貝(がい)比(ひ)賣(め)を出雲の国に派遣してくれた。𧏛(きさ)貝(がい)比(ひ)賣(め)(赤(あか)貝(がい)の神様)が削り落とした赤貝の粉(こな)を集めて、蛤(うむ)貝(がい)比(ひ)賣(め)(蛤(はまぐり)の神様)が、赤貝の粉を蛤の汁と刺(さし)国(くに)若(わか)比(ひ)売(め)の乳(ち)汁(じる)に溶いて薬をつくり、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神に塗ると、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神は、たちまち蘇生して、殺される前よりも立派な男神となって、すっかり元気になったのである。