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時の物語(易経短編小説集・近日中に出版予定)62

六十一.真心で不可能を可能にする時

 孟子の言葉を拡大解釈すれば「真心さえあれば不可能なことは何一つない」となる。人や組織にとって真心こそ力の源泉なのである。中庸には「真心は天の道である。真心に思いを馳せるのは人の道」とある。人や組織の力の源泉(命の泉)である真心に思いを馳せ、真心を引き出せば不可能なことは何もない。それが「真心で不可能を可能にする時」である。人は真心と共に生まれてくる。古事記ではそれを「清く明るい心」と言っている。

 「真心で不可能を可能にする時」の主人公は「三十.歴史に学ぶ時」と「三十三.逃げるが勝ちの時」「六十.程よい節度を守る時」に登場した「あなた(わたし)」である。

 わたしの師匠の話をしよう。師匠は「節度を保つ」人であり「真心」を発する人である。「節度を保つ」ことの必要性を広く社会に啓蒙し、多くの「節度を保つ」人を育てた「真心」の教育者である。わたしが師匠に初めて逢ったのは四十二の時だった。自分のことしか考えていなかったわたしには「節度」もなければ「真心」もなかった。人はみな自分中心に考え、人のことなど二の次にしか考えないと思っていた。ところが師匠は違った。自分のことは二の次で世のため人のために考え生きていた。信じられなかった。こんな偉い人がいるんだと感動した。わたしと同じ人間だとは思えなかった。神様のような境地で生きている人だと思った。所作が美しかった。背筋がピンと伸びているのに気負いがない。自然である。ゆったりしている。血気盛んな二十人の若者が師匠の話を聞いていた。みんな師匠の話と所作に釘付けになり言葉を失った。師匠の前で迂闊に喋ると内面を見透かされると感じた。
 二十人のうち二十代の若者は師匠の話に圧倒されていた。一番熱心に聞いていたのは葡萄の栽培から手掛けて本格的なワイン醸造に取り組んでいるOさんだった。Oさんは寡黙な人で自分から言葉を発することはほとんどなく、いつも真剣な眼差しで師匠の話に熱心に耳を傾けていた。今では伝説のワイン醸造家として知られ、Oさんが醸造したワインを手に入れることは至難の業だという。二十代の若者の中にはOさんと同じように真剣な眼差しで師匠の話に熱心に耳を傾けていた人が少なくなかった。衰退する農業を救うために政治家を志していたFさんもその一人で、師匠の話に感銘して誰の力も借りずに市議会議員に当選し、今は県議会議員として農業再生の条例作りに取り組んでいる。以下省略。