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陰陽古事記伝 少名毘古那の神と国作り その一

少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)の神と国創り

□あらすじ
 大国主が出雲の国創りを進めている時に、美保の岬で佇んでいると、海の彼方から小さな小さな神様・少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)がやって来た。少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)は陰の神様・神産巣日の御子で、国創りの秘訣は「自分の存在を消し去ること」であることを大国主に諭して、出雲の国創りを手伝ってくれた。少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)の力を借りてもう一歩で国創りが完成すると云う段階で、少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)は常世の国に渡ってしまった。困った大国主が途方に暮れていると、神々しい光のような「命の泉」の神様(大物主と云う名を持つ大国主の分身の神様)が現れて、終に国創りは完成したのである。

【書き下し文】
故(かれ)、大國主の神、出雲の御大(みほ)の御(み)前(さき)に坐(いま)す時に、波の穗(ほ)より天(あめ)の羅摩(かがみ)の船に乘りて、鵝(かり)の皮を内剥(うつは)に剥(は)ぎて、衣服(きもの)に爲(し)て、歸(よ)り來(きた)る神有り。爾(しか)くして其(そ)の名を問(と)えども答えず。且(ま)た從(したが)える諸(もろもろ)の神に問えども、皆「知らず」と白(まを)しき。爾(しか)くしてたにぐく白(まを)して、「此(これ)は久(く)延(え)毘古(びこ)、必ず知りたらん」と言うに、即ち久延毘古(くえびこ)を召して問いし時に、答えて、「此(これ)は神産巣日の神の御子(みこ)、少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)の神ぞ」と白(まを)しき。故(かれ)、爾(しか)くして神産巣日の御(み)祖(おや)の命(みこと)に白(もう)し上げしかば 答えて、「此(こ)は實(まこと)に我(あ)が子なり。子の中に我(あ)が手俣(たなまた)よりくきし子なり。故(かれ)、汝(なんじ)葦(あし)原(はら)色(し)許(こ)男(お)の命(みこと)と兄弟(はらから)と爲(な)りて、其(そ)の國(くに)を作り堅(かた)めん」と告(の)りたまひ。故(かれ)、爾(それ)より大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)と少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)、二柱(ふたはしら)の神、相(あ)い並(とも)に此(こ)の國を作り堅(かた)めき。然(しか)くして後(のち)は、其(そ)の少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)の神は常世(とこよ)の國に度(わた)りき。 故(かれ)、其(そ)の少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)の神を顯(あらわ)し白(まを)しき所謂(いわゆる)久延毘古(くえびこ)は、今には山田のそほどなり。此(こ)の神は足は行かねども、盡(ことごと)く天(あめ)の下(した)の事を知れる神なり。
是(ここ)に大國主(おおくにぬし)の神、愁(うれ)えて、「吾(あれ)獨(ひと)りして何(いか)にか能(よ)く此(こ)の國を作ること得(え)ん。孰(いず)れの神か吾(あ)と能(よ)く此(こ)の國を相(あい)作らんや」と告(の)りたまひき。是(こ)の時に海を光(てら)して依(よ)り來(く)る神有(あ)りき。其(そ)の神、「能(よ)く我(あ)が前(まえ)を治(おさ)めば、吾(あれ)、能(よ)く共(とも)に相(あい)作(つく)り成(な)さん。若(も)し然(しか)らずば、國(くに)成(な)り難(かた)し」と言(の)りたまひき。爾(しか)くして大國主(おおくにぬし)の神曰(まを)さく、「然(しか)らば治(おさ)め奉(たてまつ)る状(かたち)は奈何(いか)に」。答えて、「吾(あ)を倭(やまと)の青(あお)垣(かき)の東(ひむがし)の山の上にいつき奉(たてまつ)れ」と言(の)りたまひき。此(これ)は御諸(みもろ)の山の上に坐(いま)す神なり。

〇通釈
 さて大国主の神は各地に沢(たく)山(さん)のお妃(きさき)を迎えて、順調に出雲の国の開拓を進めていったが、なぜか、どこかしら寂しげであった。ある日、大国主が出雲の美保の岬で佇(たたず)んでいると、海の彼方からガガイモの舟(蔓草の細長い実・二つに割ると舟の形になる)に乗って、蛾(が)の皮で作った粗末な衣服を着た神さまがやって来た。
 大国主がその神さまに名前を尋ねても、神さまは何も答えてくれない。大国主にお仕えしている神さま方に尋ねても誰も知らない。なぜか大国主は、その神さまに一目で魅了された。大国主がその神さまの名前を知っていそうな者を探していると、ヒキガエルが「この神さまの名前は案(か)山(か)子(し)のクエビコが知っているでしょう」と教えてくれたので、直ぐに案山子のクエビコを探してきて、その神さまの名前を尋ねた。クエビコは「この神さまは、天地創造の時に三番目に登場した神産巣日の神(萬物を産み出す役割の陰の神さま)の御子(みこ)であられる、少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)の神であられる」とお答えになった。
 そこで大国主が神産巣日の御(み)祖(おや)の命(みこと)に確認してみると、御(み)祖(おや)の命(みこと)は、「その子は確かに私の子である。私には多くの子どもがいるが、その子はあまりにも小さいので私の指の間から漏れ落ちてしまったのである。出雲の地に辿り着いたのも、何かの縁であるから、少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)とお前は兄弟となって、出雲の国創りを完成させなさい」と仰せになった。それから、大国主と少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)の二柱の神は、お互いに兄弟のように協力し合って出雲の国を創り固めたのである。
 しかし、国創りが完成する前に、少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)の神は海の彼方にある常(とこ)世(よ)の国に行ってしまった。ところで、少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)の神の名前を知っていた案(か)山(か)子(し)のクエビコは、今では山田の案山子と呼ばれる田んぼの神さまである。クエビコは案山子だから歩くことはできないが、世の中のことを何でも知っている神さまである。
 兄弟のように協力し合ってきた少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)を失った大国主は一人取り残されて、困窮し、「私一人で、どうやって出雲の国創りを完成させたらよいのだろうか。国創りを手伝ってくれる神さまが他にいるだろうか。」と、少(すく)名(な)毘(び)古(こ)那(な)が渡って行った常世の国につながる海を見つめて嘆いていた。すると、その時、目の前に広がる大海に光がサーッと射(さ)し込み、神々しい光のような神さまが現れた。その神さまは「あなたが、わたしの光の御(み)霊(たま)(命の泉)をお祀りすれば、わたしはあなたと共に国創りを手伝いましょう。わたしが手伝えば国創りは完成するでしょう。もし、わたしが手伝わなければ国創りは完成しないでしょう。」と仰せられた。
 大国主が「では、どのようにしてあなたの光の御霊(命の泉)をお祀りすればよいのでしょう。」と尋ねたところ、その神さまは「わたしの光の御霊(命の泉)を、大和(奈良県)の青々とした垣根のように巡らせている山々の、東の山の頂(いただき)にお祀りしなさい。」と仰せられた。このようにしてお祀りした神さまが、御(み)諸(もろ)山(やま)(奈良県の三(み)輪(わ)山(やま))の上に鎮座している神さまである。