啓(けい)蟄(ちつ)(二十四節氣の三節氣)
【新暦三月五日ころから九日ころまで】
「雨水」の次の二十四節氣は「啓(けい)蟄(ちつ)」である。
土の中で冬ごもりしていた虫たちが、そろそろ活動を開始するころ。「啓」は開く、「蟄」は冬眠している虫を意味しています(絵で楽しむ)。
蟄虫啓戸(ちつちゆうこをひらく)(七十二候の七候・啓蟄の初候)
【新暦三月五日ころから九日ころまで】
意味は「冬ごもりしていた虫たちが動き始める(絵で楽しむ)」である。
「絵で楽しむ」には次のように書いてある。
春の陽光に誘われて、冬眠していた虫たちが地中から動き出す時季。
「蟄虫啓戸(ちつちゆうこをひらく)」は、易経・陰陽消長卦の「地天泰」六四に中る。次に「地天泰」六四の文章(爻辞と小象伝)を示す。
「地天泰」六四の言葉は【新暦三月五日ころから九日ころまで】に当て嵌まる。
地天泰六四(易経・陰陽消長卦)
《爻辞》
六四。翩翩不富、以其隣。不戒以孚。
○六四。翩(へん)翩(ぺん)たり。富(と)めりとせずして其(そ)の隣を以(もつ)てす。戒(いまし)めずして以(もつ)て孚(まこと)あり。
柔順正位で君主(トップ)の側近である六四は、泰平が頂点を極めて折り返し地点を過ぎた時に大臣の位に居る。賢人初九を抜擢し泰平を維持すべく、鳥が群がり飛んで行くように下に降る。その位を誇ることなく、同類の六五・上六と連なって謙虚な気持ちで賢人初九に謙(へりくだ)る。自戒せずとも至誠な(真心が厚い)ので初九の信頼を得るのである。
《小象伝》
象曰、翩翩不富、皆失實也。不戒以孚、中心願也。
○象に曰く、翩(へん)翩(ぺん)として富(と)めりとせずとは、皆、實(じつ)を失えば也。戒(いまし)めずして以(もつ)て孚(まこと)ありとは、中(ちゆう)心(しん)願う也。
小象伝は次のように言っている。六四の大臣が賢人初九に謙るのは、統治者である六四・六五・上六は、虚心で富貴を求めないからである。自戒せずとも至誠な(真心が厚い)ので初九の信頼を得るのは、統治者(六四・六五・上六)が心の底から天下泰平を願うからである。
「地天泰」六四の之卦は「雷天大壮」である。次に「雷天大壮」の全体像を表す言葉(卦辞・彖辞、彖伝、大象伝)と「雷天大壮」九四の言葉(爻辞、小象伝)を示す。これらの言葉は「地天泰」の六四と同じく【新暦三月五日ころから九日ころまで】に当て嵌まる。
雷天大壮(地天泰六四の之卦)
《卦辞・彖辞》
大壯、利貞。
○大(たい)壯(そう)は、貞(ただ)しきに利(よろ)し。
大壮は陽(君子・盛運・善)の勢いが陰(小人・衰運・悪)を駆(く)逐(ちく)して益々盛んになる時である。盛運中の盛運の時であるが、調子に乗ってやり過ぎる(傲(ごう)慢(まん)になったり強(ごう)引(いん)すぎたりする)と大失敗を招き寄せる。調子に乗ってやり過ぎないように自分の言行を抑制して、常に正しい道(道德)を固く守るが宜しい。
《彖伝》
彖曰、大壯、大者壯也。剛以動、故壯。大壯利貞、大者正也。正大而天地情可見矣。
○彖に曰く、大壯とは、大なる者壯(さかん)なる也。剛にして以(もつ)て動く、故に壯(さかん)なり。大壯は貞(ただ)しきに利(よろ)しとは、大なる者正しき也(なり)。正(せい)大(だい)にして天地の情見る可(べ)し。
彖伝は次のように言っている。大壮は大なる者(陽=君子・盛運・善)の勢いが、大いに盛んになる時である。「大という字は一と人から成る。一は天を意味し、天と人を重ねて人が天道を歩む意味になる(高島易断)」。すなわち大壮は、天の道を歩む君子(盛運・善)の勢いが大いに盛んになる時である。剛健(乾)にして動く(震)から陽(君子・盛運・善)の勢いが盛んになるのである。大壮は君子(陽・善)の勢いが小人(陰・悪)を駆(く)逐(ちく)して益々盛んになる時である。調子に乗ってやり過ぎる(傲(ごう)慢(まん)になったり強(ごう)引(いん)すぎたりする)と大失敗を招くので、常に正しい道(道德)を固く守るが宜しい。大なる者は正しい道(道德)を堂々と歩むのである。君子は正しく天の道(道德による継続)を歩み、天地の道理(永遠なる天地宇宙と生々化育する萬物の生命)をしみじみ悟(さと)るのである。
《大象伝》
象曰、雷在天上大壯。君子以非禮弗履。
○象に曰く、雷(かみなり)、天の上に在(あ)るは大壯なり。君子以て禮(れい)に非(あら)ざれば履(ふ)まず。
大象伝は次のように言っている。雷(震)が天(乾)の上に在るのが大壮の形である。天の道(道德による継続)を歩む君子の勢いが益々盛んになる形である。
君子はこの形に見習って、調子に乗ってやり過ぎないように自分の言行を抑制して、礼(調和)を乱すことにつながる考え方や行動は一切しないように己を慎むのである。
雷天大壮九四(地天泰六四の之卦・爻辞)
《爻辞》
九四。貞吉悔亡。藩決不羸。壯于大輿之輹。
○九四。貞(てい)にして吉(きつ)、悔(くい)亡(ほろ)ぶ。藩(まがき)決して羸(くるし)まず。大(たい)輿(よ)の輹(とこしばり)に壯(そう)なり。
九四は不中正だが、勢いが盛んで調子に乗ってやり過ぎる(傲(ごう)慢(まん)になったり強(ごう)引(いん)すぎたりする)大壮の時には剛柔調和して宜しきを得る。過ぎたるところがない正しさ(礼による調和)を貫けば宜しきを得て、後悔することはない。
九四の行き先の垣(かき)根(ね)は開いており角(つの)を引っかけるような苦労をせずに進み往くことができる。九四は車軸が堅(けん)固(ご)な大きな車で勇(いさ)ましく進んで小人を平(へい)定(てい)し服従させる。
《小象伝》
象曰、藩決不羸、尚往也。
○象に曰く、藩(まがき)決して羸(くるし)まずとは、往(ゆ)くを尚(たつと)ぶ也(なり)。
小象伝は次のように言っている。九四は過ぎたるところがない正しさ(礼による調和)を貫くので、行き先の垣(かき)根(ね)は開いており、角(つの)を引っかけるような苦労をせずに進み往くことができる。過ぎたるところがない正しさ(礼による調和)を貫くだけでは小人を平定できない。勇ましく進んで行くから小人を平定できるのである。