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明治十九年出版 高島易断 現代語訳(一部掲載)

2026年6月3日

思うに仁を行うに中って最も切実なのは我身と心を捧げて人に接する時である。全ての人が我身と心を捧げて人に接するようになれば仁でない人はいない。君子は仁の心で世に立つので天下における沢山の仲間全てを愛することができる。この仁のあり方を季節に配すれば春である。春は万物が発生する徳がある。これが元の大事な要である。
亨は万物が通ずることである。人は亨の徳を受けて礼(調和)を大切にする。天においては太陽・月・星々が会合して宇宙空間は喜び美しく輝き、人においては自分と他人が会合して人間社会は礼儀正しく謙譲の徳を発揮して和らぎ伸び伸びして善く美しくなる。人が礼を履んで行動すれば虎の尾を履んでも食べられることはない。それゆえ孔子は「苟(いやしく)も禮譲を以てせば夷狄に適(ゆ)くと雖も行われん/禮譲を以て人に接する人ならば野蛮の国に行ったとしても貴方は現地の人々に受け容れられるだろう」と言ったのである。思うに亨の大義は一つの物が他の多くの物を侵略して通るということではない。一つの物は万物と軋轢が発生するのを避けるから通るのである。
例えば千客が一同に会合するのも礼(調和)によって節度を弁えるのでギクシャクすることなく百もの草が同じ場所に生えても害したり損したりすることなくすくすくと育つような感じである。それゆえ全てが善く美しくあらゆる物が相会して踏みにじることなく善く美しいのである。それゆえ「亨(こう)は嘉(か)の會(かい)也」と言い「會(かい)を嘉(か)すれば以て禮(れい)に合するに足り」と言う。人がもし礼(調和)を実践しようと欲すればその心は善良でなくてはらなない。礼記に昔の人も「礼は情から起こり情は礼の本体である」と言っている。
大体において言語や動作は情に発して身体に現れないものはない。それゆえ心が善ならば所作は必ず美しくなり、心が誠であれば言語は必ず信頼できる。所作が美しく言語が信頼できることは礼(調和)の大事な要点である。思うに仁の徳は博く人を愛することで、礼(調和)の徳は博く人から愛されることである。多くの人から愛されれば何事も為すことができる。これが即ち亨である。それゆえ元亨の徳は裏表を構成して両立している。亨を季節に配すれば夏である。万物繁殖する徳である。これが亨の大事な要点である。

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