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期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 地水師

七 地水師 ・・・ ・|・

師、貞。丈人吉无咎。
□師は貞。丈(じよう)人(じん)なれば吉にして咎无し。
 大衆を率いて戦(いくさ)をする時は、大義が必要である。
 尊崇される長老を総大将に戴(いただ)けば、戦に勝利する。
 多少犠牲があっても咎められない。
彖曰、師衆也。貞正也。能以衆正、可以王矣。剛中而應、行險而順。以此毒天下、而民從之。吉又何咎矣。
□師は衆也。貞は正也。能(よ)く衆を以て正しければ、以て王たる可し。剛中にして応じ、険を行(おこの)ふて順。此を以て天下を毒すれども、民(たみ)之(これ)に従う。吉にして又何の咎あらん。
 師は大衆。貞は大義。大衆を率いて戦をする時は、大義が必要。
 大義を掲げて大衆を率いてこそ、立派な王さまである。剛健と中庸の德を兼ね備えた九二の長老が、六五の天子に厚く信任され、険難な戦(下卦坎)に中り柔順(上卦坤)に対処する。民は帰服する。多少犠牲があっても九二に従う。
 天子は戦に勝利する。どうして咎められようか。
象曰、地中有水師。君子以容民畜衆。
□地中に水有るは師なり。君子以て民を容れ衆を畜う。
 地(坤)中に水(坎)が聚(あつま)っているのが師の形。
 君子は、大地のような大らかな心で民を受け容れ、養い育て教え導く。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此卦ヲ得ルトキハ、時正ニ危険ニ際ス、幾多カノ困難ニ遇フベシ、然レドモ權譎詐道ヲ以テ困難ヲ濟ハント欲スレバ、益々困難ヲ重ヌベシ、宜シク正道ヲ貞守シテ、詐術ヲ須ヒズ王師ノ正々堂々タルガ如クナレバ、遂ニ困難ヲ排除シテ、其志ヲ達スルヲ得ベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)危険に遭遇して、数多くの困難が立ち塞がる。力づくや誤魔化しで困難から脱しようと悪智恵を企てれば、ますます困難に陥る。正しい道を固く守って、正々堂々と王道を歩むがよい。そのようであれば、困難を脱して志を実現することができる。
○学校の先生が庶民の子どもを沢山集める。あるいは、演説や集会、議会などで沢山の人を集める時。
○優しい心と智恵があるので、庶民に慕われる。権威ある人物である。だが、部下の意見よりも、自分の意見を通そうとすれば、事を誤る。ひたすら柔順にして、庶民を包容する寛大な心を保てば、世間の人から称賛されて、庶民の先生としての名誉を得られる。
○先生が発憤して大衆を動かす時。
○大きなリスクが潜んでいる時。
○願望はすぐに実現しない。先ずは厳しい状況に陥るが、やがて願望を実現することが容易になる。
○心配事を解消するために、あえて苦難の道に挑戦する。成功か失敗かは、その人の人生経験や才覚で決まる。
○心身ともに苦労して、生活すらままならなくなる。だが、安易に今の職業や思想を変えてはならない。
○商売や売買では競争が激しくなる。物価は下落する。
○敵が現われるので、必要に迫られて、指揮官を招聘する。
○口先で論争したり、盗難にあったりする。用心すべきである。

師 初六 ・・・ ・|・

初六。師出以律。否臧凶。
□初六。師(し)出(い)づるに律を以てす。否(しから)ざれば臧(よ)きも凶なり。
 戦(いくさ)の始めに処する道を説く。軍隊の規律は厳格である。
 規律が乱れると総大将に人物を得ても敗北する。
象曰、師出以律、失律凶也。
□師出づるに律を以てすとは、律を失へば凶なる也。
 軍隊の規律が乱れると、総大将に人物を得ても、戦に勝てないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)凡ソ事ヲ爲サント欲セバ、宜シク始ニ於テ確乎タル見込ヲ立テ、固ク其規律ヲ定メ而シテ後着手スベシ、然ラザレバ必ズ失敗ヲ取ルベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)事を為すには、事の始めをきちんとすべきである。調査をして、予測を立て、確乎とした見通しを持ってから始めるべきである。
