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易経 繋辞上伝を読み解く 第八章 三

【天下同人五爻】
同人先號咷而後笑。子曰。君子之道。或出或處。或默或語。二人同心。其利斷金。同心之言。其臭如蘭。
〇人に同じくするに先には號(ごう)咷(とう)して後には笑ふ。子曰く、君子の道は、或は出(い)で或は處(お)り、或は默(もく)し或は語る。二(に)人(にん)、心を同じくすれば、其利、金を斷(た)つ。心を同じくするの言は、其(その)臭(におい)、蘭の如し。
 天火同人の九五の爻辭に「人に同じくするに先には號(ごう)咷(とう)して後には笑ふ(滅私奉公を志す君子が人と和合して事を行なおうとした場合、始めは孤立して泣き叫ぶこともあろう。しかし最後には人から理解されて共に大いに悦び大いに笑う)」とある
 孔先生がおっしゃった。「君子が歩む道は色々ある。社会に出て仕える人もあれば、社会から退いて野に下る人もある。沈黙を守る人もいれば、雄弁に語る人もいる。君子が二人、ひとたび心をひとつにすれば、その力は堅い金属を断ち切るほどの鋭さをもち、その言葉は蘭の花の香りのように豊かで奥深いものとなる。」

【澤風大過初爻】
初六。藉用白茅。无咎。子曰。苟錯諸地而可矣。藉之用茅。何咎之有。愼之至也。夫茅之爲物薄。而用可重也。愼斯術也以往。其无所失矣。
〇初六、藉(し)くに白(はく)茅(ぼう)を用ふ。咎无し。子曰く、苟(いやしく)も諸(これ)を地に錯(お)きて可なり。之に藉(し)くに茅(ちがや)を用ふ。何の咎か之れ有らん。愼むの至り也。夫れ茅(ちがや)の物たる薄けれども、用は重かる可き也。斯(こ)の術を愼みて以て往けば其れ失ふ所无し。
 澤風大過の初爻の爻辭に「初六、藉(し)くに白(はく)茅(ぼう)を用ふ。咎无し(初六は、潔白な茅を祭器の下に敷くように恐(きよう)懼(く)戒(かい)慎(しん)する。それゆえ、あらゆる事象の枠組みが壊れそうな大過の時であっても、咎を免れる)」とある。何事であっても畏れ慎み事を行なえば、大過という危険な時であっても、咎められるような過失を免れるのである。
 孔先生がおっしゃった。「神様をお祭りするのは元々質素でよいが、供物を地べたに置いても差し支えない場合でも、清潔な白い茅(ちがや)の葉を供物の下に敷くような心がけがあれば、咎められるような過失を犯すことはない。このような態度は、慎しむ心の至れるものだからである。茅(ちがや)の葉は、それ自体は取るに足りないものであるが、用い方によっては重要な役割を果たす。以上のような心がけを肝に銘じて物事に中れば、いかなる場合であっても、失敗するようなことはないのである。」