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天命に生きる日本の教え 渡辺京二著「逝きし世の面影」に学ぶ

Ⅲ 第二章 陽気な人びと

一八六〇(万延元)年、通商条約締結のため来日したプロシャのオイレンブルク使節団は、その遠征報告書の中でこう述べている。「どうみても彼等は健康で幸福な民族であり、外国人などいなくてもよいのかもしれない」。(P75)

「日本人ほど愉快になり易い人種は殆どあるまい。良いにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける。そして子供のように、笑い始めたとなると、理由もなく笑い続けるのである(スイス領事の見た幕末日本 新人物往来社・一九八六年)」というのはリンダウ(一八二九~一九一〇)だ。
リンダウはスイス通商調査団の団長として、一八五九(安政六)年初来日、六十四年にはスイスの駐日領事をつとめたプロシャ人である。(P76)

オイレンブルク使節団の人びと(オイレンブルク日本遠征記・上巻)は横浜滞在中、しばしば近郊の村々を訪ねたが、どこへ行っても「茶、卵、オレンジなど」でもてなされ、その代価はおどろくべきことに数グロッシェンで十分なのだった。
「彼らは不信を抱いたりあつかましく振舞うことは一度もなく、ときには道案内のために、世話好きであるが控え目な態度でかなりの道のりをついて来たり、あるいは子供たちにそれを命じたりした」。子供たちは外国人とばったり会うと叫び声をあげて逃げ去ったが、「もっとよく知り合いになると、すぐに親切にうちとけ」、群れをなして「オハヨウ」と挨拶した。(P80)

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