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期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 坎為水

二九 坎為水 ・|・ ・|・

習坎、有孚。維心亨。行有尚。
□習(しゆう)坎(かん)は孚(まこと)有り。維(こ)れ心亨(とお)る。行(ゆ)きて尚(たつと)ばるる有り。
 習坎は険阻艱難が重なった時。君子(一陽)が小人(二陰)に挟まれて、二進(につち)も三進(さつち)も行かないが、真ん中(一陽)に至誠が充実している。
 険(けん)阻(そ)艱(かん)難(なん)な時に処するには、何事にも動揺せず、心泰然と自得して志を貫徹するしかない。畏(い)縮(しゆく)してじっとしていたのでは何も変わらない。
果敢に行動するからこそ、人から尊敬される。
彖曰、習坎、重險也。水流而不盈、行險而不失其信。維心亨、乃以剛中也。行有尚、往有功也。天險不可升也。地險山川丘陵也。王公設險、以守其國。険之時用大矣哉。
□習坎は重(ちよう)険(けん)也。水は流れて盈(み)たず、険を行きて其の信を失わず。維れ心亨るとは、乃ち剛中を以て也。行きて尚ばるる有りとは、往きて功有る也。天険は升(のぼ)る可(べ)からざる也。地険は山(さん)川(せん)丘(きゆう)陵(りよう)也。王(おう)公(こう)、険を設け以て其(そ)の國(くに)を守る。険の時(じ)用(よう)、大(だい)なる哉(かな)。
 習坎は険阻に険阻、艱難に艱難が重なる険阻艱難な時。水はつかえることなく流れ、一箇所に止まっていないから、満ちて溢れることがない。石にぶつかり、岩に遮(さえぎ)られ、紆余曲折して、終には大(たい)海(かい)に至る。険阻艱難な時に処するに、何事にも動揺せず、心泰然と自得して志を貫徹する。君子(九二と九五)が剛健中庸の德を備えている。果敢に行動するからこそ、人から尊敬される。至誠の心で果敢に行動すれば必ずや険阻艱難を脱し、大衆の信頼を得て大事を成し遂げる。
 天が命じた艱難辛苦はどうすることもできない。大地に聳(そび)え立つ艱難辛苦は山川丘陵か。君主は城の周りに高い城壁を築き、堀で囲んで兵士を配置し、外敵の侵略に備え、德治を施して道德心を高め、礼制を広めて秩序を保ち、國を守って民を安心させる。
険阻艱難な時に処する作用は、何と偉大なことであろう。
象曰、水洊至習坎也。君子以常德行、習教事。
□水洊(しき)りに至るは習坎なり。君子以て德行を常にし、教事を習(かさ)ぬ。
 水は流れて止(や)まず険阻に耐えて大海に至る。これが習坎の形。
 君子は、常に德行を重ねて己を磨き、懇切丁寧に反復して、民を教え導く。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)運氣極メテ艱難ナリトス、而シテ此艱難ノ爲メニ、能ク心ヲ沈メテ考フルトキハ、却テ世事人情ヲ知リ、所謂通人達士ノ稱ヲ得ベキ機會ナリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)運氣が極まって艱難に遭遇する時。だが、艱難について、よく冷静に考えれば、世の中のことや人情の機微について知ることができるチャンスである。水が器の形に自然と従うように、抵抗しないで五爻の時に至れば、艱難は自然と去って行く。それまでは、只(ひた)管(すら)辛抱して、時を待つべし。
 決して、狼狽してはならない。策を講じて逃げようとしてはならない。狼狽して策を講ずれば、心は萎えて、身体は疲れ切り、終には困苦に押し潰される。これは、艱難に処する道ではない。
 艱難は己の心を磨くためにある。辛抱を心棒に育てる時である。この時ばかりは、何をやってもどうにもならない。吉運から見放された時。ありとあらゆる災難に見舞われる時である。何事も懼れ慎んで、神様仏さまにお祈りするしかない。あなたに信用があっても、閉塞状態に陥り、あなたの理屈が正しくても、どん底に陥る時である。
○とっても悲劇的な象(かたち)をしている。
○住んでいる処(住居)が安定しない時である。
○浮き沈みが多い時である。 ○苦労が多い時である。
○上卦の各爻は、昔淫(みだ)らな行いをしていた。下卦の各爻は、今淫らな行いをしている。
○人事を占ってこの卦が出たら、君子は世のこと人のことを心配し、小人は自分が困難に陥ることを心配する。
○砲台を建築するという象(かたち)。 ○盗難に遭い、病気に罹る時。
○陥る時である。 ○険しい時である。 ○溺れる時である。
○君臣(社長と社員、上司と部下)の関係が調和しないで、共に困難に苦しむ。 ○二人とも命を捨てる時。
○家族(や組織)の意見が二つに分かれて、調和することが難しい時。
○理屈で動いて、理屈から外れる時。 ○物価は下落する。

