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期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 山火賁

二二 山火賁 |・・ |・|

賁、亨。小利有攸往。
□賁は亨る。小しく往く攸有るに利し。
 賁は彩り飾ってすらっと通る。真心があるから通るのではない。それゆえ、小さな事はすらっと通るが、大きな事は通らない。
彖曰、賁亨。柔來而文剛。故亨。分剛上而文柔。故小利有攸往。天文也。文明以止人文也。觀乎天文以察時變、觀乎人文以化成天下。
□賁は亨る。柔來りて剛を文る。故に亨る。剛を分かち上(のぼ)りて柔を文(かざ)る。故に小しく往く攸有るに利し。天文也。文明にして以て止まるは、人文也。天文を觀て、以て時變を察し、人文を觀て、以て天下を化成す。
 賁は彩り飾ってすらっと通る。地天泰の下卦乾の真ん中の陽爻が上卦坤の上の陰爻と入れ替わって山火賁となった。下卦離は剛柔相交わって彩り飾られたのである。
 離は明智ゆえすらっと通る。上卦艮も剛柔相交わって彩り飾られた。艮は止まるから小事は通るが大事は通らない。剛柔相交わり四時が循環し季節を彩り飾るのが天の道である。文明を程よい水準に止めるのが人の道である。聖人は天の道をよく観て事変を察し、人の道をよく観て天下万民を教化育成する。
象曰、山下有火賁。君子以明庶政、无敢折獄。
□山の下に火有るは賁なり。君子以て庶政を明らかにし、敢えて獄を折(さだ)むるなし。
 山(艮)の下に火(離)が赤々と燃え山を照らしているが、光明は山に遮られて遠くまで及ばない。君子は、諸々の政策を明らかにした上で、敢えて裁判刑罰の如き人命に関わる大事については、軽々しく裁断しない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)人ト接スルニ體裁ヲ飾リテ親睦シ、爲メニ事通ズルノ時トス、又我人ノ爲メニスルコトアレバ、人亦我ノ爲メニスルコトアリテ、自他互ニ益アルノ時トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)体裁を飾って(取り繕って)、人と親睦するので、物事が通じる(表面的に通じる)時である。他人のために何かを行えば、他人も自分のために何かを行ってくれるので、自他共に利益を得る。中女が下から少男を仰ぎ見ている。その際、中女は、お化粧で自分を飾り立てて、少男よりも若く見せて、年を誤魔化そうとする。
○白粉(おしろい)や紅を厚く塗って、飾り立てる時。
○発する言葉はもっともらしく信頼できそうだが、心の中は誠実さに欠けているので信頼できない。
○色々なことを思い付いて運が開ける時。
○物事を飾ることによって、通じるようになる時。
○実質があるものを飾り立てて、通じるようになる時。
○光をあてることによって、彩りが際立つ時。
○少しだけ進む(進める)には、よい時である。
○内面を修めて、その後外面を整えるから、何とかなる。
○外面はとても立派だが、内面がカラッポな時。
○山の下に火がスポットライトのように当たっている。そこは明るいが遠くまで見通せない。小さな事を怠って、大切な事を誤る時。
○小さな願望は成就するが、大きな願望は成就しない。
○志氣が大きすぎて(大上段に振りかぶって理想を語るので)、人々から誹謗中傷される時。
○分不相応に自分を飾り立てて、心が不安定になる。
○言葉や文章を飾ったり、人格者を装ったりする。
○偽りを誤魔化すために飾り立てる(粉飾決算のような)時。
○口の中に物を含んでいる(腹にイチモツある)時。
○事を為すべきか、為さざるべきか迷っている時には、為さないほうが利益が得られる。
○智恵があるのに遠慮がちで、篤実な人物である。
○夜の闇の中のような時。 ○墓地という意味がある。
○外面は華美であるが、内面は困窮している時。
○物価は上がり、物品は飾られる。売買が活発になる時。

賁 初九 |・・ |・|

初九。賁其趾。舍車而徒。
□初九。其の趾(あし)を賁(かざ)る。車を舍(す)てて徒(と)す。
 賤しい位に居る剛健正位の君子初九は、その位(趾(あし))に素して行い自らを得る。俗人は徒歩を恥じて車に乗る。初九は徒歩を善しとする。
象曰、舎車而徒、義弗乘也。
□車を舍(す)てて徒(と)すとは、義として乗らざる也。
