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期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 澤雷随

十七 沢雷随 ・|| ・・|

隨、元亨利貞。无咎。
□随は元いに亨る。貞しきに利し。咎无し。
 隨は、震(陽)の長男が、兌(陰)の少女に謙って随う。
 それゆえ、すらすら通る。正しく随えば、咎められない。
彖曰、隨、剛来而下柔、動而説隨。大亨貞、无咎、而天下隨時。隨時之義、大矣哉。
□随は剛来(きた)りて柔に下(くだ)り、動きて説(よろこ)ぶは随なり。大いに亨り、貞しくして咎无し、而(しか)して天下、時に随う。時に随うの義、大なる哉(かな)。
 震(剛)が兌(柔)の下に在り、剛(長男)が随って動けば柔(少女)が悦ぶのが随の時。正しく随えば咎められない。天下は時に随う。時に随う意義は、何と偉大であろうか。
象曰、澤中有雷隨。君子以嚮晦入宴息。
□沢の中に雷有るは随なり。君子以て晦(くら)きに嚮(むか)えば入りて宴(えん)息(そく)す。
 沢(兌悦少女)の中に雷(震動長男)が潜み隠れて時の宜しきに随い春雷の動きを養う秋雷が随の形。
 君子は、日暮れ(時の終り)に向かえば才德蔵(ひ)めて禄を辞し(時の終りに随う)、家に入れば心身を養って時を待つ(時の始まりに備える)。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此卦ヲ得ルトキハ、一事業ヲ始メテ、他人之ニ左袒シ、加盟スルモノアルモ、亦一方ヨリ云ヘバ、人ニ從テ事ヲ辨ズルノ時トス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)一つの事業を始めれば、大勢の人々が参加してくれる時である。一方では、人に随うことによって事を論ずる時でもある。人に随わなければ、事業を成し遂げることは難しい。時流に従って、臨機応変に対応しなければ志を実現することは難しい。人に随い、時に随っても、是非善悪を認知して適切に判断しなければならない。もし、善からぬ事に随うならば失敗することになる。慎むべきである。
○善悪の判断が難しい時。人物の正邪をよく見抜いて、正しい人物でなければ、随ってはならない。
○自分が人によく随い、人が自分によく随う時。
○自分よりも大物を使役することになる時。
○始めは納得してもらえないが、強く訴えかければ、最後は納得してもらえる時。
○一つのことに従事して、他のことに心を移さない時。
○何事も起こらないので安心できる時。
○事を怠るので、物事が進まずに遅れてしまう時。
○時機が到来しない場合は、慎重に構えて、時が到来するのを待つ時。
○物価は最初は上昇するが最後は下落する。それゆえ、売る人は利益を得るが、買う人は損をする。
○ゴツイ男が少女に下る(随う)時。