坎 初六 ・|・ ・|・

初六。習坎、入于坎窞。凶。
□初六。習(しゆう)坎(かん)、坎(かん)窞(たん)に入(はい)る。凶。
 柔弱不中正で習坎の最(さい)下(か)に居(お)り、六四の支援もなく孤立無援。落とし穴の中の落とし穴に陥り、全く身動きが取れない。最悪の状態に陥る。
象曰、習坎、入坎、失道凶也。
□習(しゆう)坎(かん)、坎に入(はい)ると、道を失いて凶なる也っっm。
 最悪の状態に陥る。至誠の心で果(か)敢(かん)に行動する「君子の道」を忘れたのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)未ダ一人立テ事ヲ爲ス可ラザルノ時トス、常ニ憂苦アリト雖モ、堪ヘ忍ビテ、信ヲ貫カバ、竟ニ免ルルコトヲ得ベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)独り立ちして、事を為そうとしてはならない。常に心配ごとや苦しいことを抱えているが、堪え忍んで、人から信用される人間になれば、心配ごとや苦しみから免れる。従来の方向を軌道修正し、過ちを反省し、善き方向に進み、困窮から脱する方法を模索すべきである。水泳を習おうとして、水に溺れる。何事も慎むべきである。
○己を修めて人を治める。小善を毎日積み重ねて習慣にすれば、安定した人格と品性を養える。 ○心が定まらない時。
○井戸の中に陥ってどうにもならない。あらゆることが思ったとおりにならない。
○愚(ぐ)昧(まい)(おろか)な時。
○不善を行なっている(行い始めた)のに、改めることができない。
○何をやっても幸せになれずに、心配ごとが積み上がっていく。
○善からぬものが潜んでいる時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)友人來テ氣運ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、坎ノ初爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)友人から氣運を占ってほしいと頼まれたので、占筮したところ、坎の初爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 坎は、水の性質を有する。水は高い所から低い所に落ちていく。坎の字は、土が欠けている。すなわち、穴の中に水が落ちている(陥っている)状況である。
 人の氣運を占って、この卦が出たら、高い所から落ちて困難に陥る。上卦と下卦共に坎であるから、困難に困難が重なる時である。
 初爻が出たので、水に陥り、あるいは、水底にある穴に陥ったような状態である。応爻もなく、支援してくれる人は誰もいない。陰爻陽位で、才能も智恵もない。氣力が強いので、困難を甘く見て、常に失敗する。ますます妄動して、ますます困難に陥る。
 時運の避けられないところであり、智恵と力を発揮する時ではない。事を為してはならない。只(ひた)管(すら)謹慎して、心を磨き、時運が回復するのを待つべきである。
これを「習(しゆう)坎(かん)、坎(かん)窞(たん)に入(はい)る。凶。柔弱不中正で習坎の最(さい)下(か)に居(お)り、六四の支援もなく孤立無援。落とし穴の中の落とし穴に陥り、全く身動きが取れない。最悪の状態に陥」と云う。
だが、天運は循環して滞ることがない。「今から五年後には(坎の時が終われば)衰運も終る」と易断した。
その後、果たして、易断の通りとなった。

