Ⅴ 第三章 簡素とゆたかさ
日本が地上の楽園などであるはずがなく、にもかかわらず人びとに幸福と満足の感情があらわれていたとすれば、その根拠はどこにもとめられるのだろうか。当時の欧米人の著述のうちで私たちが最も驚かされるのは、民衆の生活のゆたかさについての証言である。そのゆたかさとはまさに最も基本的な衣食住に関するゆたかさであって、幕藩体制下の民衆生活について、悲惨きわまりないイメージを長年叩きこまれてきた私たちは、両者間に存するあまりの落差にしばし茫然たらざるをえない。(P100)
一八五六(安政三)年八月日本に着任したばかりのハリスは、下田近郊の柿崎を訪れ次のような印象を持った。
「柿崎は小さくて貧寒な漁村であるが、住民の身なりはさっぱりしていて、態度は丁寧である。世界のあらゆる国で貧乏にいつも付き物になっている不潔さというものが、少しも見られない。彼らの家屋は必要なだけの清潔さを保っている」。(P100)
