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期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 地雷復

二四 地雷復 ・・・ ・・|

復、亨。出入无疾。朋來无咎。反復其道、七日來復。利有攸往。
□復は亨る。出(しゆつ)入(にゆう)、疾(やまい)无(な)く。朋(とも)来(きた)りて咎无し。其の道に反復し、七日にして来り復る。往く攸有るに利し。
 復は一陽来復して漸次に陽が長じて行く時。
 小人に剝尽された君子の道が次第に伸び栄えていく。陽氣が下から長ずるのを害するものなく、陽氣が集まり次第に伸び栄える。過失は犯さない。陽氣が天道を反復往来し、剝尽(天風姤)から七変化してまた来復(地雷復)する。進み行くがよい。
彖曰、復亨、剛反也。動而以順行。是以出入无疾、朋來无咎。反復其道、七日來復、天行也。利有攸往、剛長也。復其見天地之心乎。
□復は亨るとは、剛反れば也。動きて順を以て行く。是を以て出入疾无く、朋来りて咎无し。其の道に反復し、七日にして来り復るとは、天行也。往く攸有るに利しとは、剛長ずれば也。復は其れ天地の心を見るか。
 復は一陽来復して漸次に陽が長じて行く時。小人に剝尽された君子の道が次第に伸び栄えていく。一陽来復して陽の勢いがだんだん盛んになって行くのである。動く(震)に順(坤)を以てする。すなわち天地自然の道に順って動き進み行くから、些(いささ)かも無理なところがない。それゆえ陽氣が下から長ずるのを、害するものなく、陽氣が集まり次第に伸び栄える。過失は犯さない。陽氣が天道を反復往来し、剝尽(天風姤)から七変化してまた来復(地雷復)する。天の自然な運行(天道)である。進み行くがよい。剛陽の勢いが次第に盛んになって行くのである。
 一陽来復の時はさながら天地の心を見るようである。
象曰、雷在地中復。先王以至日閉關、商旅不行。后不省方。
□雷地中に在るは復なり。先王以て至日に關(せき)を閉ぢ、商(しよう)旅(りよ)行かず。后(きみ)方(ほう)を省みず。
 雷(震)が大地(坤)の中に潜み、微弱な陽氣が大地の中で着実に力を養っている。昔の王は、一陽来復する冬至の日に、関所を閉ざして商人旅人の足を止め、自らの巡幸も休み、陽氣を養い育てたのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此卦ヲ得ルトキハ、漸ク盛運ニ向フノ時トス、然レドモ五陰中僅ニ一ノ陽爻アルノミ、其勢猶微ナリ、故ニ運氣ノ發達スルヲ考ヘ、順ヲ以テ事ヲ行フベシ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)ようやく漸次に盛運に向かう時。しかし、五つの陰爻に対して、陽爻が一つあるだけなので、勢いは微小である。運氣が漸次に発展して行くと考えて、事を行なうべきである。小さな事を積み上げて、大きな事を成し遂げる方法を考え、直ぐに大きな事を成し遂げようとしてはならない。善きことの始まり、善き友だちがやって来た。善きことを行なえば、人の役に立って利益を得る。名誉も得られる。
○何事も障害なく、思っていることが通る。友だちがやって来て助けてくれる。気に入らないことがあっても七日間忍耐すれば、思っていない幸運が降ってきて、損だと思っていたことが一転する。
○勢いはまだ小さいが、物事をよく弁別することができる。善き事が生じようとする予兆が現れる時である。
○願い事は、日が経つに連れて、少しずつ成就していく。階段を一歩一歩上がっていくようにして事業を計画するべきである。
○昔、手放した(売却した)大切な物が復ってくる。十分なお金を用意して備えておくべきである。
○善い心を取り戻す。 ○ここから運氣が開けていく。
○事業を始めるべき時である。 ○過ちを改める時である。
○立身出世して、物事が発達する時である。 ○質素である。
○英雄が長い間、人の下に位置しても、屈していない。
○故障しない(問題は起こらない)。 ○快復に向かう。

復 初九 ・・・ ・・|

初九。不遠復。无祗悔。元吉。
□初九。遠からずして復(かえ)る。悔いに祗(いた)る无(な)し。元吉。
 道を踏み外しても遠くまで行かず、速やかに過ちを覚り正しい道に復る。それゆえ後悔することなく、大いなる幸を得る。
