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山縣大弐著 柳子新論 川浦玄智訳注 現代語訳 その二二

 則(すなわ)ち陋(ろう)劣(れつ)庸(よう)惡(あく)、亡(ぼう)命(めい)無(ぶ)頼(らい)の徒(と)、その間(かん)に濫(らん)吹(すい)し、而(しか)して奇(き)邪(じや)の術(じゆつ)を挟(はさ)み、人を欺(あざむ)き民(たみ)を誣(し)ひ、放(ほう)蕩(とう)縦(じゆう)恣(し)、大いに賭場(とば)を開き、竊(ひそか)に罪人を匿(かく)し、子弟を誑(きよう)誘(ゆう)し、良(りよう)民(みん)を眩(げん)惑(わく)する者、蓋(けだ)しその半(なかば)に居(お)る。且(か)つや近世(きんせい)の處刑(しよけい)たる、その罪(つみ)死(し)に至らざる者は、或(あるい)は黥(げい)し或(あるい)は髠(こん)し、或(あるい)は笞(ち)杖(じよう)を加(くわ)へ、而(しか)して後(のち)その財を籍沒(せきぼつ)し、その身を放逐(ほうちく)す。則(すなわ)ち星散(さん)歸(き)する所なき者、勝(あ)げて計(はか)るべからず。而(しか)してその暴惡(ぼうあく)は、固(もと)より輕刑(けいけい)の能(よ)く懲(こら)す所(ところ)に非(あら)ず。則(すなわ)ち或(あるい)は自らその過(あやまち)を改め、以(もつ)てその業に就(つ)く能(あた)はず。ここを以(もつ)て親戚に寄(よ)らんと欲すれば、則(すなわ)ち擯(ひん)してこれを斥(しりぞ)け、僚(りよう)友(ゆう)に託(たく)せんと欲すれば、則(すなわ)ち禁じてこれを錮(とど)む。これをして衣食の計(はかりごと)なく、身を容(い)るるの地なからしむれば、則(すなわ)ち窮(きゆう)困(こん)これより甚(はなは)だしきはなし。小(しよう)人(じん)窮(きゆう)すればここに濫(らん)す、況(いわ)んやその性の固有する所、死(し)灰(はい)寧(なん)んぞ復(ま)た然(も)えざらんや。遂(つい)に郷(きよう)党(とう)閭(りよ)里(り)の間(あいだ)に群聚し、竊盗(せつとう)攘(じよう)奪(だつ)して、以(もつ)て人の産(さん)を妨(さまた)げ、剪(せん)綹(りゆう)誆(きよう)騙(へん)して、以(もつ)て人の生を害(がい)す。かくの如(ごと)き者、亦(また)少(すくな)しとなさず。これ皆蒼(そう)生(せい)を蟊(ぼう)賊(ぞく)し、禍(わざわい)の國家に及ぶ者、見て以(もつ)て常態となすべからざるなり。宜しく編伍の制を復し、戸籍の法を明らかにし、戴(たい)毛(もう)含(がん)齒(し)の属をして、上には管する所あり、下には由る所あり、綱(つな)擧(あが)り目(め)張(は)り、掛(かい)漏(ろう)の謗(そしり)を容れざらしむべし。しかる後(のち)土(ど)著(ちよ)の俗(ぞく)成(な)り、刑(けい)措(お)くの化(か)行(おこな)はれん。その治國の道に於いて、庶(しよ)幾(き)は以(もつ)て一變(いつぺん)をなすべきなり。
 
 すなわち、心が狭(せま)く卑(いや)しい人、品性下劣な輩(やから)が、どんどん亡命者(郷土の戸籍を脱して逃亡する者)として、日本各地に蔓延(はびこ)り、奇(き)妙(みよう)で邪(じや)心(しん)に満ち溢(あふ)れた詐(さ)術(じゆつ)を用いて、人を騙(だま)し、民衆を誑(たぶら)かしている。その放(ほう)蕩(とう)ぶりは止まるところを知らず、彼方此方(あちこち)で賭場(とば)を開き、密(ひそ)かに罪人を匿(かくま)って、若い衆を誑(たぶら)かして悪の道に誘う。若い衆の半数近くがその眩(げん)惑(わく)に吸い寄せられる。
 近世における罪人の処刑方法は、死罪に至らない人については、ある場合には「刑罰として身体に入れ墨をする墨(ぼつ)刑(けい)」が適用され、ある場合には「墨(ぼつ)刑(けい)とともに、犯罪者を一般の人々と区別するために例外的に用いられた片(かた)鬢(びん)剃(ぞり)(鎌倉幕府法以降に認められた片側の髪(かみ)を剃(そ)り落とす肉刑の一種・ブリタニカ国際大百科事典)」が適用され、ある場合には「笞(むち)や杖(つえ)」を用いて鞭打ちに処する刑を執行して、罪人に制裁を加えて、二度と犯罪に手を染めないように導くものである。
 郷里の一員として共同生活を営む意志のない人に配慮する必要はない。無(ぶ)頼(らい)漢(かん)どもの放(ほう)蕩(とう)ぶりを抑制するためには、極刑(きよつけい)を以て対処するしか方法がない。
 以上のような刑罰を執行しても、無(ぶ)頼(らい)漢(かん)どもが心を改めて、正式な職業に就こうとするわけではない。もし、職業に就こうとしたとしても、誰も彼らを雇わない。親戚に身を寄せようとしても、親戚の人は人目が悪いので彼らを家の中には入れようとしない。昔の仲間を頼ろうとしても、昔の仲間は世間体を気にするので彼らを家の中に閉じ込めて外出させない。よって、犯罪歴のある無(ぶ)頼(らい)漢(かん)どもは衣食住に事欠くようになり、安心して居住できる場所がなくなる。大いに困窮するのである。
 論語に「小人窮(きゆう)すればここに濫(らん)す(小人・凡(ぼん)庸(よう)な人物は、困窮する事態に陥るとパニック状態になる)」とあるが、無(ぶ)頼(らい)漢(かん)のような生まれつき性(しよう)悪(わる)な人間は、「火の気がない灰が再び燃え上がる(注)」ように、再び犯罪を起こしかねない。挙(あ)げ句(く)の果てには、無(ぶ)頼(らい)漢(かん)どもが日本国中の郷土や村(むら)里(ざと)に屯(たむろ)して、郷土や村(むら)里(ざと)の人々から窃盗(せつとう)や収(しゆう)奪(だつ)を行い、平和な村落の生活を破壊し、悪事を積み重ね、村人を欺(あざむ)き誑(たぶら)かして、善良な人々に害悪を及ぼしかねない。このような無(ぶ)頼(らい)漢(かん)が少なからず存在していることは、実に由々(ゆゆ)しき事態である。
 以上のことは、いずれも、多くの人々に害悪を及ぼし、災難は国家に及ぶことになる。これを常態化することはあってはならない。心して五人組制度を復活させ、戸籍の法整備をしっかりと行い、日本人であれば戸籍法に属することを当たり前のこととすべきである。その上で、役人は戸籍法をきちんと管理して、住民は戸籍法を拠り所として、戸籍法をしっかりと社会に普及し、法律に抜け穴がないように整備すべきである。以上が実現すれば、日本国中の郷土や村落における風俗が改善し、犯罪に手を染める人が少なくなるであろう。国を治めるためには、現状を一変させる取り組みを、多くの国民が庶(こい)幾(ねが)っているのである。