毎日連載! 易経や易占いに関する情報を毎日アップしています。

期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 天地否

十二 天地否 ||| ・・・

否之匪人。不利君子貞。大往小來。
□之を否(ふさ)ぐは人に匪(あら)ず。君子の貞に利しからず。大往き小来(きた)る。
 上下君臣交わらず閉塞する否の時は、人の世に非ず。君子が固く道を守ってもどうすることもできない。天(君)は上(外)に在り、地(臣)は下(内)に在る。天地陰陽(上下君臣)交わらず、閉塞・逼迫する。
彖曰、否之匪人、不利君子貞、大往小來、則是天地不交萬物不通也。上下孚交天下无邦也。内陰而外陽、内柔而外剛、内小人而外君子。小人道長、君子道消也。
□之を否ぐは人に匪ず、君子の貞に利しからず、大往き小来るとは、則ち是れ天地交わらずして万物通ぜざるナリ。上下交わらずして天下に邦なき也。内は陰にして外は陽、内は柔にして外は剛、内は小人にして外は君子。小人の道長じ、君子の道消する也。
 天地の元氣も交わらず、万物は生成化育しない。
 上下君臣の意志が疎通しないので國家の体を成さない。
内側の陰氣が徐々に盛んになり、外側の陽氣は徐々に衰退する。内面は柔弱なのに外面は剛健を装う。小人が要職を独占して君子は閑職に追いやられる。小人が跋扈して、君子の道は消滅する。
象曰、天地不交否。君子以德儉辟難、不可榮以祿。
□天地交わらざるは否なり。君子以て德を儉(つづまやか)にし難を辟け、栄(えい)するに禄を以てす可からず。
 天地陰陽交わらず万物は閉塞し、小人が跋扈するのが否の形。
 君子は、道德才能を包み隠して、小人が招く災難から遁(のが)れる。禄位で誘惑されてはならない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此卦君子志通ゼザルノ時トス、故ニ才ヲ隠シ身ヲ退テ正ヲ守ルベシ、又事大ニシテ塞ルノ時トス、運宜シカラズ、愼ムヘシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)君子が志を実現できない時。才能を隠して、表舞台から退き、正しい道を守ることが肝要である。
○物事が大きく塞がり(閉塞し)衰運甚だしい時。慎むべきである。
○万事閉塞状態に陥って、どうにもこうにもならない。
○陰陽消長の循環の中で陰が長じて小人が跋扈する時。
○正しい事が通らないので「人に匪ず。人の世に非ず」と云う。人として、してはならないことをしてしまう。
○生活に苦労する。生活が困難になる時。
○正しい言行が通じない時。
○万事閉塞して、志を失いかねない時。
○商人にとっては、売買共に損失を出す時。それゆえ、「大往き小来る。天地陰陽(上下君臣)交わらず、閉塞・逼迫する」と云う。
○物品の動き(商流・物流等)が滞る。
○いくら苦労しても、衰運の時ゆえ、安心できない。呼吸ができないような苦労をする。
○内面は善からぬ状況なのに、外面は善き人物を取り繕っている。
○小人が跋扈して、君子が困窮する。
○小人が徒党を組んで国家を混乱に陥れる。
○和合できない時、親睦できない時。
○家族の円満や組織の調和が維持できない。
○物事が成就しない。○損失が発生する。
○何か善からぬモノが迫ってくる。○物事が乖離する。
○多かれ少なかれ、万事衰退する。
否 初六 ||| ・・・

初六。抜茅茹。以其彙。貞吉亨。
□初六。茅(ちがや)を抜くに茹(じよ)たり。其の彙(たぐい)を以てす。貞なれば吉にして亨る。
 閉じ塞がる時の最初に居て、茅(ちがや)を引き抜くように、仲間と共に小悪を図る。改心して、正しくあろうと願えば、やがては泰の時が来る。
象曰、抜茅、貞吉、志在君也。
□茅(ちがや)を抜く、貞なれば吉とは、志君に在る也。
