毎日連載! 易経や易占いに関する情報を毎日アップしています。

期間限定「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」 はじめに 乾為天

2022年5月6日

はじめに

 本書は、八幡書店から出版されている「増補 高島易斷 上下巻」呑象高島嘉右衛門著に記載されている「(占い)」=「易経を占いとして解読する際のポイント」を記した箇所と「(占例)」=「実際に高島嘉右衛門が占いを立てた事例を記録した文章」を、著者(白倉信司)が読み取れる範囲内で現代語訳した文章で構成されている。
 あくまでも、著者が読み取れる範囲内の現代語訳なので、明治時代に書かれた本書の意味を正確に現代語訳したものではない。著者の独断と偏見に基づく現代語訳なので「現代語訳(超意訳) 呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 上下巻 占例篇」というタイトルにした。

一 乾為天 ||| |||

乾、元亨利貞。
□乾(けん)は元(おお)いに亨(とお)りて、貞(ただ)しきに利(よろ)し。
 乾の時は、何を成し遂げても、あなたなりに大成する。正しくあるがよい。
彖曰、大哉乾元、萬物資始。乃統天。雲行雨施、品物流形。大明終始、六位時成。時乗六龍、以御天。乾道変化、各正性命、保合大和、乃利貞。首出庶物、萬國咸寧。
□大いなるかな乾(けん)元(げん)、万物資(と)りて始(はじ)む。乃(すなわ)ち天を統(す)ぶ。雲行き雨施(ほどこ)して、品(ひん)物(ぶつ)形を流(し)く。
大いに終始を明らかにし、六(りく)位(い)時に成る。時に六(りく)龍(りゆう)に乗じ、以(もつ)て天を御(ぎよ)す。乾道変化して、各(おの)々(おの)性(せい)命(めい)を正しくし、大(だい)和(わ)を保(ほう)合(ごう)するは乃(すなわ)ち利(り)貞(てい)なり。庶(しよ)物(ぶつ)に首(しゆ)出(しゆつ)して万(ばん)國(こく)咸(ことごと)く寧(やす)し。
 なんと偉大であろうか。乾の大いに成就するという時は。万(ばん)物(ぶつ)が生成発展を始めた。乾のパワーが万物を司(つかさど)っている。雲がモクモク湧き出て慈雨を施し、一つ一つが形を成して流通する。物事の始めと終わりを表わす「龍の六変化」である。
 君子の資質が隠れ潜んでいた潜(せん)龍(りゆう)が、志を打ち立てて、師匠に巡り逢い、努力に努力を重ねて、慈雨を施す飛龍として大空に飛翔する。
 乾(天)の道は陰陽消(しよう)長(ちよう)変化して、六十四の役割を全うし、天地宇宙が生成発展する。常に正しくして宜しきに適っている。龍が時を得て、世界が調和する。
象曰、天行健。君子以自彊不息。
□天(てん)行(こう)は健(けん)。君子以(もつ)て自(じ)強(きよう)して息(や)まず。
 天の営(いとな)みは、万物を照らし続ける太陽のように健(すこ)やかである。君子は、万物を照らし続ける太陽の働きを手本にして、自らを強く養(やしな)い、一日たりとも休まないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
此卦ヲ得バ萬事ニ臨ミ剛健ニシテ疆メテ息マザルコト、乾ノ如クラナンヲ要ス、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)この卦を得たら、万事に臨むに、剛健で限りなく強く、何事も継続して休まないという大象伝のようでなければならぬ。
○乾が出た時は、元亨利貞の四德を具えていることを要する。
○乾は德を施して、利益を求めてはならない時である。
○女性が占って乾が出た時は、強すぎて嫌われる恐れがある。慎むべきである。
○天候は、二三四五爻ならば晴れる。
○売買は、売る場合は利益があるが、買う場合は利益がない。
○善悪の結果は、一代で終らず子孫に引き継がれる。
○(乾はリーダーの時ゆえ)凡人が偶然リーダーになった場合は、下の人々を軽んじる恐れがある。
○賢者は天命を知っているので、人の道を踏み外さない。凡人は慢心が生じたり、時の勢いに乗じたりして、周りの人々を蔑(ないがし)ろにする恐れがある。

