毎日連載! 易経や易占いに関する情報を毎日アップしています。

時の物語 周易六十四卦 校正 12

二十五.運命に順う時

 運命には立命と宿命がある。立命は自力で切り開ける運命だが、宿命は天が定めた運命なので素直に順うしかない。天が定めた宿命に素直に順えば、自ずと時が変わって立命の時がやってくる。立命の時を全うすれば天命に近付いていく。天命に至るためには宿命と立命を何度も繰り返さなければならない。宿命は毎回姿を変えてやってくる。嬉しい宿命もあるが悲しい宿命もある。嬉しい宿命も悲しい宿命もそのまま受け容れるしかない。宿命は人を選ばず近付いてくる。嬉しい宿命が悪人に近付いてくる時もあるし、悲しい宿命が善人に近付いてくる時もある。大災害がきっかけで不幸になる善人もいるが、大災害がきっかけで幸せになる悪人もいる。どんな宿命でも素直に受け容れるしかない。

 「運命に順う時」の主人公は、母一人の貧しい家庭に育ち勉強も仕事も一生懸命頑張って結果を出している母親思いの「あなた(わたし)」である。

 わたしは貧しい家庭に育った。わたしが産まれて直ぐ父が他界し、母一人が働いてわたしを育ててくれた。二~三年は父の退職金で生活できたが、その後は母が働いてわたしを大学まで行かせてくれた。母の苦労を思うとわたしは頑張らないわけにはいかなかった。小さな頃から掃除や料理などできることをした。少しでも母を助けたかった。学校に行ってからは無我夢中で勉強した。なるべく学費がかからない公立学校に進み、大学は地元にある国立大学に進学。大学を卒業すると地元の会社に就職した。生活費はわたしが稼ぎ、母は家に居てもらい長年の疲れを癒やしてほしかった。会社は残業が多く休日出勤するほど忙しかったが、仕事は面白く一生懸命に働いた。二十代半ばには係長となり三十になったら課長になった。仕事中心で家で母と過ごす時間はあまりなかったが、二十八の時に職場結婚し妻には会社を辞めてもらい母と同居してもらった。以下省略。

二十六.力を蓄え世に尽くす時

 人生には早熟型と晩成型がある。早熟型は若いうちに世間から注目されるので華やかだが、若いうちに能力が開花すると長続きしないことが多い。アイドルやスポーツ選手等は年齢と能力が反比例しており、若いほど能力が高く年齢を重ねるほど能力が衰える。若い時はチヤホヤされるが、年齢を重ねて能力が衰えると世間から忘れ去られて惨(みじ)めな人生を送る人が少なくない。以上のことから、早熟型よりも晩成型の人生が幸せな人生を送ることができる。大器晩成というが、晩成型の人生の方が人間的に成長して、世のため人のために貢献することができる。「力を蓄え世に尽くす時」は世のため人のために思いを馳せて社会に貢献する大器晩成の人生を歩む時である。

 「力を蓄え世に尽くす時」の主人公は起業家として社会に貢献することを天命と心得て、「経営の神さま」と呼ばれるようになった「あなた(わたし)」である。
 (この物語は「経営の神さま」と呼ばれた松下幸之助の人生を参考にしている。)

 父は事業家として財を成した人だったので、わたしは小さい頃、何不自由なく裕福な生活を送っていた。やがて父が事業に行き詰まって破産した。小学校四年生だったわたしは親戚の家に引き取られることになった。親戚の家は子沢山で裕福ではなかった。わたしを中学校に通わせるのが精一杯だった。わたしは中学を卒業すると地元の零細企業に住み込みで働かせてもらうことになった。仕事は難しくはなかったが、生まれつき身体の弱いわたしは体力的に辛く、毎日歯を食いしばって働いた。住み込みで食事も出た。給料はほとんど使わず、将来のためにコツコツ貯金した。社長は読書が趣味で本棚には沢山の本があった。世の中は学歴社会なので、中学しか出ていないわたしは知識を習得することが必要だと思っていた。社長に勉強するので本を貸して欲しいと頼んだところ、社長は快く本を貸してくれた。社長の本棚には「社長の心得」「従業員の育て方」など経営に関する本が沢山揃っていた。以下省略。