 正しくあろうと願えば、やがては泰の時が来る。天子と志を同じくするからである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)不善人ノ黨ニ引入レラルルノ時トス、故ニ我ガ本業ヲ固守シテ、道德ノ君子ト共ニ、上位ノ人ノ命令ニ從ハバ吉ナルコトヲ得ベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)善からぬ人物の集団(悪党)に引き入れられかねない時。よく本業を守り、道德を大切にする君子と付き合って、共に目上の尊敬できる人の命令に従って物事を行なえば、吉運を招き寄せる。
○あなたが小人ならば、あなたに相応しい小人が集まってグループ(悪党)を作り、ろくでもないことをやり続ける。
○君子は呆れて、あなた方小人から遠ざかり、今は世に埋もれている理想的な人物を恋い慕う。
○私利私欲に囚われた小人が、善き人物を装って、ありもしない権威をひけらかして大衆を騙し、こっそりと悪事を行なおうとする時。
(この爻には占例が書いていない)

否 六二
六二。包承。小人吉。大人否亨。
□六二。包(ほう)承(しよう)す。小人は吉。大人は否(ふさ)がりて亨る。
 天子に恭順して寵愛され、社会的地位を得る。否中の否において、小人凡夫は、否に擦り寄って吉を得る。
 大人ならば、否と距離を置いて時を待つ。やがては泰の時が来る。
象曰、大人否亨、不亂羣也。
□大人は否(ふさ)がりて亨るとは、羣(むれ)を乱さざる也。
 大人ならば時を待ち、やがて泰の時が来る。妄りに道義を振り翳(かざ)して、小人の群を乱さない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)常人ハ目上ノ人ノ愛顧ヲ得ルアルベシ、包承トハ我内心ヲ顯サズ、便柔以テ上位ノ人ノ愛顧ヲ受クヲ謂フ、又我レ彼レノ招聘ニ應ジテ抱ヘ入レラルルモ、亦包承ノ義ナリ、又彼ヨリ包モノヲ賜ハリ、之ヲ受ルモ、亦包承ナリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)あなたが小人ならば、目上の人(これもまた小人)から寵愛されて社会的地位を得られる。「包(ほう)承(しよう)す。天子に恭順する」とは、自分の内心は包み隠して、上位の人に媚び諂って寵愛されることを云う。相手の妖しい要請を受け容れて、相手に懐柔されることも「包(ほう)承(しよう)」である。さらに、相手から妖しい贈り物が届き、妖しいと知りながら、ついつい受け取ってしまうのも「包(ほう)承(しよう)」である。
 占う人は、以上の事をよく知った上で、易占の解釈をしなければならない。型通りに占ってはならない。
 六二が出たら、あなたが小人ならば吉運である。あなたが立派な人物、すなわち大人であれば、「否(ふさ)がりて亨る。否と距離を置いて時を待つ」ので、吉運とはならない。
小人に良心を売って私利私欲を満たすのは、本末転倒。そういうことは厳に慎まなければならない。そうでなければ、災いを招き寄せる。
○小人が賄賂を使って、悪事をたくらむ時。
○小人が悪しき智恵を働かせて、愚かな大衆を騙す時。
○小人の心を惹き付け、大衆を巻き込み世論を作り出し、既存の組織や社会を破壊しようとする。
○万事偽物捏造ゆえ、君子からは遠ざけられる時。このことを「包(ほう)承(しよう)す。小人は吉。天子に恭順して寵愛され、社会的地位を得る。否中の否において、小人凡夫は、否に擦り寄って吉を得る」と云う。
○小人の集まりである政府の愚策を、君子が静観している時。
このことを「大人は否(ふさ)がりて亨る。大人ならば、否と距離を置いて時を待つ。やがては泰の時が来る」と云う。
○出鱈目な言いがかりを吹っかけて訴えを起こす時。
