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山縣大弐著 柳子新論 川浦玄智訳注 現代語訳 その三二

 故(ゆえ)に士の秩(ちつ)祿(ろく)ある者も、身を終(お)ふるまでその美を服すること能(あた)はず。而(しか)して累(るい)世(せい)その精を用(もち)ふること能(あた)はず。豈(あ)にただに衣服器(き)玩(がん)をのみ然(しか)りとなさんや。薪(まき)蒭(まぐさ)魚(さかな)盬(しお)、五(ご)土(ど)の利より、鍛(か)冶(じ)陶(とう)鑄(ちゆう)、百工(ひやつこう)の事に至るまで、一に商(しよう)旅(りよ)の占(し)むる所となり、則(すなわ)ち物(ぶつ)價(か)の騰(とう)躍(やく)、端(たん)倪(げい)すべからず。而(しか)して天下の幣(へい)、悉(ことごと)く市(いち)鄽(みせ)の間に集まる。故(ゆえ)に今の世、公(こう)侯(こう)百(ひやく)里(り)の國(くに)も、以(もつ)てその孤(こ)獨(どく)を恤(あわれ)むに足らず。卿(けい)相(しよう)萬(ばん)戸(こ)の封(ほう)も、以(もつ)てその矜(かん)寡(か)を憐れむに足らず。大(たい)夫(ふ)も以(もつ)てその家事を治むるに足らず。士も以(もつ)てその妻(さい)孥(ど)を養(やしな)ふに足らず。農工も皆以(もつ)てその債(さい)を償(つぐな)ふに足らず。足らざれば則(すなわ)ちこれを商(しよう)賣(ばい)に假(かり)る。一歳の息(そく)、或(あるい)はその母に倍(ばい)蓰(し)し、衣を賒(おぎの)り財を典(おこ)し、及び妻(さい)孥(ど)を質となす者あるに至る。天下の不(ふ)利(り)孰(いづ)れかこれより大ならん。この時に當(あた)り、俗(ぞく)吏(り)の政(まつりごと)をなすや、群(ぐん)議(ぎ)終(しゆう)日(じつ)、卒(つい)に一(いつ)策(さく)をも得る能(あた)はず。徒(いたずら)に聚(しゆう)斂(れん)附(ふ)益(えき)を務め、此(これ)を取り彼(かれ)を忘れ、怱(そう)々(そう)として東西に奔(ほん)走(そう)すれども、曾(か)つて一(いち)賣(あきない)豎(こども)をだに制すること能(あた)はず。また何ぞ一(いつ)朝(ちよう)の食に益あらんや。然(しか)らば則(すなわ)ちこれを如(い)何(か)にせん。いはく、商(あきない)は天下の賤(せん)民(みん)なり。天下の賤(せん)民(みん)にして、天下の豪(ごう)富(とみ)に居り、肥(ひ)を食(く)ひ輕(けい)を衣(き)る、固(もと)よりその所(ところ)に非(あら)ざるなり。しかるに縦(ほしいまま)に天下の財を廢(はい)居(きよ)し、天下の貨を出(すい)納(とう)す。罪また大ならずや。何んぞその官を建て、その法を立て、これをして農と共に食ひ、工と與(とも)に居らしめ、凡(ぼん)百(ぴやく)の玩(がん)好(こう)、一切これを禁じ、高(こう)閣(かく)重(ちよう)門(もん)、一切これを止め、從(したが)はざる者はこれを刑し、改めざる者はこれを罰せざる。これを賣(う)る者多く、而(しか)してこれを買ふ者少なければ、則(すなわ)ち居(お)く所の者は必ず廢(はい)し、聚(あつ)むる所の者は必ず散ず。散ずる者多ければ則(すなわ)ち售(う)れず、售(う)れざれば則(すなわ)ち必ずその價(あたい)を減(げん)ぜん。而(しか)して後(のち)能(よ)くその真(しん)贋(がん)を辨(べん)じ、能(よ)くその精(せい)粗(そ)を明らかにし、利多き者はこれを征(せい)し、蓄(たくわえ)多き者はこれを賦(ふ)す。かくの如(ごと)くなれば則(すなわ)ち物(ぶつ)價(か)自ら平らかにして、貨(か)財(ざい)自ら通ぜん。
 