事を始めるにあたっては、規則をきちんと定めることが肝要である。そうでなければ、必ず失敗する。
○何事も、始めの段階は慎重に行い、過大な期待を抱くことなく、小さな事から始めれは、吉運を招き寄せる。
○剛毅に過ぎて規律を犯す。規律が乱れている軍隊で、しかも大将が力不足ならば、戦には絶対に勝てない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)或人一ノ工業會社ヲ組織シ、株金ヲ募集シ、定款ヲ設ケ株主ノ投票ヲ以テ役員ヲ置カントシ、其社ノ成否ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ師ノ初爻ヲ得タリ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある人が工業を営む会社を設立し、株式を発行して株主を募り、役員をズラッと揃えた。はたして、その会社の事業がどうなるか、その成否を占ってほしいと依頼された。
 そこで占ったところ、師の初爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 師の卦は、九二の一陽が大勢の陰爻を統治する。氣力の溢れ出ている人が社長となり、大勢の職人を指揮するという象である。この会社の定款は、よく整理されており、訂正すべき箇所は一つもない。つまり、規則や規律が整っている。
「師出づるに律を以てす。否(しから)ざれば臧(よ)きも凶なり。戦の始めに処する道を説く。軍隊の規律は厳格である。規律が乱れると総大将に人物を得ても敗北する」とある。
 この会社が成功するか失敗するかは、定款で定めている規則や規律が守られるかどうかにかかっている。わが国で、資金と人を集めて会社を興すには、欧米各国における会社設立を模範とするしかない。欧米各国は交通網が整備されているので、大量生産と大量販売が適している。だから、お金や人を集め、大がかりな設備を導入し、生産性を高めて低価格で商品を製造販売する会社が成功する。しかし、小資本で工場を設立した会社は、成功することが難しい。そのため、多くの会社が大資金を集めて設立する。
 今わが国で、欧米各国を模範として会社を設立しようとしても、多くの資金を集めることが難しいので、大資本の会社を設立することができず、形だけ取り繕った小資本の会社を設立することになる。株主は短期売買目的で株を保有して、役員は会社経営に大志を抱かず、報酬を得るために仕事をしている。
 欧米人は、事業を委託された役員が、株主に報いるべく、昼夜勤勉に働くが、そのように働く日本人は稀である。要するに、わが国の会社はまだ幼稚な存在である。
 今の日本における会社の事業の成否は、組織力が備わっているかどうかにかかっている。組織力以外の切り口で、その会社の将来性や可能性を予測することは難しい。
 組織力とは、第一に、社長に人物を得ることである。社長に相応しい人物が就任すれば、定款に書いてあることは、そのまま実現する。逆に相応しい人物が社長に就任しなければ、定款に書いてあることは実現できない。
 第二に、その会社の業種に必要な人材を得られるかである。
 例えば、工業を営む会社が、工業の内容を熟知・熟練した人物を採用して工場長や支配人として登用すること自体は、それほど難しいことではない。だが、その人材を株主や役員一同の賛同を得た上で、工場長や支配人に任命することは、容易なことではない。
 まして、筆頭株主や社長の一存で、限られた人の中から工場長や支配人を選出した場合、会社の成長の障害になるだけでなく、思わぬ損害を出すことも考えられる。
 初爻は事の始めであるから、定款の内容だけで、その会社の運勢を判断することはできない。誰が社長に就任するかを観察して、その成否を判断すべきである。
(易占の結果は、書いてない。)

師 九二 ・・・ ・|・

九二。師在中。吉无咎。王三錫命。
