富(とみ)は是(これ)一生の財(たから)、身滅すれば即(すなわ)ち共に滅す。
智は是(これ)万(ばん)代(だい)の財(たから)、命(いのち)終(おわ)れば即(すなわ)ち随(したが)って行く。
富(経済力・保有する資産や財産・保有する人材等)は、生まれてから死ぬまでは役に立つ(一生の)宝のようなものだが、死んでしまえばあなたには何の役にも立たない(共に滅す)無用の長物である。あなたが遺した富はあなたの子孫や関係者の役に立つこともあるが、多くの場合は争いの種となる。
智恵(知識を見識や胆識に昇華したあなたの人間的な魅力)は後世に残せる(子孫や関係者によい影響を与える)宝のようなもの(万代の財)である。あなたが死んだ後でも(世のため人のために生きたあなたの人間的な魅力は様々な形で)子々孫々まで受け継がれて、世の人々を私利から利他の心へ徳化して(思いやりのがある人間に教え導いて)いく。

嘗(かつ)ての日本人は「天命に生きる」人生を歩んでいた。「実語教」や「童子教」など、古くから伝わる日本の教えを學んだからである。今の日本人は古くから伝わる日本の教えを學ばなくなってしまった。そろそろ、日本の教えを取り戻さないと、日本が日本でなくなってしまう。そんな思いで本書を書いた。
実語教では「天命」のことを「天地」といい、それは「父母」と「孝」、あるいは「師君」と「仕」の相互作用で成り立つ。そのことを「父母は天地の如く、師君は日月の如し。(中略)父母には朝夕に孝せよ。師君には昼夜に仕えよ」と書いてある。
童子教では「天命」のことを「仏」といい、それは「仏道を求む」と「仏道を成ず」の相互作用で成り立つ。そのことを「(前略)花を折って仏に供する輩(ともがら)は 速やかに蓮(れん)台(だい)の趺(はなぶさ)を結ぶ。上は須(すべから)く仏道を求むべし 中(なか)ばは四(し)恩(おん)を報ずべし。下(しも)は徧(あまね)く六(ろく)道(どう)に及ぶ 共に仏道を成(じよう)ずべし」と書いてある。
実語教と童子教が普及したのは、江戸時代に寺子屋のテキストとして用いられたからである。実語教は平安時代の終わり頃に成立したと言われ、明治時代になっても読まれていたという。何と千年近く子供たちのテキストとして読まれ続けてきたのだ。童子教は鎌倉時代の終わり頃に成立したと言われている。いずれにしても、長い期間にわたって子供たちは「実語教」と「童子教」を読んで人格を形成した。
今の「自分のために生きる」日本人に、是非、「実語教」と「童子教」を読んでいただき、「天命を生きる」人生を歩んでほしいと思う。