 それゆえ、役人として俸禄を貰っている武士も、生涯に渡って美しい木綿の服を着ることができない。代々に渡って良質な「刀の取っ手」を手に入れることができない。それは、衣服や刀のような趣味嗜好品に止まらない。
 山で採れる薪や材木、海で採れる魚や塩など「山林・川沢・丘陵・平地・原野(注)」から生み出される産物から、鍛冶屋が製造する刃物や釘・鉄砲や陶器、鋳造された金属など職人が製造する工業製品に至るまで、全てが大商人が独占所有するところとなる。それゆえ、物不足となり物価はどんどん上昇してハイパーインフレとなり、もはや看過することができないほどの状態に陥る。
 そして天下の通貨は、悉く市場やお店がある所に集まる。大名や諸侯が統治している大きな藩でも、大名や諸侯の下にあるべき通貨が不足しているから、妻のいない老人や夫のいない老女など社会的弱者を救済することができない。家老がお殿様を補佐しようと思っても通貨がなければどうすることもできない。家老に仕える武士も通貨がなければ、妻や子供を養うことができない。農業を営んでいる人や職人も、通貨がなければ借金を返すことができない。通貨が足りなければ商売をして通貨を手に入れるしか方法がない。それゆえ、高利な借金の返済に充てるために自分の子供や母親を担保として衣服を掛けで仕入れて販売し通貨を手に入れたり、妻や子供を担保として通貨を手に入れようとする人まで現れる。
 高利な借金を返済するために家族を犠牲にすることは、天下国家における大きな損害である。このような状況にありながら、低俗な幕府役人のやっているお役所仕事ときたら、終日ダラダラ会議を繰り返しているだけで、何も効果的な対策を打とうとはしない。馬鹿の一つ覚えのように民衆から税金を取り立てて幕府の財政を富を増やそうとしている。幕府の富を増やすためならば、民衆の懐具合などお構いなしに、慌ただしく東西南北を奔走するくせに、未だかつて一人の商人すら制御することができない。民衆が一時的に食事を得られたとしても、どうして、単純に喜ぶことができようか。このような状況を改めるためには、一体何をどうしたらよいのであろうか。わたしは次のように考えている。
「商売人は天下国家の賤しい人々である。だが、その賤しい人々が天下国家の富を占有しており、脂の乗った肉をたらふく食べて、華やかな絹の着物を身に纏(まと)っている。本来ならば、賤しい人々が、そのような境遇にあることは許されない。
しかしながら、賤しい存在であるはずの大商人が、自由自在に天下国家の財産を殖やしたり減らしたり操作して、天下国家の財政を独占的に管理している。何と罪が大きいことであろうか。どうして、商人を監視するための役所を設置して商売を規制する法律を作り、農民や職人と同じように社会の一員としての役割分担を負わすことができないのか。どうして、どうして、高楼(高くて立派な建物)や幾重にも重なった門を建設するなどの贅沢三昧を規制しないのか。どうして、法律に従わない商人には刑を与え、刑を与えても心を改めない商人を罰しないのか。
 商売を規制する法律を作れば、同じ商品を販売する商人が多く、その商品を購入する人が少ない場合、商人はその商品の取り扱いを止めたり、何らかの方法で処分する。このような商品は売れない商品である。売れない商品は価格を引き下げなければ売れ残る。だから必ず価格を引き下げることになる。
 このように市場原理が働けばその商品が本物か偽物かをよく判断し、その商品の品質を吟味するようになるので商品の良否が判断できるようになる。商人は商品を精査するようになり、多くの利益を得た商人には課税する。このように、商人が富を占有している市場の仕組みを規制すれば、物価は自ずと平準化して経済活動は程良く循環するようになる」。