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人生に役立つ易経 雷地豫

 地山謙には「君子終(おわり)有り。」とあった。三爻が君子だからこそ謙って黒子に徹する任務を遂行できるのだと。ところが雷地豫には「侯(きみ)を建(た)て師(いくさ)を行(や)るに利(よろ)し。」とある。役員である四爻を全面的に立てて大々的に動くが宜しいというのである。同じ一陽五陰の時でも爻の位が一つ違うだけで全く違った内容になる。これが易経の面白いところである。すなわち、「時処位(ときところくらい)」によって対処法が全く異なるのである。
 地山謙は三爻の君子が謙って黒子に徹したから組織はよくまとまった。それは爻辞に表れている。ところが雷地豫は四爻の役員(本来はトップを補佐する側近)が表舞台で「悦び楽しみ(豫の意味)」堂々と組織を制御しようとした。その結果、四爻に媚び諂う人々が多くなり、組織はギクシャクするようになった。それもまた爻辞に表れている。
 自然現象に当て嵌めると、大地の下に潜んでいる地雷復☷☳が「冬の雷」に例えられるのに対して、大地の上に出て轟き渡る雷地豫☳☷は「春の雷」に例えられる。

 以上が雷地豫の概要である。
 ここから先は原文(漢文と書き下し文)を示した上で、初心者でも理解できるように意訳していく。

豫、利建侯行師。
○豫(よ)は、侯(きみ)を建(た)て師(いくさ)を行(や)るに利(よろ)し。
 豫は悦び楽しむ時である。一陽九四に五陰が順い動く。地中に潜蔵していた陽気が雷動(春雷)で地上に出て、草木は芽を出し、花が咲き、天地萬物悦楽する。
 喜び楽しむ豫の時は、側近に任せて組織を運営するが宜しい。側近は部下や民衆を悦楽させ、組織に対する反逆を制圧する。
(公田連太郎述「易経講話二」明德出版社には、豫の字の本義について説明している。以下、要約して引用する。「豫の字の本義は、大きい象(ぞう)である。説文の注によれば、ゆっくりとしてゆるやかなるものである。心が広く、ゆったりとして、ゆとりがあるので、悦び楽しむことができるのである。ゆったりとしておるので、あらかじめ後の備えをすることもでき、落ちついて楽しむこともできるのである。説文には『豫は象の大なる者なり』とあり、その注に『此れ豫の本義なり。大なれば必ず寛裕なり。故に事に先だちて備う、之を豫と謂う』といってある。また、悦楽の豫が行き過ぎたのが、遊び楽しむの豫となるのである。以上、要約して引用した。)以下省略。