第一章 天命に生きる実語教と童子教の教え
論語の教えをベースに日本独自の価値観を加味した道徳規範として平安時代から江戸時代まで千年近くも読まれ続けた実語教。実語教の道徳規範に仏教の教えを加えて鎌倉末期に生まれて明治の初期まで読まれ続けた童子教。共に広く普及したのは江戸時代である。両書を一冊に綴った冊子が寺子屋のテキストとして広く用いられた。いずれも原文は漢文で、それを読み下して素読していた。リズミカルな文体ゆえ素読すると自然と暗記できるようにできている。
日本の古典を現代語訳して多数の本を出版している齋藤孝先生によると、実語教は今の小学校低学年向けに人間の基本的な生き方を伝えるものだという。童子教はもう少しレベルを上げて、高学年向けの人生の教科書といった内容になっているという。

嘗(かつ)ての日本人は「天命に生きる」人生を歩んでいた。「実語教」や「童子教」など、古くから伝わる日本の教えを學んだからである。今の日本人は古くから伝わる日本の教えを學ばなくなってしまった。そろそろ、日本の教えを取り戻さないと、日本が日本でなくなってしまう。そんな思いで本書を書いた。
実語教では「天命」のことを「天地」といい、それは「父母」と「孝」、あるいは「師君」と「仕」の相互作用で成り立つ。そのことを「父母は天地の如く、師君は日月の如し。(中略)父母には朝夕に孝せよ。師君には昼夜に仕えよ」と書いてある。
童子教では「天命」のことを「仏」といい、それは「仏道を求む」と「仏道を成ず」の相互作用で成り立つ。そのことを「(前略)花を折って仏に供する輩(ともがら)は 速やかに蓮(れん)台(だい)の趺(はなぶさ)を結ぶ。上は須(すべから)く仏道を求むべし 中(なか)ばは四(し)恩(おん)を報ずべし。下(しも)は徧(あまね)く六(ろく)道(どう)に及ぶ 共に仏道を成(じよう)ずべし」と書いてある。
実語教と童子教が普及したのは、江戸時代に寺子屋のテキストとして用いられたからである。実語教は平安時代の終わり頃に成立したと言われ、明治時代になっても読まれていたという。何と千年近く子供たちのテキストとして読まれ続けてきたのだ。童子教は鎌倉時代の終わり頃に成立したと言われている。いずれにしても、長い期間にわたって子供たちは「実語教」と「童子教」を読んで人格を形成した。
今の「自分のために生きる」日本人に、是非、「実語教」と「童子教」を読んでいただき、「天命を生きる」人生を歩んでほしいと思う。