 俗人は徒歩を恥じて車に乗る。初九は徒歩を善しとする。富貴に惹かれて車に乗ることは、君子の道義に反する。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)剛正明良ナル賢シノ未ダ出世ノ手掛リヲ得ズシテ、野處スル象ナリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)剛健で正しく明るい性格の賢人だが、野に埋もれている。車にも乗れず徒歩で苦労する。名誉を得ることは望まずに、持ち場を大切にすべきである。今はまだ福運は到来しない。
○社会を治める名門の家に仕えているが、その家に権力に、内心不安を感じている。仕事をしていると、辞めてしまおうかという気持ちがふつふつと湧いてくるが、それが希望につながる。
○車に乗らずに徒歩で行く。その篤実な行為が世間に知られる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治十九年、某貴顕ノ氣運ヲ占ヒ、筮シテ賁ノ初爻を得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治十九年、ある貴人の氣運を占って筮したところ、賁の初爻が出た。易斷は次のような判断であった。
 賁は地下から火が噴出し平地が突起して山が出来上がった卦である。大地は平らかな状態がずっと続き、人間の足に踏まれる存在。山は土が集積したもので、毅然として雲の上に聳え立っている。それゆえ、人々は山を仰ぎ見る。だから、山は大地を飾っている存在。
それゆえ、賁と云う。賁は飾ることである。
 これを細かく言えば、例えば名山の麓に大木を集めて盛大に火を焚いているようなものである。火の光が山の麓を照らして、山麓の様子が明々と浮かび上がっている。内卦の火は明るい性質、外卦の山は高くして仰ぎ見られるものだから、大いに天下が動いて大衆が立ち上がる。地下から火が噴出するように、民衆が決起するのである。
民衆が決起すれば、必ず多くの人々から共感される。ここにおいて、賁の物語が始まる。だから爻辞に「其の趾(あし)を賁(かざ)る。賤しい位に居る剛健正位の君子初九は、その位(趾)に素して行い自らを得る」と云う。
 そもそも坐して動かなければ、足袋も不要である。下駄も不要である。どうして「趾(あし)を賁(かざ)る」ことができようか。それなのに、爻辞に「趾(あし)を賁(かざ)る」とあるのは、四方で運動するからである。その運動は車には乗らずに徒歩で行う。徒歩する人が商人であれば、「草鞋(わらじ)を履いて行くべきである」と断ずるべきだが、今回占った対象は華族であり維新の元勲でもある。すなわち、その人物が天下を動かすために決起する時である。
「全国を遊説行脚するべきだ」と断じないわけにはいかない。
 ならば、その遊説は、どういう内容なのか。すなわち賁の主義を提唱するのである。賁の主義とは、内容を飾り立てて、天下の注目を集めることである。
 あぁ、何と嘆かわしいことか。この貴人は、木戸・大久保・西郷らの諸賢人と肩を並べる人物である。だが、政府内で意見が対立して、決然として政府の役人を辞任した。その理由はともかく、心ある人々はみな嘆き悲しんだ。
 理由はどうあれ、和解して共に政府の役人として活動してくれれば、大衆は安心して、これからの日本を共に歩んで行けるのに、何と短気に過ぎるではないか。共に維新を成し遂げたのに、一時的な感情で辞めてしまうのは、どういうわけか。しかも、今、社会に問いかけようとして賁の主義で天下の注目を集めようとしている。賁の主義であるから、その願いが叶ったとしても、初爻が変ずれば、艮為山となる。艮為山は、二つの山が聳え立って、お互いに応じない。相手は相手、自分は自分と、それぞれ主張し合う。
 しかし、一歩進んで二爻の時となれば、「其の須(あごひげ)を賁(かざ)る。互体震(三四五・右図参照)と上卦艮で山雷頤の卦ができる。九三は下アゴ、六二は九三の下に生えた鬚(あごひげ)である。鬚(あごひげ)は自力で動けないから下アゴの動きに従う。六二(柔)は九三(剛)に従い自修自得する」となる。「須(あごひげ)を賁(かざ)る」とは、政府の重要な役人になることである。
 以上のことから、「わたしが説得すれば、その貴人は賁の主義を諦め、役人として復帰して、内閣の一員となる」と易断した。
 その後、果たして易断の通り、その貴人は表舞台に再登板し、堂々たる態度で、その役割を果たしたのである。

賁 六二 |・| ・・|

六二。賁其須。
□六二。其の須(あごひげ)を賁(かざ)る。
 互体震(三四五・右図参照)と上卦艮で山雷頤の卦ができる。九三は下アゴ、六二は九三の下に生えた鬚(あごひげ)である。鬚(あごひげ)は自力で動けないから下アゴの動きに従う。六二(柔)は九三(剛)に従い自修自得する。
象曰、賁其須、與上興也。
