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陰陽古事記伝 根之堅州国訪問 その四

□あらすじ
 数々の修行を終えて力を身に付けた大国主は、須佐之男から免許皆伝(生(いく)大(た)刀(ち)と生(いく)弓(ゆみ)矢(や))を得て生涯のパートナー(伴侶)となる須世理毘賣(すせりびめ)を連れて出雲の国に戻り、兄神たちをやっつけて、出雲の国創りを始めた。

【書き下し文】
是(ここ)に其(そ)の妻(つま)、須世理毘賣(すせりびめ)は、喪(も)の具(そなえ)を持(も)ちて哭(な)き來(き)たるに、其(そ)の父の大神(おおかみ)は已(すで)に死に訖(おわ)りぬと思いて、其(そ)の野(の)に立ち出(い)でき。爾(しか)くして其(そ)の矢を持ちて、奉(たてまつ)りし時に、家に率(い)て入りて八田間(やたま)の大室(おおむろ)に喚(め)し入れて其(そ)の頭(かしら)の虱(しらみ)を取らしめき。故(かれ)、爾(しか)くして其の頭(あたま)を見れば呉公(むかで)多(あま)た在(あ)り。是(ここ)に其(そ)の妻(つま)、牟久(むく)の木(こ)の實(み)と赤(あか)き土を以(も)ちて其(そ)の夫(おっと)に授(さず)けき。故(かれ)、其(そ)の木(こ)の實(み)を咋(く)い破(やぶ)り、赤き土を含みて唾(は)き出(い)だせば、其(そ)の大神(おおかみ)、呉公(むかで)を咋(く)い破(やぶ)りて唾(は)き出(いだ)すと以爲(おも)いて、心に愛(うつく)しと思(おも)いて寢(い)ねき。爾(しか)くして其(そ)の神の髮(かみ)を握(と)り其(そ)の室(むろ)の椽(たりき)毎(ごと)に結(ゆ)い著(つ)けて、五百引(いほびき)の石を其(そ)の室(むろ)の戸に取り塞(ふさ)ぎ、其(そ)の妻、須世理毘賣(すせりびめ)を負(お)いて、即(すなわ)ち其(そ)の大神(おおかみ)の生(いく)大(た)刀(ち)と生(いく)弓(ゆみ)矢(や)、及び其(そ)の天(あめ)の詔(ぬ)琴(ごと)を取り持ちて逃げ出(い)でし時に、其(そ)の天(あめ)の詔(ぬ)琴(ごと)、樹(き)に拂(ふ)れて、地(つち)、動(とよ)み鳴(な)りき。故(かれ)、其(そ)の寢(い)ねたる大神(おおかみ)、聞き驚(おどろ)きて其(そ)の室(むろ)を引き仆(たお)しき。
然(しか)れども椽(たりき)に結(ゆ)える髮(かみ)を解(と)く間(ま)に遠く逃げたまひき。
故(かれ)、爾(しか)くして黄(よ)泉(もつ)比(ひ)良(ら)坂(さか)に追い至りて、遙(はる)かに望(のぞ)みて呼(よ)びて大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)の神に謂(い)いて曰(い)ひしく、「其(そ)の汝(な)が持てる生(いく)大(た)刀(ち)、生(いく)弓(ゆみ)矢(や)以(も)ちて、汝(な)が庶兄弟(ままはらから)を坂の御尾(みお)に追い伏せ、また河の瀬に追い撥(ばら)いて、おれ大國主(おおくにぬし)の神と爲(な)り、また宇(う)都(つ)志(し)國(くに)玉(たま)の神と爲(な)りて、其(そ)の我(あ)が女(むすめ)、須世理毘賣(すせりびめ)を嫡妻(むかいめ)と爲(な)て、宇(う)迦(か)能(の)山(やま)の山本に、底津石(そこついわ)根(ね)に、宮(みや)柱(ばしら)、ふとしり、高天原(たかあまはら)に、氷椽(ひぎ)、たかしりて居れ、是(こ)の奴(やっこ)や」といひき。故(かれ)、其(そ)の大刀(たち)・弓(ゆみ)を持ちて其(そ)の八(や)十(そ)神(かみ)を追い避(さ)りし時に、坂の御(み)尾(お)毎(ごと)に追い伏せ、河の瀬毎(ごと)に追い撥(はら)い、始(はじ)めて國(くに)を作りき。
故(かれ)、其(そ)の八(や)上(かみ)比(ひ)賣(め)は先の期(ちぎ)りの如(ごと)くみとあたはしつ。故(かれ)、其(そ)の八(や)上(かみ)比(ひ)賣(め)は率(い)て來(き)つると雖(いえ)ども、其の嫡妻(むかいめ)、須世理毘賣(すせりびめ)を畏(かしこ)みて、其(そ)の生(う)みし子を木の俣(また)に刺(さ)し狹(はさ)みて返(かえ)りき。故(かれ)、其(そ)の子の名を木(き)俣(また)の神と云(い)い、またの名を御井(みい)の神と謂う。