象曰、不遠之復、以修身也。
□遠からざるの復は、以て身を修むる也。
 速やかに過ちを覚って正しい道に復る。常に身を修めて、過ちを改める。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此卦ヲ得バ、善ヲ行フニ勇ニシテ、日ニ我身ヲ三省スベシ、又徐々事ヲ起サバ、意外ニ大事ヲ遂グルノ時トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)勇気を持って善い事を行ない、毎日、自分の言行を省みる(反省・省略する)べきである。物事を漸次に進めて行けば、思っていた以上に、大きな事を成し遂げられる。
○何事もよく善に復る。後悔することはない。善い事を行なえば、吉の道(宜しき道)を歩むことができる。 ○見識を具えた人に従う。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)余馬車馬ヲ入用ノ際、圖ラズ、汽車中ニテ、知己兒玉少介君ニ遇フ、(中略)其ノ良否如何ヲ筮セシニ、復ノ初爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)わたしが馬車の馬を買い求めて行った時、汽車の中で知古の児(こ)玉(だま)少(しよう)介(すけ)君に遇った。話が偶然に馬の事に及ぶと、児玉君は次のよう言った。「良い馬を南部藩に注文したが、その後音信がないので、きっと良い馬が見つからなかったのだろうと思って、他から一頭購入した。ところが最近になって、先に注文した南部藩の馬が届いた。だが、馬小屋は狭くて二頭を飼うことはできない。あなたが一頭購入しないか」。
 その可否を占筮したところ、復の初爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 この馬は長距離を乗る時には適していないが、日帰りできる距離には最も適している良馬である。このことを「遠からずして復(かえ)る。悔いに祗(いた)る无(な)し。元吉」と云う。初爻が変ずると坤為地となる。坤の卦辞に「牝馬の貞に利し」とある。それゆえ、この馬は牝馬のようであって暴れる危険はない。その後、直ぐにその馬を購入して、朝から夕方まで駆使したが、占筮の通り柔順で暴れる心配は全くなかった。

復 六二 ・・・ ・・|

六二。休復。吉。
□六二。休(きゆう)復(ふく)す。吉。
 賢人初九の指導を得て正しい道に復(かえ)る。日々善い心が芽生えれば、幸を得る。
象曰、休復之吉、以下仁也。
□休(きゆう)復(ふく)の吉は、仁を下(くだ)るを以て也。
 幸を得る。賢人初九に下って、その指導に順うのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)直諒多聞ノ士ヲ友トシテ、我ガ過ヲ聞キ、賢ニ親ミテ、進益ヲ圖ルベシ、又盛運ナル人ト協同シテ事ヲ行ハバ幸福ヲ受クルノ時トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)誠実と評判の高い國士を友として、自分のどこが過っているかを聞き出す時。賢者と親しく交流して、自分の進む方向を考える。
○見識を具えた人に順うので吉を得る(何事も宜しい結果となる)。
 この爻変ずれば地沢臨となる。臨は上の者が下の者に臨む時。すなわち、思いやり(仁)を大切にすることが肝要である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十四年ノ春、或ル裁判所長及検事長馬ヲ連ネテ、余ガ山莊ニ來リ、(中略)余今神明ノ意ノ在ル所ヲ告ゲント、乃チ筮シテ、復ノ第二爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十四年の春、某裁判所長と検事長が馬を連ねてわたしの山荘を訪ねて来た。某貴人から辞表を出した後の進退を占ってほしい、と依頼された。
 わたしは、「易は人知が及ばない将来の事を予測して、至誠の心で神に問いかければ、必ず神のお言葉が卦爻として示されます。易占は天命を知ることです」と告げて占筮したところ、復の二爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
