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ネコちゃん占い師の占筮日記154

・六月三日火曜日 五十二.艮為山☶☶六五
 四時に起床。昨日はみかんちゃんが「奥方さまを迎えに行くがアクシデントがあって出掛けられなくなる」と占断したが、何事もなく過ごすことができたのでホッとした。
 さて今日もわが家の猫ちゃん占い師マロンちゃんが卦を担当し、みかんちゃんが爻を担当してご主人さま(わたし)の運勢を占筮したところ艮為山☶☶六五が出た。
 猫ちゃん占い師はご主人さま(わたし)の一日を次のように占断した。
 マロンちゃんが卦辞・彖辞を解釈して次のように占断した。
○其(その)背(せ)に艮(とど)まり、其(その)身(み)を獲(え)ず。其(その)庭(にわ)に行き、其(その)人(ひと)を見ず。咎(とが)无(な)し。
 艮の道は、止まって動かない。それは、般若心経の「照(しよう)見(けん)五(ご)蘊(うん)皆(かい)空(くう)」の境地である。「照(しよう)見(けん)五(ご)蘊(うん)皆(かい)空(くう)」とは、「五(ご)蘊(うん)(色(しき)受(じゆう)想(そう)行(ぎよう)識(しき))皆(かい)空(くう)」と「照(しよう)見(けん)」する境地に至ることである。また、「色(しき)受(じゆう)想(そう)行(ぎよう)識(しき)は皆(かい)空(くう)」ゆえ「眼(げん)耳(に)鼻(び)舌(ぜつ)身(しん)意(い)は無」である。すなわち、あらゆる現象は究極的には空だから、「眼(げん)耳(にー)鼻(びー)舌(ぜつ)」などの感覚器官は何も感じない(感じても心動かさない)。艮の卦德は「止まる」ことである。艮為山の時は、「眼(げん)耳(にー)鼻(びー)舌(ぜつ)」という感覚器官のない背中に止まっているから、自我に囚われない。また自我に囚われないから、庭に行っても人を見ない。すなわち外界の如何なる刺激に対しても、煩悩妄想や欲望を抱かない。どのような境遇に置かれても動じることがない。艮為山の時は、あらゆる現象に惑わされない。このような境地に達すれば、咎という概念すらなくなる。
 マロンだニャン。ご主人さまの今日の予定は午前中大奥さまの送り迎えをして、その後はフリー、夜は参政党山梨の会合だニャン。「外界の如何なる刺激に対しても、煩悩妄想や欲望を抱かない。どのような境遇に置かれても動じることがない」とあるから、何が起こっても大丈夫に違いないニャン。
 みかんちゃんが爻辞を解釈して次のように占断した。
○六五。其(その)輔(ほ)に艮(とど)まる。言(げん)序(じよ)有り。悔亡ぶ。
 貴方は力不足のトップ(リーダー)だが、中庸の德を具えているので、口から発する言葉を頬(ほお)骨の所で止めて軽々しく発しない。言葉を発する時は、道理に適った事を順序立てて話すので、トップ(リーダー)の役割を全うして後悔することはない。
 みかんだニャン。ご主人さまは時々余計なことをポロッと言って顰蹙を買うことがあるので、今日は「口から発する言葉を頬(ほお)骨の所で止めて軽々しく発しない。言葉を発する時は、道理に適った事を順序立てて話す」ことが求められるニャン。

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