坎 九二 ・|・ ・|・

九二。坎有險。求小得。
□九二。坎に険有り。求め小(すこ)しく得(う)。
 険阻艱難な時、上下二陰の中に陥り、身に危険が迫っている。
 艱難辛苦の境遇から脱することはできない。剛中の德で至誠を貫き小事を為すことはできる。
象曰、求小得、未出中也。
□求め小(すこ)しく得(う)とは、未(いま)だ中を出(い)でざる也。
 至誠を貫き小事を為す。剛中の德で志(し)操(そう)を堅持するのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)正實ニシテ才智アリト雖モ、身ニ艱難多クシテ、心思ヲ苦シムベシ、今ヤ運氣否塞ノ時トス、故ニ大ナル事ヲ思ヒ立トモ詮ナシ、小事ナレバ叶フベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)誠実で才能と智恵があっても、身に降りかかる険阻艱難が多く、心が苦しくなることを避けられない。今は運氣が閉塞している時。
 大事を為そうとしてはならない。小さな事なら、何とかなる。
○険阻艱難が重なる中で、自分が持っている才能を発揮することができない。平穏であればよしとすべきである。
○心の中に実直さがあれば、願いや希望が少し叶うかもしれない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)東京或ル富商ノ支配人來リテ、其店ノ氣運ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、坎ノ第二爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)東京のある富豪の支配人がやって来て、店の氣運がどうであるかを占ってほしいと頼まれた。
 占筮したところ、坎の二爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 坎は、地が欠けた所(落とし穴)に水が溜っている。商店の氣運を占って、この卦を得た。二爻と五爻は中庸の德を具えており、本店と支店の関係と見られる。
 本店も支店も水(上卦も下卦も坎)の性質を持っているから、商売の氣運は衰退し、困難に何度も遭遇する。
 二爻と五爻は陽爻同士で応ずる関係になく、本店は困難に陥って支店を助けることができない。支店もまた困難に陥って本店を助けることができない。このままでは、本店と支店はバラバラになる恐れがある。
 今回、占筮して第二爻が出た。二爻は支店。二爻の支配人である貴方が、本家の主人の代理人として、財産を管理し、財政状態を任されている職にある。本店を助けるのは支店の役割である。だが、今は支店も困難に陥っており、本店を助けることができない。今の支店の役割は、困難を耐え忍んで、支店の存続を維持することにある。
 以上のことを「坎に険有り。求め小(すこ)しく得(う)。険阻艱難な時、上下二陰の中に陥り、身に危険が迫っている。艱難辛苦の境遇から脱することはできない。剛中の德で至誠を貫き小事を為すことはできる」と云う。
 このような時は、支店と本店が対抗しようと思ってはならない。
「本店と支店が力を合わせて、今の困難を乗り越えれば、四年後には(坎の時が終れば)盛運を招き寄せる」と易断した。
 その後、易断の通りとなった。