○小人が私利私欲を貪る時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十二年春、平素懇意ナル生絲商人某氏、余ガ山荘ヲ訪テ曰ク、今年ハ横濱生絲ノ相場大ニ勢力ヲ得タリ、此ノ如キノ勢ナレバ、必ズ日ヲ逐テ騰貴スルナラン、因テ郷里ナル奥州ニ歸リ、多ク生絲ヲ買入レ一大利益ヲ占メント欲ス、因テ其得失ヲ占ハンコトヲ請フト、乃チ筮シテ否ノ第二爻ヲ得タリ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十二年の春、親しくしている生糸商人の某氏がわたしの山荘にやって来て、次のように言った。
「今年は、横浜における生糸の相場が急激に上がって、この勢いが続けば、まだまだ高騰すると予想される。そこで、わたしの故郷である奥州から大量の生糸を買い入れて、利益を独り占めしようと企(たくら)んでいるのだが、その得失を占ってほしい」。
 そこで、占筮したところ、否の二爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 否は、天は昇って上に在り、地は降って下に在る。これを相場に当て嵌めれば、相場が急激に上がったり下がったり安定しない時である。卦辞・彖辞には「大往き小来る」とあるから、大きな投資をしても、小さな利益しか得られない。だから、大きな利益を見込んで、生糸を大量に買い付ければ、大きな損失を出す。
 あなたのような優れた商人は、売買の時機を熟知している。そこで、大きな利益を得ることは難しいが、失敗しないやり方を伝授する。
 六二の爻辞に「包承す。小人は吉。大人は否(ふさ)がりて亨る。天子に恭順して寵愛され、社会的地位を得る。否中の否において、小人凡夫は、否に擦り寄って吉を得る。大人ならば、否と距離を置いて時を待つ。やがては泰の時が来る」とある。
 奥州に帰って、生糸を売買するならば、その日に買ったモノはその日に売ってしまうことである。得られる利益は少ないが、決して損することはない。ゆめゆめ一攫千金を狙ってはならない、と易断した。このことを「包承す。小人は吉」と云う。
 長い目で見るならば、大富豪のスポンサーを見付けて、大量に生糸を買い付けて貯蔵しておき、一旦下がるであろう相場が、もう一度騰貴するまで、忍耐強く待っていれば、やがて、相場は今以上に騰貴して、大きな利益を得るであろう。このことを「大人は否(ふさ)がりて亨る。大人ならば、否と距離を置いて時を待つ。やがては泰の時が来る」と云う。
 その後、某氏は奥州(福島)に帰って生糸の売買を行なった。一時生糸の相場は騰貴したので、多くの商人が大量の生糸を買い入れたが、その後、相場は暴落して、大損害を被った。しかし、某氏はわたしの易断を信じて、その通りに実践したので、損失を出さずに一定の利益を得たのである。

否 六三 ||| ・・・

六三。包羞。
□六三。羞(はじ)を包む。
 才德乏しく妄進する非道の小人。心の中で悪事を企み、九四に取り入って、邪心を蔽い隠している。
象曰、包羞、位不當也。
□羞(はじ)を包むとは、位当らざれば也。
 九四に取り入って、邪心を蔽い隠す。
 才德乏しく妄進する非道の小人〔陰柔不中正〕の性(さが)である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ、善人ヲ犯サントスルカ、又不善ヲナシテ其罪ヲ隠シ居ルカ、又小人ノ魁首トナリテ、不善ヲ謀ルモノカ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)この爻が出たら、善人をやっつけようとするか、または、悪い(不善な)事をして、そのことを隠しているか、あるいは、小人(悪党)の親玉となって、悪事を企てているか、はたまた、悪人を制御するようなふりをしながら、私利私欲を満たそうとしているか、いずれにしても、ろくな者ではない。凶運である。改心すべきである。
○悪事(善からぬ事)を進める時である。
○小人が時間を持て余して悪事を働く時。君子がこの有様を見れば、どんなに取り繕ったところで、すぐばれる。
○小人は善き事を積み上げることができないから、願いを叶えられない。だから「羞(はじ)を包む。才德乏しく妄進する非道の小人。心の中で悪事を企み、九四に取り入って、邪心を蔽い隠している」と云う。
