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時の物語 周易六十四卦 校正 31

四十八.古井戸から清水を汲み出す時

 かつて栄えた小さな街があった。近代化が進む中で若者が街を出ていくようになり、段々人が減っていった。やがて年寄りだけの街となり、郵便局などの公共機関も職場もお店もなくなり、ゴーストタウンのようになった。けれども、豊かな自然と情緒ある町並み、歴史的な家屋が残っていたので、役所が旗を振って街を再興する動きが始まった。企業を誘致して街の基盤だった産業を復興し、予算を確保し傷んだ道路や電力を整備して、人々が暮らせる環境を整えた。居住者を募集したら定数を遙かに上回る応募があった。以上が「古井戸から清水を汲み出す時」の一例である。

 「古井戸から清水を汲み出す時」の主人公は江戸時代に創業し地元の人々に愛されたが、後継者不在で閉店した古書店の復興に取り組んでいる「あなた(わたし)」である。

 昭和の時代は日本中に沢山の古書店があった。子供の頃から本好きだったわたしは暇さえあれば古書店に通っていた。店主の高齢化が進行して平成に入ると段々数が減っていき、令和の今は東京神田の古書店街などを除いて、古書店の姿はほとんど見かけなくなった。地方では絶滅状態に近い。わたしは地方の県庁所在地に生まれた。城下町として栄えた街なので沢山の古書店があった。中でも江戸時代創業の老舗「高島屋書店」は別格だった。江戸時代に建設された建物は戦災を免れて国指定の文化財に認定され観光名所となった。閉店する前は東京神田の老舗古書店で修行を積んだ八代目店主が他に類を見ない古書収集力があったので全国から本好きが押し寄せた。八代目には子供がなく後継者を探していたが、年老いて亡くなり店を継ぐ人がいなかった。地域の資産なので役所も動いたが、後継者は見つからず、文化財として役所が管理することになった。建物としての価値は保全されたが古書店としての魅力は失われて、以前のように全国から人が押し寄せることはなくなった。
 昭和の終わり頃から商店街の衰退が全国的に見られるようになり、わが街においても閉店する店が年々増えていった。商店が歯抜け状態になると商業集積としての魅力がなくなり、商店街の集客力は落ちていく。「高島屋書店」は商店街の一角に立地していた。周辺の商店は年々減少していき、歯抜け状態になった商店街の一角に江戸時代建設の歴史的建物がぽつんと残っているだけの寂しい光景が残った。
 わたしは生まれてから故郷を離れたことはなく、今は文芸批評家として生計を営んでいる。子供の頃から古書店に通って沢山本を読んだことが今の仕事につながっている。地元に沢山の古書店があったから大好きな本を読むことができた。今も古書店には感謝している。とくに「高島屋書店」には毎日のように通って八代目店主にもかわいがってもらった。文化財としての「高島屋書店」がぽつんと残っている光景を見ると、何とかならないものかと思う。仕事柄知識人代表として役所に関わることも多いので、「高島屋書店」を復興して商店街に賑わいを取り戻し、全国から集客して街を活性化することはできないかと相談したところ、役所の方も同じことを考えており、わたしを座長に有識者と地元の商店街組合を集めて「高島屋書店」復興による商店街再生構想を策定することになった。以下省略。