□九二。師に在りて中す。吉にして咎无し。王三(み)たび命を錫(たま)う。
 剛中具えた九二は六五の天子から総大将に委任され軍隊を統括する。よく軍を率いて戦に勝ち天下を平定する。多少犠牲があっても咎められない。
 天子から何度もご褒美の言葉を賜る。
象曰、師在中、吉、承天寵也。王三錫命、懐萬邦也。
□師に在りて中す吉とは、天(てん)寵(ちよう)を承くる也。王三たび命を錫(たま)うは、万邦を懐(なつ)くる也。
 九二が天下を平定する。天子に厚く信任されているのである。天子からご褒美の言葉を賜る。戦に勝って國土を広げ、民に喜ばれるのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)誠意正心事ニ臨ミテ畢生ノ力ヲ竭サバ、當ニ大功ヲ建ツベキノ時トス・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)志を抱き(心を正しい方向に向けて物事に臨み)、力を尽くして事に中れば、大きな功績を成し遂げられる時である。
○勇気を奮って大事業を起こせば、吉運を招き寄せる。
○大勢の人々を統率して、事業を運用する象である。
○終に志を実現して、誰にも負けない氣(エネルギー)に溢れている。
○功績を成し遂げて帰郷する時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)二十五年十二月、第五議會ヲ占フテ地水師ノ第二爻ヲ得タリ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十五年十二月、議会に関して占ったところ、師の二爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 地水師の卦は、九二の一陽が他の五陰を統治する象。人事で観れば、陽剛の性質を具えた教師が、大勢の陰柔の生徒たちを教え導くという象である。
 以上のことから、この卦を名付けて師と云う。
 この卦を国家に当て嵌めれば、九二の陽剛の宰相(総理大臣)が大衆のリーダーとして国を治めるという象。それゆえ、リーダーの命令に従わない人々が存在するときは、国家の治安を妨げる。
 そこで、そのような人々を制御して、時には刑罰を与えて、リーダーの命令が行き届くようにする。すなわち、一人のリーダーが大勢の人々を統制するというあり方を、人事で観れば教師と云い、国家に当て嵌めれば宰相(総理大臣・リーダー)と云う。これに威厳をもたせる時には元帥とも云う。
 以上を「師は衆也。貞は正也。能く衆を以て正しければ、以て王たる可し。師は大衆。貞は大義。大衆を率いて戦をする時は、大義が必要。大義を掲げて大衆を率いてこそ、立派な王さまである」と云う。
 リーダーたる者、大衆から尊敬される人物であることは勿論のこと、国家の宰相となれば、大人と称されるような人徳を具えた上で、政治を熟知していなければ、とうてい務めることはできない。
 それゆえ、「師は貞。※丈(じよう)人(じん)なれば吉にして咎无し。大衆を率いて戦をする時は、大義が必要である。尊崇される長老を総大将に戴(いただ)けば、戦に勝利する。多少犠牲があっても咎められない」と云う。(※「丈人」を高島嘉右衛門は「大人」として解釈している。)
 この卦は二爻と五爻が正応である。君主がよく賢臣を任用して、賢臣はよく君主に尽くす。六五は天から命を授かった地位にあって、坤の柔順な性質と中庸の徳を具えている。多くの臣民を受け容れ、九二の宰相を信任する。
 九二は陽剛の性質を有した賢明な臣下であり、国家の重責を背負って、よく宰相の役割を全うして君主に尽くす。
 以上のような六五と九二のあり方を「剛中にして応じ、険を行(おこの)ふて順。剛健と中庸の德を兼ね備えた九二の長老が、六五の天子に厚く信任され、険難(けんなん)な戦(下卦坎)に中り柔順(上卦坤)に対処する」と云う。
 師は、地の中に水がある。水は坎険に貯まっていくもの、地は万物を隠すものであるから、陰険な性質が下に隠れている。