○自分の罪悪を覆い隠そうとする。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治中興茲ニ二十有餘年、文運益々興起シ、學者彬然トシテ輩出セリ、而シテ其學漢歐ヲ貫穿シ、識古今ヲ透徹シ博士ノ寵稱ヲ受ケ、一世士君子ノ模楷ト爲ル者ハ、獨リ我敬宇先生アルノミ、(中略)余其意ヲ知リ、乃チ之ヲ筮シテ否ノ第三爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治の中興は、維新以来二十数年に渡って、文化がますます発展し、多くの学者を輩出したことによる。だが、和洋の学問に通じた君子人たる学者は、わたしが尊敬する中村敬宇(正直)先生くらいしか見当たらない。(その後、中村敬宇先生の経歴が書かれているが長いので省略して簡単に紹介する。『敬宇先生は幕末・明治に生きた学者で中村正直という名前で知られている。英国に渡り帰国後はスマイルスの「セルフヘルプ」を翻訳した「西国立志編」を出版して、福沢諭吉と同列で語られる啓蒙学者である。』)
 わたしは、先生のご高名をよく存じていたが、まだお逢いしたことはなかった。しかし、明治十二年に、お二人の方の紹介によって初めてお逢いする事ができた。
 先生は穏やかでありながら威厳があり、一見して徳の高い君子人であることがわかった。まったく、自然体で気負いのない人格者である。
 わたしは、先生と意気投合して易の話で盛り上がった。それから十数年経った今(明治二十四年)、先生のご子息から書簡が届き、先生の病が重い事を知った。わたしは驚いて、床に入っても寝ることができなかった。
 翌日、先生のお宅を訪ねてお見舞いしたところ、先生はわたしに目で訴えかけられた。先生は言葉を発することができない状態だったので、手で「卜」という字を示された。
 そこで、先生の思いを知って、占筮したところ、否の三爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 否は、内卦の地は下に降り、外卦の天は上に昇る。すなわち、魂は天に昇り、身体は地に帰っていくという形。否の字は、不と口で出来ている。すなわちこれは、口が口の役割をしないこと、口から息が出てこなくなることである。
 占って三爻が出た。上下の境に在る。この爻変ずると天山遯となる。先生はこの世から逃れて、上に在る天に遷化して、先生の魂は山のように安定した状態で、この世に残されたわたしたちの心に刻まれる。
 第四爻の爻辞は、明日の状態を予測している。
「命(めい)有り、咎无し。疇(たぐい)、祉(さいわい)に離(つ)く」。「命(めい)有り」とは、天命が尽きること。恐れることはない。だから、「咎无し」と云う。「疇(たぐい)、祉(さいわい)に離(つ)く」とは、魂が身体から離れ、極楽浄土に昇天して、幾久しく八百万の神々と共に存在し続けると云うこと。
 否の四爻が変ずれば風地観となる。観は祭祀の物語である。
 先生が亡くなった後、人々は大人君子であった先生を慕って祭祀すると云うことである。
以上のことから、「先生は明日逝去される」と易断した。
 先生は易を熟知されているので、ゆっくりと肯(うなず)いて、静かに目を閉じられた。まるで天命を甘受するようであった。
 はたして、翌日になると、先生は静かに逝去された。そして、厳粛なる葬儀を執り行うことになった。あぁ君子が亡くなる時はこのように厳粛なものである。わたしは、静かに感動したのである。
否 九四 ||| ・・・

九四。有命无咎。疇離祉。
□九四。命(めい)有り、咎无し。疇(たぐい)、祉(さいわい)に離(つ)く。
 否が半(なか)ばを過ぎ、泰平に移行する兆しが見える時。
 天命に順って天子を補佐するがよい。悪(にく)まれる恐れもあるが、咎められるような過失は犯さない。やがては、同志(九五・上九)と共に天下泰平の幸を得る。
