師に会うといえども學ばざれば、
徒(いたずら)に市(いち)人(びと)に向かうが如し。
どんな素晴らしい先生に教わっても(師に会うといえども)、自主的に学ぶ気持ちがなければ(学ばざれば)、平凡な先生から教わっているのと変わらない(徒に市人に向かうが如し)。
わたしの経験で言えば、安岡正篤先生に私淑(直接教えを受けられないが、その人を師匠と慕って学ぶこと)しても、安岡先生の著作を何度も何度も読み込んで自分の言葉で語れるようにならなければ、安岡先生に私淑している意味がない。
夢甲斐塾で上甲晃先生から指導を受けても、上甲先生を人生の師と仰いで人生の模範とする気持ちで修養(徳性を磨き人格を高めることを)しなければ、上甲先生から指導を受けている意味がない。以下同様。松下幸之助、林英臣先生等

嘗(かつ)ての日本人は「天命に生きる」人生を歩んでいた。「実語教」や「童子教」など、古くから伝わる日本の教えを學んだからである。今の日本人は古くから伝わる日本の教えを學ばなくなってしまった。そろそろ、日本の教えを取り戻さないと、日本が日本でなくなってしまう。そんな思いで本書を書いた。
実語教では「天命」のことを「天地」といい、それは「父母」と「孝」、あるいは「師君」と「仕」の相互作用で成り立つ。そのことを「父母は天地の如く、師君は日月の如し。(中略)父母には朝夕に孝せよ。師君には昼夜に仕えよ」と書いてある。
童子教では「天命」のことを「仏」といい、それは「仏道を求む」と「仏道を成ず」の相互作用で成り立つ。そのことを「(前略)花を折って仏に供する輩(ともがら)は 速やかに蓮(れん)台(だい)の趺(はなぶさ)を結ぶ。上は須(すべから)く仏道を求むべし 中(なか)ばは四(し)恩(おん)を報ずべし。下(しも)は徧(あまね)く六(ろく)道(どう)に及ぶ 共に仏道を成(じよう)ずべし」と書いてある。
実語教と童子教が普及したのは、江戸時代に寺子屋のテキストとして用いられたからである。実語教は平安時代の終わり頃に成立したと言われ、明治時代になっても読まれていたという。何と千年近く子供たちのテキストとして読まれ続けてきたのだ。童子教は鎌倉時代の終わり頃に成立したと言われている。いずれにしても、長い期間にわたって子供たちは「実語教」と「童子教」を読んで人格を形成した。
今の「自分のために生きる」日本人に、是非、「実語教」と「童子教」を読んでいただき、「天命を生きる」人生を歩んでほしいと思う。