「雷は地中のマグマ(火熱)と太陽のエネルギー(炎熱)が相互作用によって、春から夏までは地上に出て、秋から冬までは地底に潜んでいます。この卦は、雷が再び地底から地上に出ようと、地中に復って来た時です。某貴人は、現在、悠々として静かに暮らしており、泰然自若として、近い将来、復職されるでしょう」。
 ところが、裁判所長と検事長は、この易斷を信用せずに、
「易断で簡単に将来を予測できるのならば、天下国家(政治)のことは、易断で決めればよいことになる」と言った。
 わたしは、次のように答えた。
「たしかにその通りです。洋の東西や国柄の違いを問わず、人間社会が存在する以上、みな、天命を授かっています。天命は神の力です。天はこの世に何一つ無駄なモノなど作りません。人の能力には限界がありますので、我が国のように神の国と称される国柄ならば、あらゆる事を易に問いかけなければなりません。裁判もまた同じでありましょう。試しに質問してみます。あなた方の原告や被告が腹の中に隠している真相(本当の動機)を、どうすれば知ることができるでしょうか。真相(本当の動機)が分からずに、ただ証拠だけに基づいて、事件を解明しようとしても、暗闇の中で小さな玉を見付けようとするようなものです。どうして、本当のことが分かりましょうか。
 たしかに易断を信じないのはあなた方だけではありません。世間の多くの人も信じておりません。わたしには、世間の人々が行なうことは、まるで目の見えない人が蛇を恐れているように見えます。文明が進歩すれば、神が示す天命を易断に求めるようになるでしょう。文明が進むのに随って、事のあり方や仕組みが益々複雑になるので、一刀両断の明智なくして、対処することができなくなるからです。明智を得ようとすれば、易断に勝るものはありません。一見は百聞に如かずで、某貴人が辞職したら、世論は喧(かまびす)しく、めまいがするほど混乱しましたが、わたしが一回筮竹を操れば、神は「地の下に雷がある」と示してくれたではありませんか。二爻の言葉には【休復す】とあります。一時は休職するが、やがては必ず復職することは明らかです。
 また、復職する理由についても説明しましょう。某貴人は、一時は憤りのあまりに、決然としてその職を辞しましたが、天皇陛下の命令に感激し涙を流して復職するのです。象伝に【休復の吉は、仁を下るを以て也】とは、そのことを言っているのです」。
 裁判所長と検事長は、しきりにヒゲを撫でながら、首を傾けて帰って行かれたが、その後、某貴人が復職することになって初めて、わたしの易断が正しかったことに感服したのであった。
 商売の取引きをするに当たって、ある物品を売る約束をして前金を受け取ってから占筮して、この卦爻を得た時には、その物品は必ず復ってくることを予知し、再び、その物品を売る約束をしても、一度も誤ったことはない。
 易を学ぶ後輩達は、このことを記憶しておくべきである。

復 六三 ・・・ ・・|

六三。頻復。厲无咎。
□六三。頻(しきり)に復(かえ)る。厲(あやう)けれども咎无し。
 下卦震(動)の極で、動き過ぎて落着きがない。しばしば過ちを犯すが、その度(たび)に過ちを悔いて正しい道に復る。実に危ないけれども、咎められるには至らない。
象曰、頻復之厲、義无咎也。
□頻(ひん)復(ぷく)の厲(あやう)きは、義として咎无きなり。
 咎められるには至らない。正しい道に復ろうとするので、道義的に許される。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ、我ガ運勢ノ傾キタルヲ知ラズシテ、屡々事ヲ起シ、而シテ屡々失敗ス、益々勞シテ益々ナシ、然レドモ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)自分の運勢が傾いていることを知らず、しばしば事を起こして、しばしば失敗し、ますます苦労するが、ちっとも報われない。
 しかし、破滅に至らないことは幸いである。失敗する時だと覚って、よく反省して改めるからである。運の盛衰は天命であるから、免れることはできない。盛運の時は、舟が上流から下流に向かって、順風に帆を上げているように、苦労しなくても成功する。衰運の時は、下流から上流に向かっているように、苦労しても成功しない。商人は勝機が常に変ずる分かれ道に立つ者ゆえ、盛衰に注意すべきである。