□其の須(あごひげ)を賁(かざ)るとは、上と与(とも)に興(おこ)る也。
 六二(柔)は九三(剛)に従い自修自得する。
上に居る九三に従い剛柔相(あい)待(ま)って賁の道(文飾)を完成させる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)須ヲ賁リ、體裁ヲ繕ヒ、上位ノ人ト交際シテ、智識ヲ進メ、以テ身ヲ立ントスルノ意アリ、蓋シ頂ノ髪アル、皆自然ノ文ニシテ、人爲假借ノ飾ニ非ラズ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)ヒゲを飾って体裁を取り繕う。上位の人と交際し、知識を身に付けて身を立てよう(出世しよう)とする時。
○頭に髪の毛が生えているのは自然のこと、人為的に飾っているわけではない。このようなことなら、咎められない。知識を身に付けて、人脈を築き上げれば、事を成し遂げることができる。
○ヒゲを生やして見た目を飾り、人に順う時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治十四年四月占筮、方今我國ノ與論國會開設ノ一方ニ傾向シ、(中略)易理ニ徴シテ、以テ天意ヲ知ランニハト、是ニ於テ布算シテ賁ノ第二爻を得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)~国会に関する易占~明治十四年四月、わが国の世論は国会開設を求めており、日本中、国会開設を求めていない市町村はない。各府県が政府に国会開設を請願するほど、その要求は加熱している。新聞には大勢の論客が国会開設に関する色々な意見を交わしている。国会開設の時期はいつ頃が適当なのかを考えてみたいと思う。
 物事には秩序や緩急があり、それを外せば成就しない。国会開設の時期も同じである。それを私見で論ずるのは難しいので、易に問うべく筮したところ、賁の二爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 賁の卦は、二爻から上爻に至るまでを五年間と見立てることができる。もし、この五年間、凶や咎がなかったとしても、賁の時が終れば必ず山地剥の卦となる。剥の時はずっと凶だから、剥に至る前に、この爻(賁の二爻)変じて山天大畜の時に移行することが望まれる。したがって、先ずは賁から剥に至るまでを解説し、その後、大畜に変じてからを解説する。
 賁の彖辞に「賁は亨る。小しく往く攸有るに利し。賁は彩り飾ってすらっと通る。真心があるから通るのではない。それゆえ、小さな事はすらっと通るが、大きな事は通らない」とある。賁は飾る時。飾るのは、中身が空っぽだからである。
 今の日本に当て嵌めると、国会を開設するにあたって、今の代議士の中身は空っぽである。それゆえ、外面を飾って誤魔化している。
 彖伝には「賁は亨る。柔來りて剛を文(かざ)る。故に亨る。剛を分かち上りて柔を文る。故に小しく往く攸有るに利し。天(てん)文(もん)なり。地天泰の下卦乾の真ん中の陽爻が上卦坤の上の陰爻と入れ替わって山火賁となった。下卦離は剛柔相交わって彩り飾られたのである。離は明智ゆえすらっと通る。上卦艮も剛柔相交わって彩り飾られた。艮は止まるから小事は通るが大事は通らない。剛柔相交わり四時が循環し季節を彩り飾るのが天の道である」とある。
 これは、上卦の役人と下卦の国会開設論者との関係を云っている。
 代議士は国民の代理人だから、政府の役人は代議士を厚くもてなし、代議士も役人に礼儀よく応対する。お互いギスギスしないように心がけて、外面を飾って応対する。
「小しく往く攸有るに利し。真心があるから通るのではない。それゆえ、小さな事はすらっと通るが、大きな事は通らない」とは、今の国会開設論者は、物事に習熟していない。急いで事を進めれば失敗する可能性が高い。ゆっくりコツコツ進めるべきだ、と云うことである。
 何事も最初からスラスラとは進まない。だから、国会の開設も初めからうまくいくはずがない。かといって、いつまでも開設しないわけにもいかない。これが時流であり、このことを「天文なり。天の道である」と云う。
「文明にして以て止まる。文明を程よい水準に止める」とは、政府の役人も国会開設論者も、共に欧州の文明から学ぶということ。どうして、自分が生れた国の盛運を望まない人がいようか。今、わが国を強く豊かにしようと願えば、文明を取り入れないわけにはいかない。このことを「人文なり。文明を程よい水準に止めるのが人の道である」と云う。
「天文を觀て、以て時變を察す。天の道をよく観て事変を察す」とは、天運が大きく前進する時にあたって、文明の進捗状況を見定めて、十九世紀の西洋近代国家と対峙して、わが国の国体を維持するための法律を定めなければならないことを云う。
