サイトアイコン わかりやすい易経・易占講座

天命に生きる日本の教え講座 安岡正篤「人生手帖」に学ぶ

安岡正篤一日一言を読み解く

四月二十七日の言葉 子供の気持ち

幼児は麻疹(はしか)よりもっと恐れや怒り、憎しみや冷淡に感染し易い。自分が好かれているか、嫌われているかということに、子供は食物と同様に反応する。一家の感情の中で自分の占めている立場をよく覚る。親の精神状態は直(じか)に子供に反応する。特に親の怒りは子供に大きな衝撃を与えます。(以上、安岡正篤一日一言から)

最近読んだ本に「怒らないこと(アルボムッレ・スマナサーラ著)」という本があります。著者はスリランカの初期仏教の長老として活躍されている僧侶で、日本にもなじみの深い方のようです。禅僧で芥川賞作家の玄侑宗久さんとの共著もあります。
その著者の「怒らないこと」という本には、実に凄いことが書いてあります。例えば次のようなことです。
…我々はなぜ怒るのでしょう。
いつでも、我々には「こういうことで怒ったのです」という理由があります。その理由をひとつひとつ分析してみると、「自分の好き勝手にいろいろなことを判断して怒っている」というしくみがあります。
人間というのは、いつでも「私は正しい。相手は間違っている」と思っています。それで怒るのです。「相手が正しい」と思ったら、怒ることはありません。それを覚えておいてください。「私は完全に正しい。完全だ。完璧だ。相手の方が悪いんだ」と思うから、怒るんです。
他人に怒る場合は「私が正しくて相手方が間違っている」という立場で怒りますが、自分に怒る場合はどうでしょうか。
そのときも同じです。
何か仕事をしようとするのだがうまくいかないという場合は、すごく自分に怒ってしまうのです。
たとえば「自分がガンになった」と聞いたら、自分に対して「なぜ私がガンになったのか」とずいぶん怒るのです。「なぜこの仕事はうまくいかないのか」「どうして今日の料理は失敗したのか」とか、そういうふうに自分を責めて、…「私は完璧なのに、なぜ料理をしくじったのか。ああ嫌だ」「私は完璧に仕事ができるはずなのに、どうして今回はうまくいかないのか」と怒ります。
引用は以上です。
たしかに、そのとおりだと思います。人間が怒るときは「自分が正しい」と思っているから怒るのです。しかし、よく考えてみると、この世の中に「完全に正しい」などということは何もありません。すべてが起こるべくして起こっているのです。それなのにわたし達人間は、起こった現象に自分の価値観を当て嵌めて、「あれは正しい」「これは間違っている」などと勝手に決めつけているのです。恐れや怒り、憎しみや冷淡に子供が感染しやすいのは、子供というのは、まだ「自分が正しい」という価値観をしっかりと持っていないからでしょう。子供は純粋なのです。大人のように「自分が正しい」などという傲慢な心を持っていないのです。

モバイルバージョンを終了