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山縣大弐著 柳子新論 川浦玄智訳注 現代語訳 その三八

 さきに湯(とう)武(ぶ)をして志(こころざし)いたづらにその害を除くにあり、而(しか)してその利を興(おこ)すに心なからしめんか。これまた争(そう)奪(だつ)己(おのれ)を利するのみ。何を以(もつ)て仁となさんや。この故(ゆえ)に湯(とう)武(ぶ)の放(ほう)伐(ばつ)は無道の世にありて、尚(なお)能(よ)く有道の事をなせば、則(すなわ)ち此(これ)は以(もつ)て君(きみ)となし、彼(かれ)は以(もつ)て賊(ぞく)となす。たとひその群(ぐん)下(か)にあるも、善くこれを用(もち)ひて以(もつ)てその害を除き、而(しか)して志その利を興(おこ)すにあれば、則(すなわ)ち放(ほう)伐(ばつ)もまた且(か)つ以(もつ)て仁となすべし。他(ほか)なし、民(たみ)と志を同じうすればなり。これに由(よ)りてこれを觀(み)れば、天下國家に長たる者は、文ありて後(のち)武(ぶ)いふべきなり。禮(れい)樂(がく)ありて後(のち)刑罰行うべきなり。然(しか)らずして徒(いたずら)に刑と罰とにこれ任せば、則(すなわ)ちかの人を戕(しよう)賊(ぞく)するに非(あら)ずして何ぞや。哀しいかな、衰(すい)世(せい)の政(まつりごと)をなす者、文なく武なく、禮(れい)刑(けい)竝(なら)び廢(はい)し、ただにその利を興(おこ)すに心なきのみならず、またその害を除くに心なきなり。それその利を興すに心なき者は、必ず以(もつ)て自ら利し、その害を除くに心なき者は、必ず以(もつ)て人を害(そこな)ふ。人を自ら害(そこな)ひ自ら利す。虐(ぎやく)孰(いず)れかこれより大ならん。ここを以(もつ)て亂(らん)國(こく)の君(きみ)、力(つと)めてその國(くに)を利し、以(もつ)て人の國(くに)を害(そこな)ふ。大(たい)夫(ふ)力(つと)めてその家を利し、以(もつ)て人の家を害(そこな)ふ。士(し)力(つと)めてその身を利し、以(もつ)てその僚(りよう)友(ゆう)を害(そこな)ふ。甚(はなは)だしきは則(すなわ)ち君(きみ)もまた自(みずか)らその身を利し、以(もつ)てその民(たみ)を害(そこな)ふ。士(し)大(たい)夫(ふ)自(みずか)らその身を利し、以(もつ)てその家を害(そこな)ふ。これをこれ自(みずか)ら屠(ほふ)るといふ。その極(きよく)や必ず身を滅(めつ)すに至りて而(しか)して後(のち)やむ。故(ゆえ)に我(わ)が東(とう)方(ほう)の政(まつりごと)、壽(じゆ)治(ち)の後(あと)、吾(われ)取(と)ることなし。聖人そのかくの如(ごと)きを憂(うれ)ひ、禮(れい)を制(せい)し樂(がく)を作り、中を立て和を道(みちび)き、務(つと)めてその利を興(おこ)し、務めてその害を除き、衆(しゆう)庶(しよ)保(たも)つべく、比(ひ)屋(や)封(ほう)ずべく、以(もつ)て天下の福(ふく)を致(いた)さんことを求む。
 殷(いん)王(おう)朝(ちよう)を立ち上げた湯(とう)王(おう)や周(しゆう)王(おう)朝(ちよう)を立ち上げた武(ぶ)王(おう)は、悪政を行っていた前王朝の暗(あん)君(くん)から民衆を救うために討(とう)伐(ばつ)したのである。自らの名誉や利益のために行ったわけではない。もし、自らの名誉や利益のために討伐したとすれば、私利私欲を満たしただけのことである。どうして「仁=思いやり」のある政治と言えようか。