乾 初九 ||| |||

初九。潜龍。勿用。
□初(しよ)九(きゆう)。潜(せん)龍(りゆう)なり。用(もち)うる勿(なか)れ。
潜龍は無限の可能性を秘めているが、才能が潜み隠れている。世に出てはならぬ。
潜龍勿用、陽在下也。
○潜龍用うる勿れとは、陽にして下に在ればなり。
世に出てはならぬ。まだ君子の才能を発揮できない。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
大才德アリト雖モ、今ハ其才德を用フベキ時ニ非ズ、故ニ隠伏シテ、時運ノ至ルヲ待ベシ、然レドモ小事ノ如キハ、婦人ヲ用ヒテ事成ルノ占トス、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)大きな才能と人德を具えているが、今はその才德を用いる時ではない。それゆえ、隠れ伏して時運が至るのを待つべきである。小さな事なら、女性を使いに出すがよい。
○目上の人とギクシャクする時である。
○大きな夢や希望を抱いても、実現しない。
○時を待ってから、事業計画を立てて実行するべきである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十二年、貴顕某ノ氣運ヲ占ヒ、筮シテ乾の初爻ヲ得タリ
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十二年、ある貴人の運氣を占筮したところ、乾の初爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 乾の卦は、純粋な陽。元亨利貞の德を具え、剛健にして誠の心が溢れ出ている。六段階の時々において、昇降自由自在である。
 ある時は潜龍となり、ある時は飛龍となって、静かにすべき時は静かにし、動くべき時には動くがよい。
 初九の言葉に「潜(せん)龍(りゆう)なり。用(もち)うる勿(なか)れ」とあるのは、陽位だが、地位が低いので(最下にあるので)、龍德を施すことはできない、と云うこと。こういう時には、潜み隠れて活動してはならない。道が未だ行なわれないので、「用(もち)うる勿(なか)れ」と、活動しないように戒めている。
 文言伝に「龍德ありて隠(かく)るる者也。世に易(か)えず、名を成さず、世を遯(のが)れて悶(うれ)うることなく、是(ぜ)とせられずして悶(うれ)うることなし。楽しめば之を行い、憂うれば之を違(さ)る。確乎(かつこ)としてそれ抜くべからざるは、潜龍なり。君子の資質を備えているが、その才能を発揮できない。世の中の環境が変化しても、社会的に認められない。人前から姿を消したいほど冷遇されても、憂えない。どんな境遇にあろうが、決して憂えないのである。やるべきことを楽しんで行ない、やるべきでないことは、断じて行わない。確乎不抜の志を打ち立てることが、潜龍の時にやるべきことである」と云い、また「潜(せん)の言(げん)たる、隠れて未だ見(あら)われず、行ないて未(いま)だ成らざるなり。是(ここ)を以て君子は用(もち)いざるなり。潜(せん)龍(りゆう)は、君子の才能を備えて、未だ発揮できない段階。何をやっても成功しない。それゆえ、世に出てはならぬ」とあるのも同じ意味である。
 今、ある貴人の氣運を占筮したところ、この卦爻が出た。貴人は明治維新の始め、武功によって陸軍中将となり、儒教と仏教に精通した賢者、文武両道を具備した見識の高い人物である。だが、今閑職にあり、龍德を具えながら世に隠れた存在となっている。
 貴人は龍德を具えた人物だが、寛容さに欠けており、会って話をすると優秀なことを隠さないので、相手が恐れて遠ざけてしまう。今の貴人は、時が到来するまで潜んでいるべきである。乾の時は、沢山の龍德具えた人々が集まる時だから、自惚れてはならない。
 以上のことから、今の閑職をよしとして、人に評価されなくても憂えることなく、静かに時を待つべきである。
 この爻が変ずれば下卦巽となる。巽は風、順い入るという意味がある。人に好かれるのが巽の性質である。
 言葉を選ばないと人の心を傷つける。目の悪い人に「めくら」と言えば、その人は怒る。指導者は言葉を選び、巽のような性質で人に接すれば(「春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛(つつし)む・佐藤一斎言志四録」)、指導者としての人望を得て、遂には飛龍が天に昇る勢いを得る。
 貴人の今年の運氣は良くないが、この間よく潜龍の德を積めば、来年は見龍の時が至り、運勢が発達して世に用いられると易断した。
(易占の結果は書いてない。)
乾 九二 ||| |||

