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陰陽古事記伝 稲羽の素兎 その二

□あらすじ
 兄神たちに遅れて旅をしていた大国主は、兄神たちに騙されて苦しんでいるウサギを助けた。元気になったウサギ(ワニを騙したことを心から反省したので、後に兎神になる)は、兄神たちが求婚しようとしている八(や)上(かみ)比(ひ)賣(め)は、兄神たちの求婚を断って大国主と結婚すると予言した。

【書き下し文】
故(かれ)、痛み苦しび泣き伏せれば、最後(いやはて)に來(きた)りし大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神、其(そ)の菟(うさぎ)を見て、「何(なに)の由(ゆえ)にか汝(な)は泣き伏せる」と言(い)いき。菟(うさぎ)答えて、「僕(やつかれ)淤岐(おき)の嶋に在りて、此(こ)の地に度(わた)らんと欲(おも)うと雖(いえ)ども、度(わた)る因(よし)無かりき。故(かれ)、海のわにを欺(あざむ)きて、『吾(あ)と汝(な)と竸(くら)べて、族(うがら)の多き少きを計(はか)らんと欲(おも)う。故(かれ)、汝(な)は其(そ)の族(うがら)の在(あ)りし隨(まにま)に悉(ことごと)く率(い)て來て、此(こ)の嶋より氣多(けた)の前(さき)に至るまで、皆(みな)列(な)み伏(ふ)し度(わた)れ。爾(しか)くして吾(あれ)、其(そ)の上を蹈(ふ)みて、走りつつ讀(よ)み度(わた)らん。是(ここ)に吾(あ)が族(うがら)と孰(いづ)れか多きを知らん』と言(い)いき。如此(かく)言いしかば欺(あざむ)かえて列(な)み伏(ふ)す時に、吾(あれ)、其(そ)の上を蹈(ふ)みて讀(よ)み度(わた)り來て、今地(つち)に下(くだ)る時に、吾(あれ)、『汝(な)は我(あ)に欺(あざむ)かえたり』と云(い)いき。言い竟(おわ)るに即(すなわ)ち最も端(はし)に伏せるわに、我(あ)を捕えて悉(ことごと)く我(あ)が衣服(ころも)を剥(は)ぎき。此(これ)に因(よ)りて泣き患(うれ)えしかば、先(さき)に行ける八十(やそ)神(かみ)の命(みことのり)以(も)ちて、誨(おし)えて、『海(う)鹽(しお)を浴(あ)みて風に當(あた)りて伏(ふ)せ』と告(の)りたまひき。故(かれ)、敎えの如く爲(な)せば、我(あ)が身悉(ことごと)く傷(そこな)われぬ」と言(まを)しき。是(ここ)に大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神、其(そ)の菟(うさぎ)に敎(おし)えて、「今、急(すむや)けく此(こ)の水門(みなと)に往(ゆ)きて、水を以(も)ちて汝(な)が身を洗い、即(すなわ)ち其(そ)の水門(みなと)の蒲黄(かまのはな)を取り、敷き散らして、其(そ)の上に輾轉(こいまろ)はば、汝(な)が身は本(もと)の膚(はだ)の如く必ず差(い)えん」と告(の)りたまひき。故(かれ)、敎えの如く爲(な)せば其(そ)の身本(もと)の如し。此(これ)稻(いな)羽(ば)の素菟(しろうさぎ)なり。今には菟(うさぎ)神(がみ)と謂(い)う。故(かれ)、其(そ)の菟(うさぎ)、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神に、「此(こ)の八十(やそ)神(かみ)は必ず八(や)上(かみ)比(ひ)賣(め)を得じ。袋を負うと雖(いえど)も、汝(な)が命(みこと)獲(え)む」と白(まを)しき。