 湯(とう)王(おう)と武(ぶ)王(おう)が暗君を討(とう)伐(ばつ)したのは悪政が敷かれている無道の世の中を善政による有道の世の中に変革するためである。このような君主を名君と言い、夏(か)王(おう)朝(ちよう)の桀(けつ)王(おう)や殷(いん)王(おう)朝(ちよう)の紂(ちゆう)王(おう)のような暗(あん)君(くん)を国(こく)賊(ぞく)と言うのである。
 ある臣下に多くの部下がいたとする。その臣下が多くの部下を率(ひき)いて民衆に利益を付与する善政を行い、民衆に害悪を与える事柄を取り除く政策を併せて行って、民衆を幸福に導くことを志(こころざ)しているならば、その臣下が、悪政を行っている幕府の将軍や各藩のお殿さまを討(とう)伐(ばつ)したとしても、それは「仁=民衆を思いやっている」の行為だと考えるべきであろう。そのように考える根拠は、民衆を幸福に導こうとしている臣下の高邁な志が何よりも大切だからである。
 以上のような考え方で、今の政治を大局的に観(み)るならば、天下国家の指導者たる人物は、先ずは文化の普及啓蒙を行い、民衆の道德心を養った後に、武力の充実を行うべきである。また、礼(れい)楽(がく)制(せい)度(ど)を普及啓蒙して、民度を高めてから、悪行を重ねる者に対して刑罰を実施すべきである。ところが、闇(やみ)雲(くも)に刑罰を執行して民衆を抑え付けようとするならば、民衆を「損(そこ)ない殺す(注)」ことに他(ほか)ならない。他(ほか)に何と云えばよいのであろうか。
 哀しいことに、世の中を衰退させる政治を行う為政者は、文化の普及啓蒙活動を行わないから、民衆の道徳心を培うことができない。また、武力を充実しようともしないから、外敵から民衆を守ることができない。礼楽制度を普及しようともしないし、刑罰制度を取り入れようともしない。民衆に利益を付与する政策を行おうとする意欲が全くないだけでなく、民衆に害悪を与える事柄を取り除く政策を行おうとする意欲も全くない。
 民衆に利益を付与する政策を実施しようとしない為政者は、必ずと言って良いほど己の私利私欲だけを追求する。民衆に害悪を与える事柄を取り除く政策を実施しようとしない為政者は、必ず民衆に害悪を与える。民衆に害悪を与えて己の利益を追求するのである。これほど非道い虐待行為があるであろうか。以上のことから、天下国家を乱す暗君は、国益を追求するふりをしながら己の利益を追求して、天下国家に害悪を与えるのである。
 中堅の役人が一生懸命に努力しても、自分の家の利益だけを追求すると、他人の家に害悪を与えることになる。武士が一生懸命に努力しても、自分の利益だけを追求すると、自分の大切な仕事仲間に害悪を与えることになる。甚(はなは)だしい場合は、幕府の将軍や各藩のお殿さまが自分の利益だけを追求すると、民衆に害悪を与えることになる。また、上級(エリート)官僚が自分の利益だけを追求すると、由(ゆい)緒(しよ)ある家柄に害悪を与えることになる。
 以上のことを、利を追求して自滅すると云う。極端な場合には、職を失い家族は離散して、社会的に葬(ほうむ)られてしまってから、ようやく反省して吾(われ)を取り戻す。
 わが国において、国の東方に位置する江戸幕府が現在行っている政治は、源頼朝が鎌倉に幕府を設置して以来、天皇から征夷大将軍として任命された将軍が実権を握って政治を司っているけれども、わたしには評価できない。
 聖人と称されるような歴代の天皇陛下(仁徳天皇や聖徳太子を摂政として重用した推古天皇等)は、このような政治にならないようにと心配して、礼楽制度を制定して中庸の徳を普及啓蒙し、和を以て貴しとなすことを人の道としてお示しされた。また、民衆が利益を享受するように努力され、民衆に害悪を及ぼす事柄を取り除くように努力された。民衆が安心して生活できる社会と村落の家並みを維持して、天下国家のより多くの民衆が幸せを感じる政治を追求されたのである。