「人文を觀て、以て天下を化成す。人の道をよく観て天下万民を教化育成する」とは、大衆の知的水準や文明の進化の度合いに応じて、国会を開設し、上下一体となって、国の政治を論じて国家安泰を図るべきことを云う。
 以上は、彖辞や彖伝から見た賁卦全体の解説である。
 以下、爻をおって解説していく。
「初九。其の趾(あし)を賁(かざ)る。車を舍(す)てて徒(と)す。賤しい位に居る剛健正位の君子初九は、その位(趾(あし))に素して行い自らを得る。俗人は徒歩を恥じて車に乗る。初九は徒歩を善しとする」。初爻は卑しい庶民の地位、車に乗るほどの経済力はなく、徒歩で奔走して庶民の権利を主張する時である。
「六二。其の須(あごひげ)を賁(かざ)るとは、上と与(とも)に興(おこ)るなり。六二(柔)は九三(剛)に従い自修自得する。上に居る九三に従い剛柔相(あい)待(ま)って賁の道(文飾)を完成させる」。
 初爻よりも高い位に居る上流の士族あるいは天皇から位を賜った人。国会開設論者を応援して、少しずつ前進させ、政府の役人と対等に議論する。現在の国会開設論者は、知識豊富で学歴もあるが、経験不足で、認知度が低い。だから、立派なヒゲを蓄えたりして見た目を飾って誤魔化そうとしている。
「九三。賁(ひ)如(じよ)たり濡(じゆ)如(じよ)たり。永貞にして吉。文明の極致(下卦離の上爻)で、「きらきら」と輝き、「つやつや」と潤っている。調子に乗らず、常に自戒して、正しい道を守れば、幸を得る」。
「永貞の吉は、終にこれを陵(しの)ぐ莫(な)き也。常に自戒して、正しい道を守れば、幸を得る。終に誰も九三を侮辱できないのである」。
 三爻は下卦の上位だから上卦四爻の政府の役人と交流のある地位。「賁(ひ)如(じよ)たり濡(じゆ)如(じよ)たり」とは、飾った上にまた飾るということである。メッキで飾った者は、メッキが剥がれることを恐れるので、三爻の国会開設論者は役人と交流するにあたって互いに摩耗することを避ける。正しい道を守れば吉運を招き寄せる。
「六四。賁(ひ)如(じよ)たり皤(は)如(じよ)たり、白(はく)馬(ば)翰(かん)如(じよ)たり。寇(あだ)するに匪(あら)ず。婚(こん)媾(こう)するなり。六四は下卦離(文明)を離れて上卦艮(止める)の始め、質素に復る時。柔正の德を具えた大臣が、剛健初九と力を合わせて、華美に過ぎる文飾を白生地のように改める。徒歩で貧賤に自得する初九を求める思いは切実で、白馬に乗って初九のところへ馳せ参ずる。九三を仇のように憎んでいるのではない。初九と力を合わせて、華美に過ぎる文飾を、実質に戻そうとしているのである」。
 四爻は政府の役人の地位。三爻の国会開設論者と交流する立場にある。「賁如たり皤如たり」とは、役人が政府の事情を明白に示すこと。「白(はく)馬(ば)翰(かん)如(じよ)」とは、国会開設論者が政府の事情を了解すること。「寇(あだ)するに匪(あら)ず。婚(こん)媾(こう)するなり」とは、役人と国会開設論者が力を合わせて進もうとすることである。
「六五。丘(きゆう)園(えん)を賁(かざ)る。束(そく)帛(はく)戔(せん)戔(せん)たり。吝なれども終に吉。柔順中庸の天子六五は華美な文飾を好まない。丘(きゆう)陵(りよう)の田園で農業に従事して民の苦労を知り、倹約の美德で臣民を風化せんと志す。予算を倹約するため賓客への進物や臣下への俸禄を削減する。一時は吝(りん)嗇(しよく)と謗(そし)られて天子の尊厳を失うが、終には、天下泰平を実現して、万民を化成する」。
五爻は、政府の中枢の地位。下卦の国会開設論者の請願は国会を開設するために、他の予算を削減することであり、これは政府も望むところだから、この請願を取り上げて不急の予算を削減する。
「丘(きゆう)園(えん)を賁(かざ)る」とは、江戸城の跡地に飾りすぎない皇居を造営すること。
「束(そく)帛(はく)戔(せん)戔(せん)たり。吝なれども終に吉」とは、虚飾を廃して節約を主とすること。国民は綿の着物を着て、絹には高い値段を付け海外に輸出して外貨を稼ぎ国力を養うことを云う。このように政府が率先して節約すると、一部の国民からケチ臭いと誹謗中傷されるが、国家の大計に基づいて行うことゆえ、終には吉運を招き寄せる。
「上九。白く賁(かざ)る。咎无し。賁の時の終りに居て、高邁な志を抱いて隠遁する。剛にして屈せず、止まって動かず、文飾を残らず取り去って天地自然の本質に復る。人為の装飾は一毫(ごう)もなく、虚飾を咎められるようなことはない」。上爻は、政府の役人が己を修めて節約をして、民の模範となるため、政府の財政状態は安定して、咎を免れる。