随 初九 ・|| ・・|

初九。官有渝。貞吉。出門交有功。
□初九。官渝(かわ)る有り。貞にして吉。門を出でて交われば功有り。
 初九は剛健正位で才德高く最下に居る震動の主(あるじ)。随う時に中って六二に随う。仕事が変わることもあるが、正しく随えば幸を得る。
 己を虚しくして門を出て広く衆人と交われば成功する。
象曰、官有渝、從正吉也。出門交有功、不失也。
□官渝(かわ)る有りとは、正しきに從えば吉なる也。門を出でて交われば功有りとは、失なわざる也。
 仕事が変わることもあるが、正しさに随えば幸を得る。
 門を出て広く衆人と交われば成功する。随う時の正しい道を失わないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)官員タル者官ノ成規ニ從テ、事務ヲ處理スベキハ、當然ナレドモ、實際上差支アルトキハ、權宜ヲ以テ長官ニ親接シ、私交ヲ以テ談話シ、其意ヲ承ルモ可ナリトス、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)役人が役所の規則(決められた手順)に従って事務を行うのは当然のことである。しかし、実務上支障がある場合は、権限がある役所の幹部に正式なルートで交渉したり、人脈を利用して話し合いをすることによって、その幹部の同意を得て、規則にはない進め方をすることも、また、致し方ないことである。このことが、初爻の爻辞に「交われば功有り」とある所以である。
 このことはまた、象伝の「交われば功有りとは、失なわざるなり。門を出て広く衆人と交われば成功する。随う時の正しい道を失わないのである」ということである。
 役人でない人が占って、この爻が出た時は、周りの人と調和する心を大切にして事を進めれば、出世する。
○役人ならば、担当が変わったり、異動したりする時である。
○役人に登用される時。役人になって功を上げる時である。
○善き交際によって、幸福を得る時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)友人某ノ官途ニ就クヲ占ヒ、筮シテ随ノ初爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)友人から、「ある人」が役所に就職できるかどうかを占ってほしいと頼まれたので筮したところ、随の初爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 随の卦は、上卦兌沢は秋の気候を、下卦震雷は雷のエネルギーが海底に潜んでいることを表わしている。人に当て嵌めれば、震の長男が兌の少女に謙っている。以上が随と名付けられた理由である。それゆえ、この卦が出たら、剛毅な者が柔順な者に随い、能力が高い者は能力が低い者に随う時である。
 今回占って初爻が出たので、「ある人」は学力と知識に秀でているが、凡庸な人物に従わなければならない。
 ある人が役所に就職したと仮定すると、ある人は事務の仕事に慣れるまで、いつも先輩から教えてもらわなければならない。
 このような時は、他から推薦されて、仕事の内容が変わる(異動したりする)ことがあるので「官渝(かわ)る有り。貞にして吉。初九は剛健正位で才德高く最下に居る震動の主(あるじ)。随う時に中って六二に随う。仕事が変わることもあるが、正しく随えば幸を得る」と云う。
また、ある人に見識はなくても、仕事の他に色々な先輩や同僚とお付き合いをすれば、意外な人物から支援されて、好運が到来する。
 このことを「門を出でて交われば功有り。己を虚しくして門を出て広く衆人と交われば成功する」と云う。「出でて」とは無我にして淡泊なことである。ある人(知識がある)が役所に就職するためには、自分よりも知識がない役所の上司に随うことが求められる。このような上司に随う覚悟があれば、役所に就職できると易断した。
 その後、果たして、易断の通りになった。
随 六二 ・|| ・・|

六二。係小子、失丈夫。
□六二。小(しよう)子(し)に係(かか)れば、丈(じよう)夫(ぶ)を失う。
 初九と親しみ、共に九五に随うことが、正しい道である。
 道から外れて、小子(六三)に随えば、丈夫(初九)を失う。
象曰、係小子、弗兼與也。
□小子に係るとは、兼(か)ね与(くみ)せざる也。
 小子(六三)に随えば、丈夫(初九)を失う。
 丈夫(善)と小子(悪)の両方に与(くみ)することはできないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻君子小人勢ヒ兩立セズシテ、少壯躁進ノ徒位ニ進ミ、老成持重ノ人用ヒラレザルノ時トス、蓋シ君ノ人ヲ用ルヤ、一人高位ヲ得レバ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)君子と小人の両勢力に与(くみ)することはできない。若くて活動的な人々が地位を得て、年配で慎重な人々が用いられない時。
王さまが人を抜擢する時に、ある人物を抜擢すれば、その人物につながる人々が芋づる式に抜擢される。最初に抜擢された人物が小人であれば、芋づる式に抜擢される人々も小人である。どうでもよい些細なことが原因で、大事なことを失うこともある。
○女性が占った場合、良縁を自分から断って、どうしょうもない相手に嫁ぐことになる時である。
○意志が決まらず、あれこれ迷う時である。
○小さな利益に囚われて大きな利益を失う時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)熊本縣人尾藤判事ハ、嘗テ易ヲ余ニ學ブ、同氏ニ嬢アリ、年一八ニシテ、容貌艶麗ナリ、時ニ某縉紳妻ヲ亡ヒシニ由リ、媒介ヲ以テ婚ヲ氏ニ求ム、氏因テ其吉凶ヲ占ハンコトヲ請フ、乃チ筮シテ随ノ第二爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)昔、わたしと一緒に易を学んだ熊本県の尾藤判事には十八歳になる娘さんがいる。その娘さんはとても美人であるが、最近奥さんと死に別れた人物から、その娘さんを嫁さんにしたいと求められたという。尾藤氏から、その吉凶を占ってほしいと頼まれたので、筮したところ、随の二爻が出た。
易斷は次のような判断であった。
 随は剛(つよい)者が柔(やわらかい)者に随うという卦。柔者が剛者に随う時ではない。娘さんは柔者で、相手は剛者である。娘さんは相手に随うことを好まない。
 今回二爻が出た。娘さんは自分よりも下位にいる男性(初九)が好きで、お嫁に行きたいと思っている。「求婚している相手は、娘さんよりも随分年上だから、娘さんは喜ばない。求婚を拒否すると思われる。娘さんは、自分よりも下位にいる男性と結婚したいと願っている」と易断した。
 それゆえ「小子に係れば、丈夫を失う。初九と親しみ、共に九五に随うことが、正しい道である。道から外れて、小子(六三)に随えば、丈夫(初九)を失う」と云う。
 尾藤氏は以上の易断に大変感激して、「夫婦は幾久しく共に行動するものだから、結婚相手を親が押し付けてはならない。子供の気持ちを優先したい」と言った。そして、求婚してきた相手には謝罪してお断りして、娘さんが好きな下位の男性に嫁がせたのである。
随 六三 ・|| ・・|

