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明治十九年出版 高島易断 現代語訳(一部掲載)

幼い時に父から四書五経の素読を習ったけれども、義理(世の道理)の何たるかを弁えていなかった。だが、十四歳の時に肥前(佐賀と長崎)の人が蘭学者の武弥右衛門に学んだ西洋理学の概論を聞き、心ひそかに感じるところがあった。 およそ天下の道理は全て西洋理学に書いてあると勘違いして、浅はかな意見や偏った知識で、天下の道理を憶測で判断し、これを疑わなかった。神道や仏教の教えは仮説のようなもので、世の中の道理を正したり、心を矯正したりするための方便に過ぎないと考え、それ以来無神論に賛成していた時代もあった。 だが、横浜港が開港したばかりの時代に、商法に違反して幕府に捉えられ牢獄に入れられた。実に安政六年十二月のことである。 牢屋に居る時は囚人としての苦悶に堪えられなかった。血気に任せて罪を犯し人生の進路を誤ったことを後悔した。一日が長く退屈なのに何もすることがなく無為に過ごしたことを恨み、あらゆる感慨が一度に押し寄せ、どうしようもなく嘆き悲しんでいた際、ある日偶然に易経坤為地の本一冊を牢屋の中の古畳の間から見つけた。

白倉信司. 明治十九年出版 高島易斷 卷第一 現代語訳 (p.12). Kindle 版.

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