 それゆえ、宰相たる者は、その明察で予め災いを予測して、大衆が災いに陥らないように導く。断固として大衆を教導しなければならない。これが師の時のあり方である。
 このことを「険を行(おこの)ふて順。此を以て天下を毒すれども、民之に従う。吉にして又何の咎あらん。険難な戦(下卦坎)に中り柔順(上卦坤)に対処する。民は帰服する。多少犠牲があっても九二に従う。天子は戦に勝利する。どうして咎められようか。」と云う。
 二爻は陽爻陰位で才能高く、志は柔順。すなわち剛(つよ)さと柔らかさ(剛柔)を兼ね具えて、しかも中庸の德を得ている。剛柔巧みに事を為し遂げられる適任者である。
 正々堂々と軍隊を率いて、善からぬことを統制し、武力を用いなくても、民を正しい道に導くことができる。国家には、平和が訪れて、大衆は幸福に暮らすことができる。
 以上のことを「師に在りて中す吉とは、天(てん)寵(ちよう)を承くるなり。王三たび命を錫(たま)うは、万(ばん)邦(ぽう)を懐(なつ)くるなり。九二が天下を平定する。天子に厚く信任されているのである。天子からご褒美の言葉を賜る。戦に勝って國土を広げ、民に喜ばれるのである」と云う。
 易経に掲載されている六十四卦と三百八十四爻の中で、民を教え導き、その威厳によって、国家が安寧になる時は、唯一この爻だけである。まさしく天命に由るところである。泰然として進み命をかけて国家に奉ずるべき時である。
 もし、教師が児童の我が儘勝手を制止せずに、児童を教え導くことを放り出すようなことがあれば、この爻は変じて坤為地となり、大衆は道を踏み外すことになると易断した。
 その後、明治二十六年十二月の議会において、議長は退任に追い込まれることになった。まさしく、地水師の二爻が変じて坤為地となったような状況である。その後議長は次々と交代して、三人目となったときに、終に議会は解散することになった。
 九二の爻辞「王三たび命を錫(たま)うは、万(ばん)邦(ぽう)を懐(なつ)くるなり」に合致する。
 この易断は、まさしく天命を予測したのである。
 わたしたちは、易に対する畏敬の念を、決して忘れてはならない。

師 六三 ・・・ ・|・

六三。師或輿尸。凶。
□六三。師(いくさ)或(あるい)は尸(しかばね)を輿(の)す。凶。
 柔弱不中正で才能乏しく、妄進して規律を乱す。このような人物を総大将に任命すれば、士気は低下、大敗し、戦死者の屍(しかばね)を車に載せて帰ることになる。
象曰、師或輿尸、大无功也。
□師(いくさ)或(あるい)は尸(しかばね)を輿(の)すとは、大いに功なき也。
 六三を総大将に任命すれば、戦死者の屍(しかばね)を車に載せて帰ることになる。国家の威厳は喪失して天下は大いに乱れ、不測の災厄を招くのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)志剛ニシテ才拙シ、能ク反復思慮シテ妄ニ進取ヲ謀ルベカラズ、之ヲ尋常ノ事ニ取レバ、人ニ煽動セラレテ、己レノ才ヲ顧ミズ、進テ事ヲ爲サント欲シ反テ失敗ヲ取ルノ時トス、故ニ退テ時ヲ待ツヲ宜トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)志は剛毅だが才能が不足している。何度も反復して、よく考え、妄りに進もうとしないことが肝要である。日常生活に当て嵌めれば、他人の扇動に乗って、自分の才能を過信して事を為そうとすれば、大失敗する。それゆえ、進まず退いて時を待つが宜しい。
○分不相応なことをしてしまう時である。
○蒙昧ゆえ、してはならないことをしないように、自戒すべきである。
○自分の器量を過大評価して、他人を侮(あなど)ってしまう時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治三年中、横濱ノ商人三名舶來物品ヲ蒸氣船ニ載セテ箱館ニ往キシニ偶舶來物品拂底ノ時機ニ際セシヲ以テ各々二三倍ノ利益ヲ得タリ、因テ再ビ鉅多ノ物品ヲ購ヒ將サニ往テ大利ヲ得ントス、其一人某氏來リ、損益得失ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ師ノ第三爻ヲ得タリ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治三年のことである。横浜の商人三名が舶来の物品を蒸気船に載せて函館まで輸送しようとしたところ、舶来の物品が品薄だったことから、それぞれ通常の二~三倍の利益を得た。そこで、再び大儲けしようとして、沢山の物品を購入した。