六三。係丈夫、失小子。隨有求得。利居貞。
□六三。丈夫に係れば、小子を失う。随いて求むる有れば得。貞に居るに利し。
 九四の丈夫に随えば、小子(部下である六二と初九)を失う。だが、九四に随い求めれば富貴を得る。正しい道を守るがよい。
象曰、係丈夫、志舎下也。
□丈夫に係るとは、志、下(しも)を舎(す)つる也。
 九四の丈夫に随う。上司としての志が零(れい)落(らく)(おちぶれる)して、部下(小子)を見捨てるのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)賤劣ナル損友ニ交ラズシテ、高尚ナル益友ニ親ミ、己レノ見識ヲ高ムベシ、而シテ此益友ト交ルニハ、始終誠心ヲ以テシ、長久ニ交ルニ非ザレバ、其益ヲ受ケ難シ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)卑賤な劣等生で一緒にいると損する友だち(損友)とは付き合わず、高貴な優等生で一緒にいると得する友だち(益友)と親しんで、見識を高めるべきである。益友と付き合う時には、いつも至誠の心を抱いて長きにわたり付き合わなければ、利益を得ることは難しい。
○目前にある色々な利益に目を奪われず、誠心な気持ちを抱いて自分よりも地位の高い人に随うべき時である。
○女子の場合は、高貴な人と結婚できる時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)神奈川町浄土宗成佛寺ノ住職辨眞和尚ハ高名ナル辨玉和尚ノ徒弟ニシテ、小乗ノ學ヲ研究シタル者ナルガ、一日來リテ、易の講義ヲ聞キ、感悟シテ、易ヲ學バント欲シ、且ツ云フ、余ノ力ヲ以テ學ビ得ベキヤ否ヤヲ占ハンコトヲト、乃チ筮シテ随ノ第三爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)神奈川県にある浄土宗のお寺・成仏寺の住職である弁(べん)真(しん)和尚は、高名な弁(べん)玉(ぎよく)和尚の弟子で、小乗仏教を研究した僧であるが、その僧がある日やって来て、易の講義を聞いて感激し、易を学ぼうと欲するようになった。
 今から易を学んで理解できるかどうかを占ってほしいと頼まれたので、筮したところ、随の三爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 随は剛(つよい)者が柔(やわらかい)者に随うという卦だが、爻によってはそうとは限らない。陽爻の場合は随うと書いてあり、陰爻の場合は係ると書いてある。
 今回、弁真和尚がわたしから易を学ぶことの可否について占った。
 大いに見識を高めて、これまで学んできた仏教の経典と易経とを比較すれば、その優劣を発見して、色々と考えさせられることになる。このことを「丈夫に係れば、小子を失う。九四の丈夫に随えば、小子(部下である六二と初九)を失う」と云う。
 わたしから易経を学べば、これまで理解が難しかった仏教の経典も、たちまちお釈迦さまのメッセージとして容易に受け容れることができるようになり、疑問点はなくなる。その結果、(成仏寺の檀家は)現世を安心して生きることができるようになり、未来に対する明るい希望が持てるようになる。それゆえ「随いて求むる有れば得。貞に居るに利し。九四に随い求めれば富貴を得る。正しい道を守るがよい」と云う。
 弁真和尚は、この易断を大いに喜んで、わたしから易経を学ぶことになった。そして、今も学び続けている。

