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易経(周易)を読み解く 百三(澤山咸 四五上)

九四 ‥―― ―‥‥ (澤山咸)之卦 三九水山蹇
九四。貞吉悔亡。憧憧往来、朋從爾思。
○九四。貞(ただ)しければ吉にして悔(くい)亡(ほろ)ぶ。憧(しよう)憧(しよう)として往(おう)来(らい)すれば、朋(とも)爾(なんじ)の思いに從(したが)う。
 九四の大臣(九五の側近)は剛健不中正(陽爻陰位)で優柔不断である。九三(股(もも))と九五(脊(せき)柱(ちゆう)・脢(せじし))の間に居るから心臓或いは心に喩(たと)える。すなわち、九四は心臓或いは心に喩(たと)えられるから、感ずる道を説く咸の成卦主(主人公)である。それゆえ正しい道を固く守れば宜しきを得て、後悔することもない。
 けれども、九四は正応初六と心(こころ)彷徨(さまよ)いながら往来する(初六は感じるところが弱いのでなかなか動かないので手こずる)。柔順な初六は九四に随って動き出すが、不正同志なので、広く民と感応することはできない。
象曰、貞吉悔亡、未感害也。憧憧往来、未光大也。
○象に曰く、貞(ただ)しければ吉にして悔(くい)亡(ほろ)ぶとは、未(いま)だ感の害あらざる也。憧(しよう)憧(しよう)として往来するは、未(いま)だ光(こう)大(だい)ならざる也。
 小象伝は次のように言っている。正しい道を固く守れば宜しきを得て、後悔することもない。正しくして邪(じや)心(しん)がなければ、感応の道を外れないのである。正応初六と心(こころ)彷徨(さまよ)いながら往来しても、広く民(たみ)と感応することはできない。すなわち、大臣・側近としての役割は全うできないのである。

【以下、高島易断から占いとしての見立てを引用】
(占)大雑把な人が毎日細かいことに気を遣って、君子や小人の隔てなく、誰に対しても、にこやかに対応しようとする。どんな小さな事にも心を配るので、精神的に疲れ切ってしまう恐れがある。物事には大小軽重がある。それを察することなく苦労するのは、頭の悪い証拠である。目下の人を助けようとして、世話を焼く時でもある。
○憧れを抱いてウロウロするが、不正なことに手を染める。私心に従えば、同類の友達と逢うが、遠くまで行くことはできない。

九五 ‥―― ―‥‥ (澤山咸)之卦 六二雷山小過
九五。咸其脢。无悔。
○九五。其(そ)の脢(せじし)に咸(かん)ず。悔(くい)无(な)し。
 九五は剛健中正で君位(組織のトップの地位)に在り、六二・上六に応比している。上六(口)と九四(心臓、心)の間だから脢(せじし)(背中の肉)に喩える。
 脢(せじし)(背中の肉)には感じる力が鈍いから君位(組織のトップの地位)に在るのに隠(いん)遁(とん)した世捨て人のように世事に感応しない。それゆえ後悔することもない。
象曰、咸其脢、志末也。
○象に曰く、其の脢(せじし)に咸(かん)ずとは、志(こころざし)末(すえ)なる也(なり)。
 小象伝は次のように言っている。脢(せじし)(背中の肉)に喩えられる九五は君位(組織のトップの地位)に在るのに隠(いん)遁(とん)した世捨て人のように世(せ)事(じ)に感応しない。君主(組織のトップ)としての志があまりにも狭(きよう)小(しよう)だからである。

【以下、高島易断から占いとしての見立てを引用】
(占)忠実で心正しく、志を抱いている人物。至誠の心で目下の人々に感応して立ち上がる。このようであれば、悔いることもなく、志を実現することができるのだが…。
○どんなことでも、小事はできるが、大事はできない時である。
○後世の人々に感心されることがある。しかし、現代の人々には全く評価されない。

上六 ‥―― ―‥‥ (澤山咸)之卦 三二天山遯
上六。咸其輔頬舌。
○上六。其(そ)の輔(ほ)頬(きよう)舌(ぜつ)に咸(かん)ず。
 上六は陰柔不中で我(が)が強い佞人(上卦兌)である。正応九三も我が強い(下卦艮には頑固と云う性質がある)ので佞人上六を疎(うと)んじて六二に親しむ。輔(ほ)は頬(ほお)骨(ぼね)、頬は「ほお」、舌は「した」、言葉を発する器官である。上六は上卦兌(悦)の主爻で咸の卦極に居(い)るから、感じるままに言葉を発して、口先ばかりで誠意がないのである。
象曰、咸其輔頬舌、滕口説也。
○象に曰く、其(そ)の輔(ほ)頬(きよう)舌(ぜつ)に咸ずとは、口(こう)説(ぜつ)を滕(あ)ぐる也。
 小象伝は次のように言っている。上六は上卦兌(悦)の主爻で咸の卦極に居(い)るから、感じるままに言葉を発して口先ばかりで誠意がない。佞(ねい)言(げん)で人を言いくるめようとする小(しよう)人(じん)(器量が小さく心が浅く口先ばかり達者で軽薄な佞(ねい)人(じん))の醜(しゆう)態(たい)である。

【以下、高島易断から占いとしての見立てを引用】
(占)弁舌が達者ゆえ言論で人を感服させようとする。
○人を感服させるには至誠の心が必要であることを知るべきである。