象曰、有命无咎、志行也。
□命(めい)有り咎无しとは、志行なわるる也。
 天命に順って天子を補佐するがよい。
 やがては君子(陽)が時を得て、天下を泰平に導く志が実行される。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ、目上ノ賢者に從テ事ヲ爲スベシ、漸々盛運ニ向フノ時トス、又朋友ト共ニ祉ヲ得ルコトアルベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)目上の賢い人に従って、事を為すべきである。徐々に盛運に向かって行く時。朋友と共に幸を得ることもある。
○偶然に朋友となる人と出会い、お互いに志を成し遂げて、喜び合う。
○小人あるいは悪党(盗賊)に攻撃される時でもある。
○天命が味方してくれる時でもある。それゆえ「命(めい)有り、咎无し」と云っている。
○人に教えることによって、その人を悟りに導くこともある。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)秋田縣人根本通明氏ハ近世ノ鴻儒ニシテ、尤も經義ニ長ジ殊ニ易學ニ精シク、(中略)是ニ於テ余ハ編述ヲ斉藤氏ニ托スルノ可否ヲ筮セシニ、否ノ第四爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)秋田出身の根本通明氏は、現代の優れた漢学者で、四書五経に通じており、易学に詳しい知識人として知られている。わたしも親しくお付き合いさせていただいている。
 ある時、次のようなお言葉を頂いた。
「あなたは易経に詳しく、先人の学説を熟知しているので、体系的な易の本を執筆すべきである。わたしは、わたしのアプローチで易の魅力を世に紹介するから、あなたは、あなたのアプローチで易の魅力を世に伝えて、共に易を世に広めようではないか」。
わたしは大いに喜び、共感したが、その後、時が経過しても、わたしは高島易斷を出版することができなかった。
 そこで、わたしは、氏に次のように尋ねた。
「あなたが易経に精通していることは、広く世間に知られている。易経を学んでいる人は、必ずあなたの教えを受けている。今易経に詳しくて、しかも文才に秀でている人物は誰でしょうか?」。
 すると、氏は斉藤真(ま)男(お)という人物を推薦してくれた。その人物は、旧佐倉藩(現在の千葉県佐倉市周辺)の武士で、滋賀県の役人を長く勤めて、その後は元老院の書記官となったが、今は職を辞して野に下っていると云う。
 そこで、高島易斷をその人物(斉藤真男氏)に編集・校正してもらうことの可否を筮したところ、否の四爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 否は閉塞する時だから、わたしはこれまで易の本を出版する機会を得られなかった。しかし、今や天命が到来して、いよいよ易を普及啓蒙するために、世に出る時が来た。わたしは易に通じており、独自のアプローチで易の魅力を世に伝えているが、文章を書くのは、得意ではない。幸い斉藤氏という文章に秀でている人物を紹介してもらった。斉藤氏の力を借りて、文章を編集・校正してもらおう。斉藤氏も自分の力が世の中の役に立つことを望むだろう。このことを「疇(たぐい)、祉(さいわい)に離(つ)く。やがては、同志(九五・上九)と共に天下泰平の幸を得る」と云う。
 わたしは、斉藤氏を訪ねた。そして、わたしの思いを伝えたところ、氏もまた喜んで応じてくれた。それ以来、ずっと斉藤氏に高島易斷を編集してもらっている。
 斉藤氏には、高島易斷十巻の編集をしてもらった。その後、氏は島根県の役人となって活躍したが、不幸にも肺炎に罹り神戸で治療を受けたが、明治二十二年五月に亡くなった。高島易斷を世に出せなかった頃のことを思い出すと、氏の功績を忘れてはならないと痛感するのである。

否 九五 ||| ・・・

