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易経(周易)を読み解く 八四(天雷无妄 全体)

二五 天(てん)雷(らい)无(む)妄(ぼう) ―――乾天 ‥‥―震雷
互卦 五三風山漸  綜卦 二六山天大畜  錯卦 四六地風升
无妄、元亨利貞。其匪正正有眚。不利有攸往。
○无(む)妄(ぼう)は、元(おおい)に亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。其(そ)れ正しきに匪(あら)ざれば、眚(わざわい)有り。往(ゆ)く攸(ところ)有るに利(よろ)しからず。
 无(む)妄(ぼう)は至誠にして私心なく天の道に則って(天地自然の道に素直に順って)動くから、何事もすらすらと通るのである。
 常に正しい道(天地自然の道に素直に順うこと)を固く守るが宜しい。正しい道を守ることができなければ人災を招き寄せる。やることなすこと全て失敗する。

彖曰、无妄、剛自外來而爲主於内。動而健、剛中而應、大亨以正。天之命也。其匪正有眚、不利有攸往、无妄之往、何之矣。天命不祐、行矣哉。
○彖に曰く、无(む)妄(ぼう)は剛、外より來りて内に主と爲(な)り。動きて健、剛中にして應(おう)じ、大いに亨(とお)りて以て正し。天の命(めい)也(なり)。其(そ)れ正しきに匪(あら)ざれば眚(わざわい)有り、往(ゆ)く攸(ところ)有るに利(よろ)しからずとは、无(む)妄(もう)の往(ゆ)くは何(いずく)に之(ゆ)かん。天命祐(たす)けず、行かん哉(や)。
 彖伝は次のように言っている。无妄は天地否の時に初爻が陰陽反転して成(せい)卦(か)主(しゆ)(天災の主)となった形。天の如(ごと)く健やかに、間断なく(乾健)活動(震動)しているのである。剛健中正の九五が柔順中正の六二と相応じて、正しい道(天地自然の道に素直に順うこと)を固く守るので何事もすらすらと通る。それが天が命じていることだからである。
 正しい道(天地自然の道に素直に順うこと)を固く守れなければ(天災から)人災を招き寄せて、やることなすこと全て失敗する。无妄は無(む)為(い)自然に天災に順うべき時だからである。正しい道(天地自然の道に素直に順うこと)に外(はず)れて(人間の小賢しい智恵で対応して)何(ど)処(こ)に行くのか。天から見放されて、どうして進んで行くことができようか。

象曰、天下雷行、物與无妄。先王以茂對時育萬物。
○象に曰く、天の下(した)に雷(かみなり)行(ゆ)き、物(もの)與(みな)无(む)妄(ぼう)なり。先(せん)王(おう)以て茂(つと)めて時に對(たい)して、萬(ばん)物(ぶつ)を育す。
 大象伝は次のように言っている。天(乾)の下で雷(震)が轟(とどろ)き渡り、萬(ばん)物(ぶつ)を鼓動して各(おの)々(おの)その性質に順って天災などあらゆる事象が発動・発生するのが无妄の形である。
 昔の王さま(リーダー・指導者)はこの形を参考にして、勉(つと)めて天の時に中(あた)って対処して(春には春やるべきことをやり、秋には秋やるべきことをやるように天災など天地自然の道に素直に順って)、盛んに萬物を養い育てた(禍転じて福と成す)のである。

【以下、高島易断から占いとしての見立てを引用】
(占)あらゆることが望み通りにはいかない時。深く慎んで、何事にも恭しく柔順に振る舞い、无妄の時が終るのを待つしかない。慎みを忘れて、妄進すれば、天災と人災が続けて起こり、大凶に陥る。正しいことを行なっても、吃驚(びつくり)するほどの災難に襲われる。
昔の言葉に「神は善に福を与え、悪に禍を与える」とあるが、これは道德を「勧善懲悪」の一面から述べたに過ぎず、天雷无妄の時は善人が正しいことを行なったとしても、無闇に動けば必ず災難に襲われる。
ひたすら慎んで无妄の時が終るのを待つより外に対処法はない。
○何も考えずに、何も行なわないことを「可(よし)」とする時。
○希望を抱いてはならない。厭なことが次々に起こりかねない時。
○天の道に順って動くしかない。無為自然に対処する時。
○何かを欲して動けば凶。 ○無為自然に任せる時。
○何気ない行動がとんでもないハプニングに発展する。
○ひたすら天命(宿命)に順って行動する時。どんなに智恵を絞っても絶対にうまくいかない時。 ○至誠の心で対処する時。 ○正直な心で対処する時。
○真理は自然。天命に任せて、己の意志を持ってはならない。どんな形で吉凶が現れても、無為自然に対処する。妄動すれば過ちを犯す。禍福を求めずに天の道に順う。
○物価は高騰する。