〇超釈(阿部國治著 栗山要編 新釈古事記伝 第二集 致知出版社 を参考にして訳した)
殺したはずの大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神がまだ生きていて、しかも以前よりも元氣にしている姿を見た八十神は、再び大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神を殺すための謀(ぼう)略(りやく)を企(くわだ)てた。そして、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神を山に連れて行った。大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)は、先日、猪で騙されたばかりなので、身の危険は感じたものの、心優しく疑うことを知らないので、黙って付いていったのである。ところが八十神たちは、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)を殺すために大木を切り倒して切り込みを入れ、切り口の割れ目に楔(くさび)を打ち込んで、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)をその割れ目に無理矢理入らせて、楔(くさび)を勢いよく引き抜いたのである。可哀想な大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)は半分に割った大木の間に挟(はさ)まれて、またも殺されてしてしまったのである。
すると、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神が殺されたことを伝え聞いた母神が泣きながら必死に探し歩いて、大木の間に挟(はさ)み殺されている大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)を見つけて助け出し、自分の力で生きかえらせた。母神はわが子に「おまえがこの国にいる限り八十神たちはお前を見つけ出して、また、殺そうとするでしょう。このまま、この国にいると、いつかは見つかって、殺されてしまいます。おまえが『須佐之男命が礎を築いた出雲の国をさらに開拓して立派な社会(国)を築くという志』を実現するためには、優しい心だけでなく、八十神たちに負けない強い力を身に付けなければなりません。今はまだ、その力がないのでひとまずは身を隠しなさい。」と説得して、八十神たちの目から逃れるために、すぐに木の国(和歌山県)の大(おお)屋(や)毘(び)古(こ)の神の所に遣(つか)わせたのである。
ところが、八十神たちはその話を伝え聞き、またしても木の国(和歌山県)に現れ、大(おお)屋(や)毘(び)古(こ)の神に弓を引いて大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神を引き渡すように迫(せま)った。すると、大(おお)屋(や)毘(び)古(こ)の神は八十神たちから隠すように木の俣から大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神をこっそりと逃がして、「須佐能男(すさのを)の命(みこと)のいらっしゃる根(ねの)堅州國(かたすくに)に行きなさい。須佐能男(すさのを)の大神(おおかみ)があなたに八十神たちを打ち倒すための強い力を与えてくれるでしょう。」と言った。
大(おお)屋(や)毘(び)古(こ)の神に言われた通りに、須佐之男の命の所に辿り着くと、須佐之男の娘の須勢理毘賣(すせりびめ)が出てきて大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神を一目見て心をときめかせた。大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神もまた、須勢理毘賣(すせりびめ)を一目見て心をときめかせた。大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)にとっても、須勢理毘賣(すせりびめ)にとっても、運命的な出逢いであった。そこで、互いに見つめ合ってまぐあいを(結婚)したのである。須勢理毘賣(すせりびめ)は大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神を須佐能男(すさのを)の大神(おおかみ)の屋敷に連れて行って「とっても麗(うるわ)しい(魅力的な)神様をお連れしたわ。」と紹介したところ、大神(おおかみ)がお出ましになり、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神を見て、「これは葦原色許男(あしはらしこお)(強さが未完成の男)という名前の神様だ。」と言って、御殿の中に案内して、蛇が沢山居る部屋を寝室としてあてがった。