随 九四 ・|| ・・|

九四。隨有獲。貞凶。有孚、在道以明、何咎。
□九四。随いて獲(う)る有り。貞なるも凶。孚有り道に在り、以て明らかなれば何の咎あらん。
 天子の側近として六三を率いて権力を振るう。得られないものは何もない。天子を凌ぐ権力を手にするので、自分では正しいつもりでも、周りに疑われて失脚する。至誠の心で道を歩み、明智で幾(き)微(び)を察すれば、咎められない。
象曰、隨有獲、其義凶也。孚有在道、明功也。
□随いて獲る有りとは、其の義凶なる也。孚有り道に在りとは、明の功也。
 得られないものは何もない。君臣の大義に反して、失脚するのである。至誠の心で道を歩み、咎められない。明智で幾微を察して、國家を安(あん)寧(ねい)に導くのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻眼前ニ我ニ随フモノアルヲ説ブノ時トス、然レドモ其人我ガ意ニ適シタリトテ、妄ニ諸事ヲ委任スベカラズ、凡ソ人ハ量ニ大小アリ、質に善不善アリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)目の前に自分に随う人がいる。そのことを喜ぶ時。その人が自分と同じ意見でも、無闇に信用して、諸事を任せてはならない。およそ人間というのは器量が大きい人もいれば、小さい人もいる。また、性格の良い人もいれば、悪い人もいる。よくよく相手を見て、信用できる人物であるかどうかを判断すべきである。社会的地位が高い人であればあるほど、よく相手の正邪を観察するべきである。見識の高い人に任せれば、功を上げることができる。
○私利私欲に走れば大義を失う。至誠の気持ちを大切にして、道理に従えば、不正の人物を正しい人物に矯正することができる。
○上位の人に随って収穫のある時。調子に乗って上位の人を凌ごうとする危険がある。よくよく慎まなければならない。
○上位の人に随って、利益を得る時である。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十七年六月、相識岩谷松平氏來リ告ゲテ曰ク、往年政府ヨリ士族ニ金禄公債證書ヲ下付セシモ、鹿児島縣士族中、此典ニ遺漏セシ者アリ、因テ今更ニ之ガ請求ヲ出願セント欲ス、其許否ヲ占ハンコトヲ請フト、乃チ筮シテ随ノ第四爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十七年六月、知り合いの岩谷氏がやって来て、次のように言った。「数年前、政府が士族に金禄・公債・証書を交付したことがあったが、鹿児島県の士族の中に交付されなかった人がいた。今頃になって請求しようとしているが、その可否を占ってほしい」。
そこで、筮したところ、随の四爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
「随いて獲(う)る有り」とは、自分には権力が有るので、思い通りになると云うこと。鹿児島県の士族は維新の時に偉大な功を上げたので政府に大きな影響力を持っているのは誰もが知っている。
 今回占って、随の四爻が出た。この爻は陽爻陰位、権力を有することを悪用して自分の利益を求めることは不可であることを示している。このことを「随いて獲る有りとは、其の義凶なるなり。得られないものは何もない。君臣の大義に反して、失脚するのである」と云う。しかし、公明で公平な理由で、請求するのならば、必ず認められる。このことを「孚有り道に在りとは、明の功なり。至誠の心で道を歩み、咎められない。明智で幾微を察して、國家を安(あん)寧(ねい)に導くのである」と云う。
 以上のようであるから、誰もが納得できる理由で請求すれば、希望は叶うと易断した。
(易断の結果は書いてない。)

(占例2)ある紳士がやって来て、ある貴人の運氣を占ってほしいと頼まれたので、筮したところ、随の四爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 隋は自分が相手に随えば、相手も自分によく随う時である。今回占って四爻が出た。ある貴人は権威のある地位にいて、大勢の人々が貴人を慕って集まっている。このことは、貴人が具えている見識の高さに由る。貴人の人間的な魅力が多くの人々を帰服させているわけではない。今は隋の時ゆえ、大勢の人々が貴人に随っているのである。
 大体貴人は国家の重職に在って、政府から寵愛を賜り、強大な職権を持っている上に、高い見識を具えているのだから、この貴人に随わない者が世の中に存在するはずがない。だが、これは貴人の地位に随っているのであり、貴人の人間的な魅力を慕っているわけではない。このことをもって、民心を得たりと自負するのは、実に恥ずかしいことである。
 隋の時に、自分の人気の高さを誇るようでは、正しいことをしていても凶運を招く。天下国家のために力を尽くして、よく政府に仕え、正しい道義で政治を行うことが肝要だと易断した。このことを「孚有り道に在り、以て明らかなれば何の咎あらん。至誠の心で道を歩み、明智で幾(き)微(び)を察すれば、咎められない」と云う。
(易断の結果については、何も書いてない。)
随 九五 ・|| ・・|