○志が堅固でなければ、しばしば失敗して、しばしば後悔する。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)或ル商人來リテ、氣運ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ復ノ第三爻ヲ得タリ、…
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)ある商人がやって来て、氣運を占ってほしいと頼まれたので、占筮したところ、復の三爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 復は雷の生氣が地中から発達しようとしているから復と言う。人に当て嵌めると、情欲によって迷っていた者が本心に立ち戻る時。六三は位が不中なので、運氣が傾いているとは知らず、しばしば事を起こして、しばしば失敗し、ますます苦労するがちっとも報われない。今は、失敗する時だと覚り、よく反省して改めれば破滅には至らない。商人ならば運氣の盛衰に注意すべきである。しばらく年が経てば運氣は回復する、と易断した。
 商人は、感動して「これまでは、何を為しても、しばしば失敗し、昼夜勉強しても事が成らないのは、世の中の不運を一人で背負っているのではないか、と嘆いていました。今、易断を聞いて、そのような考え方が誤っていたと悟りました。これからは、慎んで事業を全うして、年が経つのを待とうと思います」と言った。

復 六四 ・・・ ・・|

六四。中行獨復。
□六四。中(ちゆう)行(こう)にして独り復(かえ)る。
 衆陰の真ん中に居ながら陰邪の誘惑を断ち切り、初九の指導を得て独り正しい道に復る。
象曰、中行獨復、以從道也。
□中行にして独り復るは、以て道に従う也。
 独り正しい道に復る。賢人初九の指導する道に従う。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻、陰ニシテ陰ニ居ル、柔順ナル人、世ノ大人ノ言行ニ感發スルノ象アリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)陰爻陰位で柔順な性質を具えている。
 世間から立派だと崇められる人の言行に感動して発奮する。
 交流しているのは小人のグループだが、本人の志操は優れている。泥の中で咲く蓮の花のようである。やがては必ず盛運に至る。
○付和雷同しないから、「独り復る」と云う。陽氣が甚だ微小で、物事を為し遂げるには至らないので吉とは言わない。○自ら善い道に入る象である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十二年六月、友人某來テ曰ク、余ガ所有ノ地所ヲ得ント望ム人アリ、因テ相當ノ代價ヲ以テ、(中略)彼レ快ク、之ヲ承諾スルヤ否ヤヲ占ハンコトヲ請フト、乃チ筮シテ、復ノ第四爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十二年六月、友人某がやって来て次のように言った。
「自分が所有する土地を買いたいという人(甲)がいたので、相場の価格で売ることを約束して、前金を若干領収した。
 その後、それより前に、同じ物件を買いたいという人(乙)が事務所に来たと使用人から聞いた。そこで、甲に提示した価格よりも高い価格で買い戻すことを、甲に伝えるように使用人に言って、甲より前に物件を買いたいと申し出ていた乙と売買契約を結んだ。
 甲には賠償金を払って、約束を反故にするお願いをしようと思うが、甲が快く応じてくれるか否かを占ってほしい」。
 そこで、占筮したところ、復の四爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 復は一陽来復の卦、消滅した陽が復ってくる時。あらゆる事は、循環して元に復ってくる。長旅して音信がなかった者が突然家に帰ってきたり、なかなか返って来なかったお金が返ってきたり、お嫁に行った娘が戻ってきたり、盗まれた物が返ってきたり、放蕩して遊び歩いていた人が本心に目覚めて復ってきたりする。