五爻の「束(そく)帛(はく)戔(せん)戔(せん)たり」については、すでに「国民は綿の着物を着て、絹には高い値段を付け海外に輸出して外貨を稼ぎ国力を養うこと」と解説したが、世間の人々には理解されにくいことが心配である。
(以下、富国強兵策について書いてあるが長いので省略する。)
(そして、賁から剥に移行すれば、どういうことになるかが書いてるが、これも長いので省略する。さらに、賁の二爻変じて山天大畜に移行した場合に、大畜の初爻から上爻に至るまでを書いているが、これも長いので省略する。)
 ここから、賁から剥に至る場合のシナリオを整理する。
 賁は文明にして止まるという卦。現在は欧米の文化を重用するあまり、日本における文明の進捗状況を省みずに外面だけ模範する。すると、想定外の事態に陥って、終には剥落するということになる。
 そこで、こうなることを避けて、よい結果に導くためには、賁の二爻変じて、山天大畜の時に移行することが望まれる。
(以下、山天大畜に則った解説が書いてあるが、この文章も大変長いので、結論を要約して紹介する。)
「初九。危(あやう)き有り。已(や)むに利し」。
 国会開設論者が九三に影響されて、その考え方を転向する。
「九二。輿(くるま)、輹(とこしばり)を説(と)く」。
 初九と九三が共に止まるのを見て、自分も止まろうとする。
「九三。良(りよう)馬(ば)逐(お)う。艱貞に利し。曰(ここ)に〔日々に〕輿(しや)衞(えい)を閑(なら)う。往く攸有るに利し」。
 九三は請願のリーダー、剛健の性質で国会開設を押し進めようとするが、六四の役人に制止され、他の道を模索し、開拓や軍事の道を歩む。
「六四。童(どう)牛(ぎゆう)の牿(こく)なり。元吉」。
六四は役人として無職の士族を救うために、開拓の道を押し進める。
「六五。豶(ふん)豕(し)の牙(が)なり。吉」。
 六五は六四と同じく無職の士族を救うために、開拓の道を押し進め、これを完成させる。士族の不満は解消され、社会は段々豊かになる。
「上九。天の衢(ちまた)を何(にな)う。亨る」。
 全国の士族は職を得て、天下国家は安定する。富国強兵も実現しつつある。鉄道をはじめ交通網も整備される。また、上爻変じると地天泰となり、天下泰平が実現する。
 以上が、国会に関する易断である。思うにわが国の現状は賁の二爻(近代国家としての体裁を繕うとしている時)である。
 このままでは、いずれは山地剥の困難に陥り、近代化に失敗しかねない。だが、わが国の政府は賢明だから、時勢を大局的に捉えて、この易断の翌年(明治十五年)には、次のような政策を打ち立てた。
一、明治二十三年に国会を開設すると公布を発した。
 この政策によって、賁の時が剥の時に移行する(近代国家としての体裁を繕うため国会開設を急いで失敗する)心配がなくなった。
一、無職の士族を救うために、八十万円の助成金を交付した。
 このことは大畜の解説で述べた「開拓の道」を押し進めることと符合する。
一、政府は鉄道の敷設(ふせつ)を押し進めて、日本列島を縦断することにつながる計画を立てた。
 これは大畜の上九で解説したところと符合する。
 以上の三つの政策は、賁が剥に移行する凶運を救い、賁の二爻が変じて大畜の吉運に移行する流れにそったものである。また、この政策は、易占を立てたわたしの幸せであり、実に日本国民の大きな幸福につながるものである。
賁 九三

九三。賁如、濡如。永貞吉。
□九三。賁(ひ)如(じよ)たり濡(じゆ)如(じよ)たり。永貞にして吉。
 文明の極致(下卦離の上爻)で、「きらきら」と輝き、「つやつや」と潤っている。調子に乗らず、常に自戒して、正しい道を守れば、幸を得る。
象曰、永貞之吉、終莫之陵也。
□永貞の吉は、終にこれを陵(しの)ぐ莫(な)き也。
 常に自戒して、正しい道を守れば、幸を得る。終に誰も九三を侮(ぶ)辱(じよく)できないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)剛ノ不中正時ヲ得テ、上下ノ陰ニ飾ラル、銅錢ニシテ鍍金ヲ得タルガ如シ、(中略)賁ノ驕奢ヲ省キ、永ク貞固ノ道ヲ守ラバ、吉ノ占ナリトス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)剛い性質で不中正の九三が時を得て、上下の陰に飾られる。銅銭が金メッキで飾られているようなもの。長く人徳を守り物事に溺れることがなければ、吉運を招き、その地位を失うようなことはない。
この時に中って、賁の虚飾を省略し、正しいことを固く守って、長く人の道を踏み外さなければ、吉運を招くという占いである。
