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天命に生きる日本の教え 渡辺京二著「逝きし世の面影」に学ぶ

ⅩⅠ 第六章 労働と肉体

オールコックが「東洋では時間はけっして高価なものではない」と言い、「まったく日本人は一般に生活とか労働をたいへんのんきに考えているらしく、なにか珍しいものを見るためには、たちどころに大群衆が集まってくる」と書いている。「いそがしそうであるが適度に働く」日本の庶民を、「非常に満ち足りた気さくな人たち」と感じた。
(オールコック「大君の都」 岩波文庫一九六二年)(P236~237)

リンダウは一八五九(安政六)年初めて日本の土を踏み、六一年には再来日して、その間の印象をパリの『両世界評論』に発表し、六四年に刊行した『日本周遊記』は、オールコックの『大君の都』と並んで、当時日本を訪れた欧米人に広く読まれた書物であった。その一節で彼は言う。「何をすることもない、何もしていない人々、その数は日本ではかなり多いのだが、そんな人達は火鉢の周りにうずくまって、お茶を飲み、小さなキセルを吸い、彼らの表情ゆたかな顔にはっきりと現れている満足げな様子で、話をしたり聞いたりしながら、長い時間を過ごすのである。彼ら日本人のやさしい気質、親切な礼儀作法、そしてまた矯正不可能な怠惰を真に味わえるのは、こんな風に寄り集まった日本人に接する時である。仕事に対する愛情は日本人にあっては、誰にでも見られる美徳ではない。彼らのうちの多くは、いまだ東洋に住んだことのないヨーロッパ人には考えもつかないほど不精者である」。(P237)

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