六十.程よい節度を守る時
程よい節度は「時に適切に対処すること」「不足することなく、やり過ぎることなく最も適切な対応を行うこと」。人も組織も程よい節度を守ることが大事。節度がなくなると乱れる。行き過ぎた節度(苦節)は息が詰まる。人も組織も程よい節度で安泰となる。
「程よい節度を守る時」の主人公は「三十.歴史に学ぶ時」と「三十三.逃げるが勝ちの時」に登場した日本を取り戻すために政治活動をしている「あなた(わたし)」である。
わたしは取るに足りない男だが、自分なりに志を抱いて生きている。数年前に還暦を迎え今は年金を頂く年齢になったが、人生これからだと思っている。三十代の頃はサラリーマンだったので定年過ぎたら悠々自適の余生を送ろうと考えていたが、その後独立して人生の師匠に出逢ってから少しずつ人生観が変化してきた。四十過ぎて日本に古くから伝わる古典を学ぼうと仏教、四書五経、古事記を研究した。特に影響を受けたのは易経と古事記で、易経からは人が歩むべき道を古事記からは日本が歩むべき道を学んだ。易経の人の歩むべき道の中で節度を守ることの大切さを説いた物語がある。わたしは易経を学ぶ前に人生の師匠から節度を守ることを教わった。師匠に逢うまで自分勝手に生きてきたわたしは、師匠の生き方を見て自分を恥じ、師匠のような生き方をしたいと思った。そこで「師匠のように生きるためには何をすればよいですか?」と聞いた。師匠は「節度を保つことだ。節度を保つために人の役に立つことを一つ決め、それを毎日実行しなさい」と教えてくれた。
早速わたしは人に役立つことを一つ決め毎日実行し始めた。そろそろ二十三年になろうとしている。毎日実行していく中で易経に出逢った。易経には節度を保つ次の教えがある。
「君子(立派な人)は數度を制し(身分に応じた道徳の水準を決め)、徳行を議す(規律ある社会を築く)」。( )内は意訳。この易経の教えと「節度を保つために人の役に立つことを一つ決め、それを毎日実行しなさい」という師匠の教えは言葉は違うが内容は同じだ。師匠の教えを毎日実行していく中で確信した。毎日実行することを世間に向かって実行する。世間に向かわず実行しても節度を保つことはできる。だが、長続きしない。わたし以外に師匠の教えを実践した仲間が何人もいた。今も実行しているのは世間に向かって実行した人だけだ。世間に向かわず実行している人は誰にも評価や批判されないので毎日実行する意欲が減退してやがて止めてしまう。かと言って、世間に向かって実行する面だけ強調する人も駄目である。節度を保つ意義は自分を律することであり、世間から評価・批判されるためではない。何事も自分を律することから始めなければ駄目である。以下省略。