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天命に生きる 実語教 童子教 の教え(一部掲載)

 富貴の家に入るといえども、
 財無き人の為には、なお霜の下の花の如し。
 貧(ひん)賤(せん)の門(かど)を出(い)ずるといえども、
 智有る人の為には、あたかも泥(でい)中(ちゆう)の蓮(はす)の如し。

 裕福な家に生まれた人や嫁いだ人でも(富貴の家に入るといえども)、人間としての財産(才智・見識・胆識等の人間的な魅力)が乏しい人は(財無き人の為には)、霜の下に花が咲いているように直(す)ぐに枯れて(人間としての信頼を失って)しまう(なお霜の下の花の如し)。貧乏な家に生まれた人や嫁いだ人でも(貧賤の門を出ずるといえども)、努力して智恵(見識や胆識)を磨き上げた人は(智有る人の為には)、泥の中でも咲いている蓮(はす)の花のように、美しい花を咲かせる(多くの人から人間として信頼される)ことができる(あたかも泥中の蓮の如し)。


嘗(かつ)ての日本人は「天命に生きる」人生を歩んでいた。「実語教」や「童子教」など、古くから伝わる日本の教えを學んだからである。今の日本人は古くから伝わる日本の教えを學ばなくなってしまった。そろそろ、日本の教えを取り戻さないと、日本が日本でなくなってしまう。そんな思いで本書を書いた。

実語教では「天命」のことを「天地」といい、それは「父母」と「孝」、あるいは「師君」と「仕」の相互作用で成り立つ。そのことを「父母は天地の如く、師君は日月の如し。(中略)父母には朝夕に孝せよ。師君には昼夜に仕えよ」と書いてある。

童子教では「天命」のことを「仏」といい、それは「仏道を求む」と「仏道を成ず」の相互作用で成り立つ。そのことを「(前略)花を折って仏に供する輩(ともがら)は 速やかに蓮(れん)台(だい)の趺(はなぶさ)を結ぶ。上は須(すべから)く仏道を求むべし 中(なか)ばは四(し)恩(おん)を報ずべし。下(しも)は徧(あまね)く六(ろく)道(どう)に及ぶ 共に仏道を成(じよう)ずべし」と書いてある。

実語教と童子教が普及したのは、江戸時代に寺子屋のテキストとして用いられたからである。実語教は平安時代の終わり頃に成立したと言われ、明治時代になっても読まれていたという。何と千年近く子供たちのテキストとして読まれ続けてきたのだ。童子教は鎌倉時代の終わり頃に成立したと言われている。いずれにしても、長い期間にわたって子供たちは「実語教」と「童子教」を読んで人格を形成した。

今の「自分のために生きる」日本人に、是非、「実語教」と「童子教」を読んでいただき、「天命を生きる」人生を歩んでほしいと思う。

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