欧米人探察者の念頭には実はもうひとつ、中国という対照があった。カッテンディーケは長崎滞在中、所用があって上海を訪れたが、その感想を正直にこう述べている(長崎海軍伝習所の日々 平凡社東洋文庫・一九六四年)。
「私はこの志那滞在中でも、ああ日本は聖なる国だと幾たび思ったことか。日本は国も住民も、志那に比べればどんなによいか知れない」。カッテンディーケだけではない。中国に比べれば日本は天国だという感想を述べている欧米人は、実は多くて挙げきれないほどなのだ。(P135~136)
中国との対比はともかくとして、十九世紀の欧米人の前に日本が楽しき国、美しき土地として現れたのは疑いようのない事実だ。だとすれば、その楽しさの内実はより多面的な解析を必要とするだろう。(P138)