○高尚な言葉を発するが、志はグラグラしている。
○温和であれば物事が成就する。 ○上下交わって飾り合う。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)友人某來テ運氣ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、賁ノ第三爻を得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)友人がやって来て、運氣を占って欲しいと頼まれたので、筮したところ、賁の三爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 賁は、内卦は火、外卦は山である。地中から火が噴出して平地が隆起し山ができあがる時である。平地は人の目に付かないが、山は人が仰ぎ見る。仰ぎ見られる存在は飾り立てることが必要となる。
 わが国は、現在家柄や世襲を廃止して、人材の優劣を見て登用するようになりつつあるが、それは名ばかりで実質はそのようになってない。人材の優劣よりも名声や評判で地位を得ることが多い。政府の役人でも、同僚と争い、自分の意見が通らず辞職に追い込まれると、民間人として大いに政府を批判して、民衆を扇動する。新聞に報じられることを通して、名望を得ようとする。名望を手にして、再び政府の役人として返り咲くと、一転して温和になり、その地位に汲々とする。自ら飾り立てて手に入れた名望だからである。
 本当の名望とは、天命を自覚した人徳者が具えるものであり、人徳者とは一見、凡庸に見えたり、見識を覆い隠していたとしても、自然とその人徳が滲み出て、大衆に尊敬されるような人物である。
 賁は飾り立てる時だから、内面は空虚なのに、外面を飾り立てる人物である。だから、六二は見識を磨かず、ヒゲを生やして容貌を飾り立てて上位の人に近付こうとする。
 九三は虚飾が過ぎて、実質が追い付かない。
 だから「賁(ひ)如(じよ)たり濡(じゆ)如(じよ)たり。文明の極致(下卦離の上爻)で、きらきらと輝き、つやつやと潤っている」と云う。これを器物に例えれば、銀の皿に金メッキしたようなものである。銀のまま振る舞えばよいものを、金メッキするから逆に疑われる。
 以上のことから、「あなた(友人)は、世間の流行に乗って名声を得た人だから、今後は謹慎して、化けの皮が剥がれないように注意すべきである」と易断した。
 このことを「永貞の吉は、終にこれを陵(しの)ぐ莫(な)き也。常に自戒して、正しい道を守れば、幸を得る。終に誰も九三を侮(ぶ)辱(じよく)できないのである」と云う。
(易断の結果は書いてない。)
賁 六四 |・・ |・|

六四。賁如、皤如、白馬翰如。匪寇婚媾。
□六四。賁(ひ)如(じよ)たり皤(は)如(じよ)たり、白(はく)馬(ば)翰(かん)如(じよ)たり。寇(あだ)するに匪(あら)ず。婚(こん)媾(こう)するなり。
 六四は下卦離(文明)を離れて上卦艮(止める)の始め、質素に復る時。柔正の德を具えた大臣が、剛健初九と力を合わせて、華美に過ぎる文飾を白生地のように改める。徒歩で貧賤に自得する初九を求める思いは切実で、白馬に乗って初九のところへ馳せ参ずる。九三を仇(あだ)のように憎んでいるのではない。
初九と力を合わせて、華美に過ぎる文飾を、実質に戻そうとしているのである。
象曰、六四當位疑也。匪寇婚媾、終无尤也。
□六四は位に当りて疑う也。寇(あだ)するに匪(あら)ず。婚(こん)媾(こう)するなりとは、終に尤无きなり。
 位正しい六四は、華美に過ぎる文飾に疑問を抱いている。九三を憎むのではなく、初九と力を合わせて、実質に戻そうとしている。それゆえ、終には、咎を免れる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)目下ノ陽、我陰ニシテ高位ナルヲ羨ミ、其同列タランコトヲ欲シテ、婚媾ヲ望ム者アリ、(中略)婚媾ヲ許サバ、終ニ咎ナキノ占トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)陽剛九三は、陰柔の六四が自分よりも高い位に居ることを羨ましく思って、六四に結婚を申し込む。九三は六四を憎んでいるわけではない。そこで、結婚を承諾すれば、終には咎なきを得る。