 ある時、その中の一人がやって来て、再び大儲けできるか、あるいは損するか、商売の損益と得失を占ってほしいと依頼された。
 そこで占ったところ、師の三爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 師は水の上から土を投下している(上卦坤地・下卦坎水)形、商業に当て嵌めれば、目的をまだ達成できないので、いろいろ行うべきではない時。しかも、三爻が出たので、なおさらそうである。あなた方は、今、東京や横浜では売れない商品を廉価で大量に購入し、それを函館に輸送して高値で売り、大儲けしようとしている。ところが、他の人も大儲けしようと、同じようなことをしている。
 だから、高値で売れると思って購入した商品を、函館で売ろうとしても、期待する値段では売れず、大胆に値引きしなければならなくなる。場合によっては仕入れ値より下げなければ売れなくて、仕入れた商品を全部持ち帰ることになる。そうなれば、横浜から函館までの往復運賃もかかるので大赤字となる。戦争に大敗して、戦死した屍を運んで帰ってくるようなものである。
 すなわち、「師(いくさ)或(あるい)は尸(しかばね)を輿(の)す。凶。柔弱不中正で才能乏しく、妄進して規律を乱す。このような人物を総大将に任命すれば、士気は低下、大敗し、戦死者の屍(しかばね)を車に載せて帰ることになる」のである。
 以上のことから、今回の函館行きは断念すべきだと易断した。
 商人は、その易占に、大いに感服して、購入した商品を他に売却して、函館行きは断念した。函館に行った商人は、易断の通りに函館では一つの商品も売ることができず、持ち帰ることになり、大損したと云う。

師 六四 ・・・ ・|・

六四。師左次。无咎。
□六四。師(いくさ)左(しりぞ)き次(やど)る。咎无し。
 能力不足で控え目の六四は、軽挙妄動せずに、守りを固め、軍隊を退去させる。戦に勝つことはできないが、咎められることもない。
象曰、左次、无咎、未失常也。
□左(しりぞ)き次(やど)る。咎无しとは、未(いま)だ常を失わざれば也。
 守りを固めて軍隊を退去させる。戦には勝てないが咎められない。
 己の非力を認識して撤退するのは、戦の常道である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻進テ事ヲ爲ス時ニアラズ、退テ氣力ヲ養ヒ時ヲ得テ動クヲ宜シトス、又一方ノ長トナリテハ、衆人ト利害ヲ共ニスベシ、我一分ノ名聞ニ拘ハルベカラズ、必然ノ利ナラザルトキハ、退舎シテ守ルヲ可トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)進んで事を為す時ではない。退いて氣力を養い、時が到来するのを待って動くべき。この時にリーダーの地位を得たら、衆人の利害を守るために努力すべき。自分の名誉など考えず、衆人に害悪が及ぶと判断したら、退いても、衆人を守ることを優先すべきである。
○リーダーの役割を全うするために、今は退くべきである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)余熱海ニ在リ、會陸軍中将某陸軍少将某來遊シ、畝傍艦歸着ノ遅キ爲メ、其存亡如何ノ占ヲ求ム、乃チ筮シテ師ノ第四爻ヲ得タリ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)わたしが熱海に滞在中、陸軍の中将と少将が遊びに来た。
「畝(うね)傍(び)艦という海軍の軍艦が行方不明となり帰ってこない。そこで、その存亡を占ってほしい」と頼まれた。
