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山縣大弐著 柳子新論 川浦玄智訳注 現代語訳 その三四

 故(ゆえ)に士(し)庶(しよ)人(じん)の贄(し)、或(あるい)は一家の產(さん)を破り、卿(けい)大(たい)夫(ふ)の贈(おくりもの)、率(おおむ)ね一(いち)歳(さい)の俸(ほう)を傾(かたむ)く。これを贈(おく)る者多くして、これに酬(むく)ゆる者寡(すくな)ければ、則(すなわ)ち貨(たから)は皆威(い)權(けん)の門に聚(あつま)る。乃(すなわ)ち士(し)大(たい)夫(ふ)のその身を立てんと欲する者、十(じゆつ)室(しつ)の邑(ゆう)、儋(たん)石(せき)の俸(ほう)、なんぞ以(もつ)てその妻(さい)孥(ど)を養ふに足らんや。ここを以てその仕(し)進(しん)に志す者、ただその富を欲し、その利を羨(うらや)み、貪(とん)慕(ぼ)の情、一(ひと)たび萌(きざ)して廉(れん)恥(ち)の心罷(や)む。その教化を害する者一なり。またその權(けん)貴(たつとき)に居(お)る者、必ずしも慾(よく)なくんばあらず。而(しか)してこれに贈(おく)る者、必ずしも辭(ことば)なくんばあらず。則(すなわ)ちやむを得ずしてこれを受(う)く。數(かず)〃(かず)贈(おく)り數(かず)〃(かず)受(う)くるに及んでは、則(すなわ)ち必ずしも囘(かい)護(ご)なきこと能(あた)はず。而(しか)してこれを薦(すす)めこれを擧(あ)ぐるに、必ずしもその賢(けん)愚(ぐ)を問はず。これ名(な)は人を選ぶと稱(しよう)し、しかも實(じつ)は官を賣(う)る者たり。その政(せい)事(じ)を害する者二なり。且(か)つ士(し)大(たい)夫(ふ)の官にある者、己(おの)れ賂(まかない)を以(もつ)てこれを得たり。則(すなわ)ちその人に於(お)けるも、また必ずしも然(しか)らざることなき能(あた)はず。故(ゆえ)に能(よ)く賂(まかない)ふ者はこれを好(よ)みし、能(よ)く賂(まかない)はざる者はこれを惡(にく)む。宦(かん)官(がん)官(かん)妾(しよう)、これに乗(じよう)じて以(もつ)てその利を貪(むさぼ)り、以(もつ)てその欲を達し、忠信の士(し)退(しりぞ)き、而(しか)して貪(たん)戻(れい)の俗進む。これその風俗を害する者三なり。事を求める者、ただ彼の欲に乗じ、これに啖(くら)はしめて以て己(おのれ)が事(こと)を濟(な)す。則(すなわ)ち權(けん)勢(せい)の家、轍(わだち)の跡(あと)絶(た)えずして、官を罷(や)むるの門、雀(じやく)羅(ら)設(ま)くべし。これその人情を害する者四なり。權(けん)勢(せい)の家、その臣(しん)妾(しよう)の寵(ちよう)ある者、固(もと)より論なきのみ。僮(どう)僕(ぼく)奴(ぬ)婢(ひ)の屬(やから)に至るまで、また皆その私を受けて、その財を富まし、肉を食ひ帛(はく)を衣(き)、逸居(いつきよ)して歳(とし)を終へ、奢(しや)侈(し)その分に過ぐ。これその制令を害する者五なり。

 それゆえ、武士や庶民は自分が何らかの利益を得るために、利害関係者に沢山の贈り物をするようになる。卿大夫などの高級官僚への贈り物は、大(お)凡(およそ)武士や庶民の一年分の収入に該当する。このように多額な贈り物をする(利益誘導を図る)人は大勢いるが、(利権を有する)高級官僚は少ないので、多額な贈り物は全て権力を有する高級官僚の下に集まる。そのため、武士や庶民や一般の役人が立身出世しようとしても、小さな村に住んでおり都会に出て行くことができず、僅かばかりの収入しかないので、多額の贈り物をすれば、妻子を養うことができない。
 以上のことから、役人になって出世したいと云う志を持っている人(仕進に志す者)は、多額な贈り物ができるようになるだけの富を欲しいと思い、富を有する人が得られるであろう利益を羨ましがり、貪欲に利益を貪り慕おうとする感情が芽生える。一度、そのような感情が芽生えた人は、恥を知る心を失う。
 恥を知ることを失うことは、人々を教え導くことを阻害する原因の一つ目となる。
 また、権威があり貴い地位に居る人の中には、私利私欲では動かない人もいる。しかし、贈り物をする人は、どうしても贈り物を受け取ってほしいと必死になる。そこで、権威があり貴い地位に居る人は、贈り物を受け取ることになる。沢山の人々が沢山の贈り物を贈り、沢山の人々が沢山の贈り物を受け取るようになると、このような取り引きを庇(ひ)護(ご)する考え方も出てくる。このような取り引きを推し進めれば、役人として相応しい賢人を採用することができなくなる。建て前は役人として相応しい人だから採用したことになっているが、実質的にはお金で役人としての地位を売っているのに等しい。
 このような取り引きは、政治を悪くする要因となり、人々を教え導くことを阻害する原因の二つ目となる。
 さて、役人の地位を得ている人は、権威があり貴い地位に居る人に贈り物をして今の地位を得たのである。すなわち、今、役人の地位を得ている人は、実質的にはお金で役人の地位を買ったのである。それゆえ、経済力がある人はお金で地位を得ることを好(よし)とするが、経済力のない人はお金で地位を得ることを憎むことになる。「城中奥向きの小役人や奥女中(注)」は、このような悪しき慣習に乗っかって私利私欲を貪り、益々その欲望をむき出しにするようになる。このような悪しき慣習が蔓延る社会においては、仕事や生活に忠実で生真面目な武士や役人、世間の人々から信頼されており信望のある武士や役人が報われることが少なくなる。そうなると、多くの人々は欲深くなり人の道に背くようになる。
 多くの人々が欲深くなり人の道に背くようになれば、風俗を悪化させる。風俗が悪化することは、人々を教え導くことを阻害する原因の三つ目となる。
 何か事を求めている人は、只(ひた)管(すら)自分の利益のみを追求し、欲望の赴(おもむ)くままに自分の求める事を貪(むさぼ)り尽くす。すなわち、権力を有している家では、役人になって出世したいと云う志を持っている人(仕進に志す者)からの贈り物が絶えない。苦労して得た役人としての地位を手放す人は誰もいないのである。
 以上のことは、人情に照らして悖(もと)ることなので、人々を教え導くことを阻害する原因の四つ目となる。
 また、権力を有している家の中で、臣下や使用人が大勢いる人は贅沢な生活をしているので不安を感じることがない。一方、召使いなど賤しい身分の輩に至るまで、誰もが自分の利益を追求して、経済的な豊かさを求めている。経済的に豊かになれば美味しい物を食べて豪華な衣装を身に付け、気軽に遊び怠けて暮らして歳をとり、贅沢三昧な人生を送るようになる。
 以上のことは、法秩序を乱して政治の権威を失墜させることにつながるので、人々を教え導くことを阻害する原因の五つ目となる。