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天命に生きる日本の教え講座 安岡正篤「人生手帖」に学ぶ

安岡正篤一日一言を読み解く

四月二十五日の言葉 人物をみる八観法

一、通ずれば其の礼する所を観る
すらすらうまく行き出した時に、どういうものを尊重するかを観る。
(そうですねぇ。人間うまく行き出した時に、どういうものを尊重するか。経済や地位などという私利私欲を尊重するようでは、これは駄目ですねぇ。やはり、精神を尊重する。周りの人を尊重する。社会を尊重する。こういう人間になりたいですねぇ。)

一、貴(たか)ければ其の進むる所を観る
地位が上がるにつれ、其の登用する人間を見て人物が分かる。
(自分に従う人間、同じ価値観の人間。こういう人間ばかり登用するようでは、まだまだです。自分に逆らう人間、全く違う価値観を持つ人間。こういう人間を登用して、しかも尊敬されるようになったら大したものです。)

一、富めば其の養う所を観る
金ができると何を養い出すか。
(必要以上のお金が手に入ると、ろくでもない事にお金を使いたくなるのが、人間の悪しき習性です。必要以上に、奢侈なもの、高価なものに手を出すようでは、まだまだ、人間として程度が低い段階に止まっていると、心すべきでしょう。)

一、聴けば其の行う所を観る
善いことを聞いたら、それを実行するかどうかを観る。
(誰もが善いことを聞いたときは感動するものです。よし、自分もそういうことをやってみよう、と思うものです。しかし、それを実行するとなるとなかなか出来ない。聞いた次の日には忘れてしまう。善いことだと知っているだけでは意味がない。善いことは実践しなければ意味がないのですが、なかなか実践できない。これは大きな課題です。)

一、習えば其の言う所を観る
習熟すればその人間の言うところを観る。
(何事も、繰り返し習って習熟してくれば、言うことが違ってくるものです。前と比べて立派なこと、地に足が着いたことを言うようになるものです。勿論、言うだけでは駄目でして、実践しなければ意味がないことは言うまでもありません。)

一、止(いた)れば其の好む所を観る
この「止」は板につくという意味。一人前に仕事ができるようになると、何を好むか。
(一人前になったところで、修養を止めてしまうか、さらに修養を重ねるか。これが其の好む所を観る、という言葉の意味でしょう。もう一人前だからと修養を止めてしまい、遊ぶことを好むようになると、成長は止まってしまいます。一人前になっても、まだまだという気持で、修養を積み重ねていける人間になりたいものです。)

一、窮すれば其の受けざる所を観る
貧乏したときに何を受けないかを観る。
(日ごろ贅沢な暮らしをしていると、経済的に窮した時に、受けてはいけないものを受けてしまいます。道徳に反したり、時には法を犯してまでもその暮らしを維持しようとしかねません。そんなことにならないように、日ごろから質素な暮らしをして、足るを知るという精神を涵養したいものです。)

一、賤なれば其の為さざる所を観る
人間落ちぶれると何をするかわからない。だから為さざる所を観る。
(経済的に窮した時と同じく、社会的に落ちぶれた時、そのような苦難の中で、どのように対処するかで、人間、本物かどうかが現れます。落ちぶれてやけになるようでは、まだまだ甘い。落ちぶれようが、重用されようが、そんなことには関係なく、自分というものをしっかりともてるようにならなければいけません。しかし、その境地に到ることは容易なことではありません。「素行自得」。其の位に素して行じる。どんな境遇にあろうが、それをそのまま受け入れる。そういう生き方をしたいものです。)

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