九五。休否。大人吉。其亡其亡、繫于苞桑。
□九五。否を休む。大人は吉。其れ亡びなん、其れ亡びなん、苞(ほう)桑(そう)に繫がる。
 否(ひ)塞(さい)を一時くい止める。大人が時を得て、天下泰平が実現する。だが、否の時が終焉したわけではない。常に「油断すると滅びるぞ、油断すると滅びるぞ」と戒慎し、桑の根にしっかり繋ぎ止めるように、天下泰平を保つがよい。
象曰、大人之吉、位正當也。
□大人の吉は、位正しく当る也。
 天下泰平を実現する。剛健中正の理想的な天子である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)其身危キノ至リナリト雖モ、奮興シテ頽瀾ヲ既倒ニ輓回スルノ時トス、能ク此大人ノ氣象ニ倣ヒ、大業ヲ維持セザルベカラズ、事ハ大ナリト雖モ勉強力ニ耐フレバ、必ズ成シ遂グベキノ占トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)心身共に閉塞する時のピークに至った。その状態から抜け出すために奮い立ち、閉塞状態を打破し、運気を挽回していく時である。よく大人(立派な人)を見倣って、大きな事業を成就させなければならない。勤勉ならば、必ず成し遂げられる。
○よく慎んで、否の閉塞する運氣を跳ね返すべきである。
○小人が立ち塞がって妨害するのを、徐々に跳ね返して、自分の地位を確保する時。
○油断や怠りがあると、閉塞状態を脱することはできず、さらに危ない状態に陥って、歯ぎしりして後悔する。
○よく忍耐して、努力を積み上げれば、やがては運氣が開けていく。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治十八年五月、出雲大社教正千家尊福君、駕ヲ弊莊ニ枉ゲ寒喧ヲ叙シ、茶話畢リテ後、余ニ謂テ曰ク、(中略)然レドモ余ハ今國家教何レニ在ルノ占ヲ後ニシテ、先ズ神道ノ氣運如何ヲ筮スベシト、乃チ布算シテ否ノ第五爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治十八年、出雲大社の千家尊福君がやって来て、お茶を飲みながら世間話をした後、次のように言った。
「伝え聞くところ、国民の気持ちを一つに纏(まと)めるため、皇国の国教を議論して定めると云う。わが国に古くから伝わる神道が国教となるのだろうか。はたまた仏教あるいはキリスト教が国教になるのだろうか。わたしには政府がどう考えているのか分からないし、わたしが口を挟むことではないが、あらかじめ分かっていれば、心構えができる。そこでどの宗教が国教になるのかを占ってほしい」。
 わたしは、その話を聞いて、次のように言った。
「慎んで占わせていただきたいと思うが、どの宗教が国教になるのかを占う前に、先ず、神道の氣運を占うべきだと思う」。
(千家君が合意したので)占筮したところ、否の五爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 否は陰が時を得て、陽が退く時。現実を大事にする余り、理想や真理が大事にされない時である。泰は通じる時、否は塞がる時である。今回、神道の運氣を占ったのであるから、今、神道は閉塞状態にあることを知っておくべきである。また、卦の象は、陽が上に、陰が下に在る。神の御心は上に昇って、地上(国家)から、ドンドン離れていく。
 陰陽消長の流れの一つであるから、人間にはどうすることもできない。それゆえ、卦辞・彖辞に「人に匪(あら)ず。君子の貞に利しからず。大往き小来る」と云う。
 序卦伝に「物は以て通ずるに終るべからず」とある。否は十二消長卦の流れで天山遯の次に位置しており、やがて風地観に移行する。観には「国の光を観る」とあり、君臣共に神様の威厳を観て、わが国の宗教が光大であることを深く納得する。