坎 六三 ・|・ ・|・

六三。來之坎坎。險且枕。入于坎窞。勿用。
□六三。来(く)るも之(ゆ)くも坎(かん)坎(かん)たり。険にして且(か)つ枕(まくら)す。坎(かん)窞(たん)に入(はい)る。用ふる勿(なか)れ。
 陰柔不中正で道德才能乏しく習坎の狭間に居て孤立無援。まさに険阻艱難の極み。進もうとしても、退こうとしても、止まろうとしても、険阻艱難が待ち受けている。八方塞がりの境遇にありながら、己の力を過信して高枕で寝ている。さらなる険阻艱難に陥るしかない。一歩たりとも動いてはならない。
象曰、來之坎坎、終无功也。
□来(く)るも之(ゆ)くも坎(かん)坎(かん)たりとは、終に功なき也。
何をしようが、険阻艱難が待ち受けている。動けば動くほど険阻艱難に陥り、二進(につち)も三進(さつち)も行かないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)事ニ行詰リ、進ムコト能ハズ、退クコトモ亦爲シ難ク、途方ニ暮ルルノ時トス、人ノ助ヲ求メテ應ナク、我力亦用フルニ足ラズ、然レドモ二ヶ月ノ後ニ至レバ、時運變ジテ策ヲ施スノ道アルベシ、宜しく其時ヲ待ツベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)事に行き詰まって進むことができない。かといって、退くこともできない。どうにもこうにも途方に暮れる時である。人に助けを求めても、誰も応えてくれない。自分の力ではどうすることもできない。
だが、二カ月ほど経過すれば、時運が変化して、策を施す道が開けてくるので、その時が到来するのを待つべきである。
○坎は横たわるという象(かたち)。
○盗賊の象(かたち)。盗賊は昼間は寝ていて、夜になれば出掛ける。陰氣に乗じて、邪な気持ちが、正しい気持ちを、侵略する。
○険阻艱難と険阻艱難の間に陥ってしまった。何事も慎んで行い無事であることを願うべきである。
○危険な所に居ることを知らず、いびきをかいてグッスリ眠っている。何をやってもどうにもならない時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)某氏來リテ、氣運ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、坎ノ第三爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある人物がやって来て、氣運を占ってほしいと頼まれたので、占筮したところ、坎の三爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 坎は水の性質を有している。水は低い所に落ち込んでいる(陥っている)存在。占ってこの卦が出た場合は、困難に陥って心配ごとや苦しみごとが絶えない時であり、上卦と下卦共に坎であるから、心配ごとや苦しみが延々と続く。
 今回は三爻が出た。進もうとすれば九五の険難が待ち構えており、退こうとすれば九二の険難が待ち構えている。今居る場所も、険難の穴の中。安心できることは何一つない。
 泳げない人が、川を渡ろうとして、疲労困憊した身体を、川の中州で休ませているが、その前面には、大きな川が立ち塞がっている。進みたくても進むことができず、引き返そうにも引き返せない。中州に居るが、水の勢いがどんどん盛んになって、水量が増加することを抑制することはできない。正(まさ)しく、進退窮まり、どうにもならない状況である。
 人の氣運に当て嵌めても、全く同じ。それゆえ、いかに人智を用いて、事を成し遂げようとしても、どうすることもできない。
 だから、「来(く)るも之(ゆ)くも坎(かん)坎(かん)たり。険にして且(か)つ枕(まくら)す。坎(かん)窞(たん)に入(はい)る。用ふる勿(なか)れ。陰柔不中正で道德才能乏しく習坎の狭間に居て孤立無援。まさに険阻艱難の極み。進もうとしても、退こうとしても、止まろうとしても、険阻艱難が待ち受けている。八方塞がりの境遇にありながら、己の力を過信して高枕で寝ている。さらなる険阻艱難に陥るしかない。一歩たりとも動いてはならない」と云う。「但し、坎の時が終れば、この最大の衰運も終って、盛運の時が到来する」と易断した。
 果たして、易断の通りになったのである。

