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易経 繋辞下伝を読み解く 第五章 六

子曰。知幾其神乎。君子上交不諂。下交不けがれ。其知幾乎。幾者動之微。吉之先見者也。君子見幾而作。不俟終日。易曰。介于石。不終日。貞吉。介如石焉。寧用終日。斷可識矣。君子知微知彰。知柔知剛。萬夫之望。
○子曰く、幾(き)を知るは其れ神(しん)か。
 君子は上に交わりて諂わず、下に交わりて瀆(あなど)らず。其れ幾(き)を知るか。
幾は動の微にして、吉(凶)の先ず見(み)わるる者なり。君子は幾を見て作(た)ち、日を終うるを俟(ま)たず。
 易に曰く、「介(かた)きこと石の于(ごと)し。日を終えず。貞にして吉なり」と。介(かた)きこと石の如し、寧(なん)ぞ日を終うるを用いんや。断じて識(し)る可し。
 君子は微を知り彰(しよう)を知り、柔を知り剛を知る。万(ばん)夫(ぷ)の望(ぼう)なり。
 孔子は次のように言っている。
「あらゆる事象のほんの微(かす)かな兆しを察することができるのは、神と称される全き存在以外にはないであろう。君子は、自分よりも社会的地位が高い者と交わっても諂(へつら)うことなどなく、自分よりも社会的地位が低い者と交わっても侮(あなど)ったりしない。大切なのは、相手の言行からほんの微(かす)かな兆しを察知することであり、上に諂(へつら)い下を侮(あなど)ることは、卑劣な処世術だからである。幾(き)とは、あらゆる事象のほんの微(かす)かな動きの中に、ちらっと現れるほんの微(かす)かな変化(兆し)のことである。その兆しの向こう側に吉凶が透けて見えるのである。君子は、あらゆる事象にちらっと現れるほんの微(かす)かな変化(兆し・幾(き))を敏感に察知して速やかに対処する。躊(ちゆう)躇(ちよ)するところが一切ないのである」。
 雷地豫(・・|・・・悦び楽しむ時)の本文に「六二は柔順中正で応比なく、石のように節操を固守する(六二。介きこと石の于し)。豫楽に耽溺してはならぬと自戒し、兆しを察して正邪を見抜き、日を終える前に速やかに対処する(日を終えず)。最後まで正しい道を固く守るので宜しきを得る(貞にして吉なり)」と書いてある。君子が正しい道を固く守るのは、まるで石のような堅固さである。豫楽に耽溺することなく、正邪を見抜いて、日を終える前に速やかに対処する。どうして、日暮れまでグズグズしていることがあろうか。君子を目指す者は、果断にこの対処法を頭に叩き込んで熟知しておくべきである。
 君子は、ほんの微かな変化を敏感に察知して、それがどのように変化して行くかを具体的にイメージすることができる。また、始めは柔らかいものが終には強いものに変化して行くことも具体的にイメージすることができる。それ故、天下の人々から仰ぎ観られるのである。