 よって、先に約束してしまった人(甲)は文句を言わずに、快く応じてくれる。心配することはない、と易断した。
 その後、果たして、友人某は、「解約できた」そうである。

復 六五 ・・・ ・・|

六五。敦復。无悔。
□六五。敦(あつ)く復(かえ)る。悔い无し。
 篤実に正しい道に復る。応比なく賢者のアドバイスは受けられないが、自ら非を知り德を磨いて大衆を教化する。後悔することはない。
象曰、敦復、无悔、中以自考也。
□敦(あつ)く復(かえ)る。悔い无しとは、中にして以て自ら考(な)す也。
 後悔することはない。中の德を貫いて自らの非を知り、正しい道を成就する。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得ルトキハ、誠心自ラ發シテ、大善ヲ行フベシ、其德アルガ爲メニ、神ノ霊護ヲ得テ、幸福並ビ至ルノ時トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)自ら至誠の心を大いに発して善き行いを実行する。人德を具えているので、神の支援によって幸福を得るに至る。
○善き心に復ること篤いのは、德を養うためである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)某局長來リテ、運氣ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ復ノ第五爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)某局の局長がやって来て、運氣を占ってほしいと頼まれた。占筮したところ、復の五爻を得た。
 易斷は次のような判断であった。
 復は雷が地中にある。動き始める前の静けさの段階である。それゆえ、この卦を復と名付ける。世知辛い社会の情欲に染まった人が、ひとたび悟るところがあって、本来具えている善き性質に復る。
 今、占筮して五爻を得た。
 自ら德を修める時である。また、人として德を修める大義を保持すべき時である。いやしくも人の上に立つ者が、志を清廉にして、公正に進む行く時は、多くの人がその姿を見て、自らのあり方を反省する。これを「敦く復る。悔い无し」と云う。以上のことから「至誠の心を大いに発揮して、善き行いを実行する時である」と易断した。
(易断の結果は、書いてない。)

復 上六 ・・・ ・・|

上六。迷復。凶。有災眚。用行師、終有大敗。以其國君。凶。至于十年不克征。
□上六。復(かえ)るに迷う。凶。災(さい)眚(せい)有り。用って師(いくさ)を行(や)れば、終に大敗有り。其の國(こつ)君(くん)を以てす。凶。十年に至るまで征する克(あた)わず。
 復の終りで応比なく、初九と最も遠く離れているので、正しい道に復ることを迷う。道に外れていることを自覚しながら、正しい道に復ることを迷うのだから、救いようがない。天災と人災が度重なる。このような心掛けで他國に戦争を仕掛ければ、大敗する。
 兵卒を失うだけでなく、君主にまで禍(わざわい)が及ぶ。自分の身を滅ぼし国を喪(うしな)い社会は壊(かい)滅(めつ)状態に至る。その後長い年月を積み重ねても國力は回復しない。
象曰、迷復之凶、反君道也。
□復(かえ)るに迷うの凶は、君(くん)道(どう)に反すれば也。
 自覚しながら、正しい道に復ることを迷う。救いようがない。天災と人災が重なり、戦争に大敗して、君主にまで禍が及ぶ。君子の道に反したのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)道德ノ何物タルヲ知ラズ、賢者ノ諫ヲ用ヒズ、神明ノ威霊ヲ畏レズ、己ノ私心ヲ行ヒテ、自ラ顧ミザル者、其災眚ノ來ルニ及テ、天ニ號哭スト雖モ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)道德が大切なことを知らない。賢者の言葉に耳を傾けない。神の権威を恐れない。私利私欲にまみれて、全く反省しない人である。
 天災や人災に遭遇して、天を仰いで号泣しても、許されがたい罪を犯したのであるから、救われない。本来の善き心に復ることを迷う人は、よくよく考え、そのような心を改め慎むべきである。