坎 六四 ・|・ ・|・

六四。樽酒簋貳、用缶。納約自牖。終无咎。
□六四。樽(そん)酒(しゆ)、簋(き)貳(そ)ふ。缶(ほとぎ)を用(もち)ふ。約(やく)を納(い)るること牖(まど)よりす。終(つい)に咎(とが)无(な)し。
 陰柔正位の六四の大臣は才能乏しく君主を救出できないが、一樽の酒と黍(しゆ)稷(しよく)が盛ってある器を添える如く倹約質素にして至誠の心で君主に仕える。
 窓から明かりが差し込むように、簡約な言葉で要点を話す。君主もよく話を聞いてくれる。至誠の心で君主に仕えるので、終には、誰からも咎められない。
象曰、樽酒簋貳、剛柔際也。
□樽(そん)酒(しゆ)、簋(き)貳(そ)ふとは、剛柔際(まじ)わる也。
 至誠の心で君主に仕える。険阻艱難の非常時に君臣相交わり国家安泰を願うのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)今、艱難ニ居ルト雖モ、最早免ルベキ目的アリ、牖ヨリ約ヲ納ルルハ、信友ヨリ我艱難ヲ濟ヒニ來ル者ナリ、互ニ孚誠ノ相感ズル時トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)今は険阻艱難の真っ直中だが、窓から明かりが差し込むように、一筋の光が見えてきた。親友が険阻艱難の中から救うべく、こちらに向かっている。お互いの真心が通じ合う時である。
○陰陽相交わる象。 ○恋愛など、さまざまな物語が発展する。
○表面的には分からないが、内面的に親切を尽くす時。
○陰氣の中に陥って、空疎な何物かが、現実の何物かを、陥れる時。
○ただ只(ひた)管(すら)、神仏のご加護があることを祈ることが肝要である。そうすれば、感じるものや応じるものがある。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)縉紳某氏來リテ、氣運ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、坎ノ第四爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある紳士がやって来て、氣運を占ってほしいと頼まれたので、占筮したところ、坎の四爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 坎は、心配事や苦労が続き、険阻艱難が度重なる時。易の中にある「水雷屯」「水山蹇」「沢水困」という三つを難卦(困難な時の物語)と云うが、もっとも困難な「坎為水」を加えて四大難卦と云う。それゆえ、占ってこの卦が出た時は、険阻艱難に度々襲われて、神仏を信じる心が自然と醸成される。
 今回、占って四爻が出た。五爻の友と一緒に、志を同じくして大義を抱き、協力し合って、善き事を為し遂げようとする。だか、思ったようにならずに、己の不運を嘆くが、同時に、生まれて初めて天命を悟る。そこで、神仏からご加護を賜るべく、神仏を尊崇し、一樽のお酒をお供えして、お祭りするのである。
 四爻と五爻が困難に陥っても、表面は誰も助けてくれないが、背後から誰か(何か)が助けてくれる。困難の中に一筋の光明が差してきた。そのことを四爻と五爻はお互いに感じて真心を交わし合う。
 以上のことから「年が明ければ(坎為水の時が終れば)、必ず盛運の時が到来する」と易断した。
(易断はここまで、ここからは一般論。)
 世には、神仏を信じる人と信じない人がいる。双方、いろいろな言い分があるけれども、ある意味では似たもの同士である。
 神仏を信じない人でも、何か心に疑うところがあれば、疑問を解こうとして、心の拠り所を求める、神仏を信じてそれを心の拠り所としている人と変わらない。
 神仏を信じる人々には、二つのタイプがある。
 生まれつき信仰心があり、幼い頃には、しっかりとした信仰心が根付いているタイプの人と、最初は神仏など全く信じていないが、先生や友だちの影響によって、神仏に興味を持ち、色々と研究しているうちに、すっかり神仏を信じるようになるタイプの人である。
 後者のタイプの人は、聖人の言葉を重んずるようになる。
 日本は神道の国だから、心は天から授かった賜物だと考え、人は天地と同じ存在だと考える。聖人は天地の心を生まれつき知り尽くしていて、聖人を尊崇する人は、聖人の教えを学んで天地の心を知る。そして、困難に陥ると、さらに天地の心を知って、聖人を尊崇するようになる。
 坎為水の困難を体験した人は、学問によって知識を深めて心を磨き、さらに困難を重ねて、苦しみの中で人間を磨く。辛酸を嘗め、家族も辛い思いをして、世間から冷たくあしらわれる。運から見放された自分を嘆いて、絶望的な心境に追い込まれる。
 以上の苦しみを経て、初めて天命を悟る。
 人は天命を悟って、心から神仏を信じるようになる。

