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陰陽古事記伝 稲羽の素兎 その一

稲(いな)羽(ば)の素(しろ)兎(うさぎ)

□あらすじ
 須佐之男の六代目の子孫・大国主は沢山の兄神たちの求婚旅行に荷物持ちとしてついて行った。兄神たちは、道中、身体中の毛を剝がされて素っ裸になっているウサギを騙していじめた。

【書き下し文】
故(かれ)、此(こ)の大國主(おおくにぬし)の神の兄弟(はらから)は八(や)十(そ)神(かみ)坐(いま)しき。然(しか)れども皆(みな)國(くに)を大國主(おおくにぬし)の神に避(さ)りき。避(さ)りし所以(ゆえ)は、其(そ)の八(や)十(そ)神(かみ)、各(おのおの)稻(いな)羽(ば)の八(や)上(かみ)比(ひ)賣(め)に婚(あ)わんと欲する心有りて共に稻羽に行きし時に、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神に袋(ふくろ)を負(おほ)せて、從者(ともびと)と爲(し)て率(い)て往(ゆ)きき。是(ここ)に氣(け)多(た)之(の)前(さき)に到(いた)りし時に、裸(あかはだ)の菟(うさぎ)伏せりき。爾(しか)くして八(や)十(そ)神(かみ)、其(そ)の菟(うさぎ)に謂(い)いて、「汝(な)が爲(な)すは、此(こ)の海(う)鹽(しお)を浴(あ)み、風に吹き當(あた)りて、高き山の尾の上(へ)に伏せ」と云(い)いき。故(かれ)、其(そ)の菟(うさぎ)、八(や)十(そ)神(かみ)の敎えに從(したが)いて伏(ふ)せりき。爾(しか)くして其(そ)の鹽(しお)の乾(かわ)く隨(まにま)に、其(そ)の身の皮(かわ)、悉(ことごと)く風に吹き拆(さ)かえき。

〇通釈
(さて、話は須佐之男命の六代目の子孫である大国主神による出雲の国造りの話に発展する。)
 須佐之男命の六代目の子孫にあたる大国主の神には、八十神と呼ばれる沢山の兄神たちがいた。八十神たちには先祖神である須佐之男命が礎を築いた出雲の国をさらに開拓して立派な社会(国)を築こうという気持など毛頭もなく、骨の折れる国土開拓の仕事は大国主の神に任せて、それぞれ好き勝手なことをやっていた。
 そのうえ、八十神たちは、美女の誉れ高い因幡の八上比売にぞっこんで、八上比売をお嫁さんに迎え入れるための求婚活動に一生懸命であった。そこで、八十神たちは因幡を訪ねて八上比売に求婚するための旅(求婚旅行)に出ることにした。しかも、自分たちの荷物は全て大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神(大国主の神の初期の名前)に背負わせて従者として連れて行ったのである。
 (意地悪な八十神たちの荷物を全て背負わされている大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神は八十神たちから随分遅れて後をとぼとぼとついて行った。)
 八十神たちが気多の岬に着いた時に、身体中の毛を剥がされて素っ裸になっているウサギが痛みに耐えかねて横たわって泣いていた。八十神たちは、素っ裸になっているウサギを見て、同情するどころか面白がって、いじめてやろうと思い、次のようなウソを言った。
 「海水を浴びてから、風が吹くのに当たり、高い山の頂上でうつ伏せになっていれば治るよ。」
 ウサギが八十神たちの言うとおりにやってみたところ、風に吹かれて塩が皮膚に浸みて、痛みはますます悪化した。

〇超釈(阿部國治著 栗山要編 新釈古事記伝 第一集 致知出版社 を参考にして訳した)
(話は須佐之男命の六代目の子孫である大国主の神による出雲の国造りの話に発展する。)
 須佐之男命の六代目の子孫にあたる大国主の神には、八十神と呼ばれる沢山の兄神たちがいた。八十神たちは怠け者で自己顕示欲が強く、先祖神である須佐之男命が礎を築いた出雲の国をさらに開拓して立派な社会(国)を築こうという気持など毛頭もなく、骨の折れる国土開拓の仕事は大国主の神に任せて、それぞれ好き勝手なことをやっていた。(自分の好きなことを見つけて、それを職業にして地位とお金と名誉を得ようと思っていたのである。)
 そのうえ、八十神たちは、美女の誉れ高い因幡の八上比売にぞっこんで、八上比売をお嫁さんに迎え入れれば高いステイタスを得ることができると考えていた、何とか八上比売をお嫁さんにしようと企(たくら)んで八上比売に対する求婚活動に一生懸命であった。
 ある日、八十神たちは因幡を訪ねて八上比売に求婚するための求婚旅行に出ることにした。しかも、自分たちの荷物は全て大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神(大国主の初期の名前)に背負わせて従者として連れて行ったのである。

 大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神は、兄神たちがあんな風だから、自分が須佐之男命が礎を築いた出雲の国をさらに開拓して立派な社会・国を築くんだという志と優しい心に満ちていたので、八十神たちに言われるまま大きな袋に沢山の荷物を入れて肩に背負って従者としてついて行ったのである。また、この話は立派な指導者の第一条件として、人の嫌がることを嫌がりもせずにやることができる寛大で優しい心、人を思いやることができる心が大事だと教えているのであり、日本人としてどのような人になることを目指すべきかを示していると考えることができる。

 新釈古事記伝第一集に、阿部先生は次のように書いておられる。
「できるだけたくさん、人さまの世話をやかせていただくことが立派なことである」「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを悦びとせよ」

 さて、八十神たちが気多の岬に着いた時に、身体中の毛を剥がされて素っ裸になっているウサギが痛みに耐えかねて横たわって泣いていた。八十神たちは、素っ裸になっているウサギを見て、同情するどころか面白がっていじめてやろうと思い、次のようなウソを言った。
 「海水を浴びて、風が吹くのに当たり、高い山の頂上でうつ伏せになっていれば治るよ。」
 ウサギが八十神たちの言うとおりにやってみたところ、風に吹かれて海水の塩が皮膚に浸みて、痛みはますます悪化した。