○迷いに迷って終に善き心に復れない凶の道。終に善き心に復れない。社会的地位を得ても、人を思いやることができない。自らの過ちを改める勇気もなく、混迷して善き心を失ったままである。
○小人がトップリーダーとなって富を得る。人々はその富を羨ましがって、私利私欲にまみれる時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十六年六月、板垣退助君、朝命ヲ奉ジテ、郷里高知縣ヨリ出府セラレタルニ、(中略)冬至ノ日、斎戒沐浴シテ、國家ノ事、及貴顕要路ノ人ノ身上ヲ占フオ以テ例トセリ、然ルニ本年ノ占、板垣君ハ地雷復ノ上爻ニ當レリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十六年六月、板垣退助氏が朝廷の命令によって、故郷の高知県から上京し、明治の近代化を押し進めた功労を賞して爵位を賜るという恩恵にあずかることになった。
だが、板垣氏は、思うところがあり、それを何度も固辞した。
 このことを新聞は、次のように報じた。
「板垣氏が爵位を固辞したのは、板垣氏らしいことである。名利に汲々とする俗人と一緒にしてはならない。その潔白な精神は実に名士に恥じないものである。名利を求めて爵位を受ければ、その評判は地に墜ちる。自ら自由党の党首として大衆を鼓舞して自由の精神を普及させようとした人が、爵位を賜れば、誰もこれを潔しとはしない」。
 また、次のようにも言う人もある。
「爵位は天子からのご褒美。板垣氏が爵位を固辞すれば、天子の勅(みことのり)に従わないことになる。厳粛に爵位を賜らねばならぬ。そうでなければ、綱紀が乱れて政治が混迷する」。
 新聞に板垣氏が「己の良心に問いかけて、道理として正しいと思うことを実行した。云々」と演説していることが掲載されていた。良心は人によって考え方が違う。何をもって良心とするか、それぞれの考え方によって異なる。
 王陽明は、天命に至るために、良知と良能を主として説いた。
 確かに天然の良知を以てすれば天命に至ることもできる。勉強を積んで自分の価値観を確立した者は、良知を以て天命に至ることは難しく、自分の価値観の延長線上に天命を捉える。これは道理に適っているようで、天道から見れば妖しいところが残る。
 わたしは、板垣氏と親しい。氏の国家に対する功績や忠誠心と賢明な人柄を信じている。それゆえ、氏が爵位を何度も固辞することを諫めようと思って訪ねたが、氏は病で面会することができなかった。そこで、佐々木高行伯爵を訪ねて、わたしが毎年冬至占を立てていることを伝えた。
 板垣氏が爵位を固辞していることについて占筮したところ、復の上爻を得たのである。
 易斷は次のような判断であった。
 復の卦は造化(世の中が循環する)の中で一陽来復する時。積み上げられた陰爻の下に陽が伏している。「大人(立派な人)は、赤子の(素直な)心を失わない」。雑多な人と交わり雑多な経験を重ねても、確乎不抜の志を失わない。
 だが、上爻に至れば、本心に迷いを生じて、天然の良知を失う。爻辞に「復るに迷う」とあるのは、善し悪し(是非)が転倒することを云っている。自分が置かれている危険な状況を認識せず、安心しているから災いを招く。自ら滅びることを楽しんでいるようだ。これを「復るに迷う」と云う。天災と人災が続くのである。
「用って師を行れば、終に大敗有り」とは、太平の世になることをためらっているようだが、易は天命の啓示なので、慎んで読み解かなければならない。今の世の中は太平だが、太平の性質を知らなければならない。太平には一つの病根の兆しがある。
 一つの政府が永遠に続くという特効薬はない。明治になって世界の国々と外交することになり、安全保障に備えなければならなくなった。武士階級の人々は社会的地位や経済力を有するようになったが、大衆は未だに社会的地位や経済力を有していない。それなのに、共に徴兵されるので、不公平感が甚(はなは)だしい。維新以後、武士が刀を捨て、権限を手放すにあたって、一定の債権を付与したことは、理屈としては通っているが、その特権を羨(うらや)み嫉(ねた)む人々もいた。江戸時代には、士農工商という制度があって、それぞれがその立場に応じて身を立て子孫を残した。代々続くと習い性となり、身分に応じて修養し身を立てていくことが当たり前になった。その制度がなくなり、平等となったからといって、その立場や仕事を一気に転換することは、難しいことである。
