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明治十九年出版 高島易断 現代語訳(一部掲載)

【占例】清仏戦争(明治十七年から明治十八年にかけて、ベトナムの支配権をめぐり清とフランスの間で行われた戦争)の行方を占った
明治十七年十月ある文学会において当時官民の知識人である重野、藤野、根本、豊島、島田、三島、股野、長、内藤、蒲生、川田、巌谷、長松、伊知、南、摩小、中村、岡松らの諸氏が集まった席上で、わたしは易経の講義をした。
多くの人々がわたしの講義を熱心に聞いてくれた
わたしの講義を聴いた人の中には易経は実用的な学問だと感じた人もいるだろう。また、易経はそれぞれの読解力で自在に解釈すべきだと感じた人もいるだろう。けれども、読解力で自在に解釈すべきだと感じた人は、易経を文字章句(文章)の理屈を読解するものだと見なしたのだろう。
わたしが易経を読み解くのは文章をそのまま読み解いているわけではない。わたしの読解力が易経に文章を加えた文王や孔子などの聖人に及ばないのは当たり前のことだが、文章を加えた聖人といえどもその文章だけで易経の思想を伝えきる(全て伝える)ことはできない。八卦や六十四卦に秘められている意味や性質などをその形から読み取ることと人生における自分のあらゆる経験や社会動向を重ねて初めて読み解くことができるのである。わたしはこのことをよく知っている。それゆえ易経の文章を中心に形からも意味をくみ取り社会や現場に落とし込んで読み解くことを専らにして活断(占断)しているという話をしたのである。

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