 詩にいはく、ああ前(ぜん)王(おう)忘れられずと。それただこれを以(もつ)てなるか。嗚呼(ああ)今の時の如(ごと)き、依然として軍國の制を承(う)け、滔(とう)滔(とう)乎(や)として反(かえ)るを知らず。歎(たん)息(そく)せざらんと欲すといへども、それ得べけんや。然(しか)らば則(すなわ)ちこれを如(いか)何(ん)せん。いはく、これただ人を得るにあり。人を得るは難(かた)きに非(あら)ず、人に獲(え)られるるを難(かた)しとなす。昔、荊(けい)靈(れい)細(ほそ)腰(ごし)を好みしかば、民(たみ)に食を約して死する者あり。越(えつ)王(おう)勇(ゆう)力(りよく)を好みしかば、一(いつ)鼓(こ)して士(し)は焚(ふん)舟(しゆう)を避(さ)けざりき。それ食を約して死すると、焚(ふん)舟(しゆう)に赴(おもむ)く者と、天下の至(し)難(なん)者(しや)なり。然(しか)れども上の好む所、令せずしてこれをなす。これ他(ほか)なし、人に獲(え)らるるの難(かた)くして、これを欲するの甚(はなは)だしきがためなり。況(いわ)んや至(し)難(なん)者(しや)に非(あら)ざるをや。苟(いやしく)も能(よ)くこれを好まば、趾(あし)を累(かさ)ねて至(いた)らんのみ。此(これ)をなさずして彼(かれ)をなす。要するに利を興(おこ)すに心なき者かな。

 周(しゆう)頌(しよう)烈(れつ)文(ぶん)の詩に「文王・武王を頌(しよう)してアア前(ぜん)王(おう)忘れられず(宇野哲人全訳注大学より引用)」とある。その詩が文王と武王を讃(たた)えているのは、文王と武王が天下国家のより多くの民衆が幸せを感じる政治を追求したからである。あぁそれと比べて今の政治は、武家が中心となった国家体制を続けており、体制はよどみなく流れて、本来の皇室中心の国家体制へ復帰しようとする流れは見当たらない。ため息をつかないでいようと思っても、無意識にため息がもれてしまう。
 この閉(へい)塞(そく)した状態をどうすればよいだろうか。わたしは「人物が出るしか解決策はないなぁ」と言いたい。人物が出ることは決して難しいことではない。しかし、そのような人物が出現すれば直ぐに捕(と)らえられてしまうから、この閉塞した状態を突破することが難しいのである。
 昔、「楚(そ)の国の君(きみ)霊(れい)王(おう)は細(ほそ)腰(ごし)の美人を愛したので、宮(きゆう)女(じよ)は腰を細くしようと思って、食を減じ餓死する者があった(注)。」と云う。また、「越(えつ)の国の王、句(こう)践(せん)は勇力を好んだから、士(し)卒(そつ)は進軍の鼓(こ)声(せい)を聞けば、舟が焼かれる危険を物ともせず先を争って赴(おもむ)いた。(注)」と云う。
 腰を細くしようと思って、食を減じ餓死してしまった宮(きゆう)女(じよ)と進軍の鼓(こ)声(せい)を聞けば、舟が焼かれる危険を物ともせず先を争って赴(おもむ)いた士(し)卒(そつ)は、天下国家において、至って艱(かん)難(なん)辛(しん)苦(く)を被(こうむ)った被害者である。しかしながら、為政者が好んで求めることは、たとえ命令されなくても為政者に仕えている人々は務めて実施しようとするものである。理不尽ではあるがやむを得ないことでもある。
 優れた人物が出現しても、為政者が求めることに従わなければ捕らえられてしまうから、為政者が求めることが通ってしまう。まして、一般民衆は為政者が求めることに嫌々従わざるを得ない。どんなに理不尽であっても、結局は為政者に従うことになる。詰まるところ、今の為政者には、民衆に利益を付与する政策を実施する思いやりの心がないのである。