〇通釈
 ウサギが、「痛いよぉ、痛いよぉ」と泣き伏していると、八十神から随分遅れて大穴牟遲(おおなむぢ)の神(大国主の神)がやってきた。八十神と違って心優しい大穴牟遲(おおなむぢ)の神は、「どうして泣いているの」とウサギに尋ねた。
 ウサギは「ボクは隠岐の島に住んでいて、島から外ヘ出たことがありませんでした。ある時、海の向こうに大きな島(本州)があることに気が付き、その大きな島に行きたいと思うようになったのです。でも、その島に行く手段がありません。そこで、ワニさんを騙してその島に行くことを思い付きました。そして、次のように言ったのです。
 『ボクたちウサギとキミたちワニと、どちらの一族の数が多いか競争してみないか。キミたち一族を集めてきて、この島から大きな島の気多の岬まで、列になって並んでくれれば、ボクがキミたちの背中を渡って行きながらワニの数を数えて、ボクたちウサギ一族とキミたちワニ一族とどちらが多いか教えてあげるよ。』すると、ワニはボクが言ったとおりに並んでくれたので、ボクはワニの背中を数を数えながら渡り、あと一匹で気多の岬に到着する寸前、ワニに向かって、『やあい、キミたちはボクに騙されたぁ。(ボクは隠岐の島から本州にある気多の岬に渡るために、キミたちを騙して利用したんだ)。』と言い終わるや否や、最も気多の岬の近くに伏せていたワニが、ボクを捕まえて、ボクの身体中の毛という毛を全て抜き取ってしまったのです。そのため、身体中が痛くて泣いて(泣き患(うれ)いて)いたところ、貴方より先にここを通った八十神たちが、『海水を浴びてから、風が吹くのに当たり、高い山の頂上でうつ伏せになっていれば治るよ。』と言葉をかけてくれたので、その通りにしたのですが、海水を浴びる前よりも痛みが非道くなったのです。」
 その話を聞いた大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神は、ウサギに同情して痛みを治す方法を次のように教えてあげた。
 「今すぐに海に注いでいる河口に行って、その川の水で身体を洗い、川辺に生えている蒲(がま)の穂の花粉を採って敷散らして、その上に寝返りして転がり廻れば、痛みが取れて、やがて身体も元のように治るよ。」
 ウサギが大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神に教えられたままやったところ痛みは取れて、やがて身体も元のように治ったのである。以上が有名な「稲羽の素兎」の話である。
 そのウサギは今では兎(うさぎ)神(がみ)と呼ばれている。そのウサギが大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神に向かって「あんなに意地悪な八十神たちは美女の誉れ高い因幡の八上比売をお嫁さんにすることなんか絶対にできません。意地悪な八十神たちの荷物を大きな袋に全て入れて背負って嫌がりもせずに従者として順っている寛大で優しい心、人を思いやることができる心をもっている貴方が八上比売をお嫁さんに迎え入れることができるでしょう」と予言したのである。

〇超釈(阿部國治著 栗山要編 新釈古事記伝 第一集 致知出版社 を参考にして訳した)
 八十神たちのウソに騙されたウサギが、「痛いよぉ、痛いよぉ」と泣き伏していると八十神から随分遅れて大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神(大国主の神)がやってきた。八十神と違って心優しい大穴牟遲(おおなむぢ)の神は、「ウサギさん、どうして泣いているの」と声をかけた。
 すると、ウサギは「ボクは隠岐の島に住んでいて、島から外ヘ出たことがありませんでした。ある時、海の向こうに大きな島(本州)があることに気が付き、その大きな島に行きたいと思うようになったのです。(以上のようなウサギの気持を新釈古事記伝の著者阿部國治先生は「弥(いや)栄(さか)の心」と書いている。わたしの言葉で「弥栄の心」を定義すると、わたしたち全生命体が持って生まれた一大元氣・グレートパワーである。人間は他の生命体と違って脳味噌を使って色々な事を考えるので、このような一大元氣の現れを「好奇心」、「探究心」、「向上心」、「やる気」、「意欲」などと呼ぶ。)
 でも、ボクにはその島に行く手段がありません。そこで、ワニさんを騙してその島に行くことを思い付いて次のように言ったのです。『ボクたちウサギとキミたちワニと、どちらの一族の数が多いか競争してみないか。キミたち一族を集めてきて、この島から大きな島の気多の岬まで、列になって並んでくれれば、ボクがキミたちの背中を渡って行きながらワニの数を数えて、ボクたちウサギ一族とキミたちワニ一族のどちらが多いか教えてあげるよ。』すると、ワニはボクが言ったとおりに並んでくれたので、ボクはワニの背中を数を数えながら渡り、あと一匹で気多の岬に到着する寸前、ワニに向かって、『やあい、キミたちはボクに騙されたぁ。(ボクは隠岐の島から本州にある気多の岬に渡るために、キミたちを騙して利用したんだ)。』と言い終わるや否や、最も気多の岬(本州)の近くに伏せていたワニが、ボクを捕まえて、ボクの身体中の毛という毛を全て抜き取ってしまったのです。そのため、身体中が痛くて痛くて泣いて(泣き患(うれ)いて)いると、貴方よりも先にここを通った八十神たちが、『海水を浴びてから、風が吹くのに当たり、高い山の頂上でうつ伏せになっていれば治るよ。』と言葉をかけてくれたので、その通りにしたのですが、海水を浴びる前よりも痛みが非道くなってしまいました。」