九二。見龍在田、利見大人。
□九(きゆう)二(じ)。見(けん)龍(りゆう)田(でん)に在り、大(たい)人(じん)を見るに利(よろ)し。
 潜(ひそ)んでいた龍が世に現われた。師匠を見付けなさい。
見龍在田、德施普也。
□見(けん)龍(りゆう)田(でん)に在りとは、德の施(ほどこ)し普(あまね)きなり。
 潜(ひそ)んでいた龍が世に現われたのは、師匠から君子の德を習得するためである

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
大智德アリテ、其名世ニ顕レ、其德澤人ニ普及スルノ時トス、故ニ進ミテ官途に出デ、其才力ヲ施サバ、其功更ニ功廣大ニシテ、國家ノ幸福を増進スベシ、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)大きな智恵と人德を具え、その存在が社会に認められる。また、その大德が多くの人に好影響を与える時である。それゆえ、進んで社会的役割を果たせる地位に就き、その才能と力量を発揮すれば、その功績は広大である。天下国家のために貢献するべきである。
○社会的地位の高い人の支援を得て、昇進・発達する時である。
○目上の人と心(志)を同じくし、協力して事を為せば、利益を得ることができる。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治ノ初年、余ガ一身ノ方向ヲ占ヒ、筮シテ乾の二爻ヲ得タリ
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治元年、我が身の方向性を占筮したら乾の二爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 乾の卦は、純粋な陽。六爻の象(かたち)を「龍」に見立る。龍の德(元亨利貞)を具えた沢山の龍が朝廷(政府)に存在する。
 我が国は徳川家康が世を治め始めた時から大凡(おおよそ)三百年経ち、長年積もった弊害が窮まり、世の中が一変して維新の今日を見るに至った。
 維新の功業は、運氣の消長に加えて、地方の龍德具えた武士が、各藩の力を梃(て)子(こ)にして、国家中興の偉業を成し遂げたものである。言わば、今日は乾為天の世である。
 自分は過去、牢獄で七年間過ごしたが、出獄後、一生懸命働き、四年間で多額の資産を得て、千載一遇の隆盛を迎えた。
 少しばかりの資産を得たが、集散離合は世の常、これを貯えて子孫に遺したとしても、子孫が凡庸ならば、貯えた資産を失うことは目に見えている。
 今、地位を得ている君子は、死ぬような経験を何度も乗り越え、人生を築き上げた人である。みな、安逸を貪らず、常に政務に奉じてきた。不肖の自分は、安逸に耽(ふけ)って、いたずらに富有を望んで仕事をしてきただけである。これからは、一転奮起して、国家に奉ずることをしなければなるまい。
 今、九二の爻辞に「見(けん)龍(りゆう)田(でん)に在り。潜(ひそ)んでいた龍が世に現われた」と言っている。田は稲を作る大地である。すなわち自分が牢獄を出て、社会に戻り、稲を作るように、物事を成し遂げる大地に居ることを云っている。
 「大(たい)人(じん)を見るに利(よろ)し。師匠を見付けなさい」とは、本や講座で学ぶだけでなく、広く天下の賢人と交流し、国家の事情に通じた後で、大事業に取り組むべきことを云っている。もし天下の形勢や国家の事理に通じることなく妄進すれば、ただ徒労に終るだけでなく、必ずや失敗する。
 文明はそれぞれが役割を分担して成し遂げるものである。
 今は欧米人と自由に交際できるので、彼らの長所を学び、我々の短所を補い、富国強兵を実現すべく、我が国に適合するものは積極的に取り入れるべきである。
 また、今は旧時代の各藩の名士が朝廷(政府)に集まる時である。
 大人を求めて知見を広げるべきであり、官民問わず広く各分野の名士と交流を広げて、学ぶ時である。
 これらの人々は各藩から抜擢された賢人ゆえ、国家百年の大計を抱き、感服する人物が多く、時には国家機密を知ることもできる。また外国人と親しくすれば、日本のことを知ってもらえるし、外国のことを知ることもできる。
 三条、岩倉、木戸、大久保、西郷、副島などの賢人と親しくできれば、先進国の文明を我が国に取り入れることの可否も判断できる。
 わたしは、以上の判断を経済活動に活かすべく、後年、占筮して得た天火同人の言葉に従って四大事業を成就した。
 乾の卦は太陽が自らを強くして休むことがないという象(かたち)だから、人もまた剛健で怠慢なく業務に勉励すれば、終には成功する。
 ここに自分が乾と同人(乾為天二爻の之卦天火同人・著者注)の言葉に従って成功したという占断を付記して、易の初学者の参考としたい。

