ハリスは一八五七年五月の日記に書く。「特別な宗教的参会を私はなにも見ない。僧侶や神官、寺院、神社、像などのひじょうに多い国でありながら、日本ぐらい宗教上の問題に無関心な国にいたことはないと、私は言わなければならない。この国の上層階級の者は、実際はみな無神論者であると私は信ずる」。(P527)
(ハリス「日本滞在記・中巻」岩波文庫一九五四年)
リンダウは「宗教に関しては、日本人は私の出会った中で最も無関心な民族である」と言う。日本には数多くの寺社があるにもかかわらずそうなのである。僧侶は「いかなる尊敬も受けていない」。彼らは愚かな怠けもので、教義について何も知らない。仏教と神道の区別もはっきりしない。民衆は「宗教の区別なく、通りすがりに入った寺院のどこでも祈りを捧げる」。しかし彼らは信仰からそうするのではなく、神聖とされる場所への礼儀としてそうしているのである。(P529)
(リンダウ「スイス領事の見た幕末日本」新人物往来社・一九八六年)
バードは(中略)簡潔に断定する。「私の知る限り、日本人は最も非宗教的な国民だ。巡礼はピクニックだし、宗教的祭礼は市である」。(P532)