○六四と応爻である初九が、共に飾り合って志を同じくする時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)人アリ來テ某縉紳ノ運氣ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、賁ノ第四爻を得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある人がやって来て、ある紳士(ある役所の局長)の運氣を占ってほしいと依頼されたので、筮したところ、賁の四爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 賁は、下卦離の中女が上卦艮の少男と巡り逢う卦である。中女は自分が年上であることを誤魔化すために化粧して飾り立てる。だから序卦伝に「賁は飾るなり」と云う。
 六四は陰爻陰位で、今回占った紳士(局長)に例えられる。六四に対して、陽爻陽位の九三は(局長の下の)次長に例えられる。九三の次長は六四の局長の側近として事務を担当している。六四の局長は、九三の次長が自分の地位を狙っているのではないかと疑っている。そこで、陽剛の性質を具えて、自分と応じる関係にある初九を抜擢しようかと内心考えている。六四の局長は自分の実力を飾っており、九三の次長を恐れている。
 だから「賁(ひ)如(じよ)たり皤(は)如(じよ)たり。六四は下卦離(文明)を離れて上卦艮(止める)の始め、質素に復る時。柔正の德を具えた大臣が、剛健初九と力を合わせて、華美に過ぎる文飾を白生地のように改める」と云う。
 六四が初九を抜擢しようとすることを「白(はく)馬(ば)翰(かん)如(じよ)たり。徒歩で貧賤に自得する初九を求める思いは切実で、白馬に乗って初九のところへ馳せ参ずる」と云う。
 六四の局長が九三の次長を疑っているのは、思い込みである。次長は局長の地位を狙っていない。側近としてきちんとした仕事をしようと思っているだけである。
 以上のことから「九四(局長)はやがて九三(次長)の真意を知って疑いは晴れるが、今は疑う気持ちを払拭できずに、心配で心配で仕方がない」と易断した。
 その後、果たして、易断の通りになった。
賁 六五 |・・ |・|

六五。賁于丘園。束帛戔戔。吝終吉。
□六五。丘(きゆう)園(えん)を賁(かざ)る。束(そく)帛(はく)戔(せん)戔(せん)たり。吝なれども終に吉。
 柔順中庸の天子六五は華美な文飾を好まない。丘(きゆう)陵(りよう)の田園で農業に従事して民の苦労を知り、倹約の美德で臣民を風化せんと志す。予算を倹約するため賓客への進物や臣下への俸禄を削減する。一時は吝(りん)嗇(しよく)と謗(そし)られて天子の尊厳を失うが、終には、天下泰平を実現して、万民を化成する。
象曰、六五之吉、有喜也。
□六五の吉は、喜び有る也。
 終には、天下泰平を実現して、万民を化成する。文飾よりも実質を重視して、臣民の心を豊かに風化することが天子の喜びである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)衣食住、皆節儉ヲ施スベキノ時ナリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)衣食住の全てを節約すべきである。人と交際するに中って自分を飾り立てることなく誠実であることが肝要である。
○君子は種を蒔いても収穫することが難しいことを知っている。小人は人に依存することも知っている。君子は常にこのようでなければならない。己を修めることが何より肝要である。
○男は男としての正しさを、女は女としての正しさを得る時。
○蒔いておいた種が花を開き、実を結ぶ時である。
○(質素な)庭園を好むような(精神的に豊かな)時である。
○貧しい人がお金持ちを装って、財産を騙し取ろうとする。
○礼節を大切に、奢侈を避けて、倹約するので、終には吉運を得る。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)友人來リテ、運氣ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ、賁ノ第五爻を得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)友人が来て、運氣を占ってほしいと頼まれたので、筮したところ、賁の五爻が出た。易斷は次のような判断であった。
 賁は、山の下に火がある。草木は光で彩られて、燦然と遠くまで輝く。人に例えれば、庭園を構えて泰然と眺めているように自分を飾り立てる時。あなた(友人)は今、そのような時にある。
 少年の頃から商売に携わって、勉強に励み、運に恵まれたあなたは、多くの資産を手に入れた。昔の商売は人々の便益を図ることを大義として成り立っていたが、今は利益を得るためには手段を選ばない悪質なものになってしまった。そのため、大義を大切にする善良な商人が悪知恵の働く小賢しい商人に騙されて大損することが少なくない。それなのに、世間の人は悪知恵が働く小賢しい商人を有能な人と讃え、そのような商人に騙された善良な商人を愚人と嘲笑う。
