明治十九年出版 高島易断 現代語訳(一部掲載)
幼い時に父から四書五経の素読を習ったけれども、義理(世の道理)の何たるかを弁えていなかった。だが、十四歳の時に肥前(佐賀と長崎)の人が蘭学者の武弥右衛門に学ん…
易経や易占いに興味のある方を対象に、どんな初心者でもよくわかる易経や易占いの教材と、ある程度詳しく学びたい方にも満足して頂ける易経や易占いの教材を紹介しております。
幼い時に父から四書五経の素読を習ったけれども、義理(世の道理)の何たるかを弁えていなかった。だが、十四歳の時に肥前(佐賀と長崎)の人が蘭学者の武弥右衛門に学ん…
高島易斷自叙(自序)現代語訳 今、わたしがこの書(高島易断)を書いているのは、難解な易経の言葉を平易に書き直し、世の中の出来事や状況と結びつけ、誰もが神仏の意…
高島易斷自叙(自序)現代語訳 肉体の遺伝は幾久しく悠久の命の流れであるが、わたしたちの心魂(誠の心、孚)は、天地(※太極)のパワーが発する命の泉から受け継いだ…
高島易斷自叙(自序)現代語訳 わたしにとって、易経とはあらゆる物事に感通する(感動して※通達する)学問(感通学)である。易経は社会に流通している普通の書籍とは…
五月十二日の言葉 学問の目的 それ学は通(つう)の為にあらざるなり。窮して困(くる)しまず、憂えて意(こころ)衰えざるが為なり。禍福終始を知って惑わざるが為な…
五月十一日の言葉 喜怒哀楽を学ぶ よく人は学問とか修業とかいう事を間違って、喜怒哀楽をしなくなることだと誤解するが、決してそうではない。それでは学問・修業とい…
五月十日の言葉 三日書を読まざれば② 本当の学問というものは、血となって身体中を循環し、人体・人格をつくる。したがって、それを怠れば自から面相・言語も卑しくな…
五月九日の言葉 三日書を読まざれば① 黄山谷(こうざんこく)に次のような名高い語があります。「士大夫三日書を読まざれば則ち理義胸中に交わらず。便(すなわ)ち覚…
五月八日の言葉 器量と辞令 「あれは器量人だ」という言葉が通俗用語になっておりますが、これは人間の具体的存在を器という字で表現しているもので、人間の大きさ、深…
五月七日の言葉 人間の価値 ずるいことをやったり、人を押しのけたりして、地位や財産をつくるのも人間の能力、知能の一つであります。それを使っていろいろのことがで…