乾 九三 ||| |||

九三。君子終日乾乾、夕惕若。厲无咎。
□九(きゆう)三(さん)。君子終(しゆう)日(じつ)乾(けん)乾(けん)し、夕べに惕(てき)若(じやく)たり。厲(あやう)けれども、咎(とが)なし。
 君(くん)德(とく)を習得するため、朝から晩まで只管(ひたすら)精進する。その後、一日を振り返って、畏(おそ)れるが如(ごと)く、わが身を省みる(反省・省略する)。
「そこまでやるか」と危なっかしいが、問題は起こらない。
終日乾乾、反復道也。
□終(しゆう)日(じつ)乾(けん)乾(けん)すとは、道を反復するなり。
 朝から晩まで只管(ひたすら)精(しよう)進(じん)するのは、君(くん)德(とく)を自分のモノにするための、反復訓練なのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)卓識ノ君子、業務ニ勉勵シ、才德天下ニ顕レ、衆人将ニ歸服セントスルノ時ナリ、斯(カカ)ル一大事ノ時ナレバ、諸事畏れ愼テ、人ヲ侮ラズ、欺カズ、晝(チユウ)夜(ヤ)危ウキニ臨ムガ如クナレバ、終ニ其大功ヲ遂グベシ、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)優れた見識を有する君子が業務に勉め励めば、その才能と人德が天下に認められて、多くの人々に心服される。万事行いを慎んで、間違っても人を侮(あなど)ったり欺(あざむ)いたりすることがないように心がけ、昼も夜も薄氷を踏むように慎重であれば、遂に大きな成功を成し遂げられるであろう。
○(この時に中って)、事に臨んで少しでも(髪の毛一本ほどでも・毫も)怠るところがあれば、時機(時運到来して事を起こすべき絶妙のタイミング)を失って力量を発揮できずに気持ちが鬱屈する。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部
(占例)明治ノ初年、余ガ一身ノ方向ヲ占ヒ、筮シテ乾の二爻ヲ得タリ。
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治十六年五月、松方大蔵卿と謁見したところ、卿は次のように言われた。「今年の春以来、雪は深く、雨は長く、寒気が厳しい。わたしは凶作となることを恐れている。豊作か凶作かを占ってほしい」。
 そこで占筮したところ乾の九三が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 乾の卦は、純粋な陽の卦。乾為天の乾とは、乾(ほ)すこと。これは天の仕(し)業(わざ)、すなわち太陽を象(かた)取っている。六爻全て陽爻で、一つも陰爻がないから、「終日乾乾」と云う。
 「乾乾」とは「干す干す」と云うこと。旱(かん)魃(ばつ)(ひでり)という意味。今、九三を変じて、互卦(九二・九三・九四)を見ると、互卦の「離」は「日(太陽)」である。
 また、どの爻を変じても、坎(水)にはならないので、今年は旱(かん)魃(ばつ)(ひでり)になると考えられる。
 「夕(ゆう)べに惕(てき)若(じやく)たり」とは、昼間の暑さが夜になっても続くこと。民は旱魃で凶作になることを恐れるが、穀物はよく実るので「厲(あや)うけれども咎(とが)なし」と云う。
 二爻(九二)に「見龍田に在り」とあるのは、すなわち田園のこと。三爻が変ずれば、日(太陽)が田園を照らす象(かたち)となる。
 以上のように、旱魃は甚だしいけれども、穀物はよく実るので、咎なしと云う。だから、凶作で民が苦しむことはない。
 以上の易断を卿に伝えると、卿は感歎して次のように言った。
「貴殿の易斷は老成練熟したものであるなぁ」。
 その後、各地は旱魃に見舞われたが、穀物は豊作であった。