 あなたが今の世相で商売を成功させようとすれば、悪知恵が働く小賢しい商人を上回る阿(あ)漕(こぎ)な商売をしなければならない。あなたは商人として名を知られているので、そのような阿漕な商売をすれば、あなたの名声は一気に地に墜ちる。勝っても負けても笑われるような相撲には、取り組まないことをもって勝ちとするべきである。
 今、日本の商人は、本来のあり方を忘れて、欧米の商人の悪風を模倣している。すでに、商人としての名声を得ているあなたは、山の手の裕福な土地に居を構え、広い庭園を作って果樹を植え、小賢しい商人とは付き合いを絶って、泰然と隠遁すべきである。
 以上のようであれば、「世間には誹謗中傷する人もあろうとも、あなたの名声を子孫が継いで、長期的には吉運を招く」と易断した。
 このことを「丘(きゆう)園(えん)を賁(かざ)る。束(そく)帛(はく)戔(せん)戔(せん)たり。吝なれども終に吉。柔順中庸の天子六五は華美な文飾を好まない。丘(きゆう)陵(りよう)の田園で農業に従事して民の苦労を知り、倹約の美德で臣民を風化せんと志す。予算を倹約するため賓客への進物や臣下への俸禄を削減する。一時は吝(りん)嗇(しよく)と謗(そし)られて天子の尊厳を失うが、終には、天下泰平を実現して、万民を化成する」と云う。友人は、この易断に従って、悠々自適の人生を送った。

賁 上九 |・・ |・|

上九。白賁。无咎。
□上九。白く賁(かざ)る。咎无し。
 賁の時の終りに居て、高邁な志を抱いて隠遁する。剛にして屈せず、止まって動かず、文飾を残らず取り去って天地自然の本質に復る。人為の装飾は一毫(ごう)もなく、虚飾を咎められるようなことはない。
象曰、白賁、无咎、上得志也。
□白く賁(かざ)る、咎无しとは、上、志を得るなり。
 人為の装飾は一毫もなく、虚飾を咎められるようなことはない。最上の上九が、天地自然の本質に復れば、下々は風化され、上九の志が実現する。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)艮ノ得實ニ則リ、外誘ノ私心ヲ去テ、本然ノ善ヲ行ヘバ、思慮ヲ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)艮の篤実な性質に則り、誘惑に打ち勝ち、私心を捨て、善行を積み上げれば、苦悩せずとも、自然と国は治まり家は斉(ととの)う。
○文明開化の中に在ると、華美に流れやすい。論語に礼を重んじるには「驕ることなく、倹約せよ」とあるが、才能や智恵を用いるより、徳行を重んじるべき時である。
○車に乗らず徒歩で行くことによって、ともすれば驕り高ぶりかねない気持ちを戒めることが肝要である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)維新ノ際、浦賀官署ノ吏員ニ、下村三郎左衛門ト云フ人アリ、(中略)長官余ニ謂テ曰ク、下村氏ノ疾如何ン、子試ニ之ヲ筮セヨト、因テ筮シテ、賁ノ上爻を得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)維新の時、浦賀の役人に下村三郎左衛門という人がいて、病気に罹ってしまった。その病気は一見軽く見えるが、実は重い病気で治療を続けなければ、危険な状態であった。その病気の治療は横浜の病院でなければ対応できず、下村氏の上司は、浦賀に代理人を置いて治療するように云った。
 だが、下村氏は自分の病状を軽く見て、横浜で治療を受けず、浦賀で職務を続けた。上司が心配して、わたしに事情を話してくれた。
 そこで、占って筮したところ、賁の上爻が出た。
 易斷は「下村氏は必ず死亡する」と云う判断である。上司は、確かにその病状は重いと聞いたが、どうして死亡すると断定できるのか、とわたしに云った。
 わたしは答えて云った。賁は上卦の艮は山であり、下卦の離は火である。今回占って上爻が出たが、上爻が変ずると艮の山は坤の地になる。すなわち山火賁が変じて地火明夷となる。地火明夷は離の太陽が坤の大地の下に没する象である。また、上九の陽爻が変じて陰爻になることは、陽の生が変じて、陰の死に変じるということでもある。
 さらに、爻辞に「白く賁(かざ)る。文飾を残らず取り去って天地自然の本質に復る」とある。「白賁」の「白」は喪服のことである。
 以上のことから、死は免れない。
 果たして、一月後に下村氏の訃報に接したのである。