〇通釈
 火が野原を焼き尽くすのを見ていた須世理毘賣(すせりびめ)は、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)は焼け死んでしまったと思い込み、わぁわぁ泣きながら葬式の道具を持って、焼け跡にやって来た。すると、須佐之男の大神(おおかみ)が呆然と焼け跡に立ちすくんでいた。大神(おおかみ)もまた須世理毘賣(すせりびめ)と同じく大(おお)穴(な)牟(む)遲(じ)は焼け死んだと思い込みがっかりしていた。ところが驚くことに、穴の中から大(おお)穴(な)牟(む)遲(じ)の神が、須佐能男(すさのを)の大神(おおかみ)が射た鳴鏑(なりかぶら)(鏑(かぶら)の付いた矢)を握りしめて出てきて、須佐能男(すさのを)の大神(おおかみ)に献上したのである。
 だが大神(おおかみ)は、まだ大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)が修行を終えたとは認めずに、御自身の御殿に連れて行きさらに厳しい試練を与えた。大神(おおかみ)は、大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)を八田間(やたま)の大室(おおむろ)という広々とした部屋に入れて、自分の頭に棲みついている虱を捕るように命じた。ところが何と、大神(おおかみ)の頭の中をよく見るとムカデがウジャウジャ棲みついていた。大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)がどうしようか考えていると、妻の須世理毘賣(すせりびめ)が助け船を出してくれた。須世理毘賣(すせりびめ)は、椋(むく)の木の実と赤い土を大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)に手渡してアドバイスした。「椋(むく)の木の実をプチプチと噛んでから、赤い土を口に含んで、唾と一緒に吐き出せば、大神(おおかみ)はムカデを食い破って殺し唾と一緒に吐き出していると思うはずです。」
 大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)が言われた通りにやると、大神(おおかみ)は心の中で「愛(いと)しい奴じゃ」と思い、ぐっずりと眠ってしまった。
 大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)は「これは修行を終えて免許皆伝を得る絶好のチャンスだ」と思い、大神(おおかみ)の髪をぐるぐる巻きに束ねて、部屋の中の太い柱に固く結び付け、さらに、五百人の力がなければ動かないほど大きな岩でその部屋の入り口を塞ぎ、妻の須世理毘賣(すせりびめ)を背負って、免許皆伝の印である大(おお)神(かみ)の生(いく)大(た)刀(ち)と生(いく)弓(ゆみ)矢(や)(共に武力の象徴)と天(あめ)の詔(ぬ)琴(ごと)(権威の象徴)を持ち出して逃げた。ところが、うっかり、天(あめ)の詔(ぬ)琴(ごと)を木の枝にぶつけてしまい、大地が鳴動するほど大きく鳴り響いた。
 すると、ぐっすりと眠っていた大(おお)神(かみ)は大きな音に驚いて目を覚まし、二人を追いかけようと立ち上がったが、髪が太い柱に固く結び付けられていたので、追いかけて行くことができず、力の余りその部屋を引き倒した。
 髪をほどくのに手間取った大(おお)神(かみ)は、髪をほどいてから、ようやく二人を追いかけたが、二人は遠くまで逃げ去っていた。大(おお)神(かみ)がようやく黄泉比良坂(よもつひらさか)に辿り着くと、遠くに二人の姿が見えた。そこで、大(おお)神(かみ)は大きな声で大(おお)穴(な)牟(む)遲(ぢ)に向かって叫んだ。
 「お前が持ち出した生(いく)大(た)刀(ち)と生弓(いくゆみ)矢(や)(共に武力の象徴)で、八十神たちをやっつけろ。山の裾まで、さらに、川の瀬まで追いかけて行ってやっつけろ。そして、おまえは大国主の神、あるいは、宇(う)都(つ)志(し)国(くに)玉(たま)の神と名のって、出雲の国を創り、私の娘の須世理毘賣(すせりびめ)を正妻として迎え入れなさい。そして、出雲の山に地底の石を土台として太い柱を立て、天空に千(ち)木(ぎ)を高く上げて、壮大な宮殿を建てなさい。この大馬鹿野郎め。」
 そこで、大国主の神は大(おお)神(かみ)に言われた通りに、生(いく)大(た)刀(ち)と生弓(いくゆみ)矢(や)で、八十神たちを山の裾まで、さらに、川の瀬まで追いかけて行ってやっつけていき、出雲の国創りを始めたのである。

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