九五。孚于嘉。吉。
□九五。嘉(か)に孚あり。吉。
 剛健中正の天子九五は、六二を深く信任し、上六に至誠の心で随う。
 上下交わり德業を成し遂げる。天下の人々は九五に随い、幸を得る。
象曰、孚于嘉、吉、位正中也。
□嘉に孚あり吉とは、位正中なれば也。
 幸を得る。随の道に正しく中るからである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)我ガ意ニ適シタル益友ヲ得ルノ時トス、而シテ奇耦長ク存シ、互ニ隔心ナク、我ノ説ブ所彼亦説ビ、彼ノ説ブ所、我亦説ブト云フガ如ク、兩體一心ノ想アルベシ、萬事亨通スルノ占ナリ・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)自分と意見がよく合い、自分にとって利益になる友(益友)を得られる時。お互い意見が一致して、自分が喜ぶことを相手も喜び、相手が喜ぶことを自分も喜ぶように、心が一致する関係が長く続く。あらゆる事が成就する時である。
○権威を有する人物が自分に随ってくれる時である。
○天運も味方して吉運を招き寄せる時である。
○人と調和すれば、自分に権威と人徳が具わる時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治三年某月、某貴顕ノ召ニ應ズ、貴顕曰ク、此ニ事アリ、爲ニ一筮ヲ煩スト、乃チ筮シテ随ノ第五爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治三年、ある貴人に招かれた。貴人にある事(廃藩置県を実施した場合の可否・白倉の解釈)を占ってほしいと頼まれたので、筮したところ、随の五爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 隋は、秋になって雷が鳴り響かなくなった時。それゆえ強い者が弱い者に随う。このことを彖伝に「剛来(きた)りて柔に下(くだ)り、動きて説(よろこ)ぶは随なり。大いに亨り、貞しくして咎无し。震(剛)が兌(柔)の下に在り、剛(長男)が随って動けば柔(少女)が悦ぶのが随の時。正しく随えば咎められない」と云う。
 初九と六二の二爻は、正しい位を得て、剛が柔に随い、九五と上六の二爻も同じく正しい位を得て、剛が柔に随っている。けれども、六三と九四の二爻は、共に位は正しくなく、柔が剛にぶら下がっている。九四は柔を随えて(大衆を率いて)九五に随う形。この形から観ると、権威を有する九五に大衆が随っている。
 今回占って九五が出た。天下国家の人々は貴人の命令(廃藩置県だと思われる)に随わない人は誰もいない。
 易断は以上のようである。それゆえ、彖伝に「天下、時に随う。時に随うの義、大なる哉。天下は時に随う。時に随う意義は、何と偉大であろうか」と云う。
 その後、しばらくして「廃藩置県」の布告が出された。
(それが受け入れられたことは歴史が証明している)

(占例2)元老院議員のある人がある県の知事に転任することが決まり、転任地に赴く前に、施政方針の適否を占ってほしいと頼まれたので、筮したところ、随の五爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 隋は剛者が柔者に随う時。年上の人が年下の人を受け容れる形。
 貴方が赴任する県庁の臣下と県民を治めるためには、その県の県民性に随い、貴方の意見を髪の毛一本ほども入れずに、その県民性を受け容れることが必須である。以上のように接すれば、その県の臣民は、貴方に帰服すると易断した。
 このことを「嘉に孚あり。吉。剛健中正の天子九五は、六二を深く信任し、上六に至誠の心で随う。上下交わり德業を成し遂げる。天下の人々は九五に随い、幸を得る。」と云う。
 その県は、常に紛争が絶えなかった。ところが、その人が知事として赴任してからは、県庁の臣下と県民は、新知事の方針に黙って随い、穏やかに治まるようになったと云う。