 五十万人の武士のうち二十万人が政府の役人や地方政府の職員、学校の先生となった。また、農業や工業・商業に転職した者もいる。だが、残りの三十万人の武士は、未だに安定した職業に就いていない。どうすれば、農業や工業・商業に転職できるか、その方法を知らない人が多いからである。非道い場合は、一家が飢え死に寸前の状態にある。心が挫(くじ)け、悪しき心に陥り、問題を起こす人が出て来てもおかしくない。
「衣食足りて礼節を知る」と云う。飢え死に寸前の状態にある人々を救うことができないのは、太平の病である。この太平の病について、明治十四年に国家に提言した。山火賁の二爻の占例として、この本に掲載したので、参考にしてほしい。
 板垣氏は、政府の要人として活躍した人だから、一旦職を辞して民間に下っても、社会的名声と権威を有している。その職を離れても、お国のために、政府の要人に提言すれば、政府の要人も喜んでその話を聞き、優れた提言ならば採用する。だが板垣氏は、そうした提言をせずに、知名度の高いことを後ろ盾にして、政府に自分の主張をぶつけた。
 すると、それに共感する自由主義を掲げる人々が組織を結成し、今の政府の方針に不満を抱く人々がこれに加わるようになると、板垣氏の思いとは反対に、政府が自由主義の推進を押し止めるようになった。これもまた、やむを得ないことである。政府に問題が山積している今、自由主義を掲げる組織を休止することを検討すべきである。
 これを「用って師(いくさ)を行(や)れば、終に大敗有り」と云う。この言葉の通りならば、板垣氏は思いがけない災いに遭遇して、その行動を止める。いやいや、そうはならないだろう。本来、自由主義を掲げる崇高な志を貫いて行動しようとする人だから、日本人一人ひとりが運命を切り開いて行く社会的役割を確保することを急ぐべきだと考え、政府のやり方に東西南北各地で対抗するから、政府の力をもってしても、十年は解決することができない。
 これを「其の國(こつ)君(くん)を以てす。凶。十年に至るまで征する克(あた)わず」と云う。これは実に国家にとって憂えるべきことである。だが、板垣氏は未だに爵位を固辞している。
 どうしたものかと、占筮したところ、沢水困の二爻を得た。
○九二。酒(しゆ)食(し)に困(くる)しむ。朱(しゆ)紱(ふつ)方(まさ)に来(きた)らんとす。用て亨(きよう)祀(し)するに利し。往くは凶。咎无し。
 困の九五(君位)を水地比(・|・・・・)の主爻(五爻)と重ねて見ることができる。上下の間に水と地があるように、みんなが親しんで国家を治める。
 困の九四は雷地豫(・・|・・・)の主爻(四爻)と重ねて見ることができる。国家の大事業にあたり、功績を上げた時は九五を立て、功績を上げられない時は責任をとる立場にある。
 困の九二は地水師(・・・・|・)の主爻(二爻)と重ねて見ることができる。地水師の二爻の爻辞には「師に在りて中す。吉にして咎无し。王三たび命を錫(たま)う。剛中具えた九二は六五の天子から総大将に委任され軍隊を統括する。よく軍を率いて戦に勝ち天下を平定する。多少犠牲があっても咎められない。天子から何度もご褒美の言葉を賜る。」とある。
 五爻(・|・・・・)と四爻(・・|・・・)と二爻(・・・・|・)の三爻は、以上のような意味を含んでいる。
 これら三つの卦が合体すると(上卦沢・下卦水、「・||・|・」となり)沢水困となる。
五爻と四爻は上爻と三爻の陰爻に、二爻は三爻と初爻の陰爻に覆われている。それゆえ、志を実現することができずに困窮する。
「酒(しゆ)食(し)に困(くる)しむ」とは、板垣氏が経済的に困窮することを云う。「朱(しゆ)紱(ふつ)方(まさ)に来(きた)らんとす」とは、宮内庁の次官・吉井氏が板垣氏が爵位を固辞することを、内々に諭すべく板垣氏宅を訪問することを云う。「用て亨(きよう)祀(し)するに利し」とは、板垣氏は宮内庁次官の進言に順って爵位を賜るべきことを云う。「往くは凶」とは、板垣氏が見識を貫こうとして爵位を固辞する時は凶運となることを云う。よって、宮内庁次官の進言に順って爵位を賜れば平穏無事となる。このことを「咎无し」と云う。