 以上のことから、神道の氣運を予測すると、衰運にある神道の氣運を繋ぎ止めるためには、「苞(ほう)桑(そう)・桑の根」に頼るしかない。「苞(ほう)桑(そう)・桑の根」は、根が一つにつながっている草である。これを神の草と位置付けて、筮竹を用いるように、これまでの歴史を振り返って、神道の復権を企て、日本の国は、昔から神道に守護されていることを、国民に粛々と伝えて、神道を尊崇する機運を醸成するべきである。
 以上は、天の意志を否の卦に当て嵌めて予測した。
 神道は日本に欠かせないものであることを、易の言葉を借りて君に伝えた。どうか、神道がわが国にとっていかに大切であるかを感じてほしい。これからも、わが国の歴史を大切に育んでいくためには、神話の時代を経て、神武天皇から今日まで根が一つでつながっているように、神道を大切にしなければならない。
 どうして、神道以外を国教にできるであろうか。
 今の時代、世界各国において、合理的な学問が盛んになり、非合理的な宗教は衰えつつあるが、わが国においては、国づくりの時から今日まで、ずっと神道が尊崇されている。よって、合理的な学問がどんなに盛んになっても、尊崇され続ける。
 そこで、この機会に神道の素晴らしさを広く世の人々に伝えることができれば、すぐには盛運に至らないとしても、衰運から脱することは、ちっとも難しいことではない。
 その後、神道は衰運から盛運の方向に転じていった。

(占例2)明治十五年のある日ある時に、ある貴人がやって来て次のように言った。
「今わが国は、四十万人の武士が職業を失って、貧困に甘んじている。衣食足りて礼節を知るのは、昔からの常識だが、彼らがこのまま貧困であり続ければ、どんな悪事を働いても不思議ではない。そこで、彼らが就職できる政策を考えようと思う。その成否を占ってほしい」。
 わたしも同じように国のことを心配している一人なので、慎んで占筮したところ、否の五爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 今のわが国は、貧しい者が都会に多い、貧困な未開国である。昔から職に就かない人が貧乏なことは、それはそれで致し方のないことであるが、今、憐れむべきなのは、職が見つからない元士族(武士階級)の存在である。
 武士階級は先祖代々から続いてきた家業を継いできた。自分が商売を始めたり、職を求めるという経験がない。それが明治維新によって一変し、家業を離れて生計の手段を失ったので、ある人々は商業に従事し、ある人々は農業に従事するも、武士だった頃の習慣が抜けず、新しい職業に馴染むことができず、武士時代に蓄えた貯金も底をつき、食べることに不自由するほど落ちぶれて、家族は泣いている。
 日本全国で大(おお)凡(よそ)四十万人もの士族が、以上のような窮状に喘(あえ)いでいる。これらの士族は、昔はお殿さまに尽くすことを本分としており、背水の陣で事に臨む気概と誇りを持っていた。落ちぶれたとはいえ、今なお武士の気概は残っている。その点、一介の農民とは、気構えが異なる。未だに士族としての誇りを持っている。このような誇り高き人々に相応しい舞台(職業・働く場)を用意して、リーダーとしての役割を果たしてもらうのは、役人の仕事である。
 爻辞の「其れ亡びなん、其れ亡びなん。常に「油断すると滅びるぞ、油断すると滅びるぞ」と戒慎する」とは、このままでは士族は生活に困窮して死んでしまうことを意味している。同じく爻辞の「苞(ほう)桑(そう)に繫がる。桑の根にしっかり繋ぎ止めるように、天下泰平を保つがよい」とは、この困窮状態から脱するには、桑の根のように一つにつながっている仕組みが必要なことを意味している。
 具体的には、新しい土地を開墾して、桑を育て、養蚕業を営むことによって、生計を立てることである。その方法を考えると、関東は荒れた原野が多く、関西は丘陵が多い。原野の雑草は肥料として用いるのに適しており、丘陵の茨(いばら)は薪(たきぎ)として用いるのに適している。肥料は南アメリカには鳥の糞があって、とても廉価で購入できる。