すると、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神の妻となった須勢理毘賣(すせりびめ)が、蛇のひれを蛇が沢山居る寝室に持って来て、夫である大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神にこっそりと渡し、蛇に襲われないための方法を次のように教えた。「蛇が貴方を噛もうとしたら、このひれを持って三回振ってください。そうすれば、簡単に蛇を打ち払うことができます。」。
大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神が、須勢理毘賣(すせりびめ)に教えられた通りにしたところ、蛇は静かになったのでぐっすりと眠ることができた。また、次の日の夜は、ムカデと蜂が沢山居る部屋を寝室としてあてがわれた。すると、昨夜と同じように、須勢理毘賣(すせりびめ)がムカデと蜂のひれを寝室にこっそりと持って来て、蛇の時と同じようにムカデと蜂に襲われないための方法を教えてくれたので、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)はぐっすりと眠ることができた。
以上の蛇やムカデと蜂を打ち払う話は何を言わんとしているのだろう。阿部國治先生は次のように書いている。「農業の技は、つづめてみれば、蛇、百足(むかで)、蜂、その他、もろもろの動物を相手にするものであります。農業の技が現在まで進歩するためには、これらのために、どれだけ多くの人が命を失ったかわかりません。現在でも毎年、マムシのために死ぬお百姓があります。」すなわち、蛇やムカデと蜂を打ち払う話は、可能な限り、蛇やムカデと蜂を殺さずに追い払う方法を身に付けるための修行であったと理解できる。
ここから超釈に戻る。
須勢理毘賣(すせりびめ)の力を借りて、二つの試練を乗り越えた大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神であるが、須佐能男(すさのを)の大神(おおかみ)は、さらに厳しい試練を与えた。今度は、鳴鏑(なりかぶら)(鏑(かぶら)の付いた矢)を広い野原の中に射て、その矢を取ってこいと命じた。大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神がその矢を取ってこようと、広い野原の中に入ったところ、須佐能男(すさのを)の大神(おおかみ)は野原に火を付けた。火が野原を焼き尽くそうとして逃げ場を失った大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神が、困窮した時に、ネズミがやって来て、「内はほらほら(うつろ)、外はすぶすぶ(スカスカ)」と言った。それを聞いてピンときた大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)が野原の土をドンと踏むと、穴が開いて土の中に落ちた。そこでうずくまっていると、野原を焼き尽くそうとしている勢いの火が通り過ぎていったので、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)は命をつなぎ止めた。そのネズミは、須佐能男(すさのを)の大神(おおかみ)が射た鳴鏑(なりかぶら)(鏑(かぶら)の付いた矢)をくわえて持って来て大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)に献上した。ところが、その矢の羽は全てネズミたちが食べてしまったのである。そのやりとりを聞いていた周りのネズミたちはみんな笑っていた。
以上の鳴鏑(なりかぶら)〔鏑(かぶら)の付いた矢〕を取ってくるというという話は何を言わんとしているのだろう。以下、阿部先生の著作から要約・引用して、その言わんとしていることを考えてみたい。
大国主の膝に、鼠が駆け上がってきた。大国主は『可哀想に…。私のためにお前までまきぞえをくって焼け死ななければならないのか』と目に涙をお浮かべになった。鼠はしきりに何か言っていたので、じっと耳を傾けると『内はほらほら、外はすぶすぶ』と聞こえた。大国主は『おお、そうか!』と言いながら、足で地面をどんどんと踏み付けると、地面が二つに割れて、その下に手頃の穴ができ、鼠を抱いた大国主は穴の中に落ち込んだ。大国主は衣服を脱いで、頭の上を覆い、火が穴の中に入り込むのを防いだ。そうしているうちに、火は草を焼いて、向こう側に行ってしまった。大国主は死を覚悟していたところへ鼠が来たので、自分の生死を忘れて、鼠を助けようとしたところ自分も死を脱することになったのである。ほっとして周囲を見回すと、その穴の側面に鼠の巣があって、鼠の子がたくさんいた。「なるほど、ここに鼠の巣があって、このまま火がやってくると、鼠の一家は焼死するので、親鼠が自分を呼びに来たのか」と気付いた。大国主はこれで火を統御する術を会得した。こんどは『どうして矢を探そうか』と考えていると、さっきの鼠が鏑矢を口にくわえて、大国主のところに持って来た。その矢をよく見ると、羽のところは鼠の子どもたちがきれいに食い取っていた。これで大国主は、立派に第二段目の試験に及第して、弓矢を扱う術と、火を統御する術と、動物と一心になる方法とを伝授されたのである。
引用は以上。すなわち、大国主の優しさが鼠の行動を引き出し、根(ねの)堅州國(かたすくに)の修行で身に付けた大国主の強さが、大国主自身と鼠の一家を救ったのである。