坎 九五 ・|・ ・|・

九五。坎不盈。祇既平。无咎。
□九五。坎(かん)盈(み)たず。祇(まさ)に既(ことごと)く平らぐ。咎无し。
 上卦坎の真ん中(落とし穴の中)に居るが、穴にはどんどん水が注がれ、もう少しで抜け出せそうだ。しかし、九二の補佐がないので水の勢いは弱く、穴を満たすほどではない。険難を德で覆うことはできても、德が溢れる社会を築くことはできない。さらに水を注いで穴に水を満たし、地面と水とを平らにすることができれば、君主としての役割を果たしたことになる。※九五の天子は、険難を德で覆うこと(地面と水とを平らにすること)はできても、德が溢れる社会を築き上げること(穴から水が溢れ出ること)はできない。
象曰、坎不盈、中未大也。
□坎(かん)盈(み)たずとは、中(ちゆう)未(いま)だ大ならざる也。
 德が溢れる社会を築けない。剛健中正の德が、未だ光り輝くには至らないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)一家ヲ保タントシテ、是迄辛勞困苦セシナリ、今ヤ漸ク平ニ赴キ、久シカラズシテ災厄ヲ免ルルヲ得ベシ、成功未ダ大ナラズト雖モ、遂ニ咎ナク、吉ニ赴クベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)家を保つため、何度も何度も艱難辛苦を味わってきたが、ようやく平和な兆しが訪れて、久しぶりに災難から逃れる道が見えてきた。
未だ大きな功を成し遂げられるわけではないが、どうやら咎を免れて吉運に向かう時がやってきた。
○溝から水が溢れ出て、大洪水を治める時。
○険阻艱難がようやく収まりつつある時。
○己を知り、己の分を守って、時の到来を待てば、終に咎を免れる。
○真心(至誠)がある。
○陽剛で中正の德を具えた天子が、尊位に在る時。平和を実現すれば咎を免れる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)相識ノ商人某來リテ、氣運ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、坎ノ第五爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある商人がやって来て、氣運を占ってほしいと頼まれたので、占筮したところ、坎の五爻を得た。
易斷は次のような判断であった。
坎は、困難が嫌になるほど重なって、心配事や苦労が絶えない時。だが、五爻が出た場合は、これまでの苦労が報われて、ようやく平和が訪れ、これからは盛運に転じていく。
よって、「これまでは、どうにもこうにもならなかったことが、できるようになっていく」と易断した。
 それゆえ、「坎(かん)盈(み)たず。祇(まさ)に既(ことごと)く平らぐ。咎无し。上卦坎の真ん中(落とし穴の中)に居るが、穴にはどんどん水が注がれ、もう少しで抜け出せそうだ。しかし、九二の補佐がないので水の勢いは弱く、穴を満たすほどではない。険難を德で覆うことはできても、德が溢れる社会を築くことはできない。さらに水を注いで穴に水を満たし、地面と水とを平らにすることができれば、君主としての役割を果たしたことになる。※九五の天子は、険難を德で覆うこと(地面と水とを平らにすること)はできても、德が溢れる社会を築き上げること(穴から水が溢れ出ること)はできない。」と云う。
 果たして、その後、易断の通りになった。