(以上の話について、阿部國治先生は「嘘つき」というタイトルで、あらゆる生命体の中で嘘つきのいちばんの名人が人間であると書いておられる。その上で、「嘘というのはいけないものだ」ということを前提にして、「嘘つきは、稲羽の素兎ではなくて、われわれ人間である」と、嘘を平気でついてしまう人間を戒めておられる。
 また、これは新釈古事記伝を読んだわたしの解釈だが、ウサギが大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神によって救われたことやその後兎(うさぎ)神(がみ)と呼ばれるようになったのは、ウサギがワニを騙したことを心から反省して「泣き患(うれ)えた」からだと思う。阿部先生は新釈古事記伝の中で「泣き方」には善い泣き方と悪い泣き方の二種類の泣き方があると書いておられる。悪い泣き方は、須佐之男命が、伊邪那岐の命が「海原を知らせ」と事(こと)依(よ)せした天命を、受け容れようとせずに「泣きいさち」をしたという泣き方である。「泣きいさち」をする人は自分が泣いている原因を外に求めて自分を正当化する。だから「泣きいさち」をした人は、「泣いた」ことでますます自分が駄目な人間になるだけでなく、周りの人々を巻き込んで災難を招き寄せる。それに対して「泣き患える」という泣き方をした人は、自分が泣いているのは、自分が悪いからだと反省する。だから「泣いた」ことで自分が成長するだけでなく、周りの人々を幸福にすることができる。ウサギは「泣き患える」ことによってワニを騙したことを反省し、もう二度と嘘をつくまいと誓ったのだろう。だから、その後、立派なウサギに成長して兎(うさぎ)神(がみ)と呼ばれるまでになったのである。)

 ここから超釈に戻る。
 その話を聞いた大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神は、ウサギに同情して痛みを治す方法を次のように教えてあげた。
 「今すぐに海に注いでいる河口に行って、その川の水で身体を洗い、川辺に生えている蒲(がま)の穂の花粉を採って敷散らして、その上に寝返りして転がり廻れば、痛みが取れて、やがて身体も元のように治るよ。」
 ウサギが大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神に教えられたままやったところ痛みは取れて、やがて身体も元のように治ったのである。以上が有名な「稲羽の素兎」の話である。
 そのウサギは今では兎(うさぎ)神(がみ)と呼ばれている。そのウサギが大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神に向かって「あんなに意地悪な八十神たちは美女の誉れ高い因幡の八上比売をお嫁さんにすることなんか絶対にできないでしょう。意地悪な八十神たちの荷物を大きな袋に全て入れて背負って嫌がりもせずに従者として順っている寛大で優しい心、人を思いやることができる心をもっている貴方が八上比売をお嫁さんに迎え入れることができるでしょう」と予言したのである。

稲羽の素兎のまとめ

〇稲羽の素兎の話は求められる日本のリーダー像である
 この話は立派な指導者の第一条件として、人の嫌がることを嫌がりもせずにやることができる寛大で優しい心、人を思いやることができる心が大事だと教えている。日本人としてどのような人になることを目指すべきかを示している。 新釈古事記伝第一集に「できるだけたくさん、人さまの世話をやかせていただくことが立派なことである」「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを悦びとせよ」とある。

〇泣き患ひによって神様になった稲羽の素兎
 兎が大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神によって救われたことやその後兎(うさぎ)神(がみ)と呼ばれるようになったのは、兎がワニを騙したことを心から反省して「泣き患(うれ)えた」からである。「泣き患える」泣き方をすると、自分が泣いているのは、自分が悪いからだと反省する。だから「泣いた」ことで自分が成長するだけでなく、周りの人々を幸福にすることもできる。兎は「泣き患える」ことによってワニを騙したことを反省し、もう二度と嘘をつくまいと誓った。だから、その後、立派な兎に成長して兎(うさぎ)神(がみ)と呼ばれるまでになったのである。