 そこで、占筮したところ、師の四爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 師は一陽が五陰を統治して、五陰(衆陰)は一陽に従う時。だから師(リーダー)と名付けられた。六四は陰爻陰位で力不足。戦場から退いて休息している時である。
「咎无しとは、未だ常を失わざればなり。戦には勝てないが咎められない。己の非力を認識して撤退するのは、戦の常道である」とは、今は、退いて常を失わないから事なきを得る、と云うことである。
 行方不明になった「畝(うね)傍(び)艦」の存亡を占って、この爻が出たのだから、爻辞の「師(いくさ)左(しりぞ)き次(やど)る。能力不足で控え目の六四は、軽挙妄動せずに、守りを固め、軍隊を退去させる」が意味することは、「畝(うね)傍(び)艦」は、今、何らかの事情で航路を外れて、どこかの港で休んで泊まっていると云うことである。
「咎无し。咎められることもない」は、過ちを補うことである。この言葉が意味することは、軍艦は何らかの事情で少し破損したので、それを修繕していると云うことである。
 以上から、「畝(うね)傍(び)艦」は、破損を修理するために、どこかの港に碇泊していることは、疑う余地がない。よって、速やかに探索して救助しなければならない。
 来月になれば五爻の段階に移行する。
 五爻の爻辞に「長(ちよう)子(し)師(いくさ)を帥(ひき)いる。弟(てい)子(し)は尸(しかばね)を輿(の)す。九二の長老なら軍隊を統率して勝利を得る。六三を総大将に選べば屍(しかばね)を車に載せて帰ることになる」とある。(もし、「畝(うね)傍(び)艦」の艦長が)九二の長老であれば無事だが、六三の弟子ならば、船員の命は助からない。
 四爻変ずれば外卦は震となり、下卦坎水の上に震の木(小成卦の震を五行に当て嵌めると木となる。木とは木製の船と考えることができる)が浮かんでいる形となる。このことから考えても、「畝(うね)傍(び)艦」は無事だと思われると易断した。
(「畝(うね)傍(び)艦」は、近代化を押し進めている日本にとって大切な軍艦だから、)この易占は広く世間に知られることとなった。
 しかし、その後、いつまで経っても「畝(うね)傍(び)艦」の行方は分からず、政府は沈没したと判断、船員の家族には遺族としての救援金が支払われた。
(つまり、嘉右衛門の易占は外れたと云うことになる。このことに対して、嘉右衛門は次のように書いている。)
 わたしの易占は、百占百中で、未だに外れたことがない。易経に掲載されている三百八十四爻の易占の中で、ただ一つ、水雷屯の上爻の易占を間違えただけである。今回の易占は、二回目の外れである、という評価があるけれども、完全に外したとは言い切れない。
 まだどこかで碇泊しているかもしれないし、わたしが占った段階では、まだ無事だったかもしれない。そして、その後、何かが起こったのかもしれない。
 以上のことから、この易占は完全に外れたとは言い切れない。
 いずれ、後世の人が判断するであろう。

師 六五 ・・・ ・|・

六五。田有禽、利執言。无咎。長子師帥。弟子輿尸。貞凶。
□六五。田(でん)に禽(きん)有り、言(げん)を執(と)るに利し。咎无し。長(ちよう)子(し)師(いくさ)を帥(ひき)いる。弟(てい)子(し)は尸(しかばね)を輿(の)す。貞なるも凶。
 田を禽獣が荒らすように、国外から乱賊が攻めて来た時は、威厳をもって九二の長老に命じて乱賊を征伐する。非難されることはない。九二の長老なら軍隊を統率して勝利を得る。六三を総大将に選べば屍を車に載せて帰ることになる。義戦であっても大敗する。
象曰、長子師帥、以中行也。弟子輿尸、使不當也。
□長(ちよう)子(し)師(いくさ)を帥(ひき)いるは、中行を以て也。弟(てい)子(し)は尸(しかばね)を輿(の)すとは、使うこと当らざる也。
 九二は、時に中って戦を遂行する。六三は、屍を車に載せて帰る。