乾 九四 ||| |||

九四。或躍在淵。无咎。
□九(きゆう)四(し)。或(ある)いは躍(おど)りて淵(ふち)に在り。咎(とが)なし。
 時には躍(やく)動(どう)するように成功し、時には淵(ふち)に沈むように失敗する。成功と失敗を繰り返す不安定な時だが、大きな過失には至らない。
或躍在淵、進无咎也。
□或(ある)いは躍(おど)りて淵(ふち)に在りとは、進むも咎(とが)なきなり。
 成功しても驕(おご)らず、失敗しても怯(ひる)まない。飛龍を目指して果(か)敢(かん)に進んで行く時ゆえ、大きな過失には至らないのである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部
(占)進退時ノ宜シキニ去就シ、才智を運用スベキノ時トス、、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)進退の是非を判断するため、才能と智慧を用いて運用する時。
○大德を具えた龍が地の淵から飛び立ち、出入自由自在な時。
○盛運は目前。ひたすら進行して盛運を手に入れるべく努力する時。
○考えすぎて時を失する事がある。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治二十四年二月、余ガ易ノ門人、清水純直氏來り告テ曰く、目下府下第十五區代議士ノ選挙競争盛ニシテ、鳩山角田ノ兩氏、牛(ゴ)角(カク)ノ勢アリ、余は鳩山氏ニ縁故アレバ、氏ノ勝敗如(イ)何(カン)ヲ占ハンコトヲ請フト、乃ち筮シテ、乾の四爻ヲ得タリ、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治二十四年二月、門人の清水氏がやって来て、
「今、東京府の代議士選挙が盛んであり、鳩山と角田氏が互角で競っている。わたしは鳩山氏と縁故があるので氏の勝敗を占ってほしい」と依頼された。そこで占筮したところ、乾の四爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 乾の卦は、六爻を全て龍に見立てており、沢山の龍が集まる時。九四は陽氣盛んで、推進すれば選挙に当選するように見えるが、鳩山氏には疑わしいところ、事に臨んで躊躇するところがある。
 それゆえ、「或いは躍りて淵に在り」と云う。「或いは」とは疑うこと。
 九四が変ずれば上卦は「巽」となる。巽には「疑い」、「果たさず」、「進退」の意味がある。九四が変ずれば三四五爻で「離(明)」となる。九四の応爻は初九だが、初九には淵の象がある。すなわち、この人は學問に優れ、豊富な社会経験があり、剛健の勢いがあるが、陰位で決断できないところがり、議員には相応しくない。
 選挙に出たことは否定しないが、政治家には不向きな人である。それゆえ、鳩山氏は小差で選挙に落選すると易断した。わたしの門人は唖然として帰って行った。
 果たして、鳩山氏は十五票の小差で選挙に敗れたのである。

