まえがき
今から二十数年前、ある勉強会で人生の師匠となる先生に出逢って、自分の不學と無學を恥じた。その後、古来から日本に伝わる古典を學び始めた。最初に仏教を學び、坐禅を一定期間経験してから、次は四書五経を學ぼうと思い書店を渉猟して手に取ったのが「論語」である。それから名著と云われる論語の解説書をほとんど読み尽くして、自分なりに解釈したテキストを書き上げた。
論語の次に大學を學び、易経を學び始めた。以来易経の不思議な魅力に惹かれ憑かれたように易経を研究して今日に至る。
暫(しばら)く論語から遠ざかっていたのだが、令和六年から発行が始まる新一万円札の肖像が「学問のすすめ」で知られる福澤諭吉から」「論語と算盤」で知られる渋澤栄一に切り替わることの影響なのか?論語を學びたいという人が増えてきて、毎週日曜日に論語の講義をすることになった。
そこで、十年以上前に書いたテキストを用いて講義することにした。ところが、十年と云う歳月が経過したテキストは今のわたしの解釈とは異なる箇所、省いた方がよいと思われる引用文、文章表現の稚拙さなど、修正したい箇所が沢山あった。ならば、それらを修正した上でKindleから出版して多くの人に読んでもらおうと思い立ち、この度出版・販売することに漕ぎ着けた。
この著作の構成を簡単に説明すると、名著と云われる論語の解説書を参考にして、學而編第一から堯日篇第二十の順に沿って、章毎に「漢文」「書き下し文」(以上は、吉田公平著「論語」 タチバナ教養文庫に随っている)「著者の意訳(意訳の後に記されている西暦の年月日や年は意訳を書き上げた日付である)」「重要な言葉の説明」の順に並んでいる。参考にした文献については「あとがき」に列挙した。
二千年以上読み継がれている論語は時空を超えて、わたしたちの仕事や生活、そして人生に様々なヒントを与えてくれる。
本書が読者の仕事や生活、そして人生を豊かにすることに役立つならば、こんなに嬉しいことはない。
令和四年十月吉日 白倉信司 https://ekikyo.jp/
學(がく)而(じ)篇第一
學而第一、第一章
子曰、學而時習之、不亦説乎、有朋自遠方來、不亦樂乎、人不知而不慍、不亦君子乎
子曰(のたまわ)く、學んで時に之を習う。亦(ま)た説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)有り遠方より來たる、亦た樂しからずや。人知らずして而(しか)も慍(いか)らず、亦た君子ならずや。
孔先生がおっしゃった。
「人間學を學び、時に応じて実践し、習慣化すると、學んだことを体得できる。様々なことが習慣になると徐々に德性が磨かれて、人間としての魅力が高まっていく。実に喜ばしいことではないか」。
「人間としての魅力が高まれば、朋友や師と出逢い、切磋琢磨するようになる。朋友や師が遠方に暮らしていても互いに訪ね合って志を語り合うこともできる、何と楽しいひとときではないか」。
「以上のような時習を積み上げていけば、ますます人間としての魅力が高まっていく。たとえ人や社会に認められなくても、怨むことなく泰然自若として動じない。そのような人を君子と呼ぶのである」。20110930
この章に出てくる重要な言葉(概念)
時習:天地の道理に照らして義を立て、禮を通じて「時に之を習う(毎日実践して習慣化する)」ことにより、德を発する(道德に達する)人間となる
朋友:同門(人間如何に生きるべきかを指導してくれる師に學ぶ)の友、同じ志を持つ友
人知らずして慍らず:持戒と忍辱、他律から自律へ、知識→見識→胆識、耳順う、心の欲する所に従えども矩を踰えず
君子:道德に達した知識人、德性(人間にしかない心の在り方)が知能・技能に優っている人、人格者、爲政者
學而第一、第二章
有子曰、其爲人也孝弟、而好犯上者、鮮矣。不好犯上、而好作亂者、未之有也、君子務本。本立而道生、孝弟也者、其爲仁之本与
有子曰(いわ)く、其の人と爲りや孝弟にして上を犯すことを好む者鮮(すくな)し。上を犯すことを好まずして亂(らん)を作(な)すを好む者未だこれあらざるなり。君子は本(もと)を務む。本立ちて道生ず。孝(こう)弟(てい)なる者は其(そ)れ仁を爲すの本か。
(容貌が孔子に似ていたと伝えられる)有先生(有若)が言われた。
「その人柄が、至誠の心で父母に仕え(孝)、兄や姉など年長者を心から敬う(弟)者ならば、上位者に逆らうような人はほとんどいない。上位者に逆らおうとしない(孝弟の)人が叛乱を起こそうとしたようなことは、今までに前例がない」。
「君子を目指す人物は、人間としての魅力を高めるために時習を積み上げる。徐々に德性を磨き、人間としての魅力が高まれば、自ずと道は開ける。その人柄が孝弟であることが、君子の条件である『思いやり』のある人間になるための、根本的な条件ではなかろうか」。20110930
この章に出てくる重要な言葉(概念)
孝弟の「孝」:親子間の関係(先祖を敬う、親を大切にする、子供を残す)
孝弟(悌)の「弟(悌)」:兄など年上の人との関係(敬する、誠実である、従順である)
君子は本を務むの「本」:根源、おおもと、根っこ
本立ちて道生ずの「道」:天地人の法則、宇宙の法則、この世の法則、生成発展の過程、造化
孝弟なる者其れ仁を爲すの本の「仁」:忠恕、恕、己の欲せざる所人に施す勿れ、天地の法則である道理に照らして、義を立てて、禮を通じて実践を積み上げて、德を発するという循環、その循環は螺旋的に進化していき、君子に辿り着く、さらに進化すると聖人となる
有子は、姓を有、名を若(じやく)、字を子(し)有(ゆう)と言う。吉川幸次郎著「論語(上)」には、孔子よりも十三だけ若く、弟子のなかでも長老であった、と書いてある。
學而第一、第三章
子曰、巧言令色、鮮矣仁
子曰く、巧(こう)言(げん)令(れい)色(しよく)、鮮(すくな)し仁
孔先生がおっしゃった。
「顔付きは穏やかで、言葉は巧み、物腰が柔らかい人当たりのよい人物には、本当の思いやりがある人格者は少ないものだよ…」。
20111001
この章に出てくる重要な言葉(概念)
巧言:言葉巧み、話し上手、口上手、弁(舌)が立つ、弁説さわやか、おべっか上手
令色:顔つきが和らいでいる、物腰が柔らかい、外見を善人らしく装う、愛想がよい、八方美人
鮮し仁: 仁者(人格者)は少ない、無いわけではない(話し上手で顔つきが和らいでおり、なおかつ人格者である人もいないわけではない、しかし、少ないということ)
公(こう)冶(や)長(ちよう)第五、第二十四章にも、「巧言令色」という言葉が次のように使われている。
巧言令色、足(すう)恭(きよう)なるは左(さ)丘(きゆう)明(めい)之(これ)を恥ず。丘(きゆう)も亦た之を恥ず。怨みを匿(かく)して其の人を友とするは、左丘明之を恥ず。丘も亦た之を恥ず。