随 上六 ・|| ・・|

上六。拘係之、乃從維之。王用亨于西山。
□上六。之(これ)を拘(こう)係(けい)し、乃(すなわ)ち従って之を維(つな)ぐ。王用(もつ)て西山に亨(きよう)す。
 随の道を極める上六を、天子も臣民も慕って心服する。捕らえて縄で括(くく)り、柱に繋ぎ止めるほど、上六を仰ぎ随うのである。
 上六は周の文王に喩えられる。文王は殷の天子に事(つか)えて、臣下の道に随い、西山に大王を祭って、天子の礼を行なわなかった。
象曰、拘係之、上窮也。
□之(これ)を拘(こう)係(けい)すとは、上(かみ)にして窮まる也。
 天下の人々に慕われる。君主の上に居て、随の德を窮めるのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)誠心ヲ以テ神明ノ加護ヲ受ルノ時トス、人ト交ハリ、其心互ニ固結シテ變ゼズ、條約ヲ締ビ、或ハ法令ヲ出シテ變ゼザルノ象アリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)至誠の心が神仏に伝わり、その加護を受ける時。人と接しては、お互い心と心がしっかりと結ばれて変化することはない。条約を結び、法令を発布しても、しっかりと定着して変化しない時である。
○必要以上に頑固で、一つの事に固執すれば、足元を掬われて、思わぬ災害に襲われる。よく考えて至誠の心を保ち続けるべきである。
○已むを得ない事情で、ある事に随うことになる時。
○祖先が残してくれた遺徳によって吉運を得る時。
○お墓参りをするという象(かたち)。
※この卦は、帰魂の卦であり、長男の命が尽きる時。けれども、互体(二三四)に艮があるので、夫婦の間に少男(四)が生まれて、その家を相続し、夫が亡くなり妻一人になったとしても、少男が父を祭祀するという象がある。なお、帰魂の卦については、地水師の上爻で詳しく説明(五爻が変ずると上卦と下卦が同じ卦になるもの)している。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)南部家家令山本寬次氏ハ、余ノ舊友ナリ、維新ノ際、函館ノ役ニ出陣シ、野邊地戰爭ノ時、(中略)乃チ筮シテ随ノ第五爻ヲ得タリ、・・・
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)南部家の山本氏はわたしの旧友だが、維新の際、函館の役に出陣し、指揮官の一人として、武勇で知られている人物である。その山本氏が明治十二年七月、南部家の旧藩士五人と共にやって来て、しばらく談笑した後で、
「君(高島嘉右衛門のこと)は、何でも易に関連させて話をする癖がある。わたしには理解できない。君が言うように、易で全てが見通せるならば、政府も易を用いるだろう。また、陸海軍のように人命や国家の大事に関して、裁判所のように、その是非を断定できるのであれば、政府や陸海軍で易が用いられるはずである。しかし、そのような話は聞いたことがない。つまり、当たるも八卦当たらぬも八卦ということではないのか」と言った。
 そこで、わたしは次のように答えた。
「小人は天地人の道を教えられても、理解できない。易もそれと同じように小人には理解できない。わたしは二十年間一日も欠かさず易の研究を続けている。易が百占百中だからである」。
 すると山本氏は、笑って言った。
「それでは、君はわたしの寿命を当てることができるか」。
 わたしは「簡単なことである」と筮したところ、随の上爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 隋は、震の長男が、兌の少女に随う時。帰魂の(寿命が尽きる)卦でもある。今回占って上爻が出た。貴方は今年中に亡くなる。奥さんとご子息が貴方のお墓をお参りすることになる。爻辞に「拘(こう)係(けい)。慕って心服する」とあるのは、貴方の奥さんとご子息のこと。また「之を維(つな)ぐ。仰ぎ随う」とあるのは、貴方の後を継ぐのは女の子であることを云い、「西山に亨(きよう)す。西山に大王を祭って、天子の礼を行なわなかった」とあるのは、貴方の自宅から西の方向に貴方のお墓があることを云っている。
 山本氏は以上の易断を冷笑して全く意に介さないようであった。一緒にいた藩士五人は、ある人は疑い、ある人は笑っていた。
 その年の十月、南部家から手紙が届いた。
 山本氏が昨夜突然中風に罹って半身不随となったと云う。そのため、妻子を呼び寄せるまでの間、しばらく、わたしが所有する神奈川県の別荘を借りたいという依頼であった。
 わたしは山本氏を迎え入れて、療養してもらった。しばらくすると妻子が迎えに来て、故郷の盛岡に帰って行った。その後十二月になって、山本氏は亡くなった。
 わたしの易断を笑って聞いていた藩士五人は、易の妙理に驚いた。