乾 九五 ||| |||

九五。飛龍在天。利見大人。
□九(きゆう)五(ご)。飛(ひ)龍(りゆう)天に在り、大(たい)人(じん)を見るに利(よろ)し。
 大空高く飛翔して、天下を治める。「万(ばん)事(じ)研(けん)修(しゆう)(すべてに学ぶ・松下幸之助の言葉)」と心得て、自(じ)戒(かい)するがよい。「※」
飛龍在天、大人造也。
□飛(ひ)龍(りゆう)天に在りとは、大(たい)人(じん)の造(しわざ)なるなり。
 大空高く飛翔して、天下を治めるのは、君位に就(つ)いても、驕(おご)ることなく、万事研修と心得て、常に自(じ)戒(かい)するからである。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻ヲ得バ、國家ニ在テハ、下ノ大人ヲ用イテ、大ニ天下ノ泰平を致すの時トス、天下ノ廣(ヒロ)キ何(イズ)レノ時カ大人アラザラン、但(タダ)明(メイ)主(シユ)ノ能ク知テ之ヲ用ヒ、其才ヲ盡(つく)サシムルニ在ルノミ、是レ此占ノ大人ヲ見ルニ利シト云(イヘ)ル所以ナリ、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)この爻が出れば、国家においては、大(たい)人(じん)たる君子を要職に抜擢して、天下泰平を実現する時である。天下広しと言えども大人たる君子の存在は貴重である。名君ならばそのことをよく知った上で、大人君子を思い切って抜擢任用して、その才能を発揮させるべきである。九五の爻辞にある「大人を見るに利し」の所以である。
○天が支援してくれる(天が助けてくれる)時。
○(何かを)祈り誓えば(相手が)感応する時。
○龍が天に昇るように、人も時を得て高名に達する時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)明治十八年二月二十八日、伊藤伯遣清大使ノ命ヲ奉ジ、横濱港ヲ撥シテ、清國ニ赴く、蓋シ昨年十二月ノ朝鮮事件ニ關シ、清廷ニ談判スル所アルガ爲メナリ、余ハ此談判ノ成否を筮シテ、乾の五爻ヲ得、之ヲ伊藤伯に呈セントシテ、其行ヲ送リシガ、祖道者數百人ニシテ、之を呈スルノ機會を得ザリキ、因テ更ニ人ヲシテ、此占ヲ天津ニ送ラシメタリ、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)明治十八年二月二十八日、伊藤伯爵は、清国大使として派遣される命令に奉じ、横浜を出港して清国に赴いた。昨年十二月の朝鮮事件に関して、清国の朝廷に談判するためである。わたしはこの談判の成否を占筮したところ乾の五爻が出たので、これを伊藤伯爵に知らせしようとした。だが、その機会を得られなかったので、ある人にお願いして、占筮の内容を天津に滞在している伊藤伯爵に伝えた。
 易斷は次のような判断であった。
 九五の大人は、九二の大人と応爻の位置にある。応爻は陰陽で応ずるもの。九五と九二は共に陽爻だが、国家を思う気持ちが同じ(同志)だから、陽爻同士で応じ合う。
 我が国と清国の大人が会して談判するならば、長期的に考えるべきで、短期的に考えたり小さな事にこだわるべきではない。
 乾の五爻の裏(乾の錯卦の五爻)には坤の五爻があり、その爻辞に「黄裳元吉」とある。これは我が国と清国の大人は、共に内心で黄色人種の安危や盛衰を心配して、互いに助け合ってアジアの独立を計るという意味を含んでいる。
 両国の大人がそのように考えれば、国家の体面に関係ない事柄は譲り合って事を平和に進めるべきである。それができれば、両国民は不幸にはならない。
 乾の大象伝に「君子以て自強して息ず」とあるのは、占筮して乾を得た者は太陽のように働いて、少しも休むことなく継続して努力することを要することを云う。それゆえ、進んで先んずる者が勝利する。
 今、我が国から大使を派遣しているので、先鞭を付ける(進んで先んずる)ことになる。我が国から進んで談判を行なうことは、乾の時を行なうことであり、勝利は我が日本にある。この氣運を常に心に留めて勇敢に突き進めば、よい結果を得る。
 横浜弁天通の商人立川磯兵衛が天津に渡航する時にこの占いの結果を伊藤伯爵に伝えるように託した。伊藤伯爵は天津に在中だったが、談判が不調に終り、帰国する準備をしていた。しかし、この易占を読んで、大いに発憤して再び談判を行い、終に一歩も譲らず、その使命を果たしたのである。

