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四季と易経 その六十

鶺鴒鳴(せきれいなく)(七十二候の四十四候・白露の次候)

【新暦九月十二日ころから十六日ころまで】
 意味は「鶺鴒(せきれい)が鳴き始める(絵で楽しむ)」である。
 「絵で楽しむ」には次のように書いてある。
 鶺鴒(せきれい)は雀よりもやや大きく、細めの体と長い尾が特徴です。その長い尾を上下に振りながらちょこちょこ歩く様子から「石たたき」という異名も。『日本書紀』によると、日本の国を創ったイザナギとイザナミが愛を交わす際に倣ったのが、鶺鴒(せきれい)の尾の動きであったとか。

 「鶺鴒鳴(せきれいなく)」は、易経・陰陽消長卦の「天地否」九五に中る。次に「天地否」九五の文章(爻辞と小象伝)を示す。
 「天地否」九五の言葉は【新暦九月十二日ころから十六日ころまで】に当て嵌まる。

天地否九五(易経・陰陽消長卦)

《爻辞》
九五。休否。大人吉。其亡其亡、繫于苞桑。
○九五。否(ひ)を休む。大人は吉。其(そ)れ亡(そ)びなん、其れ亡びなん、苞(ほう)桑(そう)に繫(つな)がる。
 九五は剛健中正で尊位に居り、世の中が乱れ崩壊に向っていく否の時を一時止めて、泰平の世を開く。九五が大人ならば時を得て、功を成すことができる。
 否の時は終わったのではない。だから、泰平の世に安んじてはならない。常に「油断すると滅びるぞ、油断すると滅びるぞ」と戒(かい)慎(しん)し、堅(けん)固(ご)な桑の根にしっかり繋(つな)ぎ止めるように、泰平の世を維持する努力を続けて行かなければならない。そもそも、九五が大人でなければ否の時を止めることなどできないのである。

《小象伝》
象曰、大人之吉、位正當也。
○象に曰く、大人の吉は、位正しく當る也。
 小象伝は次のように言っている。九五が大人ならば時を得て、功を成すことができる。九五が剛健中正の理想的な天子(トップ)だから為し得る功業である。すなわち、九五が大人だから否の時を一時止めることができたのである。

 「天地否」九五の之卦は「火地晋」である。次に「火地晋」の全体像を表す言葉(卦辞・彖辞、彖伝、大象伝)と「火地晋」の六五の言葉(爻辞、小象伝)を示す。これらの言葉は「天地否」の九五と同じく【新暦九月十二日ころから十六日ころまで】に当て嵌まる。

火地晋(天地否九五の之卦)

《卦辞・彖辞》
晉、康侯用錫馬藩庶。晝日三接。
○晉(しん)は、康(こう)侯(こう)用(もつ)て馬を錫(たてまつ)ること藩(はん)庶(しよ)なり。晝(ちゆう)日(じつ)に三(み)たび接す。
晉は日(離)が地(坤)上に出て、明智・明德(離)で大地(坤)を照らし、地(坤)はその光(離)を柔順に受け容れ萬(ばん)物(ぶつ)が生成する時である。明德の君主の下、諸(しよ)侯(こう)が柔順に国を治めるので、君主が馬を諸侯に賜り(或いは諸侯が馬を君主に献上して)、諸侯は一日三回も天子を礼(らい)拝(はい)または天子に拝謁するほど出世して、治国平天下を実現する。

《彖伝》
彖曰、晉、進也。明出地上、順而麗乎大明、柔進而上行。是以康侯錫馬藩庶、晝日三接也。
○彖に曰く、晉は進む也。明地の上に出(い)で、順にして大(たい)明(めい)に麗(つ)き、柔進みて上(のぼ)り行く。是(ここ)を以て康(こう)侯(こう)用(もつ)て馬を錫(たてまつ)ること藩(はん)庶(しよ)にして、晝(ちゆう)日(じつ)に三(み)たび接する也(なり)。
 彖伝は次のように言っている。晉は何事も進み行く時である。明るい太陽(明智と明德を具えた天子・トップ)が地上に出て(社会に現れて)、大地(臣民)は明智と明德を備えた太陽(天子・トップ)に柔順に従っている。すなわち、柔順な六五が君(くん)位(い)(天子・トップ)に上(のぼ)り詰(つ)めた(風地観の六四が上り進んで火地晋の六五の天子・トップに就任した「朱子の周易本義による」)時である。それゆえ、君(くん)臣(しん)が一体となって、君主が馬を諸(しよ)侯(こう)に賜(たまわ)り(或いは諸侯が馬を君主に献上して)、諸侯は一日三回も天子を礼(らい)拝(はい)または天子に拝謁するほど出世して、治国平天下を実現するのである。

《大象伝》
象曰、明出地上晉。君子以自昭明德。
○象に曰く、明、地の上に出(い)づるは晉なり。君子以(もつ)て自ら明德を昭(あきら)かにす。
 大象伝は次のように言っている。明るい太陽(離)が地(坤)上に現れ出る(大人が明德を明らかにした)のが晉の形である。
 大人を目指す君子はこの形(大人が明德を明らかにしたこと)に見習って、人(じん)欲(よく)に蔽(おお)われた心を磨き自らの中に潜んでいる明德を明らかにするのである。

火地晋六五(天地否九五の之卦・爻辞)

《爻辞》
六五。悔亡。失得勿恤。往吉无不利。
○六五。悔(くい)亡ぶ。失(しつ)得(とく)恤(うれ)ふる勿(なか)れ。往(ゆ)けば吉、利(よろ)しからざる无(な)し。
 柔中の德を有する六五の天子(トップ)は、上卦離(明智・文明)の主爻として、大いに明らかな明智・文明を有する組織のトップである。下卦坤の家臣達に慕われているので、不正(陰爻陽位)で悔いることはなくなる。だが大いに明らかな明智・文明を有するが故に自分を慕っている家臣を全面的に信頼しきれないところがある。
 失得(失うことと得ること)を憂えて家臣を信頼できないようでは、トップとしての器が問われる。失得に憂えることなく家臣を信頼して委任すべきである。家臣に委任して事を進めれば幸運を招き寄せる。不利になるようなことは何一つない。

《小象伝》
象曰、失得勿恤、往有慶也。
○象に曰く、失得恤ふる勿れとは、往きて慶び有る也。
 小象伝は次のように言っている。失得に憂えることなく家臣を信頼して委任すべきである。家臣に委任して事を進めれば、大いに功績を上げてみんなに喜ばれるからである。