ⅡⅩⅦ 第十四章 心の垣根
リンダウは一八五九(安政六)年初めて江戸を訪れたとき、アメリカ公使館付きの通訳ヒュースケンと川崎で出会い、彼の案内で江戸に通じる田舎道を通った。「そこでは全てが安寧と平和を呼吸していた」と彼はいう。「村々も、豊かな作物に覆われた広大な平野も、野良仕事に携わっている農夫達もである」。碧い海の上を滑りゆく帆かけ舟、緑の庭園のような田圃、樹齢何百年の木立に包まれた寺院、花の香りを運ぶそよ風、滲み通る静けさ、「全てが休息を招いていた。今まで私はこれほどまでに自然のさなかに生きる人間の幸せを感じたことはなかった」。(P558)
(リンダウ「スイス領事の見た幕末日本」新人物往来社・一九八六年)
一八六一(文久元)年の春、前年に続いて再び日本を訪れたフォーチュンは、長崎の市街と郊外の上空に凧が群れているのを見た。彼は最初、それを鷗(かもめ)の群れと見間違えた。凧はダイヤモンド型をしていて、赤、白、青といった鮮やかな色が塗られていた。「通りという通りで、屋根の上で、丘の中腹で、野原で、あらゆる年齢の男女が大勢、うち興じていた。みんな陽気で、満ち足り、しあわせそうだった」。(P560)