(占例2)明治十九年十二月、翌二十年の鉄道局の運氣を占い、乾の五爻が出た。鉄道局長の井上勝(まさる)君に、次の易断を伝えた。
 易斷は次のような判断であった。
 乾の卦は三爻純陽の乾(八卦の乾)を重ねたもので、その五爻が出たということは、これ以上盛んな時はない。鉄道局の運氣もまた盛んになること間違いない。
 この爻は天の時・地の利・人の和を得て、すべての国民が鉄道に期待している。物産は繁盛し、運輸交通・軍事国防・人民の移住など、全てが盛んになる。
 「飛龍、天に在り」とは、汽車の運行が盛んであることを例えている。鉄道の便利さを感じない者は誰もいない。それゆえ、今年、鉄道事業が盛大になる。すでに鉄道の時運は盛んであり、東西をつなげるための新たな鉄道工事が始まっている。上下万民鉄道の便利さを喜ばない者は誰一人としていない。
 明治十四年に未来の国の様子を占ったが、その時に明治二十年には鉄道が旺盛になると易断した。今、その氣運が到来した。
 全国民は心から鉄道を歓迎して、鉄道は、社会に定着したのである。

乾 上九 ||| |||

上九。亢龍有悔。
□上(じよう)九(きゆう)。亢(こう)龍(りゆう)悔い有り。
 飛龍が独(どく)走(そう)して雲から見放された。後悔してもどうにもならない。
亢龍有悔、盈不可久也。
□亢(こう)龍(りゆう)悔い有りとは、盈(み)つれば久しかる可(べ)からざるなり。
 頂点を極(きわ)めれば、何(い)時(つ)かは堕(お)ちていくしかない。
 よほど自分を戒(いまし)めないと、あっという間に堕ちていく。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての原文の一部。
(占)此爻乾ノ極ニシテ、位中ヲ過グ、故ニ二ノ大人及ビ三ノ君子皆隔離傍観シテ、相助ケズ、是身高位ニ進メナリト雖モ、安ンズル能ハザルノ時トス、又龍空を過ギ、虚ニ至リ雨ヲ施ス能ハザルノ意アリ、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占いの見立ての現代語訳。
(占)この爻は乾の極点で、位は中を過ぎている。それゆえ、九二の大人と九三の君子は遠くから傍観して関わろうとしない。高い地位に居るが、安心することができない。龍が大空高く昇り過ぎて、空虚な段階に至り、慈雨を施すことができなくなった時である。
○大事な文書や印鑑等に関するトラブルがある。注意すべきである。
○慎みのない人は、殺傷沙汰に巻き込まれる可能性がある。
○盛んな者は衰え、浮いている者は沈む。慎むべきである。
○人から誹謗中傷されやすい時。
○社会的地位や家庭における立場が不安定になる時。
○進むと利益を損ない、退くと利益を得る時。

 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の原文の一部。
(占例)余年々冬至ノ日、廟堂諸賢ノ身上ヨリ親族知己ニ至ルマデ、來歳ノ氣運ヲ占ヒ、之ヲ其人ニ送致スルヲ以ッテ例トセリ、明治十九年ニ某貴顕翌年ノ氣運ヲ占ヒ、筮シテ乾ノ上爻を得タリ、
 以下、高島嘉右衛門著高島易斷の占例の現代語訳。
(占例)わたしは毎年冬至に、貴人から親戚や知人に至るまで、来年の運勢を占って、その人に送ることを通例としてきた。明治十九年、某貴人の来年の運勢を占って占筮したところ、乾の上爻が出た。
 易斷は次のような判断であった。
 乾の卦は、至大・至剛・至健にして、純陽の卦である。人事に当て嵌めれば、智恵、知識、経験が豊富であり、功労によってその社会的地位を得た人物である。
 貴人は、現在、貴い地位にあるが、すでに乾の時の終りに居て、運氣が衰えているので、「亢龍悔い有り」と云う。亢龍とは龍が大空に昇り過ぎて、雲を失った段階であり、部下や民に慈雨を施すことができない象(かたち)をしている。
 貴人は大きな見識を具え世事に長けている。これまでの功労によって、世間に名を知られるようになったが、運命の循環はどうすることもできない。
 以上のことから、来年は今の地位を退いて、静かに風月を楽しむことがよいと易断した。
貴人はその地位を退いて、のんびりと過ごしたと云う。