 そこで政府が資金と艦船を用意して、国産の肥料を南アメリカに輸出し現地人に販売する。その利益で関東の原野を取得し、その原野を士族に開拓させ、桑を植えて養蚕を営ませればよい。
 この計画を実行するためには、鉄道を日本全国に敷いて軍隊の演習場を造り、兵士が暮らすための家屋を沢山建てて、一つの村落とする。ここに士族を兵士として移住させ、軍に従事させて、家族や女性に牧畜や養蚕に従事させればよい。
 以上のように壮大な計画を企画して実行すべきだと思う。細かいことは役人に任せればよい。このような壮大な計画を実現することができれば、今の困窮した士族の状況は、一気に解決して、富国強兵の基礎ともなり、日本国の発展に寄与するであろう。
(易占の結果は書いてない。)

否 上九 ||| ・・・

上九。傾否。先否後喜。
□上九。否(ひ)を傾(かたむ)く。先には否(ふさ)がり後(のち)には喜ぶ。
 否も終極に至り、閉塞する時が終焉する。天下泰平が到来し、上下君臣みな喜ぶ。
象曰、否終則傾、何可長也。
□否終れば則ち傾く、何ぞ長かる可けん也(や)。
 否の時が終れば、泰の時が到来するのが天の道(陰陽消長の循環)である。どうして否の時が永遠に続くであろうか。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)前非ヲ改メ、善道ニ進ミ勉強ノ爲メニ、運氣回復シテ、百事亨通スルノ占トス、又是迄ハ運氣塞リテ心樂マザルベシ、然ルニ天ノ時移リ是レマデニ反シテ、德行顯ハレ喜事アルベシ、又身ニ動キアルベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)過去の善からぬ事を反省し、善い事を積み上げれば、勉強することが段々好きになり、徐々に運氣が回復、万事通じるようになる。
○これまでは運氣が閉塞して、心から楽しむことができなかったが、運氣が好転し、これまでには考えられなかったような喜ばしいことに巡り逢う時である。
○これまでには見られなかった新しい動きが始まる時。
○否の時が終焉して、好運に向かって行く。
○絶交していた友と再会して、再び交際が始まる予兆がある。
○毒を用いるような(不穏な)予兆がある。
○久しく行き詰まっていた事が解決して、喜びが訪れる時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)横濱ノ商人某來リ告ゲテ曰ク、目下商業上一大事アリテ、東京ノ友人ニ謀ラントス、其成否如何ヲ占ハンコトヲ請フト、乃チ筮シテ否ノ上爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)横浜のある商人がやって来て、次のように言った。
「今、商売に関する一大事があり、東京の友人とある事を企画・実行しようと思っているが、その成否を占ってほしい」。
 そこで占筮したところ、否の上爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 否は、天地の氣が交わらず、閉塞状態に陥った時である。あなたが一緒に企画・実行しようとしている友人とは、これまで疎遠であまり親しくなかった。そして、お互いに親しくしようとは思っていなかった。
 今占って否の上爻が出た。否の時もいよいよ終焉して、一度は疎遠になった友人と、再び交際を始めることになり、これまでの誤解は解ける。共に語り、意見が一致して、喜び合う時が到来した。「あなたが、その友人と一緒に企画・実行しようとしていることは、必ず成就する」と易断した。
 このことを「否(ひ)を傾(かたむ)く。先には否(ふさ)がり後(のち)には喜ぶ。否も終極に至り、閉塞する時が終焉する。天下泰平が到来し、上下君臣みな喜ぶ」と云う。
 その後、その商人がやって来て、御礼を述べられた。
 そして次のように言った。
「あの時東京で、友人と一緒に企画したことは、あなたの易断の通りに成就しました」