 六三を選ぶことが道理に適っていないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ損害ノ要償又ハ名譽ノ回復ヲ求ムルニ適當ナルノ時トス、然レドモ委託其人ヲ撰ブヲ肝要トス、若シ其器ニアラザルモノヲ用ルトキハ、却テ失敗ヲ取ルノ基トナルベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)損害の賠償や名誉回復を図るのに適当な時。誰に委託するのかが肝要である。もし、その器でない人物を選んで委託すれば、とんでもない大失敗を招く。
○王(トップリーダー)が大将(プロジェクトリーダー)に命令して、戦争(事業)を全面的に任す時である。
○王(トップリーダー)に委託された大将(プロジェクトリーダー)がその器でない時は、その大将(プロジェクトリーダー)が人間失格の烙印を押される恐れがある。
○一人の優れた人物(リーダー)に一任すれば吉を招く。その選択を誤れば必ず失敗する。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治十八年一月、余寒ヲ避ケテ熱海ニ遊浴ス、時ニ朝鮮京城ノ事變ニ關シ、政府將サニ清廷ニ向テ談判スル所アラントシ、(中略)余モ亦國家ノ重事ナレバ、杞憂に堪ヘズ、其使命ノ任ヲ占ヒテ師ノ第五爻ヲ得タリ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治十八年一月、避寒のため熱海に滞在していた時、朝鮮における京城の事変に関して、政府は清国を訪問して交渉しようとしていた。その交渉に関して占ってほしいと頼まれた。
 そこで、占筮したところ、師の五爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 爻辞の「田(でん)に禽(きん)有り。田を禽獣が荒らすように、国外から乱賊が攻めて来た」とは、禽獣が攻めてきて、わたしたちの田園を荒らすことを云う。
 今、朝鮮において清国の軍隊が侵略してきて、日本国民を惨殺した。清国を訪問して、問い質すのは当然のことである。よって、清国の政府を訪ねて、直談判する正当性は十分ある。このことを「言(げん)を執(と)るに利し。威厳をもって九二の長老に命じる」と云う。
「長(ちよう)子(し)師(いくさ)を帥(ひき)いる。九二の長老なら軍隊を統率して勝利を得る」とは、長州藩出身のある人物が外交責任者として、これに対処すべきと云うことである。「長(ちよう)子(し)」あるいは「弟(てい)子(し)」とは、誰を大使として任命することが妥当なのかを云っている。
 わが政府内で「長(ちよう)子(し)」に該当する人物は、これまでの実績と名誉からして、伊藤博文伯以外に考えられない。したがって、外交責任者には、伊藤博文伯がなるべきである。
 今回の外交交渉を「師(いくさ)を帥(ひき)いる」という言葉に基づいて考えると、表面的には平和に見えても、事の進行具合によれば戦争の端緒につながるかもしれない。そこで、事によっては戦争をも辞さない覚悟で交渉に臨まなければ、交渉をまとめることはできない。
 以上のことから考えると、今回の交渉は、中身が重くて外枠が壊れかねない「澤風大過」の時のようであり、一歩間違えれば交渉は決裂して戦争に突入しかねない。そのような事態になるのを回避するのは、外交責任者に人物を得なければならない。伊藤 博文伯以外にはこの任務に耐える人物はいない。
 これは疑いようのない結論であると易断した。
「中行を以てなり。九二は、時に中って戦を遂行する」のである。中行とは易がもっとも貴ぶことである。よって、他の人物を外交責任者に任じたならば、間違いなく交渉は決裂する。これは日本国の存亡をかけた交渉であり、伊藤博文伯を責任者に任ずるか否かによって、天地ほどの差が開く。
 今回占ってこの卦爻を得たのは、天命である。その吉凶の結果を深く考慮すべきである。
 その後、まもなくして、伊藤博文伯が外交大使に任命された。

師 上六 ・・・ ・|・

上六。大君有命。開國承家。小人勿用。
□上六。大(たい)君(くん)命有り。國を開き家を承(う)く。小人は用ふる勿(なか)れ。
 上六は戦の終わりに処する道を説く。
 六五の大君が論功行賞を命ずる。大きな功績を上げた家臣を諸侯に封じ、卿(けい)大(たい)夫(ふ)に任用する。小人を諸侯に封じ、卿(けい)大(たい)夫(ふ)に任用してはならない。