 困の九四の爻辞に「来(く)ること徐徐たり。金(きん)車(しや)に困しむ。吝。終有り。正応初六は六三と一緒に九二を揜(おお)っている小人。助けを求められても躊躇する。また、九二は初六を九四が助けることを阻止するので、九四は困惑・困窮する。その態度は優柔不断で恥ずかしい。初六が改心すれば、手をさしのべることができる」とある。
 九四は大臣の位。「来(く)ること徐徐たり」とは、君位にある九五から見た言葉。板垣氏が爵位を固辞して受け取らないことを「どうしてだろう」と心配して、待っておられる。
 尊位にある九五の爻辞に「劓(ぎ)刖(げつ)す。赤(せき)紱(ふつ)に困(くる)しむ。乃ち徐(おもむ)ろに説(よろこび)有り。用て祭(さい)祀(し)するに利し。九五は、困窮・困難の時を救うべく小人共を除去しようとするが、上(上六)に鼻斬りの刑、下(六三・初六)に足斬りの刑のような困難に揜(おお)われて、八方塞がりに陥る。賢臣九二を任用したいが、小人共に阻まれて困窮。やがて同德相応じて小人共を除去する。民は大いに喜ぶ。祖先を祭る如く、至誠の心で対処するがよい」とある。
 鼻は顔の中で大切な部品であり、鼻斬りの刑に処せられるのは、面目を失うこと、王さまとしての威厳を失うことを云う。
「赤(せき)紱(ふつ)に困(くる)しむ」とは、板垣氏が爵位を固辞して受け取らないことによって、次々に問題が起こることを云う。「乃ち徐(おもむ)ろに説(よろこび)有り」とは、次々に問題が起こるけれども、終には板垣氏が爵位を賜ることを云う。「用て祭(さい)祀(し)するに利し」とは、維新で功績を上げた臣下が朝廷に用いられて、国の事業に尽くすことを云う。
 以上の易断によれば、板垣氏が今、爵位を賜るのは、天命である。天命を知らずして、躊躇して受け取らなければ、時中に背(そむ)くことになる。
 地雷復の上爻は、国家存亡の危機の時。それを心配することは当然であるが、沢水困の二爻は、板垣氏にとっては凶運である。
 板垣氏は国家のことを深く憂えて、維新で功績を上げ、世に知られるようになった。わたしも、国家のことを憂えているが、君(佐々木高行伯爵のことだと思われる)の天皇への忠義心や愛国心には遠く及ばない。板垣氏も君と同じような忠義心や愛国心をもっている。板垣氏は君の古くからの友人であるから、共に学んだ朋友の情を忘れてはいないであろう。わたしが君(佐々木高行伯爵)に願うのは、次のことである。
 わたしの易断(板垣氏は爵位を賜ることを天命と受け止めて、柔順に受け取ってほしいこと)をお伝え願いたい。板垣氏は未だに社会的な権威を返上したわけではない。しかし、爵位を賜ることだけ固辞するのは、理解に苦しむ。例えてみれば、片足だけ靴を履いて歩いているようなもの。周りの人はその姿を見て笑いそうになるのを抑えている。
 佐々木伯爵は次のように言われた。
「ああ、板垣氏の運氣は、地雷復の上爻、その爵位を固辞することは、沢水困の二爻か。実に感銘する易断である。この易断をもって板垣氏に忠告しよう。後藤象二郎氏にも、この易断を伝えてほしい。後藤氏と共に忠告しよう」。
 そこで、わたしは後藤伯爵と面談して板垣氏の易断を説明したところ、後藤氏はわたしに感謝して、次のように言われた。
「なんと貴重なことであろうか、あなたの易断は。古今にわたってあなたの易断と比べて秀でたものはない。欧米の学問が我が国に入ってきて以来、聖賢の教えが世に行なわれなくなって久しい。本を読む人がいても、ただ意味を理解しているだけで、聖人の言行を実践躬行している人は少ない」。
「西洋の学者が論理的な真理を説明しているのを、ぽか~んと聞いている人がいるが、聖賢の学問を知らずして、ぽか~んと坐って西洋の學者の説明を聞いているだけである」。
「亜細亜の四聖人が修行して悟ったことを伝える古典のテキストを、活用する人がほとんどいない。今やその教えが途絶えようとしている。あなたが世に出て、古典のテキストを活用している」。
「あなたは牢獄で過ごした七年間を易の独学に務め、易を始めとして聖賢の学問に精通している。天皇陛下は、あなたが易をマスターするために、図らずも牢獄生活を過ごしたことを知るはずもない…」。
「板垣氏には、わたしと佐々木氏とで必ず忠告する。心配されなくてもよい」。
 後藤氏は、かつて好んで易を勉強したことがあるという。
 後日、ようやく板垣氏が爵位を賜ったことを聞いて、わたしの暗雲のような心は、晴天を臨むような心境に変化した。