坎 上六 ・|・ ・|・

上六。係用徽纆、寘于叢棘。三歳不得。凶。
□上六。係(つな)ぐに徽(き)纆(ぼく)を用い、叢(そう)棘(きよく)に寘(お)く。三歳まで得(え)ず。凶。
 小人が険難の極に至れば必ず妄進して自滅する。君主の座を奪い取ろうと奸計を目論見、二重三重に縄で縛られて牢屋に置き去りにされる。
 三年経っても悔い改めなければ、死刑に処せられても仕方ない。
象曰、上六失道。凶三歳也。
□上六は道を失う。凶なること三(さん)歳(さい)也。
 険難に処する道(習坎は孚有)を甚(はなは)だしく逸脱してしまった。それゆえ、三年経っても悔い改めなければ、死刑に処せられも仕方ない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)身艱難ニ處シテ心ヲ磨クノ思慮ナク、詐欺妄行ヲ働キ、災ヲ得ルノ時トス、宜シク心ヲ改メテ善行ヲ勵ムベシ、然ラザレバ愈々詭策ヲ揮テ不善ノ徒ニ陥ルベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)困難に陥っているのに、何も省みようとせず、誤魔化しや妄言を続け、災難(人災)を招く時。よく反省し志を改め善き行いをしなければならない。そうでなければ、さらに人の道を踏み外して、大きな悪行を犯しかねない。慎む心が何より大切である。
○牢獄(刑務所)に入るという象。 ○悪巧みを計画する時。
○険阻艱難が度重なる時の極点に居て、紛争がさらに悪化する時。
○決意を固めないで行動すれば、居場所を失って漂うしかない。
○心身共に疲れ切って、心配事や苦労が絶えない時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治十七年十月埼玉縣秩父郡ニ暴徒蜂起シ、勢猖獗ニシテ、延テ各郡ヲ侵害セントスルノ報、各新聞ニ囂々タリ、予深ク之ヲ憂フルノ際、一友人來リテ、其結局如何ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、重坎ノ上爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治十七年十月、埼玉県秩父郡で、暴徒が蜂起し勢いが各郡に広がって、大きな被害が出ている。この事件が、各新聞に大々的に報じられた。わたしは、事件のことを心配していたが、一人の友人がやって来て、事件の結末がどうなるかを占ってほしいと頼まれた。
 そこで、占筮したところ、坎の上爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 坎為水は上卦・下卦共に坎。坎は険阻艱難が重なる時。上卦の政府は欧米の文化を学び、時代に合わなくなった悪しき風習を改善して、欧米各国と同じような文明社会を築き上げようとしている。文明社会を築き上げるためには、膨大な資金が必要だが、十分な資金を得ることができない。これは上卦の険阻艱難である。下卦の人民は、未だに近代化の恩恵を受けることなく、近代化を進めるのに必要な出費が嵩む。これは下卦の険阻艱難である。この上卦と下卦の険阻艱難は、天命や運命につながる険阻艱難である。
 我が国は、徳川の治政が三百年近くも続いたので、古い風習がしっかりと定着しており、悪しき風習を改めたり、時代に適合した仕組みを構築することが不得手である。欧米諸国と比べると、文明国家として遅れていることは否定できない。
 世界各国が対立している中で、独立国としての主権を守るためには、政府と人民が一体となって資金を捻出して、近代化の基礎を築き上げなければならない。
 今回暴徒が蜂起した事件を占って上爻が出た。
 いよいよ険阻艱難な時の終極を迎える中で、度重なる困難に窮した人民が集まって暴動を起こしたのである。大局からこの状況を俯瞰すれば、過度に心配することはない。
 このことを、「係(つな)ぐに徽(き)纆(ぼく)を用い、叢(そう)棘(きよく)に寘(お)く。三歳まで得(え)ず。凶。小人が険難の極に至れば必ず妄進して自滅する。君主の座を奪い取ろうと奸計を目論見、二重三重に縄で縛られて牢屋に置き去りにされる。三年経っても悔い改めなければ、死刑に処せられても仕方ない」と云う。
 数千人という暴徒を刑務所に入れて、国家予算を投じると善良な庶民が資金的な負担をして、大変な負担となる。そこで、「暴動の首謀者以外は軽い処分で済ませて、自宅で謹慎させることになる」と易断した。
 果たして、事件の結末は、易断の通りであった。