象曰、大君有命、以正功也。小人勿用、必亂邦也。
□大君命有りとは、以て功を正す也。小人は用ふる勿れとは、必ず邦(くに)を乱(みだ)る也。
 功績の大小軽(けい)重(ちよう)を正当に評価・表彰することは、國を治める上で大変重要である。小人を諸侯に封じ卿大夫に任用してはならない。小人は必ず國を乱す。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ、委托其人ヲ得テ事ヲ果スノ時トス、然レドモ爾後ヲ戒愼セザレバ、復成功ヲ壊ルノ象アリ、細心警戒ヲ要ス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)この爻が出たら、ある事を委託する際に人物を得て、事を成し遂げた時である。その後戒めと慎みの心を失えば、成果はあっという間に失われてしまう。細心の注意で警戒しなければならない。大きな志を実現した時だから、その後のあり方が肝要である。論功行賞に依怙贔屓があってはならない。忠実で正直な人材には、それに応じた処遇を与える事で、良き国風を育むべきである。表面だけ忠正を装っている小人に良き処遇をすれば、その後、害悪を招く。
○論功行賞を与える時。小人には高い地位を与えてはならない。業績に応じた俸禄を与えるに止めるべきである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)某貴顕胃癌ノ大患ニ罹リ予之ヲ訪問ス、(中略)然レドモ未ダ其願意ノ達スルヤ否ヤヲ知ラズ、請フ之ヲ占ヘト、乃チ筮シテ地水師ノ上爻ヲ得タリ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある貴人が、大病(胃がん)に罹ったので、わたしはお見舞いに行った。その時、元老院の議院三名と同席したが、ある議院がわたしに質問して次のように言った。
「病気に罹った貴人は、維新の時に元老と称される人々と共に活躍した人物である。彼らは爵位を賜ったが、この貴人はまだ爵位を賜っていない。今、胃がんという大病に罹り余命幾ばくもない。そこで、わたしはこの貴人に爵位を与えて頂けるよう、ある人物にお願いしたのだが、まだ回答がない。そこで、この貴人が爵位を賜ることができるかどうかを占ってほしい」。
 そこで、占筮したところ、師の上爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 この貴人が国家に貢献した人物であることは、世間の人々が周知している。言うまでもなく、政府はこの人物に報いるべきである。貴人は、国家に尽くそうとする思いが厚く、公務に勉励したことも、世間に広く知られている。
 今回占って、この卦爻が出た。軍事(政治)に功績を上げた者に対して、王さまから爵位を賜るという時なので、今から数日後には、必ず爵位を賜ると易断した。それから六日後に、貴人は男爵を賜ったのである。
(附言)易経の六十四卦の中で、「地水師」「水地比」「天火同人」「火天大有」「沢雷随」「山風蠱」「風山漸」「雷沢帰妹」の八卦を、帰魂の卦とする。もし余命を占って、この八卦が出た時は、その上爻に至ると命が尽きる。
 帰魂の卦とは、五爻の陰陽が変じると八純の卦となる卦で、繋辞伝に「始めを原(たず)ね終わりに反る。故に死生の説を知る。あらゆる事象の始まりに遡ることにより、あらゆる事象の終わり方を予測することができる。だから、あらゆる事象の生老病死も予測することができる」と云っている。
 すなわち、これら八卦によって、人生の終わりを知るのである。
 人の命は心魂が一時的な家屋(身体)に宿っているのであり、いずれ心魂は家屋から去っていく。宿っている期間の人生に満足して死んでいく人を「定命」の死、満足できずに死んでいく人を「非命」の死と云う。「非命」の死を救うのは、医学の進歩を待つしかない。
 三百八十四爻の中で、正当な死を迎えられる時は、この八爻(帰魂の卦の上爻八つ)だけである。人が死を全うすることは難しいのである。